最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
第1295話 感情の機微と本音
「キョウカ組長」
彼を抱き抱えたまま血だまりの中で泣いていたキョウカが、少し落ち着いたのを見計らってから、副組長のヒサトが声を掛けるのだった。
「ヒサト……」
チジクを抱えながら俯いているために、キョウカがどんな表情をしているかは分からないが、声を聴く限りでは普段通りのキョウカ組長に戻っているように思える。
「さっきは助けに入ってくれてありがとう。おかげで私は助かったよ……」
「いえ。お、俺一人なら組長を救えませんでしたよ。そもそも探していたキョウカ組長を見つけた時、俺はチジクから視線を向けられなければ、キョウカ組長が動けない状態だと察することも出来ていませんでしたから……」
少しも嬉しそうな声色が含まれてはいないが、ヒサトに対して感謝をしているのだろうということは、長年接してきた組の副組長のヒサトには伝わるのだった。
そしてそんなキョウカが『私は』助かったと強調するように自分のことを告げたことで、チジクのことを口にしたがっているということも同時に察したヒサトは、彼があの場でヒサトに対して行ってくれたことをそっくりそのまま、感じ取ったことを包み隠さずにキョウカ組長に話すのだった。
まだ気持ちの整理がつく段階ではないが、この出来事を乗り越えるためにはある程度目の前で起きた事に対して話の共有が出来る段階まで、互いに口に出しておくことが重要なのである。
このまま互いに気持ちの整理がついていないからといって『チジク』のことを一言も口にせぬままに、辛い事に目を背けたままでこの場を去った場合、キョウカにとってもヒサトにとっても、そして互いの所属している『妖魔退魔師』にとっても良くない空気が、ある一定の線で固定されて『この出来事』が良くない形で膨張していく事は明白であった。
人間という生き物はどんなに上下関係や横の関係に繋がりがあったとしても一定の『同調圧力』の前では、等しく感情が一律に標準値に戻されてしまうことを強要される。
組織という枠組みに在籍している以上、必ずこの影響を受けなくては『組織』の一員として今後も生きて行く以上は成り立たせなければならない、複数人で作り上げられる『ルール』の範疇だからである。
当然『妖魔退魔師』組織の大幹部としてキョウカもヒサトも名を連ねている以上、この場を逃せば立場上では真に言いたいことを表立って言えなくなってしまうのである。そして物事というのはある程度の期間触れずにいると、それは『禁句』や『忌み言葉』として組織上の常識となって広まっていくことになる。
つまり事が起きた今のこの瞬間、この場に居る同組織の同志である『キョウカ』と『ヒサト』でしか、本音を交わし合うことが出来ないわけである。
それを踏まえた上でヒサトはキョウカに『チジク』の話題を出しやすく『ボール』を投げた。あとはその『ボール』を受け取ったキョウカがどういう話の流れに持っていくかは分からないが、ヒサトはキョウカのために本音を告げて欲しいと、此処に居る自分は聞く耳をもってこの場に居るのだと、他人の考えていることを読み取る感情の機微に長けているキョウカ組長であれば伝わるだろうと理解した上での発言であった。
――つまりヒサトは組の副組長として、その役割を十全に担ったというわけであった。
「ヒサト……。私はね、あの天狗の妖魔に動けなくされた直後に、私は必死に身体を動かそうと足掻いてみたけれど、結局貴方が来た時と同様のまま動けなかった」
(キョウカ組長が動けなかったのは『妖魔召士』の魔瞳ではなく、あの『王連』とかいう天狗の妖魔のせいだったのか)
少しずつ本音を語り始めてくれたキョウカ組長の言葉に耳を傾けたヒサトは、どうやらあの天狗は『妖魔召士』と同じような妖術を使えるのだとこの場で心に刻むのであった。
「それでもうどうやっても動けないと自覚した瞬間から、私は『死』を覚悟していたの」
「……」
妖魔退魔師として日々の活動を続けている者であれば、死の覚悟をするということを一度は経験しているものではあるが、今目の前で心境を吐露しているのはただの『妖魔退魔師』では無く『妖魔退魔師』の中でも最高幹部にして『三組』の組長のキョウカ組長なのである。
キョウカ組長ほどの者であっても、あの王連という大天狗を前には『死』を覚悟したというのだから、あの『王連』という大天狗はやはり単なるランク『7』で収まる器では無かったのだろう。
キョウカの言葉を呆然としながら聞いていたヒサトは相槌を打つ事もせずに、キョウカの言葉に無言で耳を傾け続けるのだった。
「でもそんな死を受け入れた私の前に、この子が助けに来てくれたの」
そう言ってキョウカは自分の胸の中で目を閉じたまま、二度と目を覚ます事は無いチジクの頬を優しく撫でる。
「私はあの天狗の不思議な力のせいで、動くだけじゃなくて声も出せなかったけど、それでもこの子は私の目を見て直ぐに私の決意と伝えたかったことは伝わっていたと思う」
そこで再びキョウカの目から大粒の涙が、ぽたり、ぽたりとチジクの顔に落ちていった。
「伝わって……、いた筈なのになぁ? 私は何度もこの子にこの場から離れなさいって、伝えたはず……なのになぁ……」
どうやら死を受け入れていたキョウカ組長は、チジクを道ずれにしたくはなかったのだろう。死ぬのは自分だけでいいとチジクに伝えたつもりだった筈なのに、頑なにその場から離れないチジクは逆にキョウカ組長を守って自分だけが死のうとこの場に留まったに違いない。
(もし俺がチジクの立場だったならば、やはり俺もお前と同じ気持ちを抱いていただろうな)
これにはヒサトはキョウカ組長の方にではなく、最後までキョウカ組長を守ろうとしたチジクの方の気持ちを理解するのだった。
(お前が死ぬ前にキョウカ組長に伝えられたかどうか俺は預かり知らないが、伝えていなかったとしたら、俺が代わりに伝えておいてやる。勝手な事をするなとお前は言いたかったかもしれないが、それは生き残れなかったお前が悪いと思って諦めろ! 恨み事を伝えるというのなら、いつでも化けて俺の前に出てこいよチジク!)
そして無言でこれまでキョウカの言葉に耳を傾けていたヒサトは、俯いて再び涙を流しながら必死に嗚咽を我慢しているキョウカに声を掛けるのだった。
彼を抱き抱えたまま血だまりの中で泣いていたキョウカが、少し落ち着いたのを見計らってから、副組長のヒサトが声を掛けるのだった。
「ヒサト……」
チジクを抱えながら俯いているために、キョウカがどんな表情をしているかは分からないが、声を聴く限りでは普段通りのキョウカ組長に戻っているように思える。
「さっきは助けに入ってくれてありがとう。おかげで私は助かったよ……」
「いえ。お、俺一人なら組長を救えませんでしたよ。そもそも探していたキョウカ組長を見つけた時、俺はチジクから視線を向けられなければ、キョウカ組長が動けない状態だと察することも出来ていませんでしたから……」
少しも嬉しそうな声色が含まれてはいないが、ヒサトに対して感謝をしているのだろうということは、長年接してきた組の副組長のヒサトには伝わるのだった。
そしてそんなキョウカが『私は』助かったと強調するように自分のことを告げたことで、チジクのことを口にしたがっているということも同時に察したヒサトは、彼があの場でヒサトに対して行ってくれたことをそっくりそのまま、感じ取ったことを包み隠さずにキョウカ組長に話すのだった。
まだ気持ちの整理がつく段階ではないが、この出来事を乗り越えるためにはある程度目の前で起きた事に対して話の共有が出来る段階まで、互いに口に出しておくことが重要なのである。
このまま互いに気持ちの整理がついていないからといって『チジク』のことを一言も口にせぬままに、辛い事に目を背けたままでこの場を去った場合、キョウカにとってもヒサトにとっても、そして互いの所属している『妖魔退魔師』にとっても良くない空気が、ある一定の線で固定されて『この出来事』が良くない形で膨張していく事は明白であった。
人間という生き物はどんなに上下関係や横の関係に繋がりがあったとしても一定の『同調圧力』の前では、等しく感情が一律に標準値に戻されてしまうことを強要される。
組織という枠組みに在籍している以上、必ずこの影響を受けなくては『組織』の一員として今後も生きて行く以上は成り立たせなければならない、複数人で作り上げられる『ルール』の範疇だからである。
当然『妖魔退魔師』組織の大幹部としてキョウカもヒサトも名を連ねている以上、この場を逃せば立場上では真に言いたいことを表立って言えなくなってしまうのである。そして物事というのはある程度の期間触れずにいると、それは『禁句』や『忌み言葉』として組織上の常識となって広まっていくことになる。
つまり事が起きた今のこの瞬間、この場に居る同組織の同志である『キョウカ』と『ヒサト』でしか、本音を交わし合うことが出来ないわけである。
それを踏まえた上でヒサトはキョウカに『チジク』の話題を出しやすく『ボール』を投げた。あとはその『ボール』を受け取ったキョウカがどういう話の流れに持っていくかは分からないが、ヒサトはキョウカのために本音を告げて欲しいと、此処に居る自分は聞く耳をもってこの場に居るのだと、他人の考えていることを読み取る感情の機微に長けているキョウカ組長であれば伝わるだろうと理解した上での発言であった。
――つまりヒサトは組の副組長として、その役割を十全に担ったというわけであった。
「ヒサト……。私はね、あの天狗の妖魔に動けなくされた直後に、私は必死に身体を動かそうと足掻いてみたけれど、結局貴方が来た時と同様のまま動けなかった」
(キョウカ組長が動けなかったのは『妖魔召士』の魔瞳ではなく、あの『王連』とかいう天狗の妖魔のせいだったのか)
少しずつ本音を語り始めてくれたキョウカ組長の言葉に耳を傾けたヒサトは、どうやらあの天狗は『妖魔召士』と同じような妖術を使えるのだとこの場で心に刻むのであった。
「それでもうどうやっても動けないと自覚した瞬間から、私は『死』を覚悟していたの」
「……」
妖魔退魔師として日々の活動を続けている者であれば、死の覚悟をするということを一度は経験しているものではあるが、今目の前で心境を吐露しているのはただの『妖魔退魔師』では無く『妖魔退魔師』の中でも最高幹部にして『三組』の組長のキョウカ組長なのである。
キョウカ組長ほどの者であっても、あの王連という大天狗を前には『死』を覚悟したというのだから、あの『王連』という大天狗はやはり単なるランク『7』で収まる器では無かったのだろう。
キョウカの言葉を呆然としながら聞いていたヒサトは相槌を打つ事もせずに、キョウカの言葉に無言で耳を傾け続けるのだった。
「でもそんな死を受け入れた私の前に、この子が助けに来てくれたの」
そう言ってキョウカは自分の胸の中で目を閉じたまま、二度と目を覚ます事は無いチジクの頬を優しく撫でる。
「私はあの天狗の不思議な力のせいで、動くだけじゃなくて声も出せなかったけど、それでもこの子は私の目を見て直ぐに私の決意と伝えたかったことは伝わっていたと思う」
そこで再びキョウカの目から大粒の涙が、ぽたり、ぽたりとチジクの顔に落ちていった。
「伝わって……、いた筈なのになぁ? 私は何度もこの子にこの場から離れなさいって、伝えたはず……なのになぁ……」
どうやら死を受け入れていたキョウカ組長は、チジクを道ずれにしたくはなかったのだろう。死ぬのは自分だけでいいとチジクに伝えたつもりだった筈なのに、頑なにその場から離れないチジクは逆にキョウカ組長を守って自分だけが死のうとこの場に留まったに違いない。
(もし俺がチジクの立場だったならば、やはり俺もお前と同じ気持ちを抱いていただろうな)
これにはヒサトはキョウカ組長の方にではなく、最後までキョウカ組長を守ろうとしたチジクの方の気持ちを理解するのだった。
(お前が死ぬ前にキョウカ組長に伝えられたかどうか俺は預かり知らないが、伝えていなかったとしたら、俺が代わりに伝えておいてやる。勝手な事をするなとお前は言いたかったかもしれないが、それは生き残れなかったお前が悪いと思って諦めろ! 恨み事を伝えるというのなら、いつでも化けて俺の前に出てこいよチジク!)
そして無言でこれまでキョウカの言葉に耳を傾けていたヒサトは、俯いて再び涙を流しながら必死に嗚咽を我慢しているキョウカに声を掛けるのだった。
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