最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第908話 話の齟齬

「お主はケイノトの町の住民たちを守る為に、これまで戦場に出る事が出来なかった者達に力を与える事を可能にしたと聞いた」

「そうだ。古来から人を襲う妖魔が身近に蔓延っているのだ。戦える戦士を増やして少しでも町に生きる者達を救いたいと思うのは、当然の事だろう」

「確かにその考えはとても素晴らしい事だと我も思う。戦えない者達からすれば、非常にありがたい取り組みだろう」

 これまでとは全く違う内容の話を始めたソフィ。それを聞いたゲンロクは、先程までソフィ達を取り押さえようとヒュウガ達に命令を出そうとしていた事など頭から抜けてしまい、ソフィの話す内容がどういう意図なのかとそちらに意識を向けられてしまうのだった。

「だが、そんな風に人道的に尽くせる者が編み出した力にしては、少し暴力的過ぎやしないかと、我は話を聞いて思っておったのだ」

「一体何が言いたい? 妖魔を『式』にするのは昔から『妖魔召士ようましょうし』がしてきた事だ。ワシはその『妖魔召士ようましょうし』にしか出来ない事を望む者に力を与えて、誰にでも悪しき妖魔と契約させる事を可能としたのだ。これまでは『妖魔召士ようましょうし』として求められる力の線引きが高すぎたのだ。生まれてから僅か十歳までに『妖魔召士ようましょうし』としての評価点に届かなければ、如何に才ある若者であっても、そのまま足きりとされて淘汰されてきた。十分にランク『2』やランク『3』に至る力があって町民を守る意思がある者が戦う力も与えられず、守られるだけの存在の側にまわされる。ワシはこの年になるまで何人も『妖魔召士ようましょうし』になれず、ワシ達と共に戦いたいと思いたい者が戦う事を許されず、歯痒く思いながらもあの世へ去った者達も多く見てきた。そんな者達に報いたいと思う事は悪い事か?」

 ソフィは突然のゲンロクの変貌振りに些か驚かされた。今ゲンロクが語った言葉には、演技や用意された言葉を話した様子では無く気迫に迫っていて、とても熱意のある心の底からの言葉に思えた。

 どうやらこのゲンロクという男は、力や権力に溺れた者ともまた違う。本当に人間たちの為にという気持ちをもって色々と行動をしてきたのだろう。しかしそちらに傾倒しすぎていて、その他の事に目が行っていない。一つの物事に対して追求しすぎた結果、視野が狭くなってしまったのだろう。

「クックック……。そうかそうか。お主はお主になりに同じ人間達を案じて、そして行動を起こしたという事か。お主はとても立派だと思う。そしてお主の言いたい事も分かるし、してきた事もある意味で正解だ」

 ソフィは優しい目をしながらゲンロクを見据える。

「うむ。お主は確かに立派だ。だが少し『妖魔召士ようましょうし』としてもう少し妖魔側にも目を向けるべきだな」

「何?」

 『妖魔召士ようましょうし』でも無い者に分かった風な口を利かれて、再びゲンロクは眉を寄せ始める。ここに来た時のソフィとは違い、ゲンロクに対してまるで教え子に説明するかのような、どこか親しみをもった目を向けながら説教を始めるのだった。

「別の種族に対して最初は同じ同胞のように接しろと言うのは難しいだろう。だが、お主はそれだけ人を思いやれる事が出来るのだ。それだけの事が出来るのであれば、その相手側の気持ちも理解してやれるだろう」

「何を言っているのだ?」

「お主が編み出した術によって『妖魔召士ようましょうし』としての心得を理解せぬままに、自分の好きなように妖魔を奴隷のように従わせる者が増えておるのだ。当然お主はそんな使い方をするように伝えたわけでは無いだろうが、結果としてその使い方がお主の配下達の間で蔓延しておる」

 ようやくソフィが何を言っているのかを理解し始めたゲンロク。どうやらこの若い青年は、無理矢理『式』にされた妖魔側の目線で話をしているようであった。 

「ソフィ殿、何故ワシらが人間を襲ってくる妖魔の気持ちを汲んでやらねばならぬ? 奴らは人間に仇を為すものだ。ワシらに奴らを思いやる必要や余裕などあるわけが無かろう』

「妖魔が全員人間を襲う為だけに存在しているわけでは無い。彼らの中には無理矢理従わされてしまった妖魔を解放しようと、それだけで行動しておる者も居るのだ『妖魔召士ようましょうし』とは『悪』に染まった者を平常に戻して、来世に繋がる道を作ってやる者達なのだろう? そこをお主が履き違えては、お主の後に続く者達もまた、道を外していくのではないのか?」

 ソフィは新たに出来た友人である『サイヨウ』から受けた言葉を別世界の同じ『妖魔召士ようましょうし』に対して告げる。ゲンロクは『妖魔召士ようましょうし』としての心得と、どこかで聞いた科白に目を丸くする。


「貴様……。一体何者なのだ? 先程の言葉からは『妖魔召士ようましょうし』を知っておるかのように感じられる。それにお主の話を聞いておると、従わなければならなくなるような、そんな説得力がある……」

「我は確かに『妖魔召士ようましょうし』ではない。だが、知り合いの『妖魔召士ようましょうし』から心得とやらを聞いたことがある。人間を襲う妖魔達を『式』にして徳を積ませて。その心得を聞いたとき、我は『妖魔召士ようましょうし』という者は優れた存在だと思ったが、この世界の『タクシン』と言う男に従わされていた妖魔『動忍鬼どうにんき』は、お主達妖魔召士や、妖魔退魔士達に無理矢理『式』にされた後、望まぬ戦いを何年も強要されたと聞いた。そしてそれは『式』を使役する人間が死ぬまで続けさせられると」

 ソフィが再び動忍鬼の言葉を思い出し、口調に苛立ちの色がこもり始める。そんなソフィの言葉を聞きながらゲンロクは眉を寄せ始める。

「ちょ、ちょっと待って欲しい。ソフィ殿」

 続きを話そうとしていたソフィだったが、ゲンロクの言葉に開こうとしていた口を閉じる。何か誤魔化しめいた発言をしようとソフィの話の腰を折ったのかと思ったが、どうやらゲンロクの顔を見て演技では無く、本当に心当たりが無さそうな表情だった為に、ソフィは素直に口を閉ざしたのであった。

「タクシンというのは確かに『退魔組」に属する男で『動忍鬼どうにんき』という妖魔もあやつの『式』で間違いはない。だ、だがあの男は心優しく、自分の式神達にも慕われておったはずじゃ。何かの間違いではないか?」

 その言葉に今度はソフィが驚かされる。

 これまで悪意に満ちた者達を相手に数えきれない程の対話を繰り返してきたソフィの目から見ても、ゲンロクが誤魔化しや嘘を告げているようには全く見えない。

 これが演技で言っているのであれば、ゲンロクと言う男こそが、狐やタヌキの妖魔とかでは無いだろうか。

 思わずソフィが絶句したままゲンロクを見ていると、ソフィの隣に居たヌーが代わりに口を開くのであった。

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