転生隠者はまったり怠惰に暮らしたい(仮)

ひらえす

5.ギルドマスターの部屋にて

部屋の中は、奥に大きな執務机、手前に応接セットが置かれ、壁には本棚と武器が数種類かけられている。部屋の主だろう男性のイメージそのままの部屋だった。
大柄で、おそらくは今も鍛錬を欠かさないのだろう、立派な体格の男性が、執務机から立ち上がって、よっ、と片手をあげる。
「お前がリッカだな。今回は時間取らせて悪いな。アーバンからちょいちょい言われてたんだが、うちの国じゃ20年ぶりに見る隠者だったんで、流石に黙ってるのも限界の時期だったのと、スージーがパニクったからな~あいつには刺激が強かっただろうし」
「大丈夫です。職員の心得を唱えて落ち着きましたよ。それよりもギルマス、自己紹介くらいしましょう」
「あ、悪い悪い!俺はここのギルマスのジェイガン・ムーアだ。苗字はあるが、一代男爵だから気にすんなよ。よろしくな」
ニカリと笑ったギルマスは、私の手を取って強引にブンブン振りまわす。それよりも若干『職員の心得』という言葉が気になってしまったが、慌てて口を開く。
「リッカです。よろしくお願いします」
まあ座ってくれやと促されるままにソファに座ると、サブマスターが優雅にお茶を淹れてくれる。華奢で優美なティーセットでお茶をいただいた。貴族って自分でお茶を淹れるのねなんて考えていたら、扉がノックされた。
「アーバンだろ。入って座れ」
「へーい」
アーバンさんはすたすたと入ってきて、私の座るソファの反対側に無造作に腰掛けた。サブマスターはアーバンさんと自分の分の紅茶を淹れて、ギルマスの隣の椅子に腰掛ける。お茶の香りがふわりとあたりに漂う。光虫がより一層ローブの影に隠れる感じがした。
「アーバン、書類持ってきたんだよな」
「どうぞ」
アーバンさんは手にしていた書類をギルマスに渡す。
「リッカ」
「はい」
「名前はリッカ。登録は4年前。性別は女、今の年齢は21歳、自己申告の職業は採取者。んで、一昨年からついた称号が『隠者』。間違い無いな?」
普段はあまり表に出ない性別や年齢などの情報が出てきたので、内心驚きつつも素直に間違いありませんと返事をする。
「それで、だ。隠者ってのはまあ、レアな職業だ。まあ、もっとレアな勇者、聖女とかもあることはあるんだけどな。そっちは自力でだけじゃ称号はつかない。民衆の支持があって初めてつくもんだ。賢者や大魔法師とかは、これはそれに見合う成果をあげれば問題なく得られる称号だ…まあ、想像つかないくらい、ものすごいことしないとダメらしいがな。
だが、お前さんの隠者は、下手すると賢者や大魔法師よりも珍しいかもしれないと言われてるわけだ」
「…そんなに……」
そろそろ相槌くらい打ったほうがいいかも、と口を開く。
「後は、隠者に関しては、分からないことの方が多くてな。で、この国で確認されたのは20年ぶり。そうなると、王都とかにいる研究者が騒ぐだろうな。」
…よもや解剖などはされないだろうが、おそらく根掘り葉掘り色々聞きたい人が出てくるだろう、ということか。
「そんでもって、隠者に関して言えば、ひとつだけはっきりしてることがある」
ギルマスは、咳払いをするとお茶をグイーッと飲み干した。
「魔法が使える、のは当たり前として」
ずずい、と顔が私に近づく。
「絶対に、いくつかは失われた魔法や、新魔法を会得していると言われてるんだ。しかし、お前さんの登録情報を何回更新しても、隠者が付いてからも、魔法が使えるような情報が出てこねぇ!」
ギルマスの目は、なんだか獲物を見つけたようにワクワクキラキラしている。
「そこも含めて、じっくり話したかったんだよ!なんかやってんのかい?」
身長2メートル、筋骨隆々の大男に迫られるのを想像して欲しい。ちょっとくらい表情が可愛らしくても、やっぱり怖い。可愛いとは思うけれど。
「ギルマス、落ち着いてください。リッカさんが怖がっています」
サブマスがやんわりと言ってくれた。
「リッカさん」
サブマスは眼鏡越しに私を見て微笑んだ。
「失礼かと思いましたが、私は先程あなたに鑑定魔法をかけました」
「………」
先ほどから、サブマスの魔力がゆるゆるとこちらに向かっていると思っていたら、そういうことか。
「私の鑑定魔法のレベルは、国でもトップレベルだと自負しています」
(…うーん。この人も違う意味で怖い…)
私の使う隠蔽術エトセトラが特殊なのか…もしかしたら、アイテムボックスにあるあの本たちの中に失伝した魔法ロストマジックがあるのだろうか。それとも、転生したことが影響しているのか?
「ですがやはりこの書類に書いてある以上のことは分からなかった。職務上の事とは言え、失礼はこの通りお詫びします」
「…いえ、お仕事でしょうし…」
「だからこそ!」
(うわあ…)
「色々と教えていただけませんか? もちろんあなたの不利になるようなことはしません。ギルドとしては、あなたを守りたい」
言葉は妙齢の女子なら思わずときめきたくなるような文言だが、それを発する眼鏡なイケメン壮年男性の目は、とにかくキラーン!と光っている。立ち登る魔力は知識欲に溢れている。いやもう、そんな文字が見えそうなレベルだ。
なんだかこれは、『男っていつまでもいつまでも子供だよね!』ってため息が出そうなこの感覚。容姿も性格も雰囲気も違うのにこの『見つけた!』なイケメン親父2人のキラキラぶり。

「あの、お二人ともどうぞ落ち着いてください」
私が苦笑混じりにそう言うと、2人はハッとして姿勢を直した。その途端、アーバンさんが項垂れる。
「あ、いやごめんなリッカさん。あんたじゃないんだよ。こいつらいつもこうだったなーってさ…いやいや、ほんとに申し訳ない」
ちらりとギルマスサブマスを見やると、今度はアーバンさんが話し出した。
「リッカさん、あんたがどうやらちょっと訳ありで、他人と深く関わりたくないのはなんとなくわかってる。冒険者を選んだのだって、身分証目当てだろ?」
「…なぜ?」
「門番から聞いたのさ。なんだか月イチで荷物抱えた若いやつが来る、いつも仮証だって。アイツはアイツで心配してたよ」
「……」
「いや、冒険者なんて訳ありな奴なんて腐るほどいるし、そういうヤツらの最後の砦で、夢を叶える礎にもなってるからこそ、冒険者証は1番緩く登録できる。だからこそ、俺らは頑張ってるヤツや、理不尽な目に遭ってるヤツらはなるべく守りたい。
…出来ることと出来ないことはそりゃあるが……今回は、俺たちは少なくとも、リッカさんを貴族や王族にいいような扱われたり、戦争の道具に使われたりするのから守りたいわけだ」
そう言うと、アーバンさんは照れ臭かったのか、ボリボリ頭をかく。
「でよ、この話ができるくらいには顔見知りになっておきたくて、隠者が付いてから1年と11ヶ月、ギルマスとサブマスには報告して、それ以上の情報がギルド本部とかの上に行かないようにしてもらってたわけだ」

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