最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第848話 赤い狩衣の長屋

 裏路地側の長屋が連なる道を歩く。表通りのように道幅が広くはない為、ソフィ達は先導する赤い狩衣の男の背後をついていく。

 そのソフィの更に後ろを歩くヌーは、前の狩衣の男を睨み続けている。もしソフィがこの場に居なければ、男が背中を見せている今この瞬間にも好機とみて襲い掛かっている事だろう。

 それを知ってか知らずか先頭を歩いている狩衣の男は、時折後ろを振り返り、ヌーの鋭い視線を見て薄く笑って見せていた。そしてそれを見て更にヌーは歯を食いしばりながら、視線で射殺せるのではないかという程に睨みつけるのだった。

 ヌーの横を歩いているテアは、そんなヌーを無視して辺りを見渡している。どこの長屋を見ても脇に乾かされている小さな草履の数が多い。子供が多いのだろうが前を歩いている先程の子以外には周りに子供の姿が見えない。皆、家の中で遊んでいるのだろうか。

 路地の裏を歩き始めて数分。入り組んだ道を曲がっては進み、ようやく目的地に着いたようだ。このケイノトという町は、表通りを歩いてるだけでは気付かなかったが、似たような長屋がいくつもあり、どうやら相当に迷路じみた造りになっている。都度、細い路地や裏道を経由してここまで来ている為、一度路地側へ入ると道に迷ってしまいそうであった。

 やがて何度目かの曲がり角を曲がった先、一つの長屋の前で、狩衣の男は立ち止まった。

「この中なら他の者に聞かれる心配も無い」

 狩衣の男がそう言うと、ちらりと視線を少年に向ける。少年はコクリと頷くと長屋の戸を開けて中へ入っていった。

「さぁ、お主達も入るがいい」

「……」

 ソフィはちらりと背後のヌー達を一瞥する。ヌーとテアは頷きを返して来るのを確認して、ソフィは中へ入っていく。そしてその後をヌー達が続き、最後に狩衣の男が長屋に入って後ろ手に戸を閉めた。

 長屋に入るとまず玄関から見えないよう畳部屋と土間の間に、仕切り板が立てかけられていた。少年は草履を脱ぎ捨てると、その板を横にずらしてソフィ達を中へ出迎えてくれた。

 六畳ほどの広さのある畳の上に狩衣の男が座ると、ソフィ達にも座るように促してきた。全員が座ったのを見計らって先程の少年が再び仕切り板を玄関側から見えない位置に移動させる。そして何やら呟くと、土間からこちら側に薄い魔力が漂い始める。ヌーが片膝ついて立ち上がろうとするが、そこで赤い狩衣の男が口を開いた。

「案ずるな。それは先程の『結界』とは違う。単に人除けと気配を稀薄にするだけの『結界』だ」

 どうやら仕切り板を媒体にこの家の内側と外側をズラす『結界』を張ったようである。魔族はあまり使わないが、確かに媒介を通して発動する結界はアレルバレルの世界の『人間界』にも存在する。どうやらそれと同じようなものなのだろうと、ソフィは理解を示すのだった。

「さて、これで余所には話が漏れぬ。お主達が一体何者なのか、小生に教えてくれ」

「事情を説明するのは別に構わぬが、まず前提としてお主から説明するのが筋では無いか?」

 ソフィがそう言うと少し考える素振りをした狩衣の男だったが、納得するような表情に変わっていった。

「確かにお主の言う通りであったな。突然大きな魔力を持ったお前達が『退魔組』の連中と別れた直後に裏路地に来たものだから、ついつい警告を兼ねて手を出してしまったのだよ。許してくれ御三方」

 そう言って狩衣の男は胡坐をかいたまま頭を畳に向けて下げる。どうやら謝罪したのは本心からのように感じられた。

「それはもうよいが、その口振りだとどうやらお主達は『退魔組』と呼ばれる者達では無いようだな」

 ソフィがそう言うと、男は下げていた頭をあげて口を開いた。

「ああ、小生は『エイジ」という者だ。この町の『退魔組衆』の中には小生と同じ狩衣を着ている者もいるが、小生は『退魔士』では無く、生粋の『妖魔召士ようましょうし』である」

 エイジと名乗った赤い狩衣の男は自己紹介を始めるのだった。どうやら『退魔組』という町の『組織』には属しておらず『退魔士』では無く『妖魔召士ようましょうし』であるらしかった。

「『妖魔召士ようましょうし』……か」

 ソフィはその言葉に聞き覚えがあった。

「確かサイヨウも『妖魔召士ようましょうし』と名乗っておったな」

 この世界に来る前にリラリオの世界で知り合った僧の恰好をした男『サイヨウ』もまた、自分の事を『妖魔召士ようましょうし』と名乗っていた。

 ソフィがそのサイヨウの名を出したと同時、仕切り板を元の位置に戻していた少年と、エイジと名乗っていた狩衣の男が同時にソフィを見る。

「お、お主! サイヨウ様の事を存じておるのか!」

 これまで冷静だったエイジは素っ頓狂といえるような声をあげて、目を丸くして大きく驚いて見せたのだった。

 ……
 ……
 ……

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