転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)
3.隠者の推測と精霊王の記憶
(あー……)
完全に手が止まって、椅子の背もたれに身体を預けた。姿勢を戻すと目の前の大量の紙の束が目に入る。意識せずに大きなため息が出てしまった。
(書きにくい……!)
受けてしまった文書の作成は、思いの外難航していた。聖地に纏わる出来事をそのまま書く方がまだ書きやすかった気がする。そもそも魔の森に関することを調べ出した理由が精霊王や聖地の異変なのだ。とりあえず魔の森と木の浄化作用の事や、魔法を使った澱についてのことを淡々と推測とちょっとした実験という形で書き綴ることにしたのだが、うまく抜いて書く事は本当に難しい。
(前世でも私はレポートが嫌いだったんじゃないかな)
「隠者、大丈夫か?」
「ひゃっ…!」
完全に油断していたとは言え、ふいに声を掛けられて変な音が口から出てきた。闇の精霊王はふっと笑う。
「隠者…いや、リッカも驚くことがあるのだな」
「すみません」
「なぜ謝る? こちらこそ、驚かせてすまなかった」
闇の精霊王は紙の束を指差した。
「読んでも良いか?」
「……はい。どうぞ」
自分の文章を読ませる気恥ずかしさと行き詰った閉塞感を天秤に掛けて…閉塞感の解消の可能性を選んだ。
闇の精霊王は、今の精霊王の中では1番の古株だと言う。そして、どうやら1番好奇心が旺盛らしい。風の精霊王が1番なのかと思っていたが、彼ら曰く「風のはただの移り気」なのだそうだ。そんな闇の精霊王は、食卓の周りの木の肘掛け付きの椅子から、長い手足をはみ出させる様に座って私のレポートを読んでいる。そう言えば、彼が1人でここを訪れたのは初めてだなぁ、と思いながら、私はイリスとライラ、イシュとハルに肩を揉まれている。揉まれていると言うか、踏まれている気もする。どちらにせよ肩こりが解れるのでありがたい。
「リッカ」
「はい」
闇の精霊王に呼ばれたのでそちらを見ると、彼は文章の一部を指差している。
「概ね良いと思うのだが、この辺りに、魔法の変遷についてを入れてはどうかと思うが?」
「魔法の変遷ですか?」
「そうだ。今人間たちが使う魔法は、2度目、いや3度目の滅びの後に原点に帰った魔法から再び研究されたものだ。そもそも、滅びの際に……」
「ちょっと待ってください……!」
腰を浮かせた私に、精霊たちが振り落とされまいとしがみついた。
「滅び、ですか……?」
「ああ。完全に絶滅したわけではないが、何度か滅びかけているだろう。そうか、人間の生は短いからな、知らないのだな?」
「闇の精霊王はご存知なのですか……?」
「全ては知らぬ。だが、精霊王になる者にはある程度その記憶が継承されているのだよ。まあ、途切れている部分も多くあるようだが」
あわあわしている私を、闇の精霊王はある意味面白そうに、いや興味深そうにと言うべきか……眺めている。
「その様子だと、全ては知らなくとも、少しは知っているようだな?」
以前、魔法について調べた際、アイテムボックスの大量の本を時代別に並べた事があった。その時に気づいたのだ。
「……予想というか…」
自然と力が抜けて、ストンと椅子に座り直した。
「時折、不自然に魔法の歴史が途切れている気がしたのです」
物事の繋がり…歴史がいきなり完全に消えてしまうというのはかなり稀だ。滅びた、絶えたと言うことも歴史の上ではあるだろうが、それでも消えるまでの歴史というのはある筈なのだ。
(でも、レイヴァーンの魔法の歴史という観点から見れば……)
アイテムボックスの中の大量の魔法に関する書籍たち。言語も様々、文体も様々ではあるのだが、古い順に並べようとすると、時折その内容を不自然に感じることがあったのだ。予想としては、大きな戦争にまつわる国の盛衰があるのだろうかなどと考えていたのだが……闇の精霊王の言葉が、一番腑に落ちた。
(完全に滅びたわけではないだろうけど、確実に生活が一変するような何かが起きた、という事……)
見た目は人間とそれ程変わらない精霊王だが、やはり根本から違うのだな、とぼんやり思う。
(それでも……)
私はアイテムボックスからペンとノートを取り出した。
「滅びについて、教えていただけますか?」
「ああ」
精霊たちが、闇の精霊王の前に、ガラスの皿にグミキャンディを山盛りに乗せたものを出してきたので、少しだけ笑ってしまった。
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