追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
融通が利かない(:菫)
View.ヴァイオレット・バレンタイン
「二度と俺達の前に現れるな」
好きな人に学園で最後にかけられた言葉は拒絶だった。
私とて殿下に相応しい女になろうと努力をしてきた。共に歩めるように、強く、多少嫌われても王族としての責務を果たせるように、と。……多少どころではなくなってしまったが
「理不尽なものだ。お前のような奴でも殺せば罪になる」
婚約破棄の次の夜。父親に言われた言葉は拒絶ですらないモノだった。
淡々と告げられる私への罰は、本当に厄介払いでしかない報告だった。
初めは修道院に送る予定であったが、田舎のハートフィールドという男に嫁がせることで少しは役に立て、と言う。なにを持って役に立てと言うのかは分からないが、お前は嫁ぐだけで良いと言われ詳細は説明されなかった。
クロ・ハートフィールド。
男爵家、ハートフィールド家の三男。アゼリア学園を途中卒業し、現在は辺境で領主をやっている。
暴力的。横暴。色欲に溺れ、虚栄心に溢れ、傲慢で嫉妬深い。途中の馬車の者から聞いた噂話の類では良いモノは一つも存在していなかった。噂なんてものは参考程度に留めておくべきだろうが、警戒するに越したことは無いだろう。
あぁ、だが。今の私には相応しいかもしれない。今の私なんかには――
「本当に、相応しい」
供はつけられなかった。
正確には監視の者は居る。信用を失っている私がなにか企んでいないかを逐一報告するための者が何名か。ただ、供はつけさせないと言われた。
幼少から身近で世話をしていてくれた者には、何処に行くかを知らせずに数ヵ月別件を任せるのだと言う。ようは私を諫められなかった罰のようなものだろう。そして、この地で味方をつけないようにするために。
◆
クロ殿とグレイという名の秘書は思ったよりも常識的であった。むしろ善い人間と思えるほどである。
だが油断はしてはいけない。噂に踊らされてはいけないが、初めて会う人物なのだ。どういった存在かを見極める必要がある。
クロ殿の第一印象は貴族らしくない、というものだ。
男性の一般的な長さの黒い髪。殿下よりは背丈が低いだろうが、私達より年上のためなのか少々大きく見えた。
全体的に“整っている”という印象は見受けられる。優れているや平均的、などではなく飾り気が無いとでもいうのだろうか。服は少々良いモノを着ていたが、出迎えの準備中だったらしくあまり綺麗ではなかった。
しかし領主自ら出迎えの準備のために、掃除などをするとは……
聞く所によると、この屋敷はクロ殿とグレイの二人しかいないと言う。
屋敷自体は何代か前の領主が無理に建てたとのことだ。クロ殿も持て余している部分があるらしく、多くを雇う余裕もないらしいので二人だけでどうにかまわしているらしい。
広い屋敷とはいえ男女が二人きりなど、良いのだろうか。だが、その箇所に触れるほど親しくもない。
それに今の私は、人に指摘するのが怖い。
私は正しいと、殿下のためだと思って言ってきたことは、殿下にとっては只の煩わしいだけの言葉に過ぎなかった。
殿下のため、王家のためと言ってきた言葉は、ただ自分の言葉を正当化するための言い訳に過ぎなかったのではないかと、どうしても思ってしまう。
「……いや、ヴァイオレット・ハートフィールドと名乗るべきだな。公爵家の名はもう名乗れはしまい」
私は怖い。自身の家名を失い、殿下への想いも断ち切れずに過ごしていくことが怖い。
このような心持ちでどうする。私は男爵家、クロ・ハートフィールドの妻なのだ。男爵夫人として毅然と振舞わなければならない。
「この度の経緯になった仔細は聞きません。また心に余裕が出来た時に、気が向いたらでよいので」
「気遣い、痛み入る」
そして夫となったクロ殿は、少なくともこれまでの言動から、噂に聞くような相手には思えなかった。
クロ殿は私の事情を何処まで理解しているのかは知らない。だが、少なくとも私に気を使っている感情は見受けられる。それがどこまで本気なのかはまだ分からないが……いや、気をつけろ。男は皆野獣だと聞いている。外はともかく、内ではなにをするかが分からない、と。
「今グレイに湯の準備をさせましょう。狭いとは思いますがごゆっくりとお過ごしください」
……成程。風呂に入り身を清めろという訳か。
数日前に決まっていたとはいえ、今日は実質的な結婚初日、つまり初夜だ。私の純潔を捧げるために身を相応しいものにしろ。そういう事だな。
いや、待て。相手はあの変態変質者と呼ばれるような存在だ。アブノーマル、というのはよく知らないが要は変態的なのだろう。もしかしたら身を清めている最中になにかされる可能性もある。
「……あぁ。ありがとう」
いいだろう、その場合は貴族らしくないと言い放ち毅然と振舞おう。
例え夫になる者でもそこの所はしっかりしてもらう。変態的だろうが、変質的だろうが。初めてはきちんとした形で執り行いたい。
◆
なにも、なかった。実にいい湯であった。
グレイが長旅で疲れている私に気を使ったような適温であり、公爵邸と比べれば多少手狭ではあったが、十分に足を延ばせる湯船であったし、身体を洗う石鹸の類も整備されていたし、タオルも清潔に保ってあった。
そこの所を用意してくれたグレイの気遣いがとてもありがたい。しかし、これはどういう事だろう。
「さすがに向こうも最初は弁えているのだろうか」
油断はできない。
クロ殿も今お風呂に入っているようだが、彼があがれば良い時間であり、私の部屋に来るだろう。
基本的に二度目以降はともかく、初めは男性から来るものだと聞いている。
女性は求められる存在であり、ただ夫が求めるのならばそれを受け入れるものだとアンバーも言っていたし、そういった教育も受けた。
「……ふぅ」
息を吸い、長く息を吐く。
体内の熱を逃がし、落ち着かせるためだ。
お慕いしている殿下にはもう会うことは出来ない。それを思うと心がざわつくが、夫のためにそのような感情は捨てねばならない。
アンバーが成人祝いにと私のためにと用意してくれた寝間着も着た。下着もこういうモノが良いだろうと教えを受けた勝負物とやらを着た。正直寝間着の布地は薄い上に、ほんのうっすらとだが体のラインが見えるモノなので恥ずかしい。
だが、この程度で恥ずかしがっていては、これから起こることなどに耐えられるわけがない。
さぁ、来い。覚悟は決まった。いつでも来るが良い!
◆
「……来ない」
私はいつしか部屋のベッドの上で足を三角に折って座っていた。
なんだ、なんだと言うのだ。もしかして長風呂派なのか。だとしても大分時間も遅いぞ。このままでは日を跨いでしまう。
「……私が来るのを待っている?」
そうか、その可能性もある。
個人的にも相手方からの方が良いが、確かクリームヒルトも言っていた。「いざという時は女から行くべきである」と。焦らされるくらいならば女から求めることが恋愛においては重要なのだと。その時は、はしたないと思っていたが、思えば確かにクロ殿がワザと焦らしている可能性も否定できない。
くっ、ならば恥ではあるが私の方から行ってやろうではないか。さすが変態変質者だ。普通とは違うという事か。
「待っていろ、クロ殿」
私はどのような仕打ちを受けても、今日会ったばかりのクロ殿に純潔を捧げたとしても、クロ殿のために身を捧げて良い妻として振舞おう。
それが見捨てられたとはいえ、元公爵家の娘としての為さねばならぬことなのだから。
備考:なんちゃって中世設定
・普通に湯船に浸かる(庶民は水で拭くのみが多い)
・清潔の概念(割と近代的)
・石鹸がある(お風呂イベントスチルの攻略対象の身体を泡隠しのため)
・風呂の温度(魔法によっての温度調節機能あり)
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