転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)
1.森の幻影
アオタケやクロタケというキノコは、この辺りでは年中自生している。たくさん生えている、と言うことはそれを主食にする生物がいてもおかしくない。私の視線の先にいる大きな角を持つ鹿に似た魔獣もその中の一種だ。
「結界」
鹿…鑑定してみると巨大角鹿と言うらしい…が入る程度の小さな結界を張る。
「水球檻」
身動きが取れなくなった巨大角鹿の頭に、水球を閉じ込めた檻をガボンと被せる。
(角を傷つけない様にするのを忘れない…か)
角は色々なものの素材になるらしい。
「鎮静」
水球檻とほぼ一緒に鎮静をかけて、眠らせた。結界だけ解くと、鹿の魔獣はその場に倒れた。すぐにアイテムボックスに収納する。
「これでいいかな」
慣れない狩りは正直気持ち的に疲れるが、私の場合はこの術のおかげでだいぶサクサク進んでいる方だし…依頼を受けた以上しょうがない。
「血抜きはせずに持って来て、だったよね?」
「はい。お薬や料理の材料にすると言うことでしたね」
カルラが依頼票を見ながらそう言った。
「これで5匹か…依頼達成ね」
「はい!」
「主様早いです」
「すごいです!」
「お料理しますか?」
「お手伝いしますの!」
アイテムボックスの中の鹿の数を確認して、わいわい盛り上がる精霊達を撫で撫でした。
「主様、辺りには誰もいませんの」
「魔物も大きいのはいないよ」
私も一緒に探索術を使って、半径1キロ程を調べる。人も、こちらを襲ってくる様な魔物も居ないようだ。
「じゃあ、ガルダまで行こうか。転移するよ」
何故今になって討伐依頼を受けているのかと言うと、今年の夏は私の住んでいる山中を含むガルダ近辺の魔獣が例年になく数を増やしているらしく、ギルドの常時討伐依頼にするくらいには困っているらしい。辺境伯騎士団も例年になく何度も討伐隊を組むのだが、それでもまだ多いそうだ。
「お!こんにちは、リッカさん。そろそろ来てくれると思ったよ」
ギルドのカウンターに行って挨拶すると、アーバンさんが小走りで近寄って来た。
「こんにちは、アーバンさん。お約束通り鹿も獲ってきました。キノコも多めに」
「助かるよ!ホント助かる!」
「こんにちは。最近はキノコも食い荒らされていて…納品していただけると助かります。キノコはこちらで預かりますよ」
本当に嬉しいのかホッとしたのか、アーバンさんの声が少し大きくなり、それが聞こえたのか、受付長のメリルさんが近づいてきた。メリルさんも笑顔だ。
「はい、こちらです」
背負い籠からいつものキノコやら薬草やらを出して行く。
「ああ、マルシュも採れたんですね。しかもこんなに…綺麗だわ。ありがとうございます」
マルシュというキノコは、薄いベージュが基本色だが、ピンクがかったものや薄い緑や青や黄色と色取り取りな亜種もある。女性に人気らしい。今年は魔物の活性化のせいか採れないと聞いたので、群生を見つけたときにそちらも少し採ってきたのだ。
「アオタケやクロタケも高騰してしまって、町の食堂も大変らしいんですよ。自分で採りに行って、魔物に襲われて怪我をする人も増えてきて…じゃあ、こちらの納品処理は私がやっておきますね」
話をしながらも手はかなり手早い。しかも丁寧だ。思わず見惚れてしまう。
「じゃあ、鹿は裏で出してもらえるか?」
「はい」
アーバンさんの後ろについて行くと、ふと人の声が耳に入った。
「収納持ちか?」
「ソロか?」
「魔法使い…だよな?」
「あんまり見ない顔…だよな?」
「いや、時々いるだろ」
「誰か喋ったことあるやついないのか?」
「女かな?」
「ねえ、出てきたら誰か話しかけてみようよ?」
「女の子なら助かるわね」
「ちょっと待ってみよう?」
鹿の鮮度優先(とは言ってもアイテムボックスの中は気にしなくて良い気がするが…)でギルドに来たので、今日は食堂兼酒場にはそれなりに人がいる。
「ごめん、俺が大声出したから目立っちまったかな?」
「いいえ、そんなことはないと思います。それよりも、そんなに大変なんですか?」
歩きながら尋ねると、アーバンさんはウンウンと頷く。
「数は多いからそういう意味じゃ大変ではあるんだけどよ、それよりも最近の角鹿は強い上に多いせいか、倒した時にボロボロな奴が多くてな。数の割に使える素材が少なくて困るんだ。魔石も割れてるくらいなやつも少なくない」
私は今までほぼ魔獣討伐をしてこなかったのであまり知らなかったのだが、魔獣も倒し方によっては魔石が割れてしまうらしい。魔石も冒険者やギルドにとっては重要な収入源なのだ。
「何より、街道の近くまで出てきたり、畑の小麦とか野菜とか、果樹園の実を食べる被害が今年は凄くてな…そっちの方が深刻かもな。このまま秋冬になれば、そういう草食魔物を食べに来る大物が増えるかもしれないしなぁ…そうなると、行商人が少なくなるだろ。ミリィも最近今年は仕入れが良くないってぼやいてたし。こんなんだと王都まで仕入れに行きたいとか言われても、ちょっと心配なんだよな」
ミリィさんに何かあったら本当に大変だ。私と同じ名を持つアーバンさんの息子さんの為にも、しばらくは魔獣討伐を受けようと心に決めた。
解体倉庫と呼ばれる部屋の中には、梁から吊られたロープに魔獣やら、もう皮を剥がれてお肉になったものやらがズラリと並んでいる。何人もの解体専門の技士さん達が額に汗して働いている。
ここに出して、と指定されたところに鹿を5体だすと、何人かが見物に来た。
「これは凄いな。デカイのに傷が無い」
「角もそのままだ」
「しかもほんのりあったかい…?」
「顔だけ濡れてないか?」
「凄いな。魔法か?これならいい素材取れるぞ」
「若いのに見せながら解体しようぜ」
「わかった。おーい!手伝え!」
あっという間に話が纏まったようで、鹿は移動されていった。
「あんがとな、兄ちゃん?いや姉ちゃんか?」
「姉さんだろ!あ、欲しい部位はアーバンに言っといてくれなー」
「ホント助かるよ!また余裕があったらこういうの頼むな。あ、この時期美味しい部位があるから、それは是非持って帰ってくれよ!」
ぶんぶんと手を振りながら去っていく技士さん達に手を振り返す。
「最近若いのを何人か雇ったばかりだから、そいつらに見せるんだ。大きい奴は無傷なのが少なくてさ。リッカさんのは研修用にもってこいなんだ。ありがとうな」
もしかしたら、アーバンさんはこの人たちと私を会わせたかったのかもしれない。
ちなみに、しばらくしてから渡された『美味しい部位』は、レバーと赤身の大きな塊だった。レバーは今日のうちに調理すること、赤身はあえてある程度血を残して解体してあるそうで、乾燥したところで少し置くと旨みが強く残るそうだ。調理法まで丁寧に書かれた紙を付けてくれていたので、その方にもお礼を言っておいてくださいねとアーバンさんにお願いした。
◇◇◇
「リッカ、『森の幻影』が出たぜ」
聞いたことのない言葉を聞いたのは、解体作業を待ちつつ、近況報告をしながらギルマスの部屋でお茶をいただいていた時だった。
「結界」
鹿…鑑定してみると巨大角鹿と言うらしい…が入る程度の小さな結界を張る。
「水球檻」
身動きが取れなくなった巨大角鹿の頭に、水球を閉じ込めた檻をガボンと被せる。
(角を傷つけない様にするのを忘れない…か)
角は色々なものの素材になるらしい。
「鎮静」
水球檻とほぼ一緒に鎮静をかけて、眠らせた。結界だけ解くと、鹿の魔獣はその場に倒れた。すぐにアイテムボックスに収納する。
「これでいいかな」
慣れない狩りは正直気持ち的に疲れるが、私の場合はこの術のおかげでだいぶサクサク進んでいる方だし…依頼を受けた以上しょうがない。
「血抜きはせずに持って来て、だったよね?」
「はい。お薬や料理の材料にすると言うことでしたね」
カルラが依頼票を見ながらそう言った。
「これで5匹か…依頼達成ね」
「はい!」
「主様早いです」
「すごいです!」
「お料理しますか?」
「お手伝いしますの!」
アイテムボックスの中の鹿の数を確認して、わいわい盛り上がる精霊達を撫で撫でした。
「主様、辺りには誰もいませんの」
「魔物も大きいのはいないよ」
私も一緒に探索術を使って、半径1キロ程を調べる。人も、こちらを襲ってくる様な魔物も居ないようだ。
「じゃあ、ガルダまで行こうか。転移するよ」
何故今になって討伐依頼を受けているのかと言うと、今年の夏は私の住んでいる山中を含むガルダ近辺の魔獣が例年になく数を増やしているらしく、ギルドの常時討伐依頼にするくらいには困っているらしい。辺境伯騎士団も例年になく何度も討伐隊を組むのだが、それでもまだ多いそうだ。
「お!こんにちは、リッカさん。そろそろ来てくれると思ったよ」
ギルドのカウンターに行って挨拶すると、アーバンさんが小走りで近寄って来た。
「こんにちは、アーバンさん。お約束通り鹿も獲ってきました。キノコも多めに」
「助かるよ!ホント助かる!」
「こんにちは。最近はキノコも食い荒らされていて…納品していただけると助かります。キノコはこちらで預かりますよ」
本当に嬉しいのかホッとしたのか、アーバンさんの声が少し大きくなり、それが聞こえたのか、受付長のメリルさんが近づいてきた。メリルさんも笑顔だ。
「はい、こちらです」
背負い籠からいつものキノコやら薬草やらを出して行く。
「ああ、マルシュも採れたんですね。しかもこんなに…綺麗だわ。ありがとうございます」
マルシュというキノコは、薄いベージュが基本色だが、ピンクがかったものや薄い緑や青や黄色と色取り取りな亜種もある。女性に人気らしい。今年は魔物の活性化のせいか採れないと聞いたので、群生を見つけたときにそちらも少し採ってきたのだ。
「アオタケやクロタケも高騰してしまって、町の食堂も大変らしいんですよ。自分で採りに行って、魔物に襲われて怪我をする人も増えてきて…じゃあ、こちらの納品処理は私がやっておきますね」
話をしながらも手はかなり手早い。しかも丁寧だ。思わず見惚れてしまう。
「じゃあ、鹿は裏で出してもらえるか?」
「はい」
アーバンさんの後ろについて行くと、ふと人の声が耳に入った。
「収納持ちか?」
「ソロか?」
「魔法使い…だよな?」
「あんまり見ない顔…だよな?」
「いや、時々いるだろ」
「誰か喋ったことあるやついないのか?」
「女かな?」
「ねえ、出てきたら誰か話しかけてみようよ?」
「女の子なら助かるわね」
「ちょっと待ってみよう?」
鹿の鮮度優先(とは言ってもアイテムボックスの中は気にしなくて良い気がするが…)でギルドに来たので、今日は食堂兼酒場にはそれなりに人がいる。
「ごめん、俺が大声出したから目立っちまったかな?」
「いいえ、そんなことはないと思います。それよりも、そんなに大変なんですか?」
歩きながら尋ねると、アーバンさんはウンウンと頷く。
「数は多いからそういう意味じゃ大変ではあるんだけどよ、それよりも最近の角鹿は強い上に多いせいか、倒した時にボロボロな奴が多くてな。数の割に使える素材が少なくて困るんだ。魔石も割れてるくらいなやつも少なくない」
私は今までほぼ魔獣討伐をしてこなかったのであまり知らなかったのだが、魔獣も倒し方によっては魔石が割れてしまうらしい。魔石も冒険者やギルドにとっては重要な収入源なのだ。
「何より、街道の近くまで出てきたり、畑の小麦とか野菜とか、果樹園の実を食べる被害が今年は凄くてな…そっちの方が深刻かもな。このまま秋冬になれば、そういう草食魔物を食べに来る大物が増えるかもしれないしなぁ…そうなると、行商人が少なくなるだろ。ミリィも最近今年は仕入れが良くないってぼやいてたし。こんなんだと王都まで仕入れに行きたいとか言われても、ちょっと心配なんだよな」
ミリィさんに何かあったら本当に大変だ。私と同じ名を持つアーバンさんの息子さんの為にも、しばらくは魔獣討伐を受けようと心に決めた。
解体倉庫と呼ばれる部屋の中には、梁から吊られたロープに魔獣やら、もう皮を剥がれてお肉になったものやらがズラリと並んでいる。何人もの解体専門の技士さん達が額に汗して働いている。
ここに出して、と指定されたところに鹿を5体だすと、何人かが見物に来た。
「これは凄いな。デカイのに傷が無い」
「角もそのままだ」
「しかもほんのりあったかい…?」
「顔だけ濡れてないか?」
「凄いな。魔法か?これならいい素材取れるぞ」
「若いのに見せながら解体しようぜ」
「わかった。おーい!手伝え!」
あっという間に話が纏まったようで、鹿は移動されていった。
「あんがとな、兄ちゃん?いや姉ちゃんか?」
「姉さんだろ!あ、欲しい部位はアーバンに言っといてくれなー」
「ホント助かるよ!また余裕があったらこういうの頼むな。あ、この時期美味しい部位があるから、それは是非持って帰ってくれよ!」
ぶんぶんと手を振りながら去っていく技士さん達に手を振り返す。
「最近若いのを何人か雇ったばかりだから、そいつらに見せるんだ。大きい奴は無傷なのが少なくてさ。リッカさんのは研修用にもってこいなんだ。ありがとうな」
もしかしたら、アーバンさんはこの人たちと私を会わせたかったのかもしれない。
ちなみに、しばらくしてから渡された『美味しい部位』は、レバーと赤身の大きな塊だった。レバーは今日のうちに調理すること、赤身はあえてある程度血を残して解体してあるそうで、乾燥したところで少し置くと旨みが強く残るそうだ。調理法まで丁寧に書かれた紙を付けてくれていたので、その方にもお礼を言っておいてくださいねとアーバンさんにお願いした。
◇◇◇
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