第1391話　死神の本領

　ランク『８』に到達している『黄雀こうじゃく』と、神位を有している紛う事無き『神』である『死神貴族』の『テア』。

　互いに契約を交わして守る相手がいる者同士が手を合わせていた。

　小柄な身体に似合わぬ自分の数倍以上の大きな鎌を器用に振り回しながら、テアは『黄雀』の致命的となる攻撃だけを上手く捌いて戦っている。

　そしてその『テア』は最初こそ、致命的となる攻撃以外は構わずに被弾を続けて戦っていたが、戦うにつれてどんどんと『黄雀こうじゃく』の攻撃自体を避け始めることに成功しているのだった。

　その様子を見ていた『ヌー』は、流石は自分が契約に選んだ『死神』だとばかりに満足気に頷いていた。

　――戦力値でも魔力値でも間違いなく『黄雀こうじゃく』は『テア』を上回っている。

　しかし『テア』は『黄雀』の攻撃の全てに怯えといった様子を見せず、斬り合うごとにテアの速度は増していき、徐々にではあるが『黄雀こうじゃく』の攻撃自体に『後の先』を交え始めて、一方的にテアの攻撃が押し勝り始めていく。

（こいつ……！　最初は空の上というのもあって、上手く動けていないと思ったが、徐々に俺の攻撃に順応し始めてきている。それどころか完全に俺の次の狙いや、動かれてイヤな場所へと見事に移動を行いながら、俺の攻撃パターンを潰しにきている。戦いながら相手の攻撃に合わせて強くなれるタイプか。こういう輩は本来の戦い方が完全に出来るようになれば手がつけられなくなる。非常に厄介なタイプだ。仕方あるまい……）

　調子に乗らせれば乗らせるほど面倒なタイプだと気づいた『黄雀こうじゃく』は、規則的な戦い方へと誘導されている局面を強引に変えようと一石を投じ始めるのだった――。

「――」

「！？」

　それは『黄雀』という妖魔の用いる戦闘術の要と呼べる『呪詛』であった。

　テアは相手の攻撃の最後に合わせて手痛い一撃を送ろうと考えていた矢先に『黄雀こうじゃく』の呪詛をその身に浴びた事によって、ピタリと空の上で動きを止められてしまうのであった。

「――」（全く動かない……か）


　テアはこの『ノックス』の世界とは違う言語で言葉を発したかと思うと、手足を強引に動かそうと力を入れてみたが、身体全身が鉛のように動かなくなってしまうのであった。

「残念だったな……。このまま戦っていれば、もしかすれば俺が不利になっていたかもしれないが、これも立派な戦い方だ。　恨むなよ？」

　『黄雀』は勝ち誇った顔で目の前で動けなくなった『テア』にそう告げると、一気に健在する腕の方に『魔力』を集約して衝撃波を放つのだった。

　ほとんど距離のない場所から放たれた『黄雀こうじゃく』の衝撃波は、あっさりとテアの身体を切り刻んでいくのだった。

　――そして『テア』はその場から消滅するかの如く、姿を消し去ってしまうのだった。

「結局こやつが何者だったのか、最後まで分からず終いだったな」

　『黄雀こうじゃく』がそう呟くと、後方で様子を窺っていた『キクゾウ』は静かに視線を『ヌー』の方へ向ける。

（仲間がやられたというのに、一切顔色を変えてはいない。何だ？　親しい仲間ではなかったのか……？）

　キクゾウは味方がやられたというのに平然としている大魔王『ヌー』を見て眉を寄せるのだった。

　…………

「あの野郎がそんな程度でやられるかよ……」

　そのヌーの呟きが『キクゾウ』の耳に届くこともなく、また『黄雀こうじゃく』の耳に届くこともなかった――。

　そして勝ち誇った表情を浮かべながら『黄雀こうじゃく』もまた『ヌー』の方に視線を向け直したが、そこで再び何もない空間に亀裂が入り、無表情の『死神』が『ノックス』の世界に舞い戻ってくるのだった。

　…………

「『黄雀こうじゃく』！　う、後ろだ！！」

「ぬっ！？」

　『キクゾウ』の声に咄嗟に反応し、自身の背後から突如として現れた『テア』の攻撃を躱そうと思い切り身体を捻る『黄雀こうじゃく』だったが、そのテアの大鎌の切っ先が僅かに『黄雀こうじゃく』の肩口を裂くことに成功するのだった。

「――」（これでお前はもう終わりだな）

　この世界の言語ではない言葉でそう告げたテアは、無表情だった表情を崩して歪んだ笑みを浮かべた。

「何を笑っている？　お前の攻撃は大したダメージではなかった。たかが掠り傷を負わせられたくらいで満足なのか？」

　そして再び『黄雀こうじゃく』がテアに向けて『風』の衝撃波を放つと、今度はもう避けるつもりもないのか、再びまともに直撃したかと思うと『テア』はこの世から消え去っていく。

　しかしそれでもまた『テア』は空間に亀裂を入れながら舞い戻ってくる。

「――！！」（ククククッ！！　死神を殺せるわけがないだろ？　無駄だ、無駄だ！　何度でも私はお前を殺しに戻ってきてやるよ！　死神を敵に回して生きてられると思うなよ下界の塵芥が！！）

　まるで彼女の契約者の『ヌー』のような言葉と笑みを浮かべながら、テアは声高にこの世の言語ではない言葉を放つと、切っ先に黒いモヤがかった大鎌をクルクルと振り回しながら『黄雀こうじゃく』を追いかけまわすのだった。

「ぬっ……！！　こ、この化け物が！」

　流石の『黄雀こうじゃく』も『テア』がただの人間の筈がないと気づき、何度殺しても殺しても戻ってくる『テア』に脂汗を流し始めるのだった。

　そしてまたもや『テア』の黒いモヤのかかった大鎌の一撃は、浅くではあるが『黄雀こうじゃく』の身体の皮膚を切り裂いていく。

「ずぁっ……！」

「――」（さて、これで二度目だな？）

　死神貴族のテアはそう言ってトドメを刺すために、ご自慢の大鎌を器用にクルクル回し始る。

　そして三度大きい鎌で斬り付けようと構えたテアはそのまま自身の身体が動けなくなるのであった。

　――魔瞳、『青い目ブルー・アイ』。

　それは『黄雀』の『呪詛』の攻撃ではなく、この場に姿を見せていなかった『妖魔召士』である『キクゾウ』の遠くからの魔瞳まどうの一撃であった――。