転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)

ひらえす

26.世界樹


この辺り一帯の樹木と、世界樹の根に沿うように魔力変換の紋様を描き切って、息をついた。全ての根に描くのは流石に無理だったが、土の精霊王にもこれで充分だと止められたので、おそらく大丈夫なのだろう。
それなりに時間がかかったが、途中で火の精霊王が「それ俺らでもできるかもしれねぇぞ」と言い始め、見様見真似でほぼ同様の術を披露してくれた。すると、それを見ていた精霊王達が自分たちでアレンジしたやり方で同じような紋様を描く術を編み出したので、それには本当にビックリした。出来るようになったからには自分たちも手伝う、と言ってもらったので、魔力枯渇に気をつけることと精霊達と一緒に作業することを約束して手伝ってもらった。
時間が大幅に短縮された上に、楽しそうに作業するみんなの姿に、ちょっと和んだのは内緒だ。

「それでは、成長促進をかけて行きます。私が合図をしたら、精霊王様方もお願いします」
(みんなもよろしくね。何か異変を感じたら教えてね)
準備の為に詠唱を始めた精霊王達の邪魔をしないように、精霊たちには念話でおねがいする。
(…後であの呪文について聞いてみよう……明らかに、人間の言葉じゃ無い……)
先程、精霊王達から、この作業も手伝いたいと言われたので話し合いの結果、それぞれの得意な形の『成長促進の効果のある魔法』をかけてもらうことになっている。あくまでメインになっている世界樹の回復を確認してからだが……そんな彼等の呪文の詠唱が気になってしまう自分に、思わず苦笑してしまった。
(……さあ…)
世界樹の前に立つ。何処からか風が吹いた気がした。
「…継続再生治癒リジェネーション
継続再生治癒術の紋様を大きく広げて、世界樹の紋様にピタリと重ねた。自分の中の魔力が大きくうねる。
もう1つ、成長促進の紋章も広げた。こちらは弱っている世界樹に無理をさせないように、慎重に起動する。
「……広域成長促進エリアグロウアップ…!」

◇◇◇

まず、感じたのは地鳴りだった。念の為に物理結界を重ね掛けする。次の瞬間、世界樹の太い根と根の間からバリッと音を立てて、幾本もの木が伸びていくのが見えた。3メートルほど離れ、世界樹の根の全体が見渡せる場所を確保する。
(結界は張ってるけど、離れないでね。)
念話を飛ばすと、緊迫した空気だけが帰ってきた。世界樹の紋様を見る限り、これは悪い変化では無い筈だ。しかし、根本からは後から後から木々が伸び、みるみる間に大きくなる。木は世界樹に向かって沿うように伸び、パリパリと世界樹の樹皮が剥がれる。
(悪い変化じゃない。でも……治っているわけでは、ない⁉︎)
世界樹の紋様は、穏やかに、力強く輝き始めた。
(でも、この木は、このままじゃ)
沢山の若木が大木を抱き込むようにして一体化していく。剥がれて行く樹皮が触れた場所は、キラキラと光って、光が消える頃には黄緑の柔らかい草に覆われていた。
(草が生えた……)
若木だった木々が世界樹を完全に覆った時、不意に私の目から涙が溢れた。
紋様は、力強くそこにある。生命力に溢れ、周りの土は柔らかで肥沃な土に変化し始めた。世界樹はみずみずしい不思議な形の葉を茂らせている。朝露のようなキラキラした雫が土に染み込んでいく。美しい光景だった。
(私、あの世界樹を死なせてしまったのでは…)
不意に、後方から精霊王達の声がした。言葉はよくわからなかったが、おそらく魔法の起点になっているものだというのはわかった。
私の足元も含めて、紋様…というよりは魔法陣なのかもしれない…が複数描かれ、頭上からはホワリホワリと光が降り注ぐ。
ここまで、私が成長促進をかけてから1時間弱ほどだろうか。世界樹を中心に広がり始めた美しい大地が、そこかしこに現れ始めた。草の間から、可憐な野花が咲いて揺れた。
「これで……良かったの…?」
私は呆然と世界樹を見上げた。紋様で見るのなら、そして、目視で分かる範囲ならば、聖地は少なくとも良くなったのがわかる。樹皮が土と若木を活性化させたところからしても、もしかしたらそういう物なのかもしれないという推測も出来た。
それでも、私はあの枯れかけた世界樹を私のせいで殺してしまったような気がして、胸にポッカリと大きな穴が空いたかのような心地だった。心臓の鼓動が、だくり、だくり、とうねる魔力なのか、はたまた私の血流なのか、規則的な何かが耳鳴りのように遠くに聞こえる。無意識に、自分で自分を抱きしめるような格好になっていた。

その時だった。ふわりと何かに包み込まれているのに気づいた。触れているかいないのかわからない、そんな感触だったが、私の髪に頬に、唇に、やわやわと触れるそれには覚えがあった。
(神殿で降ってきた、光?)
今回は光ではなかったが、髪を頬を撫でるように降り注ぎ、抱きしめて背中を撫でるかのように。まるで、泣かなくて良いと涙を拭いてくれるかのように。力が少しだけ抜けた時、ふと上を向くように促された気がした。
新しい世界樹は、青々とした葉をシャラシャラと揺らしていた。きらきらと差し込む太陽の光は優しい木漏れ日になって降り注ぐ。それを眺めているうちに、ふと木漏れ日の中に、葉ではない半透明の丸いものがいくつもあることに気づいた。それは、そのままの物もあれば、みるみるうちに親指の先程の大きさから、テニスボール、ソフトボールほどの大きさに膨らんでいく物もある。
「…なんだか、可愛い」
透き通る色とりどりのパステルカラーのそれが可愛らしく見えた。すると、私を包んでいたものがふっと穏やかに、頬に触れてから薄れていった。

「ぬぬぬ、ぬし、ぬぬぬぬぬぬぬぬしさま!」
カルラの落ち着きをなくした声に振り返ると、カルラは世界樹にすずなりになっているそれを指差している。

パリン、シャラン。

どこかで聞いたような…ああ、マナの音と言われた音だと気付いて再び世界樹と向き直ると、そ上からヒラヒラホワホワと舞うように沢山の光の玉のようなものが降ってきた。
目の前に光りながらゆっくりと降りてくるそれに目が慣れてきた。
「あ、可愛い」
手のひらほどの大きさの、おそらくは精霊や妖精達だった。

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