最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
第506話 最強の大魔王の友人は、やはり心も最強の人間
「すまなかったソフィ。結局私は貴方の願いを叶える事が出来なかった……」
心の底からそう思っているのだろう。エルシスの感情がひしひしとソフィに伝わってくるのだった。
「何を謝る事があるか。お主が生前に我に対して真摯に向き合ってくれたことを忘れてはおらぬ。よくぞ戻ってきてくれたなエルシス。我はお主の想いを誇りに思うぞ」
その言葉にエルシスは一度目を伏せて、そしてゆっくりと顔をあげた。
「当然だよソフィ。ボクは君の為だけに蘇ったんだ! さあいつでもボクを頼ってくれよ?」
先程までのエルシスとはまた少し違い、自信に満ち溢れていた時の『エルシス』に戻ったかのように、ソフィを安心させるように『私』から『ボク』。そして『貴方』から『君』へ口調が変わっていく。
――さぁソフィ。いつでもボクを頼ってくれ。
この言葉は生前彼が自信満々に何度も何度もソフィに言った言葉だった。
そして今のそれは演技だとソフィはすぐに看破するが、ソフィはそんな野暮なことを言う必要はないと頷く。
「クックック、お主は変わっておらぬようで安心したぞ。そういえば組織の者達から、我の仲間を助けてくれたようじゃな。礼を言うぞ?」
ソフィがそう言うとエルシスは首を少し傾げながら相手の目を見る。
これは若い頃の彼がよくしていた事で、じっくりと相手の言葉に耳を傾ける時にする仕草だった。
「組織? ああ、ボクの『神聖魔法』を扱っていた人達の事だね。この身体の本来の持ち主である彼女と、君の仲間を傷つけようとしていたからね。この対応は当然の事だよ?」
ソフィに返しきれない恩を持っていると自負しているエルシスは、ソフィの為に動くのは当然の事だと告げる。
「お主は本当に変わってはおらぬな。こうして話をしていると我はとても嬉しい気持ちになれる」
そう言うソフィの表情は本当に嬉しそうで、その表情を見たエルシスもまた『今この時こそが、何物にも代え難い幸福の時間だ』と、ソフィに伝えるような笑みを向けた。
「君とこうして喋る事が出来るのは、彼の魔法か何かなのかな?」
そっとエルシスはサイヨウを一瞥して、ソフィに耳打ちをする。
「うむ。その通りだ。我がお主と話をしたいとあやつに『サイヨウ』に告げたところ、快く引き受けてくれたのだ」
「そうか。彼は『聖』の心に満ち溢れているね? きっと君への協力には裏も無いよ。本当に手を貸したいと心底思ってくれているようだね」
今日初めて出会ったばかりである筈のエルシスは、一目でサイヨウの気心を感じ取ったようだった。他者が同じことを告げたとしても、腹黒い魔族が多い『アレルバレル』の世界で過ごしてきたソフィが簡単に鵜呑みにするような事はないが『エルシス』がそう言うのであればそうなのだろうと絶対の信用をするのであった。
「それでねソフィ。君に伝えておきたい事があるのだけど……」
今までの表情とは違い、エルシスは少し陰りを見せる笑みを向ける。
「この身体は本来彼女のものなんだ。ボクは偶然というか奇跡というか、本来は宿る事は無かった筈の存在だから、これから出来るだけボクは表に出ないようにしようと思ってるんだ」
数千年前。人間であった彼が心から願い死を経験してさえ、ソフィに恩を返したいと思い続けた彼は、それを踏まえても尚、本来の『シス』の魂の邪魔をしたくはないとソフィに告げたのであった。
その言葉を口にしているエルシスは、ソフィに変わらぬ笑みを向けてはいたが、内心ではとても苦しくて、泣き出したくなるような気持ちを抱きながら、精一杯表に出さぬように隠してソフィに告げていた。
「……だから本当に困ったときにだけボクを呼んでくれないかな? この子の人生は、この子の為だけのものだから」
エルシスは今こうしている時でも彼の生前に『ソフィ』の願望を叶えられなかった事を悔やんでおり、ようやく手にした今回の好機を掴んで、可能であれば友人の為に働きたいと本心では思っていたが、そんな事は噯にも出さず、シスの事を思ってエルシス自身の願望を噛み殺してそう告げる。
「そうか……。うむ、そうだな。それは仕方のない事だな……」
「今こうして君と話が出来ただけでも、ボクは神に感謝するよ。よく現世にもう一度遣わせてくれた。本当にね、本当にボクは嬉しい」
エルシスの魂が宿ったシスの両目から、涙が再びあふれるのだった。
エルシスがそう言うとソフィは、この数千年で一度も見せた事もない表情を浮かべて、そして何かを言葉にしようとしたが、その瞬間に『エルシス』が突如として苦しみ始めた。
「どうした……エルシス? むっ! サイヨウ!?」
「分かっておる! 宿主の方が強引に表に出てこようとしているようだ! 駄目だ……。このまま裏の魂を表にしていると精神が崩壊する! 悪いが一度元に戻させてもらうぞ!」
ソフィの言葉に慌てて駆け寄ってきたサイヨウは、直ぐに錫杖を振りながら『エルシス』を憑依させた時のように『印』を結び始める。
「ソフィ! い、今ボクに出来る事はこれだけだ」
サイヨウが術を唱え終わる僅かな時間。エルシスは最後に何かを呟き魔法を発動させる。
その対象先は先程まで模擬戦を行っていた『ラルフ』だった。
突然の出来事にラルフは驚き目を丸くして、自分を包む光と離れた場所に居るエルシスを見る。
「さ、これでいい。彼の話は何度も『ユファ』っていう子から、この子の奥底から聞いていたからね。魔力回路を少しだけ広げておいたから、少しずつ普段から魔力回路に彼の『魔力』を込めていけば『妖精の施翼』くらいの発動に必要な魔力なら、貯めておけるはずだよ? じゃあねソフィ。会えて『本当に嬉しかった』!」
自分が消える最後の瞬間までソフィの仲間の為に行動して、最後に一番の笑みをソフィに向けて親友は消えていった。
――こうしてエルシスは、ソフィと話す機会を得られた奇跡の時間。それを自分の為だけに使う事はなく、他者の為に費やすのだった。そしてサイヨウの術によって、一度目を虚ろに変えたシスの目に光が戻った。宿主であるシスが目を覚ましたのだろう。
「!!」
シス自身が表に戻ってきた事で、何かを伝えようと必死に口を動かそうとするが、情報が多すぎて上手く言葉に出来ていないようだった。
遠くからこちらを見ていたユファが、慌てて戻ってきてシスの身体を掴む。
「大丈夫。落ち着いて、ゆっくりでいいからね? ソフィ様も私も皆、あなたの言葉を聞いているから落ち着いて……」
「ああ、ヴェ、ル……! わたしっ、わたし!」
「大丈夫。大丈夫だから、落ち着きなさい」
長年シスの面倒を見続けてきたユファは、その両手で必死にシスの肩を掴みながら、じっとシスの目を見て何度も『落ち着きなさい』と言って聞かせている。
「彼の事を何も知らなかったの!! 本当に知らなかっただけなの! あんなにソフィさんの為に、強い気持ちを持っていたのに、私の事を考えて自分を押し殺して! ああ、ああっ……! あんなにあんなに良い人が私の中でずっと我慢して! ごめんなさい、ごめんなさい!! こんないいひとを、わたしは……、わたしはぁっ……!!」
普段の上品で美しいと言われる女王『シス』の姿はなく、両手で自分の頭を抱えながら、ぼろぼろと涙を流していやいやと頭を振って、わがままを言う子供のような素振りを見せて、シスはエルシスに懺悔をするかの如く、謝り続けるのだった。
エルシスと同じ身体に宿るシスには、彼が押し殺していたソフィに対する本当の心を、痛い程に伝わってしまったのだろう。
その気持ちを知ってしまったシスは、堪え切れず本来はサイヨウの魔法によって、表に出てくる事が出来なかった筈なのに出てきてしまった。そしてそれが再び、彼の時間を奪ってしまう事となった。そこでまたシスは後悔してしまったのだ。
『ヴェルトマー』が、シュライダーに殺された時と同じように感情によって、エルシスの魂を深淵から強引に追い出した時のように今度は同じくらいの感情を抱いて、知らず知らずの内に、表に出てきてしまったという訳であった。
勝手に自分とは違う『何か』に身体を操られて『魔力』を使われたという事実に、シスは何かに自身が、乗っ取られてしまうかもしれないとさえ思ってしまった。
――だが、本当の彼の気持ちを知ったシスは、もうそんな心配はしていない。
それどころか全てを知った今は自分の身体を、彼に明け渡してしまいたいとさえ思ってしまう程だった。
もし自分がエルシスの立場で裏の存在となって、シスの身体に宿っていたとしたら、とてもあんな気持ちを抱いたまま毎日を過ごす事なんて出来る筈がない。それ程の気持ちを『エルシス』は内包していたのである。
その事をシスの脳内が駆け巡った時。半狂乱になりながら、なんとかしてソフィに伝えなければと、それだけが頭に残されたのだった。
「ソフィさん!! 彼は心の底から貴方の為だけに、貴方の為になる事だけを考えています! ごめんなさい、私が居るせいで……!」
「落ち着きなさいと言っているの!!」
「!?」
パニックになりながらエルシスの代わりに、自分が伝えなければとシスが必死に喚くが、それをユファが黙らせるほどの大声で止める。
「そんな事はソフィ様はとっくに知っているわよ! 貴方が言わなくても『ソフィ』様の先程の表情が全てを物語っている! だから……、伝わっているから、もう貴方のせいとか貴方が居なければとか、思わないで……。シス、お願いよぉ……」
今度はユファが、シスの肩を両手で抱えて涙を流す。
ユファとてこれまで『シス』の為に自分の生きる道を曲げてまで、彼女の為に尽くして生きてきた一体の魔族である。
彼女の為に一度は命を捨ててシュライダーからシスを守ったのである。
そんなシスが目の前で自分が居なくなればと心の底から訴えられた事で、ユファはとても寂しい気持ちになってしまい悔しさで悲痛な涙を流すのだった。
「ああ、ご、ごめんなさい……! ヴェルぅ……!」
ユファとシスは互いに顔をぼろぼろにしながら泣き始める。
ソフィは二人の気持ちを知った上で、少し儚げに笑うと口を開いた。
「……シスよ、安心するがよい。エルシスの気持ちは我に届いておるよ。あやつは、我の掛け替えのない『友人』なのだ」
「……そ、ソフィ……さん!」
ソフィのその表情を見たシスは、信じられない程に頭が冷静になっていくのを感じた。
彼の発する言葉は『重み』が違うのだ――。
演技で他人を安心させるような軽い言葉ではなく、この人がこう言っているであれば、間違いは絶対に無いと、心の底からそう信じさせられるような重みがそこにあった。
「あやつもまた我の事は分かっておるだろう。シスよ、ありがとう。あやつに代わって我がお主に礼を言わせてもらう。きっとあやつがこの場に居れば、今の我と同じようにお主に礼を述べただろうからな」
そう言うソフィの顔は、見る者の心を温かくする程の信じられない力を持った『笑顔』だった。
「と、取り乱して、す、すみませんでした。ヴェルもごめんなさい……」
――ようやくシスは我に返ったのだろう。
先程までの取り乱した姿ではなく、しっかりと自分を持って謝罪の言葉を告げるのだった。
「もう、本当にいつまでも貴方は、手のかかる子ね?」
ユファは涙でくしゃくしゃになった表情を見せながら鼻をならして、シスの頭に手を置いて撫で始める。そして心優しい自分の妹のような存在を眩しい物を見るような目で、誇らしげにいつまでも見つめるのだった。
心の底からそう思っているのだろう。エルシスの感情がひしひしとソフィに伝わってくるのだった。
「何を謝る事があるか。お主が生前に我に対して真摯に向き合ってくれたことを忘れてはおらぬ。よくぞ戻ってきてくれたなエルシス。我はお主の想いを誇りに思うぞ」
その言葉にエルシスは一度目を伏せて、そしてゆっくりと顔をあげた。
「当然だよソフィ。ボクは君の為だけに蘇ったんだ! さあいつでもボクを頼ってくれよ?」
先程までのエルシスとはまた少し違い、自信に満ち溢れていた時の『エルシス』に戻ったかのように、ソフィを安心させるように『私』から『ボク』。そして『貴方』から『君』へ口調が変わっていく。
――さぁソフィ。いつでもボクを頼ってくれ。
この言葉は生前彼が自信満々に何度も何度もソフィに言った言葉だった。
そして今のそれは演技だとソフィはすぐに看破するが、ソフィはそんな野暮なことを言う必要はないと頷く。
「クックック、お主は変わっておらぬようで安心したぞ。そういえば組織の者達から、我の仲間を助けてくれたようじゃな。礼を言うぞ?」
ソフィがそう言うとエルシスは首を少し傾げながら相手の目を見る。
これは若い頃の彼がよくしていた事で、じっくりと相手の言葉に耳を傾ける時にする仕草だった。
「組織? ああ、ボクの『神聖魔法』を扱っていた人達の事だね。この身体の本来の持ち主である彼女と、君の仲間を傷つけようとしていたからね。この対応は当然の事だよ?」
ソフィに返しきれない恩を持っていると自負しているエルシスは、ソフィの為に動くのは当然の事だと告げる。
「お主は本当に変わってはおらぬな。こうして話をしていると我はとても嬉しい気持ちになれる」
そう言うソフィの表情は本当に嬉しそうで、その表情を見たエルシスもまた『今この時こそが、何物にも代え難い幸福の時間だ』と、ソフィに伝えるような笑みを向けた。
「君とこうして喋る事が出来るのは、彼の魔法か何かなのかな?」
そっとエルシスはサイヨウを一瞥して、ソフィに耳打ちをする。
「うむ。その通りだ。我がお主と話をしたいとあやつに『サイヨウ』に告げたところ、快く引き受けてくれたのだ」
「そうか。彼は『聖』の心に満ち溢れているね? きっと君への協力には裏も無いよ。本当に手を貸したいと心底思ってくれているようだね」
今日初めて出会ったばかりである筈のエルシスは、一目でサイヨウの気心を感じ取ったようだった。他者が同じことを告げたとしても、腹黒い魔族が多い『アレルバレル』の世界で過ごしてきたソフィが簡単に鵜呑みにするような事はないが『エルシス』がそう言うのであればそうなのだろうと絶対の信用をするのであった。
「それでねソフィ。君に伝えておきたい事があるのだけど……」
今までの表情とは違い、エルシスは少し陰りを見せる笑みを向ける。
「この身体は本来彼女のものなんだ。ボクは偶然というか奇跡というか、本来は宿る事は無かった筈の存在だから、これから出来るだけボクは表に出ないようにしようと思ってるんだ」
数千年前。人間であった彼が心から願い死を経験してさえ、ソフィに恩を返したいと思い続けた彼は、それを踏まえても尚、本来の『シス』の魂の邪魔をしたくはないとソフィに告げたのであった。
その言葉を口にしているエルシスは、ソフィに変わらぬ笑みを向けてはいたが、内心ではとても苦しくて、泣き出したくなるような気持ちを抱きながら、精一杯表に出さぬように隠してソフィに告げていた。
「……だから本当に困ったときにだけボクを呼んでくれないかな? この子の人生は、この子の為だけのものだから」
エルシスは今こうしている時でも彼の生前に『ソフィ』の願望を叶えられなかった事を悔やんでおり、ようやく手にした今回の好機を掴んで、可能であれば友人の為に働きたいと本心では思っていたが、そんな事は噯にも出さず、シスの事を思ってエルシス自身の願望を噛み殺してそう告げる。
「そうか……。うむ、そうだな。それは仕方のない事だな……」
「今こうして君と話が出来ただけでも、ボクは神に感謝するよ。よく現世にもう一度遣わせてくれた。本当にね、本当にボクは嬉しい」
エルシスの魂が宿ったシスの両目から、涙が再びあふれるのだった。
エルシスがそう言うとソフィは、この数千年で一度も見せた事もない表情を浮かべて、そして何かを言葉にしようとしたが、その瞬間に『エルシス』が突如として苦しみ始めた。
「どうした……エルシス? むっ! サイヨウ!?」
「分かっておる! 宿主の方が強引に表に出てこようとしているようだ! 駄目だ……。このまま裏の魂を表にしていると精神が崩壊する! 悪いが一度元に戻させてもらうぞ!」
ソフィの言葉に慌てて駆け寄ってきたサイヨウは、直ぐに錫杖を振りながら『エルシス』を憑依させた時のように『印』を結び始める。
「ソフィ! い、今ボクに出来る事はこれだけだ」
サイヨウが術を唱え終わる僅かな時間。エルシスは最後に何かを呟き魔法を発動させる。
その対象先は先程まで模擬戦を行っていた『ラルフ』だった。
突然の出来事にラルフは驚き目を丸くして、自分を包む光と離れた場所に居るエルシスを見る。
「さ、これでいい。彼の話は何度も『ユファ』っていう子から、この子の奥底から聞いていたからね。魔力回路を少しだけ広げておいたから、少しずつ普段から魔力回路に彼の『魔力』を込めていけば『妖精の施翼』くらいの発動に必要な魔力なら、貯めておけるはずだよ? じゃあねソフィ。会えて『本当に嬉しかった』!」
自分が消える最後の瞬間までソフィの仲間の為に行動して、最後に一番の笑みをソフィに向けて親友は消えていった。
――こうしてエルシスは、ソフィと話す機会を得られた奇跡の時間。それを自分の為だけに使う事はなく、他者の為に費やすのだった。そしてサイヨウの術によって、一度目を虚ろに変えたシスの目に光が戻った。宿主であるシスが目を覚ましたのだろう。
「!!」
シス自身が表に戻ってきた事で、何かを伝えようと必死に口を動かそうとするが、情報が多すぎて上手く言葉に出来ていないようだった。
遠くからこちらを見ていたユファが、慌てて戻ってきてシスの身体を掴む。
「大丈夫。落ち着いて、ゆっくりでいいからね? ソフィ様も私も皆、あなたの言葉を聞いているから落ち着いて……」
「ああ、ヴェ、ル……! わたしっ、わたし!」
「大丈夫。大丈夫だから、落ち着きなさい」
長年シスの面倒を見続けてきたユファは、その両手で必死にシスの肩を掴みながら、じっとシスの目を見て何度も『落ち着きなさい』と言って聞かせている。
「彼の事を何も知らなかったの!! 本当に知らなかっただけなの! あんなにソフィさんの為に、強い気持ちを持っていたのに、私の事を考えて自分を押し殺して! ああ、ああっ……! あんなにあんなに良い人が私の中でずっと我慢して! ごめんなさい、ごめんなさい!! こんないいひとを、わたしは……、わたしはぁっ……!!」
普段の上品で美しいと言われる女王『シス』の姿はなく、両手で自分の頭を抱えながら、ぼろぼろと涙を流していやいやと頭を振って、わがままを言う子供のような素振りを見せて、シスはエルシスに懺悔をするかの如く、謝り続けるのだった。
エルシスと同じ身体に宿るシスには、彼が押し殺していたソフィに対する本当の心を、痛い程に伝わってしまったのだろう。
その気持ちを知ってしまったシスは、堪え切れず本来はサイヨウの魔法によって、表に出てくる事が出来なかった筈なのに出てきてしまった。そしてそれが再び、彼の時間を奪ってしまう事となった。そこでまたシスは後悔してしまったのだ。
『ヴェルトマー』が、シュライダーに殺された時と同じように感情によって、エルシスの魂を深淵から強引に追い出した時のように今度は同じくらいの感情を抱いて、知らず知らずの内に、表に出てきてしまったという訳であった。
勝手に自分とは違う『何か』に身体を操られて『魔力』を使われたという事実に、シスは何かに自身が、乗っ取られてしまうかもしれないとさえ思ってしまった。
――だが、本当の彼の気持ちを知ったシスは、もうそんな心配はしていない。
それどころか全てを知った今は自分の身体を、彼に明け渡してしまいたいとさえ思ってしまう程だった。
もし自分がエルシスの立場で裏の存在となって、シスの身体に宿っていたとしたら、とてもあんな気持ちを抱いたまま毎日を過ごす事なんて出来る筈がない。それ程の気持ちを『エルシス』は内包していたのである。
その事をシスの脳内が駆け巡った時。半狂乱になりながら、なんとかしてソフィに伝えなければと、それだけが頭に残されたのだった。
「ソフィさん!! 彼は心の底から貴方の為だけに、貴方の為になる事だけを考えています! ごめんなさい、私が居るせいで……!」
「落ち着きなさいと言っているの!!」
「!?」
パニックになりながらエルシスの代わりに、自分が伝えなければとシスが必死に喚くが、それをユファが黙らせるほどの大声で止める。
「そんな事はソフィ様はとっくに知っているわよ! 貴方が言わなくても『ソフィ』様の先程の表情が全てを物語っている! だから……、伝わっているから、もう貴方のせいとか貴方が居なければとか、思わないで……。シス、お願いよぉ……」
今度はユファが、シスの肩を両手で抱えて涙を流す。
ユファとてこれまで『シス』の為に自分の生きる道を曲げてまで、彼女の為に尽くして生きてきた一体の魔族である。
彼女の為に一度は命を捨ててシュライダーからシスを守ったのである。
そんなシスが目の前で自分が居なくなればと心の底から訴えられた事で、ユファはとても寂しい気持ちになってしまい悔しさで悲痛な涙を流すのだった。
「ああ、ご、ごめんなさい……! ヴェルぅ……!」
ユファとシスは互いに顔をぼろぼろにしながら泣き始める。
ソフィは二人の気持ちを知った上で、少し儚げに笑うと口を開いた。
「……シスよ、安心するがよい。エルシスの気持ちは我に届いておるよ。あやつは、我の掛け替えのない『友人』なのだ」
「……そ、ソフィ……さん!」
ソフィのその表情を見たシスは、信じられない程に頭が冷静になっていくのを感じた。
彼の発する言葉は『重み』が違うのだ――。
演技で他人を安心させるような軽い言葉ではなく、この人がこう言っているであれば、間違いは絶対に無いと、心の底からそう信じさせられるような重みがそこにあった。
「あやつもまた我の事は分かっておるだろう。シスよ、ありがとう。あやつに代わって我がお主に礼を言わせてもらう。きっとあやつがこの場に居れば、今の我と同じようにお主に礼を述べただろうからな」
そう言うソフィの顔は、見る者の心を温かくする程の信じられない力を持った『笑顔』だった。
「と、取り乱して、す、すみませんでした。ヴェルもごめんなさい……」
――ようやくシスは我に返ったのだろう。
先程までの取り乱した姿ではなく、しっかりと自分を持って謝罪の言葉を告げるのだった。
「もう、本当にいつまでも貴方は、手のかかる子ね?」
ユファは涙でくしゃくしゃになった表情を見せながら鼻をならして、シスの頭に手を置いて撫で始める。そして心優しい自分の妹のような存在を眩しい物を見るような目で、誇らしげにいつまでも見つめるのだった。
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