最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第817話 テアの威圧感

「よ、妖魔達が一斉に消え去った? 一体何をしたというのだ……!」

 タクシンが使役した『式』達である『幽鬼ゆうき』達。
 首を刎ね飛ばされた時点で、式神達は生きる事は出来ないが、それでも目の前から一斉に消えたのを見てタクシンは驚き、そしてそれを為してみせた『テア』に視線を送る。

「――」(何だ。そっちはまだやってないのか)

 タクシンの視線の先に居る死神貴族『テア』は、ヌーという魔族に何か言葉を向けていたが、言語が全く理解出来なかった。

「クククク、

 どうやら使役をしているあの魔族には、小柄な死神の言語を理解出来るようで、何やら会話をしているようだった。

「――」(それはどうもありがとよ)

 シニカルな笑みを浮かべながら口笛を吹いた後、テアはそっぽを向きながらそう口にするのだった。

「さて、それじゃあ俺様も先程の借りを返すとするか」

 そう言うとヌーは、金色のオーラを纏いなおす。

 タクシンは懐に手を伸ばして新たに札を取り出そうとするが、そこでぞっとするような感覚に襲われるのだった。

 タクシンは周囲を見渡した後にヌーを見るが、自分の『スタック』の準備をしているようで、この感覚はあの魔族のせいではないようだった。そしてちらりと先程の死神を見ると、薄気味悪い笑みを浮かべながら視線をこちらに向けていた。

(くそ……! か。こちらに向かって手を出して来るような気配はないが、私が『式』を使おうとするとあの嫌な感覚が襲ってくる……)

 どうやら『テア』と名乗る死神貴族は、ヌーとタクシンの一騎打ちであれば自分は手を出さずに傍観をするつもりのようだが、再び何か『式』を使役しようとすると攻撃に出るつもりらしい。

 先程の『テア』の戦闘を見る限り、下手に『式』を出したところで邪魔にしかならない。あっさりとやられるだけでは無く、もしかするともう『式』を使わせないように手を出して来るかもしれない。

 タクシンは今の自分の力量を冷静に見極めた上で、あの魔族と死神を同時に相手にするのは、得策では無いと判断する。

「仕方あるまい」

 一対一でまずあのヌーとやらを葬り去り、その後に死神の相手をすればよい。二体一ならば不利だろうが、一対一であれば、負ける気はしないタクシンであった。

「それでは『退魔組』に数人しかいない『特別退魔士とくたいま』の力を見せてやろ……う?」

 タクシンは口上を述べようとした瞬間。自身の周囲の空気に対して違和感を敏感に感じ取り、袖を口元に持っていった。

(これは? 毒か?)

 タクシンがそちらに意識を割かれている間に、ヌーは次々と行動を開始し始めている。

「!?」

 タクシンが顔をあげた時、既にヌーは姿を消していた。

 『魔力感知』や『漏出サーチ』といった『理』を用いた魔法などを使えないタクシンは、直ぐにその場から離れようと懐から式の札を取り出そうとする。

 その瞬間、先程と同じようにを掛けられる。

(し、しまった……! あの死神が居たか!! し、しかしここから早く離れなければ命に関わるのだ。構っていられるか!)

 鳥の妖魔を使役しようと、左手で口を押さえながら右手で札を放とうとする。

 ――その瞬間。
 死神貴族の『テア』は、肩に乗せていた大きな鎌の柄の部分でトンットンと自分の肩で音を鳴らしながら笑みを浮かべ始めた。

「――」(残念。その首は落とさせてもらう)

 そしてテアはその場で大きな鎌を軽々と振り始めた。

(やめろテア!! 俺の獲物に手を出そうとするんじゃねぇ!)

「――」(ああもう! めんどくせぇ!)

 『テア』はそのまま一気にタクシンに向かおうとしたが、その瞬間にヌーから『念話テレパシー』が送られてきた為、駆け出そうとしかけた足のつま先に、思いきり力を入れてその場で踏みとどまり、思いきり悪態をつくのだった。

 呼び出した『式』の鳥の足に捕まりながら空を高速で飛び上がりったタクシンは、テアが鎌を振り回していたのを見ていた為、自分に向かって攻撃を仕掛けると思ったのだが、突然に急ブレーキを掛けながら前のめりに倒れかけているのをみて、訝しそうに眉を寄せるのだった。

 何はともあれ空へと避難に成功したタクシンは、溜息を吐きながら一息を入れる。

「おいおい! えらく余裕をみせているじゃねーか。てめぇの相手はアイツじゃなくて、俺だってのを忘れてんじゃねぇのか?」

 声だけが聞こえるが、その声の主のヌーの姿が見えない。タクシンは慌てずに気配を探るが『魔力探知』や『漏出サーチ』といった魔法でさえ探ることの難しい『隠幕ハイド・カーテン』を使っているヌーの姿を捕える事が出来ない。

 タクシンの居る場所よりさらに高い頭上から光の波動が感じられた。舌打ちをしながらタクシンは、頭上から降り注ぐ光を躱す為、左へ移動するように『式』に指示を出す。

 ――神域魔法、『天空の雷フードル・シエル』。

 光を視界に捉える時には、既に閃光の一撃は地上へと落ちている。
 何とかタクシンは自分に向かって落とされた雷の一撃を躱したが、空に居ての戦闘は不利でしかないと悟る。

 地上へ降り立ったところで空気を汚染させられる上、相手の姿を探りながら戦わなければならない。

(クソッ、なんて戦い辛い相手なのだ! 気配が全く探れず、地上も空も安全地帯が無い!)

 タクシンはこのヌーという魔族に対してこれまで戦ってきていた妖魔達とは、一味も二味も違うと感じ始めるのだった。

 …………

「――」(ねぇねぇ。もう私帰っていい?)

 ヌーから『念話テレパシー』を感じる事は出来たが『念話テレパシー』の送り方を分からないテアはその場で一人呟いた。

 もしかしたら呟くだけで契約主の『ヌー』に言葉が届くかと思ったテアだったが、数秒程待っても返事が返ってこない為、大きな鎌を肩に乗せ直しながらその場で大きく溜息を吐くのだった。

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