最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第515話 ラルフVSリディア

 闘技場のリングを見渡せる特別室に居るソフィは、リディアとラルフがリング上で何やら話をしているところを眺めながら口を開いた。

「そろそろ試合は始まりそうだが、お主は近くに行かぬとも良いのか?」

 ソフィは同じくリングを眺めていた『ユファ』に声を掛けるのだった。

「そうですね。もうやれることは全てやりました。後はあの子を信じて見守るだけですので……」

 そう言うユファだったが、実際は心配で心配で仕方ないといった様子であった。そして本当は近くに居てあげたいと彼女の目が告げていた。

 ソフィは溜息をついて『シス』女王に視線を送る。
 シスはソフィの視線を察して苦笑いを浮かべながら、ユファに見えないように小さく頷くのだった。

「ねぇ『ヴェル』? ごめんなさい。私はもっと近くでこの試合を見たいから、外へと移動したいのだけど、ついてきてくれないかな?」

「は……? 他にソフィ様やシチョウ様が居るのに、そんな失礼な事を出来るわけがないでしょ!」

「俺は構わないぞ? それよりせっかく苦労して建て直した闘技場なんだ。俺としては『レイズ』魔国の女王様にもっと楽しんでもらいたいところなんだが?」

 シスとシチョウが照らし合わせたかのようにそう言うと、ユファは困った表情を浮かべながら『ソフィ』の顔を見る。

「我も構わぬぞ? シスについていってやれ」

 ユファは溜息をつきながら、頷きを見せるのだった。

「もう、仕方ない子ねぇ! すみませんが、それでは席を外します!」

 そう言うユファだったが、本音はラルフの近くで見守りたかったのだろう。シスの手を握ったかと思うと恐ろしい速度で特別室を出ていくのだった。

 ――『ちょっとヴェル、落ち着いてよ!』というシスの大声が、廊下から聞こえてくるのを笑って聞くソフィ達であった。

「心配なのであれば、ユファの奴も直ぐ我に言えばよいものを……」

「ふふ。ソフィ、まあそう言ってやるなよ」

 シチョウはソフィの肩に手を置きながら、堪え切れずに笑うのだった。

 ……
 ……
 ……

 ラルフがリングに上がると遂に『リディア』と『ラルフ』は互いに構えをとり始めた。審判は『トウジン』魔国の魔族で『シーカ』という『上位魔族』が務めるようである。

 その『シーカ』はリディアとラルフに視線を送り、試合開始の合図を出す準備を始めた。
 ラルフはリディアを睨んでいたが、遠くからこちらに近づいてくる気配を感じて背後を振り返る。

 ――その気配の主は、彼の師である『ユファ』であった。

「ラルフッ! ぶちかましてやりなさい!」

 こちらに息を切らしながら向かってきて、必死に声援を送ってくれる『ユファ』の姿を見たラルフは、驚きの表情を浮かべた後、ゆっくりとその顔を変えて笑みを浮かべる。

「当然ですよ。見ていてくださいね、ユファさん」

 ラルフはユファにそう告げた後、強敵と戦う為に前を向く。

 ラルフは『青』を纏い始める。
 その練度は2.5。人間の短い寿命でここまで青の練度をあげる事が、どれだけ難しいだろうか。

 元殺し屋『ラルフ』は戦闘態勢に入るとリディアを窺い見る。彼も確かに強くなったのだろうが、ラルフとて決してこれまで遊んで過ごしていたわけではない。それにここまで力を貸してくれた師匠が見ている前で、無様を晒すわけにはいくまい。

 対するリディアもまたラルフの視線を受けて、抜刀の構えをとる。どうやら勝負は試合開始の一瞬だと、リディアも気づいたようだった。

 互いが戦闘態勢に入ったのを見計らい、シーカは口を開く。

「試合開始!!」

 シーカの試合開始を告げる声が聴こえたと同時に『ラルフ』は『魔力回路』に溜め込んでいた『魔力』を全て開放する。

「……何だと?」

 抜刀の構えを見せていた『リディア』は、静かに言葉を漏らした。
 試合開始のコールと共に真っすぐに向かってくると、そう思っていたラルフから『魔力』を感じた為であった。

(魔法を使うつもりか? あのラルフが……!?)

 ――神聖魔法、『妖精の施翼フェイサー』。

 今のラルフの『魔力』であれば、使う事が出来ない『神聖魔法』を発動する。
 淡い光がラルフを包み込んだかと思うと、普段よりもはるかに速度が増すのだった。

 大きく一歩踏み込んだ後ラルフは握っていた手を開きブラブラと振って見せる。
 狙いは抜刀の構えを見せる『リディア』のの場所。

「は、疾い……!?」

 『神聖魔法』によって、本来のラルフよりも遥かに速度が増している。前傾姿勢から釣られるようにリディアは刀を抜くが、しかしリディアがラルフの身体を斬る感触を掴む事は無かった。
 リディアの間合い一歩分手前で、速度を落とさずに地面に手をつき、そのまま宙返りをしながら、空振りをしているリディアの上空を取る。刀を戻すより、ラルフはリディアに向かって落ちてくると、ラルフは手の指を鉤状にしながらリディアのを狙う。

 リディアが刀を返す暇も与えず、空から落ちながらラルフは、視線に『殺意』を込めて、リディアを睨みつながら右手でリディアの首を掴もうと手を伸ばした。

「……くっ!?」

 ラルフの『殺意』をその身に受けた事で『リディア』の身体が一瞬強張ってしまう。そして僅かな時間とはいえ、ラルフを相手に対処に遅れた事を自覚した『リディア』は舌打ちをするのだった。

 試合上のルールでは、首の骨を折る事は禁止の為に、ラルフはリディアの首を絞めて気絶を狙うのだった。

 リディアの背後に着地しながら、左手で首を絞めながら鉤状にした右手で頸動脈を抑えようとする。強引に動脈硬化状態を起こさせるように、首の血の巡りを止めながら気絶を狙うのだった。

 そしてリディアの首にラルフの手が触れられたかと思われた一瞬、ラルフの耳にリディアの言葉が届いた。

「見事だ、ラルフよ。俺の一撃を躱して『力』を使わせる程までになったか……」

 ――ラルフの本能が

 しかしラルフは一瞬の逡巡の後、そのまま『リディア』に攻撃を加える事を選択する。
 折角、こうして『リディア』の隙をついて好機チャンスを掴んだのだ。

 ここで離れてしまえば再び『リディア』の攻撃を掻い潜る必要が出てくる。それは決して簡単な事ではない。それならばこの好機チャンスを逃す手はない。

 ラルフはなんとか逃げろと告げる『本能』の行動を抑え込んで、一気にリディアの首を落としに行く。しかしラルフが逃げるか攻撃をとるかで迷った時間は、リディアが次の行動を起こすのには、十分な時間だった。

「先程の攻撃は見事だったが、そのまま決着まで有利差を持っていくまでには、まだお前には早すぎたという事だ」

「ぐ……っ!」

 リディアの周囲を『金色』が纏い始めたかと思うと『ラルフ』の強引に首を絞めようとする『力』を上回り始める。そしてリディアは右手一本でその外側から強引にラルフの手を引きはがす。

 『青』で普段の数倍の力になっているラルフを遥かに上回る怪力で、逆にリディアの首に当てていた指のある右手の二の腕を握り潰した。

 ――ボキリッという音が周囲に響き、ラルフの顔は苦渋の表情を見せる。その一秒にも満たない時間ではあったが、激痛でラルフはリディアから意識を外してしまう。

 ぞくりと震えが走ったラルフは、本能に従ってリディアが追撃を行う前にバックステップで、この場から一気に距離をとろうとするが、それすらもリディアは読んでいた。

 地面を蹴って強引に後ろへ身体を退かしたラルフにリディアは、同速度でぴったりとくっついてくる。

 『妖精の施翼フェイサー』で普段より遥かに速いラルフだったが『金色』を纏ったリディア相手では速度有利をとる事は叶わず、すでにそのラルフを上回る速度だった。

「『神疾ゲイル』』。

 速度が上昇しているラルフの目にすら『映す』事が出来ない程の速度で、リディアは身体をブレさせながら、逃げるラルフを追いかけながら斬り掛かる。

 前方から一太刀目を放ち『青』を纏うラルフの手を跳ね上げた後に、二太刀目で刀の柄をラルフの胴に押し込む。更に身体を回転させながら、遠心力を利用して『リディア』は『ラルフ』を斬り裂いた。背後へバックステップした筈のラルフを追い抜いて、そのままリディアはリングの端で止まる。

 ラルフはそのまま意識を失って背中から地面に倒れ込む。

「ラルフ!」

 ユファの悲痛な声が周囲に響く。

「安心しろ。命をとるような真似はしていないさ」

 刀の扱いには誰よりも負けないと自負するリディアは、自信満々にそう告げるのだった。

「そ、それまで! 勝者、リディア!」

 審判のシーカは意識を失って倒れているラルフに慌てて駆け寄り、脈を確認した後に両手を振り上げて、試合終了の合図を告げるのだった。

 ――こうしてリディアとラルフの試合は、一方的なリディアの勝利で終わりを迎えるのだった。

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