最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第896話 決死の逃亡劇

 、イバキまでの直線の道が開かれた後、全速力で駆け抜けていく『劉鷺りゅうさぎ』であった。

 誰か奴を止めろという敵の言葉をその耳で聴きながら、劉鷺はそれを否定するかの如く、敵の攻撃を掻い潜りながら次々とその速度を以て置き去りにしていく。

 イバキの近くまで辿り着いた時、その周囲に居た者達がようやく劉鷺に触れる距離に立った。

「何者か知らぬが、調子に乗るなよぉっ!」

 イバキにトドメをさそうとしていたイダラマ一派の剣士達が、一斉に闖入者である『劉鷺りゅうさぎ』に向けて攻撃に転じた。

 彼ら護衛剣士は確かに一流の者達である。覚悟すら持っていなかった『退魔組』の下位の退魔士とは違い、戦力値にしても相当な数値を持っているであろう者達であった。

 だが、そんなものはランク『3』に数えられる人型の妖魔『劉鷺りゅうさぎ』の前では一般の人間となんら変わりはない。

 恐ろしい剣速で横凪ぎに振られた刀の切先を劉鷺は、左手の人差し指と親指で掴みながら手前に引いて見せる。

「ぬぅっ!?」

 劉鷺の腕力によって持ち手ごと引っ張られた男は、手繰り寄せられてそのまま別の剣士の前に出される。

「くっ……!」

 前方に居た仲間を盾にされたことで、他の剣士は躊躇して手を止めてしまう。劉鷺はそこで最初の盾にした男の刀を奪い取ると、そのまま盾にした男の背中から剣を突き入れる。

「ぎぇっ!」

「あ……、ぐっ……!」

 同時に二人の男を串刺しにして殺した後、刀を男の背中から引き抜いてその刀を無表情で振り切った。ざしゅっという音と共にその護衛剣士二人の首を同時に刎ね飛ばすと、その背後から迫ってきていた男を一睨みする。

「ひっ……、ヒィッ!!」

 劉鷺の射殺すような視線に晒された男は後ずさるが、そのまま右手で男を引き寄せて奪った刀で口から刀を突き入れた。

「あぐぇ……」

 惨たらしく次々とイバキの周りに居る『敵』を屠りながら、劉鷺は止まることなく前進を続ける。そして横たわるイバキに遂に手が届いた劉鷺は、抱き起そうとしゃがみ込むが、そこでようやく『ウガマ』と『アコウ』が追いついてきた。

「くっ……!!」

 ひゅおっという風を切る音をその耳で聴きながら、何とかイバキを抱き抱えたまま、劉鷺は前方に転んで刀を躱す。

「何者か知らぬが、お前は危険だ」

「逃げられると思うなよ?」

 アコウとウガマの両名はそう同時に口にすると、転がってそのまま距離をとった後に立ち上がり、逃げようとする劉鷺に向けて左右から挟みながら並走するように追いかけてくる。

 人を一人抱えているとはいっても、それでも先程とあまり速度は変わってはいない。

 それ程の速度で走っているにも拘わらず、先程までの連中とは違って追い縋って来る二人を引き離せない。どうやら同じイダラマ一派でも先程までの連中とは実力そのものが違う者達なのだろうと、劉鷺は判断するのであった。

(だめだ、このままでは追いつかれる!)

 劉鷺はどうするかと悩みながら、周囲を見渡して懸命に走り続ける。

 そこで虚ろな目で意識を失いかけていたイバキが、うっすらと劉鷺の両腕で抱えられながら目を開ける。

「……劉……、鷺……?」

「!?」

 手元から自分を呼ぶ声が聞こえて、劉鷺はそちらに目を向ける。

「主殿! 目覚めたか!」

「こ、ここは?」

 イバキは意識を取り戻したが、自分が今どうなっているのか全く理解が追い付いていないようであった。

 それも仕方が無い事だろう『本鵺ほんぬえ』の呪詛から身を守る為に無我夢中で結界を使って、そのまま地面に横たわりながら意識を失ったのだ。そして目が覚めたら町に送った筈の自分の『式』の妖魔の顔があり、何故か自分がその妖魔に抱かれて走っているのである。直ぐに理解しろという方が、可笑しい話である。

 だがようやく少しずつ覚醒してきたようで、イバキは抱き抱えられながら顔だけを横に向けてみる。そこで一気に今の状況を理解する。

「りゅ、劉鷺!? 今追われているのか!!」

「だめだ、主殿!!」

 地面に降りようとするイバキだったが、劉鷺は慌ててそれを制止する。

 気絶状態からようやく目を覚ましたイバキがこのまま劉鷺の腕から降りたら、一瞬で追手の二人に捕まってしまう。

 引き離せないとはいっても劉鷺だからこそ、追ってくる『ウガマ』と『アコウ』から逃げられているのである。追手の二人はとてつもない脚をしている。

 鷺の妖魔である『劉鷺りゅうさぎ』の全速力でも引き離せない程に、ぴたりとそのままの速度を維持しながらついてきてみせている。劉鷺はイバキを抱えた当初、空を飛んでそのまま逃げようと考えたのだが、跳躍する僅かな一瞬で『アコウ』と『ウガマ』に追いつかれる恐れがあると本能で理解した為、そのまま地を走る事にしたのである。

 劉鷺一人であれば、このまま背後の二人からも逃げ切れる自信があるが、イバキを抱えたままであれば、この距離を維持し続けるのも難しい。その証拠にイバキが目を覚ました直後辺りから、少しずつではあるが距離が詰められてきている。このままではいずれ追い付かれてしまうだろう。

「……主殿、頼みがある」

 劉鷺は前を向いたままで、腕の中に居るイバキにそう声を掛けるのだった。

 ……
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