最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第932話 ヌーの凄さ

 エイジはジッと固まっているヌーを見ていたが、やがては店員に口を開いた。

「すまない、何か拭くものをくれないか?」

「あっ……。は、はい、お待ちください」

 今のやり取りを皿を拭きながら、目の前で見ていた店員だったが、エイジが何をしたか分からず、突然ヌーが酒を零し始めて微動だにせずにぼーっとしている姿を見て、訝し気に見ていた店員だったが、ようやく我に返ってエイジの言葉に慌てて拭く為の布を渡すのだった。

「すまないな」

 エイジは店員から真っ白な布巾を受け取ると、テーブルの上を拭き始める。エイジは最初、ヌーに受け取った布巾を渡そうとしたのだが、ヌーが真剣に考え事をしていたようで、それを察したエイジは、テーブルを拭き続けるのだった。

 やがてテーブルを拭いているエイジに、ヌーが口を開いて喋り始めるのだった。

「今、お前が魔力を込める前に『魔瞳まどう』を使ったな? 目が一瞬だけ青く輝いたのが見えたが、あれがお前が先程言っていた超能力の力と言う奴だな? 俺はお前がその後に、何かをしようとしたのを察して俺自身も『魔瞳まどう』を発動させたが、お前のその後の『捉術そくじゅつ』とやらには効果を発揮できなかった。つまりはその前の時点で俺の行動は、完全に封じられたという事だ。違うか?」

 ヌーは自分がエイジの術にかけられたことで、酒をひっくり返して服をびしょ濡れにされたが、そんな状況でも怒るような真似は一切せずに、先程の現象を事細やかに語りながら、自分が出した捉術の結論に答え合わせをエイジに求めるのだった。

 エイジはテーブルを拭いていたが、ヌーの提示した答えに感嘆の声を漏らした。

「正解だ。お主よく気づいたな。先程小生が『捉術そくじゅつ』とはこういうモノだと、前置きをするようにお主に告げたが、既にその時には術は完成して小生はお主を支配下に置いていた。あくまでその後にお主に施したのは、ただの魔力圧をお主の周囲の空気に混ぜ合わせただけに過ぎない」

 淡々とエイジは答えるが『妖魔召士ようましょうし』でもない者が、今のエイジの行った一連の流れを把握して、理解を示したことにエイジは、ヌーの戦闘センスに感心して内心では驚嘆かんたんするのだった。

 結果的にエイジの放った捉術にやられたヌーではあったが、次に同じことをしようとしてもヌーはもう、エイジの今の術には掛からないかもしれない。

 エイジはヌーという魔族は、相当に強い者だという事を今の一回のやり取りでそう判断するのであった。

「やはりそうだったか。しかし貴様の結界の正体が、その『魔瞳まどう』の影響だという事は理解したが、その『魔瞳まどう』自体を防ぐ手段が思いつかん。結局はお前もだということだな」

 もうヌーは人間だからとか、種族で相手を判断する事は無いだろう。エイジがヌーの戦闘センスを見抜いたと同じように、ヌーもまた『強き者には種族や年齢は関係ない』という結論に至ったからである。

(人間にも俺より強い者は当たり前に居る。決してこれからは、侮るような真似はしない)

 ヌーはもう先程の疑問であった結界の事などはどうでもよくなった。それ以上に重要で大切な事を経験として理解させられたからである。

 大魔王ソフィが化け物で、そのソフィが扱う魔法の種類を知ったところで、今の自分には防ぎようがないのと一緒で、今のエイジの『捉術そくじゅつ』とやらのからくりを知ったところで、今のヌーには同じように防ぎようがないのである。

 『捉術そくじゅつ』がどうとか、結界がどうとか、そんな事は今はどうでもいい。エイジという人間が自分より強い者である以上、自分の理解の及ばない何らかの方法を使っているという事実を知れただけで十分なのであった。

 そしてさっきの事以外、話を掘り下げるような真似をせず『捉術そくじゅつ』の事を聞いてこないヌーにエイジもまた頷く。

(この者は諦観ていかんしたわけではない、あくまで小生と自分の力量差を理解し、今のままでは小生の捉術を理解したところで、抵抗が出来ないレベルだと判断し、そうであるならば、まずは自分を高めてからにしようと考えて、小生の『捉術そくじゅつ』や結界を知ろうとしなかったのだ。それはつまり、 真理を理解している者のとる行動だという事だ)

 エイジはヌーと知り合ってまだ短い期間だが、ヌーという存在の凄さを理解するのであった。

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