最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第1175話 シグレに対する決意の表れ

「貴方の気持ちは分かる。大事な人をいきなり失えば誰でも普段通りには行かなくなるでしょうし、貴方のように自分を見失って『コウゾウ』という存在を貴方から奪った連中を許せないという感情から、憎悪に身を委ねてしまったんでしょうね」

 優しく頭を撫でながら抱きしめられているシグレは、そのミスズの言葉に思うところがあったようで、少しずつ泣いていた声が小さくなっていった。そして何かに耐えるように歯を食いしばりながらシグレは、ミスズの胸の中で彼女の掴んでいる服にぎゅっと力を込めて、必死に言葉を吐きだすのだった。

「副総長! 私は『妖魔召士ようましょうし』と名乗る者は全員許せません! 今までは『妖魔召士』も『妖魔退魔師ようまたいまし』と同じように人を助けるために妖魔と戦っている、本当に尊敬出来る人達だと思っていました。でも実際に接してみて妖魔召士は、全然妖魔退魔師とは違った! あんな平気で汚い真似を行う連中が正義漢ぶっている事自体が私は許せない!! でも何よりもそんな妖魔召士達に隙をみせてしまった私が一番情けなくて……! コウゾウ隊長を死なせてしまったのは、私が原因です……! 私が奴らに人質に取られてしまった所為で、コウゾウ隊長は……」

 そう話すシグレの想いの強さは、ミスズの服を掴んでいるシグレの手からも伝わって来る。ここまで他人に対して憎悪や怒りを宿しながらもしっかりと、その原因となった理由をしっかりと理解して自分を責める事を見出している。

 まだミスズは10代半ばに届くかという年齢で頑是ない子供とまでは言わないまでも、この年齢でここまで物事の実情をしっかりと理解出来る子供はそう居ないだろう。ミスズは先程シグレに対して『憎悪に身を委ねてしまったのだろう』と言葉にしたが、それはミスズの考えていた事とは明白に違った事を認めるに至る。

 単に大事な人を相手に奪われた事で恨んでいるのだろうと、まだあどけなさの残る彼女から想像して、この年齢であれば、その感情を抱く事は好ましくは無いが至極理解出来ると思って発言を行ったミスズだが、実際にシグレが口にした最後の『、コウゾウを死なせてしまった』という言葉を感心すると同時に、コウゾウが手紙にしたためた『最後の一文』は、シグレ隊士のこういう所を理解しての彼の言葉であったのだと理解する。

(コウゾウ……。やはり貴方は物事をしっかりと捉える事が出来る素晴らしい人間でしたね。そして私も遅ればせながら、シグレ隊士の本当の有能性に気づく事が出来ました。成程、確かにこの子は間違った道に進ませるには惜しい人材だ。しっかりとした道を歩ませる事が出来れば、優れた妖魔退魔師になれる事は簡単に予想がつく)

 もちろんシグレの今の気持ちも心にしっかりと伝わっているミスズだが、ミスズは同時に頭の中ではソフィに届けられたコウゾウの書簡の事を考えていた。これはミスズが注意散漫なわけではなく、同時にいくつかの事を考えて行える彼女の性質であり、どちらの事に対しても感受する事や思考を働かせる事も出来ている。

 だからこそシグレのコウゾウを失った気持ちに対しても、自分の感情とシンクロさせる事が出来ていて、更には頭の中ではシグレ隊士という有能な人間と了知する事が出来たのだった。

「確かに貴方の力が及ばない所為で、コウゾウはハンデを背負う事になったのかもしれません」

 その言葉を聞いたシグレが身体を震わせた事は、密着しているミスズにも伝わって来る。しかしそこで言葉は止まらず、ミスズは続けてシグレの耳に言葉を流し込む。

「しかしそれで貴方が自分を責めるのは、私は間違っていると思います。何故ならもう一度言いますが、貴方が弱かったからです」

「えっ……」

 シグレはミスズの言っている事が理解出来ずに、困惑するような声が漏れるのだった。

「シグレ隊士。今はまだ理解する必要はありませんが、今から私が口にする事だけは必ず忘れないで下さい。憎悪に負けそうになった時、必ず私の元へ来なさい。自分を責めたくなった時は、必ず私にその思いをぶつけなさい。いいですね? 私が『仕事』をしている時や『就寝中』であっても遠慮は要りません。必ず我慢をする前に私に言いなさい。これは退としての私から、に対する最重要の命令です。努々ゆめゆめ忘れぬように」

 呆然としながらシグレはミスズの顔を見上げた。先程まで優しく抱きしめていた顔ではなく、今の彼女の顔は『仕事』を行っている時の凛々しい副総長ミスズの顔をしていたのだった。

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