転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)

ひらえす

15.隠者は聖地に降り立つ

余りにも4章が長くなったので、ここで章を分けようかと思います。番号は追々直しますので、お目溢しください。
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転移先に足がついた途端、足がずぶりと沈んでいく感覚を覚えた。咄嗟に浮遊術で雪の上を歩いていたくらいの高さを保持する。
「何、これ……」
目の前には、言葉では形容し難い風景が広がっていた。
「ここは、聖地なの?」
肩に乗っていたカルラとハルに話しかけて、彼らが震えているのに気付く。
「聖地です。場所は、間違いありません…!」
所々ひっくり返って高く掠れたカルラの声が聞こえた。
「分かった。ありがとう。みんな離れたら駄目よ?」
精霊たちの了承の声や、声にならない声、小さな手でローブを掴まれる感覚に、私は気持ちを引き締め心身を奮い立たせる。

おそらく足を着けばどろどろと沈む沼のような大地。その上に直径10センチ前後に点々と散らばる緑色の…おそらくは草地。木々と思われるものは、まるで半分溶けたかのような歪な形だ。緑の草地が沼の上に現れたのか、草地が沼に侵食されたのか。後者か、前者か。空気も、そこに含まれる香りも、重苦しく息苦しい。
(精霊王は…何処だろう?)
「主様!」
ふいに背中に何かの気配を感じて振り向くのと、カルラたちの声は同時だった。そして、振り向いた途端、何者かに抱きつかれていた。寸前まで気配に気づかないなんて、初めての事だった。
「えっ?」
抱きついてきたのは私と同じくらいの体格の誰かだった。抱きついてきたというよりは、倒れ込むような状態だろうか。そのままズルズルと縋るように崩れ落ちる。
悲鳴を上げかけて止まったのは、恐怖ではなく驚きが先に立ったからだ。私の腰に顔を埋めるようにしてようやく止まったその人は、沼地と同じ何かが腐敗したような濁った色に近い色を半身に纏っているようで、それでいて半分透けていたのだ。ハルが泣き叫ぶようにその人を呼んだ。
「精霊王様!」
「え…極大再生治癒エクストラリジェネーション!」
ハルに確かめる前に自分が今使える治癒術の最上位の術を発動した。同時に鑑定用の紋様を出して、ついでに精霊王だと言われたその人を自分たちと同じ結界で覆う。
なんとなく最初の治癒術を起動してから効果が出るまでに軽い抵抗を感じた気もしたが、次の瞬間自分の中の魔力がごそりと持って行かれる感覚があった。今までで1番沢山持って行かれた気がする。とは言っても体調には問題がないというのは、本能的に解ったので目の前の精霊王に意識を戻す。
濁った色に染まりつつある肌。鳥肌が立つほどの妙な色合いの半透明と、まるで空気に溶けるか崩れるかのように見えなくなっていく末端部分…それらが、少しずつ色と存在感を取り戻して行く。ようやく、私にもこの人が『森の幻映』に映っていた風の精霊王と同一人物だとわかるようになった。とても美しい人だ。ただ、治癒しても、未だわかるほどに疲弊している。
「どうしてこんなことに…なってるの?」
私の呟きに、カルラがローブの端を掴むのがわかった。
「主様…わ、わたし、他の精霊王様を探してきます!」
「待って」
今にも飛び出しそうな精霊達を静止する。私は精霊王を半分抱きとめた状態で探索術をレーダー状に、広範囲に設定する。この場所が、どうやらかなり広いことがわかる。
「1時の方向に2人、2時の方向に1人、11時の方向に1人、4時の方向に1人。距離は最大で200メートルくらい。多分精霊王達だと思うの。私はここでこの人を診るから、何か見つけたら念話で知らせて」
精霊達が大体均等な人数になるように分かれる。
「いい?結界は有効なようだけど、何かあったらすぐに知らせてね。くれぐれも気をつけてね?」
飛び出して行く精霊達に思わずそう声をかけていた。
「はいっ!」
「がんばるの!」
「主様も気をつけてくださいね」
精霊達は捻れた樹々に阻まれてすぐに見えなくなってしまう。見えなくなるまで見送って、私は抱き止めている精霊王の体制を変えることにした。浮遊術で浮いているので汚れることはないのだが、なんとなくアイテムボックスから毛布を出してその上に寝かせて、もう一枚毛布を出してお腹の辺りまでかける。だらりとした両手をお腹の辺りに持ってきて、毛布で覆う。手はほんのりと温かく感じられた。治癒術をかける直前、目の前で崩れるように消えた手は、確かに触れることができた。その事に安堵しつつも周りの状況には困惑するしかない。
(聖地って…美しい場所だって……)
アイテムボックスのディスプレイを出して、レーダー状に張り巡らせた探索術をもう少し詳細に解析する。おそらく精霊王だろう地点が、ここを含めて6つ。そこに向かっている精霊達が15、あとは、この土地の中央部分に、魔力と言うかこの場合は魔力の元である魔素と言うべきか…それが広範囲に反応する場所がある。
「これが、多分世界樹かな」
(でも…カルラ達よりも反応が弱いってどういうこと?…)
気になって調べようとした時、横目で見ていた風の精霊王の紋様が反応したので、そちらに目を向けた。予想通り、ジワジワと効いていく継続治癒術リジェネーションが終わった合図だった。以前ナナリーさんを治した時に、急激に治すと紋様が滲むように乱れたので、それを参考にアレンジした治癒術のひとつだ。まさかこんなに早く使う事になるとは思わかなったけれど。
風の精霊王の紋様は、現時点では綺麗に治っているように見える。疾患探索には「心神耗弱」「魔力分枯渇」と出ていた。精神の方に効果がある術は分からないが、とりあえず魔力の枯渇をなんとかしようと思い立って、精霊王の額に手を当てた。精霊王の内側をめぐる魔力の流れに合わせて、掌に描いた魔力譲渡の紋様を通しながら、ゆっくりと私の魔力を注ぐ。
(主様!)
(主様ーー!)
(こっちもです!)
(いたよ!)
(ちょっとまずいです!)
待ちに待った…とは言ってもこの間は5分前後だったが、念話が届いたのはその時だった。
(うん、分かった。危険がない限りそこを動かないで、見ててあげてね)
ディスプレイに示された地点に、先程の極大再生治癒術エクストラリジェネーションを飛ばす。精霊達が少しだけ干渉して、最大限に効く地点に動かす気配がした。ほぼ、先程の5倍近い量の魔力が自分から引き出された。軽く眩暈がするが、今立ち上げている術の行使には問題無いはずだ。
(主様!魔力は…)
(大丈夫。精霊草を食べるよ)
カルラの必死な念話に、精霊草を口の中に入れ、の噛み砕きながら答えた。こんなに一度に魔力を失ったことは無かったので、念の為だ。
(たくさん食べていいですからね!)
必死なカルラの可愛らしさに、一瞬気を取られたせいかもしれない。精霊王の額に当てていたはずの手がついと引かれて、身体が精霊王に覆い被さるように倒れそうになる。咄嗟に腕をついて精霊王を押しつぶさない事には成功したが、下の方から伸びてきたしなやかな腕が、するりと私の背と首の後ろに巻き付いた。半眼に潤んだ青い虹彩が目の前に迫る。
(えっ…ちょっと!)
唇と唇が触れたと思った次の瞬間には、私の口の中にあった精霊草の欠片が奪われるように深く口付けられていた。

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