転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)

ひらえす

10.隠者の視点


夕方近くなってからギルドに戻ると、ギルマスたちが私を待っていると言われたので、アーバンさんと一緒にギルマス室に向かい、先月渡した書きかけの論文についての話をした。それほど難しい内容でもなかったので了承し、いつもの近況報告を交えた雑談になって行く。
「そういや、真面目に魔導国家に出頭した奴らのこと、知ってるか?」
「出頭?」
あぁ、話してなかったかなと顎を撫でてから、ギルマスは魔導国家に拠点を置いている冒険者のうち一部に、魔導国家内のとある部署に出頭せよという指令が出ているらしいと話してくれた。
「所定の部署?」
「それ、どんな部署だと思うか?」
クイズか何かかもしれないが、見当もつかない。
「魔導国家の国営魔法師団のなかの、研究部らしいのですよ」
首を傾げる私に、サブマスが眼鏡を拭きながら教えてくれた。
「もちろん堂々と出入りしているわけではないらしいのですが、国営病院と結託して、出頭した冒険者を隔離していると言う情報があるのですよ」
「何故そんなことを……?」
「それが分からねえから、不気味だってこったな。今のところ出てきた奴はいないらしい」
(……確かに怖い)
「まあ、あくまで魔導国家の中でやってる事だからこっちには飛び火はないと思うけどよ。リッカも気をつけろよ。あいつら、転移封じの魔道具持ってるらしいから」
「転移封じですか?」
「おうよ。まあ、あいつらの転移とお前さんの転移は別モンみてぇだから万が一捕まっても大丈夫だとは思うけどな」
「申し訳ないのですが、その魔道具は魔導国家からの持ち出しが制限、いや原則禁止されているのですよ。バルガにはその魔道具が無いので実験もできませんし……王都の宮廷魔法師団にはあるらしいのですが」
サブマスの声音は『実験したかったなぁ』に聞こえてしまったが、私は頷くだけにとどめておいた。
おそらく、転移の魔法封じの魔道具は、私の使う紋様術による転移術にはあまり効果はないだろうと推測する。現在使われている転移術は、あまり距離が長くない。そして、私が実験した限りでは、恐らく魔力を弱めたり封じたりする魔法陣を設置するだけである程度は防げる気がする。だからこそ、ギルドの貴重品部屋にはいくつもの魔法陣が描いてあるのだろう。
(勿論、魔道具は私も実際に見てみたいけど……)
「で、リッカ」
ギルマスに話をふられたので、私はコップを口から離してテーブルに置いた。
「お前さんは、魔導国家の動きをどう見る?」
ギルマスは、なんだかニヤニヤして悪い顔をしているように見える。
「そうですね……魔木の燃料にまつわる毒素で、誰か偉い方が病気になったか魔法が使えなくなってしまったので、一度でも類似した症状を起こして回復した者を集めているとか?」
「ほう。他には?」
サブマスは片眉をピクリと上げた。
「理由は似たようなものですが、魔の森の呪いとして噂になりつつあるので、その火消しでしょうか。
実際に症状が出た後治ったように見えても魔力の詰まりは解消されにくいのです。詰まった部分の魔力を取り除くか、詰まった部分の魔力から、一般に瘴気と呼ばれる物質を取り除かなければ、完治はしません。最近それに気付いて、その症例を集めているのかな、と……」
自分で話していて、転生前に聞いたから経験したか朧げだが、胆石のことを思い出した。成分やら原理は違うが、体の中に異物が出来る、そう想像すると分かりやすい気がした。
「詰まりのある部分に、瘴気を無害なものに変換する高位の魔法陣を通せばだいぶ軽減するんですけどね。ああ、でも沢山身体に入ってしまった場合は、その部分に石や砂のようなものが残る可能性があるので、やめておいた方が良いと思いますけど……」
イメージはMRIのような感じだろうか。ベラさんから抜き取った魔力で実験したところ、1番効果があったのがそれだった。ただし、今使われている簡易的な魔法陣では、少しだけ砂金のような物質ができていることが分かった。物凄く微量だったので、仮に身体に残っても無害だろうと水の精霊王は言っていたが、自分で試す気にはならなかった。
「それは、本当ですか? いや……すみません」
サブマスは口元に手を当ててしばらく考え込んでいたが、不意に立ち上がるとギルマスの机の向こうの、貴重品部屋に入り、古めかしい本を一冊持ってきた。
「これは魔法陣を集めたものです。この紙とインクは魔力を通さないように工夫されていると言いますが、リッカさんはうっかり魔力を流さないでくださいね」
(うっかり……)
私が頷くと、サブマスは瘴気に関する魔方陣のページを開いた。
「この中に、効果のある魔法陣はありますか?」
本はかなり変色していて、物凄く古いもののように感じた。やはりアイテムボックスにある物とはイメージが違う。ペラペラとめくると、私が試してみたものを見つけた。
「これなら、ベラさんくらいの症状にも異物を残さずに治せると思います」
「なるほど……! これは、論文では取り上げますよね?」
「え、ええ……ただ…」
私は、そこで観念して、瘴気、いやこの場合は魔力の澱と言うべきだろうか。これを適切に処理すると、宝石の原石や砂金のような物に変化することがあると白状した。魔力の澱が瘴気になって行くのか生み出すのかについては、まだ解明できなかったので話したく無かった。それに、砂金やら宝石になると言うのを公開してしまえば、それを悪用する人が出ないとも限らないとも思う。
「えええ……なんかそれ、嫌だな」
それまで黙って話に耳を傾けていたアーバンさんが渋い顔をした。
「なんか自分のクソで着飾ってる感がな……」
「ジェイ! 飲食中ですよ」
ギルマスとサブマスの言葉に一瞬噴き出しそうになって軽くむせた。
「それも含めて論文は書くべきですよ、リッカさん。おそらく、瘴気の扱い方を含めて、研究をしなければならなくなるでしょう」
「それだと、魔木燃料の開発がもっと盛んになる気がするので……」
うーん、とギルマスが首を傾げた。
「それでも、魔木の浄化の能力の方が高いんだろ?」
「ええ。時間はかかりますが。ですが、瘴気と魔力の澱は似ているようで少し違うんです。魔力の澱は、魔力に異物が入ったようなもので、澱を取り除けば、それは純粋な魔力……マナと呼んだ方が良いはずです。異物は石のように固まります。ですが、瘴気に変化すると生き物にとっては完全に毒になってしまいますし、仮に変換するにしても危険が伴うでしょう。それに……魔の森には、透明な高濃度の瘴気が出ていた場所がいくつかありましたし……」
「透明な瘴気……⁉︎」
サブマスは今度は頭を抱えるように考え込んでしまった。
「てか、いつ魔の森まで……あ、転移か」
ギルマスまで渋い顔をして、ぐいっとお茶を飲み干した。
「それでも、書いた方が良いと思います。リッカさん」
サブマスは顔を上げた。
「危険があると分かっているのなら、書いて警鐘を鳴らしてほしいのです」
私も頷いた。その考えは理解出来る。
「あ、話は戻るけどよ」
ギルマスが皿の上のベーグルのようなお菓子をつまみ上げて、もしゃもしゃと頬張った。
「魔導国家の1番偉い隠者さんが倒れたって噂があるんだわ。そんで、そのポストを狙ってるのが、魔木燃料の研究の指揮を取ってた一門でな」
ごくん、とお菓子を飲み込んだギルマスは、ふんと息をつく。
「まあ、くだらない権力争いだよ」

その後は、瘴気は周りの木を大きく活性化したことで出なくなったことなどを話したあと、何故かメリルさんにサンドイッチを「お夕飯に」とお土産をもらって、ミリィさんの家に寄って、挨拶だけして家に帰った。

「ねぇ、この世界の人たちは……砂金のためなら瘴気も積極的に受け入れたりとか……無いよね?」
家の前の小道に着いた時、思わずそう言葉が溢れた。
「主人様……私どもは砂金に価値を感じませんが……価値を感じる人種は、そう感じる者がいないとも限らない…そうお考えですか?」
「うん……うん、そうね」
ブラドの指摘に、ただ頷いた。
「今の所、瘴気や澱を浄化できる方法を取れるのは主人様や精霊王様方に限られますので、差し当たってはご心配なさらなくても良いと思いますが」
「うん……それはそうなんだけど。
でも、もしも他の方法を編み出してしまって、どんどん瘴気や澱を生み出す方向に行ったらと思うと……」
実は、瘴気を抑える魔法というだけなら、いまでも存在はしているのだ。ただし、闇の精霊王の使っていたものとはだいぶ違っていて、そちらは瘴気を土の奥深くに埋めてしまう物だ。その魔法を使うと、しばらくはその土地は痩せてしまって、農作物などはほとんど実らないということがわかっている。
(土の精霊王は、『土中の命を全て犠牲にする魔法だからだ』って言ってたよね)
もし、そのやり方でも砂金や宝石が出来るのなら、欲に目が眩んだ者たちはどうするだろう。
「主様、サブマスさんみたいな方もいるんですから、私は大丈夫だと思いますよ!」
カルラが私の目を覗き込んだ。
「主様が全部考えなくてもいいんじゃないでしょうか?」
「……そうだね。そうだよね」
(私、傲慢だったかな)
アイテムボックスを持ってるのは私だけだからという気持ちがあったのかもしれない。そして、もしかしたら……
(私、未だにこの世界の人間だって、心から思っていないのかもしれない)
多少なりとも前世の記憶が朧げにあるせいかもしれないし、最初に誰とも関わりたくないと思ったところも原因だろうなとぼんやり思った。
(でも……もう、ここ以外に生きる場所は無いんだから)
すっかり住みなれたログハウスを見回した。シンプルな机と椅子。4人がけのダイニングテーブル。台所や、日本式の風呂場。外のハーブ畑。
(ここは、私の家)
静かに息を吸って、吐く。
時間がかかり過ぎたとは思うが、やっと自分の足がこの世界にぴたりと着いた気がした。

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