最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第1178話 ソフィの原点と至高の存在

「これは失礼したソフィ殿。先程ミスズに対してお主が行った『魔瞳まどう』について考えていたのだが、どうやら無意識にお主に視線を送っていたようだ」

 そう話す通りに何か考え事を行っていた様子のシゲンだが、ソフィに声を掛けられた事で気になっていた事を口にし始めるのだった。

「クックック、そういえば我が『魔瞳』を放つ瞬間にお主は我の背後に移動を行っていたようだが、何か発見はあったのだろうか?」

「これは驚いたな。あの一瞬の間に移動する私の動きもしっかりと見えていたのか。ソフィ殿は戦闘に対してとても優れた洞察力を有しておられるようだ」

 机の上に手を置いて指を組みながらそう話すシゲンは、ミスズとの『魔瞳』のテストを見ていて非常にソフィに対して興味を抱いたようでこの会話に何かを期待しているように思えた。

「『魔瞳』を使うのに必要な部位は目だからな。戦闘において大事な五感の目を『魔瞳』に費やす以上は普段よりも周囲を警戒するようにしているのだ」

「お主には本当に驚かされる。行おうと思う事は誰にでも出来るが、実際にそれを行えるかどうかは経験やセンスが試される。お主はそのどちらも持っているようだ。しかし私はお主の強さというよりも、お主がどうやってその強さを得たのかを知りたいと考えている。出来ればでいいが、お主の事を可能な限り教えてもらいたい」

「ふむ」

 ソフィはシゲンの印象が自分の中で変わっていくのを自覚する。妖魔退魔師の『特務』の施設から、こちらの『本部』に向かう道中にもミスズの印象が戦う前と後でり好意的に変わったソフィであったが、シゲンに対しても第一印象では寡黙で他人にはあまり興味を示さず、粛々と自分の事をやり遂げる男だと思っていた。

 だが、こうしてソフィの強さについて知りたいと口に出して相手に告げるシゲンを見て、少しばかりソフィはシゲンにも抱いていた印象を変えるのだった。

 そして隣で話を聞いていたヌーやセルバスもこの話題に興味があるのか、黙って二人の会話に耳を傾け続けている。そんな中テアだけがヌーの隣の席に座って足をプラプラさせながら、周囲が気にならない程度の音量で口笛を吹いていた。

 どうやらソフィ達が雑談をしているという事は理解出来るが、人間や契約者であるヌー以外の『魔族』の言葉が分からないテアはヌーが何も言っていないのを見て、別にそこまで大事な話をしていないと判断したのだろう。ヌーが動かなければ他の事に興味が薄いテアは、『何か面白い事が起きないかなあ』とばかりに、足をプラプラとさせ続けながら部屋の中を見回しながら口笛を吹き続けていた。

「強くなりたいという意思は誰でも抱く感情だと我は思うが、その意思を持ち続ける事は難しい」

「むっ……?」

 今のソフィの言葉は前置きに過ぎないとは分かってはいながらも、シゲンがその言葉に反応した理由は、口にするソフィの目が非常に真剣なモノに変わったからである。

「我が強くなりたいと思ったきっかけは、仲間を守れるだけの強さが欲しいと願った事から始まっているのだが、少しばかり我の居た世界は、強さに厳しい世界だったようで、我が強くなりたいと思った時に定めた目標値に達する為には、相当に長い期間を費やす事が必要だった」

 アレルバレルという世界の『魔界』は、この世界のように一部の者達が強いというわけではなく、どの大陸に居ても『魔王』と呼ばれる程の強さを持つ魔族達の争いが起き始めて、その大陸で生活をする者は必ず巻き込まれる事になる。

 どこに逃げようとも必ず揉め事は起きる為に、強くならなければ生きてはいけない。しかしその気持ちを全員が果たして持っていたかと言われるとそれもまた少し違っていて、中には強い者の下についていれば、わざわざ自分が最強にならなくてもその強い存在に守ってもらえるならば、最低限動ければそれでいいと妥協してしまう者も最初から一定数は居た。

 ソフィはシゲンに返答を行う為に、これまでの事を思い返しながら、ゆっくりとではあるが自分の強さのルーツの一端をこの場で告げていく。

「強くなりたいと思う事は簡単だが、強くなる為に知識を得ようとした後から一気に難度は上がってしまい、実際に行動に移すにはそこからもう一歩踏み出さなければならない。そしてようやく強くなる為に行動を起こし始めたとて、その『膨大な為すべき事』の前に多くの者が挫折していく。やがて挫折をしなかった者達でも、やはり最初に描いた『理想』の姿から下方修正された『理想』を目指し始めてしまう。だが、何があろうとも強くなりたいと思い描いた時に持った『理想』の姿を持ち続けて、その『理想』を手にするのだという明確な意思を持って研鑽を行い、当初の意思を貫き通して『理想』を体現した者が強者だと思っている……」

 ソフィは自分の両手を前に出して強く握りながら雄弁に語る。その様子をこの場に居る『大魔王』達や『妖魔退魔師』総長の『シゲン』もしっかりとソフィに視線を注ぎ続けていた。

「我はよく他者から強いと言われてはいるが、本当の意味で我は強いのか分からぬ。当初に抱いた『理想』を体現出来る程の力にはまだ我は至っていないのだ。しかし現段階においても我はまだ自分の今の力量を試す相手と出会った事がなくてな……。我の強くなりたいと願った『理想』の姿はこんなモノではないのだ。全てを守れるだけの力というのは、こんな程度のモノでは……」

 徐々にシゲンへの返答から、自分の葛藤のモノローグへと変貌していくソフィであった。

「至高の存在という者がもし居るならば、是非我と戦ってそして敗北を突きつけて欲しい。我は『理想』の体現を果たせる姿になれなければ、そのまま死んでもいいという覚悟で研鑽を今も続けているのだ」

 ソフィの強くなりたいと考えた時に持った最初の意思、その理想値は相当に高い様子であるが、その理想値にどれだけ自分が近づいているのか、それを試す相手も示す相手も今日まで存在せずそれが分かっていない。

 彼の友人である『エルシス』もまた、過去に『自分の強さを測る為の指標』を探していた。彼の願いは『ソフィ』という存在によって叶えられる事が出来た。しかし皮肉にもその自分と同じ思いを抱く人間の願いを叶えたソフィの願いは叶えられずに今日も生きている。

 黙ってソフィの言葉を聞きながらもシゲンは大きく頷いた。目の前で自らの身の上話を話すソフィにシゲンは、やはり自分の見る目は間違ってはいなかったと断言出来たのであった。

「つまり強くなりたい理由と意思を持った者が、その最初に定めた『目標』とも呼べる『理想』の目標値を一切下げる事なくそれに近づけていける者こそが、お主の言った強者というわけか」

 ソフィの言いたい事を上手くまとめて口にするシゲンに、ソフィは首を縦に振るのであった。

「強くなりたいと思う気持ちに際限はない。何故ならその強くなりたいと願う者の『理想』とは、強くなりたいと思った者達の数に比例して『理想』は変わるからだ。しかし共通するのは『理想』を叶える為に努力と研鑽を積み重ねて一歩でも『目標』に近づこうとする者の意思だ」

 意思が無ければ強くはなれない。そしてそれを継続出来るだけの意思というモノも重要になってくる。

『理想』を叶える為に必要な事は、叶えてやると強く願う意思を叶えられるまで継続して持つ事が出来る者だと、この場で訴えて見せたソフィであった。

(強くなりたいと願った最初の時に思い描く、『理想』の姿と、それに近づけようと持ち続けられる『意思』……)

 シゲンとソフィの会話を聞いていた『ヌー』は、いつの間にか自分の内に眠る熱いモノが沸々と沸き上がって来るのを感じた。そしてやはりこのソフィという男こそが、彼の知る中で『最強』の男なのだと再確認する事が出来た様子であった。

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