転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)

ひらえす

閑話 闇の精霊王


闇の精霊王。そう呼ばれている彼は、目の前のバリバリと音を立てて成長する木々と、隠者の呆然と立ち尽くす姿を確認して、隠者の合図を待たずに呪文を放った。間髪を容れず、仲間達も詠唱を終え、練り上げた魔法を解き放つ。そして練り上げたマナを無駄にせずに良かった、と思うことも忘れて、そこに立ち尽くした。

「これは…」
彼、いやちがう者だったかもしれない。掠れた声が同じ言葉を発して重なるのが、皆の耳に届いた。
「これは世界樹の…転生…」

それは、受け継いだ立場のものに漠然と伝わる『過去の記録』だった。
それぞれに受け継がれている記録は、共通している筈なのだが少しずつ違う。その当時の精霊王達の立場や主観によるのかもしれないが、彼等はそれらも含めてそんな物だと思っている。そんな彼等の中にある記憶の1つ、それが『世界樹は輪廻の中で生まれ変わる』という事実だった。
本来ならばそれは徐々に行われていくもので、長い長い精霊王の任期の中でも重なるか重ならないか、気付くかどうかといったものであるはずだった。それこそが、彼等の守るべき世界樹の姿だったからだ。

しかし。

この数百年、直近の100年余、世界樹と聖地の姿はどんどん変わっていった。新しい精霊が生まれことも無くなっていった頃、苦渋の選択で幻影と呼ばれる魔石を作って地上へばら撒いたが、全く効果は出なかった。もう何も考えることすら出来ないほど疲弊した時間を過ごし……気がついたときは、自分たちの前方、少し離れたところで己をかき抱くようにして立ち尽くす、隠者の若者に助けられていたのだ。

隠者は不思議な人間だった。
精霊を15体も引き連れ、まるで自身の子供か何かのように気にかけている。精霊達も、複数の系統の力を操り、先を争うように隠者の世話を焼く。土の精霊王が呟いていたが、どうやらとっくの昔に失伝した魔法と良く似たものを、詠唱も無く使っている。
自らにしか読めないらしい書物を読み、観察し、推測し、実験し……今、確実に結果を出した。

「ぬぬぬ、ぬし、ぬぬぬぬぬぬぬぬしさま!」

光と炎のマナを操る精霊1人が、素っ頓狂な声を上げた。
無理も無いと思う。自分達ですら、声を出すことが出来ないでいたのだ。
立ち尽くしていた隠者を包む、圧倒的な何か。恐れと懐かしさを同時に感じさせるもの。光っているわけでも無い、くらいわけでも無い何か。遠い昔に感じた事があった筈だ。
(創造神様……)

パリパリと音がして、世界樹から精霊や妖精が降りて来た。彼等にとっても久し振りの光景だった。そして、その命のマナが巡ったのを実感した。

世界樹としての役目を終え、また精霊として世界に在るのだ。
なんと喜ばしいことだろう。

後ほど、様子のおかしい隠者になんとか口を割らせ、世界樹を殺したのでは無いかと思い悩んでいた事を知り、仲間の精霊王達、隠者の連れていた15体の精霊に加え、降りてきたばかりの妖精や精霊達によって、人間と自分達の感覚の違いにお互い驚いたのは、また別の話である。

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