転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)

ひらえす

閑話 冒険者ギルドバルガ支部 ギルマスの部屋にて

ルドヴィックの報告を聞き終え、ジェイガンもアーバンもそれぞれ報告を終える。
「なあ…あれは何だ?」
ジェイガンの声は、途方に暮れた、と言った感を滲ませている。
「呪いを、見せたか、伝えたか…」
「いいや…ありゃあ、そんな生優しいもんじゃ無かったぜ」
アーバンはうめくように言葉を出した。
「あれは、恨みとか何とかを溶岩みたいにどろっと煮詰めた『何か』だよ」
「見たんですか?」
「最初の数秒だけな。それが彼奴らの中にぞろっと染み込んでいって…後はもう見ていられなかった」
ブルリと身を震わせて、それちょっとくれよ、と自分のマグカップにワインをなみなみと注いで一気に飲み干す。いつものアーバンらしくない様子に、ジェイガンは眉を顰めた。
「ルドヴィックは?」
「あの紋様魔法と言いますか…私は初心者なので流石に分かりませんでしたが、魔力の流れは感じましたよ。彼らの魔力と完全に同調していたと言うか、彼らの魔力を支配下に置いたと言うか…」
「他人の心を操る魔法じゃなかったよな?」
魅了、洗脳などの他人の心に作用する魔法は禁止されている。禁止されている以前に、今では廃れてしまったともされている。
「ええ。私も見た事はありませんが、違うはずです。寧ろあれは広義の意味では、幻覚を見せたり混乱させたりする種類のものに近いように思いました。ただ、感覚『共有』という言葉が気にかかりましたが」
「ふん…一体何と、いや誰と感覚を共有したんだろうな」
「……贄とされた魂…いや、呪ってる本人とか、その両方かな」
アーバンがまたワインをなみなみと注いでいる。
「リッカは、そいつらの味方をして、呪いをある意味完成させたってわけか?」
「あくまで俺の見た限りの事から、予想しただけさ」
「あ、おい飲み過ぎんなよ。俺も飲むんだ」
ジェイガンも自分のグラスにドボドボとワインを注ぐ。ついでに、とルドヴィックの分も適量注いで手渡した。
「ま、これでこの件は片付いたよ。みんなお疲れさん」
軽くグラスとマグカップが合わされた。
「震えてたなぁ…」
「ええ」
細い指が震えているのを呆然と眺めていた姿を思い出す。
「あれはさ…」
アーバンがマグカップのワインの水面を見ながらつぶやいた。
「呪いそのものを、リッカさんを介して感覚を共有させる魔法なんじゃねぇかな?」
ジェイガンとルドヴィックがグラスを傾ける手を止めた。
「呪いって、離れてても効果がある分、少しずつ溜め込むように効いていく筈だよな?だから、多分2年やそこらじゃまだ効きはじめるかどうかじゃないか?それに、彼奴らは鈍感そうだったしさ。そう言う奴らにアレを実感させるのは…あれは、幻術とかじゃねえ。確かに心身にダメージがあったはずだ」
「そうなると……リッカさんは彼らと同じものを見て感じでいたことになりますが…」
ジェイガンは首を横に振った。
「あんなデカい護石を割るほどのダメージを一緒に受けたことになるんだぞ?」
「……3人分な」
ナナリーのちぎれかけた腕や内臓まで達する大怪我を見ても眉ひとつ動かさなかった姿と、震える手を止めようとしていた姿を交互に思い出す。
「……1人にして大丈夫だったでしょうか?」
しばらく場が静まり返った。
「精霊が沢山いるから、1人ってわけじゃねぇだろう。それに、辺境伯閣下をダシにして、来週また約束したよな?」
「別に、閣下のせいにした訳ではありませんよ。実際に来週までにお礼の品が届くはずだから渡して欲しいとおっしゃいましたので。その次は魔法の講義を理由に、我が家にご招待する予定です。お礼はあまり遅くなってもいけませんし…これからもお誘いしますよ。うるさくならない程度に、ですがね」
「おいおい、ミリィもうちのリッカも約束してるんだから、あんまりギチギチに詰めないでくれよ?うちの方が先だったはずだ」
「わかってますよ」
「いいよなぁ、俺も隠者様と約束したいぜ~」
「何を言ってるんですか。今日、手を握ってたじゃないですか」
「ヘえ? 口説いたのか?」
「ちげぇよ!アレはそんなんじゃねぇ!コップ握らせただけだろうが」
仲間達に『本当にそれだけか?』という目を向けられて、ふんと口の端を吊り上げる。
「それに、おれはもうヤモメの独り身だから社会的には手ぐらい握っても問題ないね!」
それに、カミさんなら震えて泣いてる子を放っておくなんて!ぐらいは言いそうだ。と心の中で亡き愛妻を想う。
ようやく仲間同士の軽口が出始める。その後、ギルドの酒場に場所を移して、関係者が少しずつ増えて行き…ささやかな慰労会となった。

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