最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
第773話 初めての恐怖心
「それでは我はレイズへ向かうがリーネよ、昨日も言った通り我は当分別世界へ跳ばされた配下『エヴィ』を探しに行かねばならぬ。一通りの面倒ごとが片付いたら、必ず我はお主を迎えにこの世界へ戻る。それまでこの屋敷で待っていてくれるか?」
リーネに話をした翌日。レイズに居るレアと合流をしに行く為に外に出たソフィは、見送る為に姿を見せたリーネにそう告げるソフィだった。
「ええ、本当ならこのまま貴方についていきたいっていうのが本音だけどね。貴方の迷惑になるのは避けたいし、早く用事を終わらせて戻ってきてね?」
そう言って抱き着くリーネに強い頷きを見せるソフィだった。
「……お主達、悪いがリーネを頼んだぞ?」
「お任せください、命を賭してでもお守りします」
「「グルルル!」」
「キーー!」
ベアやベイル。そしてロードの面々はソフィの言葉に即座に反応し『奥方様は任せろ!』とばかりに返事をするのだった。
(ベアよ、万が一だが自身の身や、ハウンド達に違和感を感じたら直ぐに我に知らせるのだ)
(え? は、はい、勿論何かあれば知らせますが、何か……、あるのですか?)
リーネ達と同じようにソフィを見送ろうと庭に居たベアは、突然の主の『念話』の内容に驚きつつもそう返事をする。
(レルバノンから話を聞いたのだが、近頃魔物達が狂暴化しておるらしい。もしかすればレキが復活した事が、影響しておるかもしれぬらしいのだ)
(そうですか……。この世界の魔王様が復活なされたのですね)
今はもうソフィという別世界の魔王に忠誠を誓うベアにとっては、この世界の魔族の始祖の名前を出されてもそこまでの感情は抱かなかった。しかしこれまで何十年もの間、何も無かったというのに、ソフィという主がこの世界に来てから色々な事が起きるものだと感慨深いベアであった。
(『アレルバレル』の世界に我が居る間は、我に知らせてくれればよいが、我が居なくなった後は、ユファに知らせるのだぞ?)
(分かりました!)
ソフィに強く返事をするベアの視線を受けたソフィはリーネと離れた後に、ベアの元へと歩いていく。
「ベアよ。お主はこの世界に来て最初に我の配下となった魔物だ。これまでリーネや屋敷を守り、我に仕えてくれた。お主に掛けられておるその『契約の紋章』は、本当の意味で渡すに相応しい存在になったと我は思っておる。ベアよ、これからも宜しく頼むぞ?」
わざわざ『念話』では無く、目の前で口に出された主の言葉を聞いたベアは、その言葉を噛みしめるように頭で反芻させた後、地面に片膝をついて、頭を下げるのだった。
「お任せください! この命を賭して、生涯お守り致します!」
「うむ、それでは頼んだぞ」
ソフィは静かに屋敷の庭で『高等移動呪文』を使い、レイズ城へ飛んで行くのであった。
……
……
……
ラルフは鬼女とリディアの戦いの後に、その場を去ったリディアを追いかけてレイズ城を抜け出し、復興の後回しとされていた瓦礫に埋もれた街を歩いていた。
その廃墟となった場所は、元々はシティアスと並びソコソコに栄えていた街で『ガネーサ』という名の街であった。
そしてラルフは目当ての剣士の姿を発見する。小さな焚火の灯りを見つめながら、その剣士は暗い表情でラルフを見上げている。
「堂々とした姿では無い貴方を見るのは、とても珍しいですね」
ゆっくりとした足取りでラルフはリディアに近づき、焚火を挟んだ対面にあった大きな石の上に座りながらそう言った。
「……」
ラルフから視線を外したリディアは、無言で焚火に枝を放りなげる。
「貴方があの鬼の女と最後に剣を交えた辺りからあなたの表情は、私がこれまで仕事で命を奪ってきた者達と同じ表情をしていましたね」
ラルフの言う仕事とは、元々の彼が生業としていた殺し屋の時の事を言っているのであろう。
そしてその仕事のターゲットであった者達と、表情が似ているとリディアは告げた。
「一体何が言いたい?」
これまで無言だったリディアは、ようやくラルフを見ながらそう口を開く。
「命を奪われるという事に、本能でようやく理解した者の顔です」
「!」
リディアの目はラルフを射抜かんとばかりの鋭さを持っていた。しかしラルフは、その視線から外さず正面から睨み返す。
リディアもラルフも数秒の間、視線を合わせていたが、やがてリディアから逸らすのだった。
このまま睨みあっていても目の前の人間は、この場を去る事が無いだろうと判断したリディアは、静かに話を始めるのだった。
「お前の言う通り、俺はこれまで生きてきて、ようやく心の底から『恐怖』という物を経験したようだ」
焚火の火を絶やさないように枝をくべていく。
リディアの拾った木の枝は、よく乾燥しているようで一向に火が衰えない。
「強さという意味ではあの鬼女よりも遥かにソフィの方が上なんだろうが、アイツのあの剣が俺の頭上を掠めた時、あのまま戦う事より逃げ出したいと考えていた」
同じ敗北でもソフィとの戦闘の時には、先程の恐怖は感じられなかった。
ソフィがリディアを本気で、殺そうと考えなかったからなのか、それともソフィに対する斬りたいという感情が恐怖心を上回っていたからなのかは分からない。
しかし確実に言える事は、これまで経験した事のない恐怖心が今、あの鬼女に対して抱いているという事である。
ラルフはあの時リディアの身に何が起きたかを理解している。
恐怖にも色々と種類はあるのだが、考える事でジワジワと負の感情が宿り、精神面にダメージを蓄積させる恐怖や、今のリディアのように、たった一度の衝撃で全てを諦観させる恐怖というモノがある。
他にも恐怖とは形を変えて、人間の行動原理を妨げる事があるが、今回のように死ぬと本能で感じさせられた恐怖を克服するのは特に回復が難しく、再起させるのは非常に困難だと言える。
ラルフも殺し屋として過去に仕事をしていた時、確実に仕留められるという相手の時は問題なく処理してきたが、中々にしぶとく生き残ろうとする相手を仕留めるときには、相手の心を折る行動を優先した。
重要な事は相手が縋る物や、相手が頼りにしている物を根本から壊す事。
同じ対象者であってもコンディションが万全な時であれば、倒す事が困難であっても心の拠り所を潰して気に掛かって、何も手に就かない状況にしてみたりすると、しぶとい奴でもあっさりと命を奪いやすくなる。
今回の件で言えばリディアはあの鬼女に、信心を折られてしまったのである。
リディアが縋っていた信心が何かまではラルフには分からないが、あの鬼女に信じて縋ってきたモノを壊されたのは間違いが無いだろう。
今ラルフの眼前に居る目標は、酷く弱っている。こうして今は普通に会話が出来ているが、今もし戦闘を行えばラルフが相手でも倒せそうな程に。
もし今自分が殺し屋という立場であり、相手があの最強の剣士であるリディアであったならば、策を弄せばアッサリと殺れてしまうような、そんな感覚がラルフの握る手元に集約されている。
「心が折られた原因は恐怖なのでしょうけど、要因が分かりませんね。鬼女の振り下ろした最後の一撃から省みるに貴方と同じ剣士というのが要因でしょうか? それともあの剛力が、何か関連性が……」
リディアに返答をしているというよりも、もはや自分の事のように独り言を呟いているように見える。
(要因など俺も分からん……。だが、あの鬼の放った最後の振り下ろしの一撃を見た時、体が完全に恐怖に支配されたのは間違いない。あのまま試合が続いていたら俺は……)
この恐怖がどれだけ続くかはもう一度、あの鬼女と対峙し戦ってみなければ検討がつかない。
しかしリディアは恐怖自体が初めての経験であった為に、あの鬼女と出来れば戦いたく無いと考えている。
そしてそんな自分の感情に気づいたリディアは、再び唇を噛みしめながら苛立ちを募らせるのだった。
……
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「ええ、本当ならこのまま貴方についていきたいっていうのが本音だけどね。貴方の迷惑になるのは避けたいし、早く用事を終わらせて戻ってきてね?」
そう言って抱き着くリーネに強い頷きを見せるソフィだった。
「……お主達、悪いがリーネを頼んだぞ?」
「お任せください、命を賭してでもお守りします」
「「グルルル!」」
「キーー!」
ベアやベイル。そしてロードの面々はソフィの言葉に即座に反応し『奥方様は任せろ!』とばかりに返事をするのだった。
(ベアよ、万が一だが自身の身や、ハウンド達に違和感を感じたら直ぐに我に知らせるのだ)
(え? は、はい、勿論何かあれば知らせますが、何か……、あるのですか?)
リーネ達と同じようにソフィを見送ろうと庭に居たベアは、突然の主の『念話』の内容に驚きつつもそう返事をする。
(レルバノンから話を聞いたのだが、近頃魔物達が狂暴化しておるらしい。もしかすればレキが復活した事が、影響しておるかもしれぬらしいのだ)
(そうですか……。この世界の魔王様が復活なされたのですね)
今はもうソフィという別世界の魔王に忠誠を誓うベアにとっては、この世界の魔族の始祖の名前を出されてもそこまでの感情は抱かなかった。しかしこれまで何十年もの間、何も無かったというのに、ソフィという主がこの世界に来てから色々な事が起きるものだと感慨深いベアであった。
(『アレルバレル』の世界に我が居る間は、我に知らせてくれればよいが、我が居なくなった後は、ユファに知らせるのだぞ?)
(分かりました!)
ソフィに強く返事をするベアの視線を受けたソフィはリーネと離れた後に、ベアの元へと歩いていく。
「ベアよ。お主はこの世界に来て最初に我の配下となった魔物だ。これまでリーネや屋敷を守り、我に仕えてくれた。お主に掛けられておるその『契約の紋章』は、本当の意味で渡すに相応しい存在になったと我は思っておる。ベアよ、これからも宜しく頼むぞ?」
わざわざ『念話』では無く、目の前で口に出された主の言葉を聞いたベアは、その言葉を噛みしめるように頭で反芻させた後、地面に片膝をついて、頭を下げるのだった。
「お任せください! この命を賭して、生涯お守り致します!」
「うむ、それでは頼んだぞ」
ソフィは静かに屋敷の庭で『高等移動呪文』を使い、レイズ城へ飛んで行くのであった。
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ラルフは鬼女とリディアの戦いの後に、その場を去ったリディアを追いかけてレイズ城を抜け出し、復興の後回しとされていた瓦礫に埋もれた街を歩いていた。
その廃墟となった場所は、元々はシティアスと並びソコソコに栄えていた街で『ガネーサ』という名の街であった。
そしてラルフは目当ての剣士の姿を発見する。小さな焚火の灯りを見つめながら、その剣士は暗い表情でラルフを見上げている。
「堂々とした姿では無い貴方を見るのは、とても珍しいですね」
ゆっくりとした足取りでラルフはリディアに近づき、焚火を挟んだ対面にあった大きな石の上に座りながらそう言った。
「……」
ラルフから視線を外したリディアは、無言で焚火に枝を放りなげる。
「貴方があの鬼の女と最後に剣を交えた辺りからあなたの表情は、私がこれまで仕事で命を奪ってきた者達と同じ表情をしていましたね」
ラルフの言う仕事とは、元々の彼が生業としていた殺し屋の時の事を言っているのであろう。
そしてその仕事のターゲットであった者達と、表情が似ているとリディアは告げた。
「一体何が言いたい?」
これまで無言だったリディアは、ようやくラルフを見ながらそう口を開く。
「命を奪われるという事に、本能でようやく理解した者の顔です」
「!」
リディアの目はラルフを射抜かんとばかりの鋭さを持っていた。しかしラルフは、その視線から外さず正面から睨み返す。
リディアもラルフも数秒の間、視線を合わせていたが、やがてリディアから逸らすのだった。
このまま睨みあっていても目の前の人間は、この場を去る事が無いだろうと判断したリディアは、静かに話を始めるのだった。
「お前の言う通り、俺はこれまで生きてきて、ようやく心の底から『恐怖』という物を経験したようだ」
焚火の火を絶やさないように枝をくべていく。
リディアの拾った木の枝は、よく乾燥しているようで一向に火が衰えない。
「強さという意味ではあの鬼女よりも遥かにソフィの方が上なんだろうが、アイツのあの剣が俺の頭上を掠めた時、あのまま戦う事より逃げ出したいと考えていた」
同じ敗北でもソフィとの戦闘の時には、先程の恐怖は感じられなかった。
ソフィがリディアを本気で、殺そうと考えなかったからなのか、それともソフィに対する斬りたいという感情が恐怖心を上回っていたからなのかは分からない。
しかし確実に言える事は、これまで経験した事のない恐怖心が今、あの鬼女に対して抱いているという事である。
ラルフはあの時リディアの身に何が起きたかを理解している。
恐怖にも色々と種類はあるのだが、考える事でジワジワと負の感情が宿り、精神面にダメージを蓄積させる恐怖や、今のリディアのように、たった一度の衝撃で全てを諦観させる恐怖というモノがある。
他にも恐怖とは形を変えて、人間の行動原理を妨げる事があるが、今回のように死ぬと本能で感じさせられた恐怖を克服するのは特に回復が難しく、再起させるのは非常に困難だと言える。
ラルフも殺し屋として過去に仕事をしていた時、確実に仕留められるという相手の時は問題なく処理してきたが、中々にしぶとく生き残ろうとする相手を仕留めるときには、相手の心を折る行動を優先した。
重要な事は相手が縋る物や、相手が頼りにしている物を根本から壊す事。
同じ対象者であってもコンディションが万全な時であれば、倒す事が困難であっても心の拠り所を潰して気に掛かって、何も手に就かない状況にしてみたりすると、しぶとい奴でもあっさりと命を奪いやすくなる。
今回の件で言えばリディアはあの鬼女に、信心を折られてしまったのである。
リディアが縋っていた信心が何かまではラルフには分からないが、あの鬼女に信じて縋ってきたモノを壊されたのは間違いが無いだろう。
今ラルフの眼前に居る目標は、酷く弱っている。こうして今は普通に会話が出来ているが、今もし戦闘を行えばラルフが相手でも倒せそうな程に。
もし今自分が殺し屋という立場であり、相手があの最強の剣士であるリディアであったならば、策を弄せばアッサリと殺れてしまうような、そんな感覚がラルフの握る手元に集約されている。
「心が折られた原因は恐怖なのでしょうけど、要因が分かりませんね。鬼女の振り下ろした最後の一撃から省みるに貴方と同じ剣士というのが要因でしょうか? それともあの剛力が、何か関連性が……」
リディアに返答をしているというよりも、もはや自分の事のように独り言を呟いているように見える。
(要因など俺も分からん……。だが、あの鬼の放った最後の振り下ろしの一撃を見た時、体が完全に恐怖に支配されたのは間違いない。あのまま試合が続いていたら俺は……)
この恐怖がどれだけ続くかはもう一度、あの鬼女と対峙し戦ってみなければ検討がつかない。
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