最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
第478話 思わぬ乱入者
「や、やはり貴方は私の追い求めた人物だった……」
『終焉』が発動される直前に『ミラ』がそう呟いた瞬間。彼の元に声が聞こえてくるのであった。
――おいおい、何勝手に約束を破ろうとしてやがる?
突然ミラの前にその『声の主』が姿を表したかと思えば、ミラとルビリスの首根っこを乱暴に掴みあげて、再び別の大陸へと勢いをつけて放り投げた。
――リベイル、さっさと今投げたアイツらを助けに行ってこい。
「!?」
その言葉に今まで立ち尽くしていた『組織』の最高幹部の一人『リベイル』は『高速転移』を使ってミラを助けるためにこの死地を脱するのだった。
そして山に激突する寸前に『ミラ』と『ルビリス』は、声の主によって指示を受けた『リベイル』の手によって救出されるのだった。
「クックック、これで借りは返したからな?」
大魔王シスの居るこの空間からミラ達を遠ざけさせて、声の主はそう言い放った。
――この声の主は『最恐』の異名を持つ大魔王『ヌー』だった。
ヌーはこの場に一人残った『シス』の方を見ながら口を開いた。
「それにしてもまさかミラが一方的にやられるとはな。確かにお前はただの屑じゃなさそうだが、お前はもう魔力が枯渇しかけているボロ雑巾だろう?」
どうやら少し前からこの場の観察を行っていたヌーは『金色のオーラ』を纏い始めながらそう言葉にする。
そしてヌーの指摘は全くの見当違いというわけではなく、実際に『終焉』の魔法を継続して使い続けた事と『ディアトロス』の魔法の『トレース』に『聖者達の行軍』と言った多くの『神聖魔法』。そして先程の『聖身憑依』に『聖光波動撃』の発動という、度重なる『魔法』の使用によって膨大な『魔力』を持つシスであっても流石に限界が近づいていた。
――更にこのタイミングで新手を相手にするのは些か無理が過ぎる。
シスは次の瞬間に目の前に居るヌーから視線を外したと思えば、真っすぐにレアの元へ向かうのだった。
「あぁ? なんだそりゃ?」
シスが何か攻撃を仕掛けてくると思っていたヌーは、見当外れの行動をするシスに眉を寄せながららそう口にするのだった。
「え?」
シスは何も言わずにレアとミューテリアを掴んだかと思うと、今度はその周囲で二人を護衛していた『イリーガル』の配下である『バルク』に視線を向けた。
そして視線をディアトロス達の居る上空へ向けた後に、確認するように首を縦に振って頷く。
どうしようかと思っていたバルクだったが、とりあえずは目の前に居る『シス』の言いたい事を理解した彼は、配下達をディアトロスの方へ移動させる。
バルクに合図を出したシスはもう、最後まで確認をせずに今度は『ディアトロス』の元へと『転移』を行う。
続々とディアトロス達の元へ人が集まっていくのを確認したヌーは、シスが何をしようとしているのかを理解して、それを阻止するための行動を開始する。
「ククク! 残された魔力で俺の相手をするのは無理だと判断したのだろう? なかなかの慧眼だが、そう簡単にお前を逃すと思うか?」
――神域魔法、『禍々崩』。
シスだけではなくその周囲に居る者達全員を対象に、ヌーは空気汚染の魔法を放った。そして一瞬で空気に毒汚染が混じり始めていくのだった。
循環器に一度吸い込めば相当のダメージを負う事になる、厄介なヌーの魔法であった。
シスは舌打ちをしながらも残り少ない『魔力』で、ヌーの魔法から周囲の者達を守り始める。
神聖魔法にある『大結界』を張る事で周囲一帯は汚染毒の侵攻を妨げる。
だが、空気に混ざった毒は元を取り除かなければ永続的に残り続けるために、これ以後『シス』は常時『大結界』を張らざるを得なくなってしまった。
――こうしてただでさえ残り少ないシスの『魔力』は、恒常的に消耗させられていくのだった。
「貴様の狙いは分かっているぞ! そこに居る者達全員を別の世界へ『転移』させて逃がそうというのだろう?」
――神域魔法、『邪解脱』。
次々と死神達が『アレルバレル』の世界へ姿を現し始めた。
その数は凡そ十体程であるが間違いなく『神格』を持っている死神のようだ。
その死神達は悍ましい表情を浮かべたまま、持っている鎌をシスの張った『大結界』を目掛けて振り下ろす。結界は死神達の一撃で割れはしなかったが、流石は神格持ちの『神』である。
神の下位に位置する死神といっても『神格』を有する者達。
今のシスの魔力で維持している結界程度であれば、いずれは突破されるだろう。
更に敵は死神だけではなく、大魔王『ヌー』が徐々に魔法の準備をしながら近づいてきていた。
「させないっ!」
目まぐるしく状況が変わっていく中、先程までルビリスと戦っていたリーシャが結界に近づいていくヌーを更に背後から襲いかかる。
「ほう、確かお前が『神速』か。面白い!」
比較的最近に『九大魔王』入りした『神速』の『リーシャ』とは、まだ実際に手を合わせた事がなかったヌーは、この『九大魔王』入りを許された『神速』が噂通りの実力者かどうかを確かめるいい機会だとばかりに、シスの結界からリーシャへと意識を変えるのだった。
両手を『紅のオーラ』で包み込んで、向かってくるリーシャの短剣を手刀で受け止める。
「うわあああっっ!!」
リーシャは掛け声をあげながら、最初から全力でヌーに襲い掛かって、左右にもった短剣で反動をつけながら攻撃を加え始める。
「……ちっ!」
一発一発は大した事はなかったが、受けきる毎に速度が増していく『リーシャ』の攻撃は、徐々に重たくなっていき、ヌーであってもかなり危険だと判断するのだった。
そして左、右、左、右、と規則的な動きを繰り返しながら攻撃をするリーシャを『金色の目』で観察を続けながら、ヌーは徐々に目を慣らしていく。
同じ『真なる大魔王』の領域に居た組織の最高幹部『セルバス』はされるがままに切り刻まれたが、どうやら『ヌー』はこれ程の速度で動く『リーシャ』の攻撃に順応していく。
彼はこれまでの経験でどうやら『リーシャ』に近しい程の速度を持つ相手と戦った経験があったのだろうか。そして遂に左の短剣が向かってくる瞬間にヌーは、一歩後退してリーシャの攻撃を見事に躱してみせた――。
規則的な攻撃を繰り返していたリーシャは、ヌーに躱された事で身体が泳いでしまう。
リズムを狂わせて止まった瞬間、ヌーは口角を吊り上げながら『リーシャ』に手を伸ばした。
――しかしそのヌーの手は『リーシャ』に向かう直前に戻された。
何故なら空から大刀を振り下ろしながら落ちてくる『イリーガル』の攻撃をヌーが見たためであった。
ヌーは大きく身体を逸らしてイリーガルの攻撃を避けると、再び『リーシャ』がぐっと態勢を落としながら手数を増やしてヌーに攻撃を加え始めるのであった。
先程の焼き回しのような光景だが、リーシャにカウンターを仕掛けようとすると、今度はイリーガルが大刀でそのタイミングを崩してくる。
『九大魔王』の前衛を務める『イリーガル』と『リーシャ』の前衛コンビの息の合った攻撃に、徐々にヌーは不機嫌さを露にしていく。
――そこに大魔王『ハワード』が姿を見せた。
「おいおい! 俺を差し置いて別の奴と戦い始めてんじゃねぇぞ。イリーガル!」
ヌーに攻撃を仕掛けていた間に、ハワードのサーベルが乱入してその場で全員が、一度距離をとり仕切り直しとなる。
「……屑共が、鬱陶しい!!」
各々がヌーの思惑を裏切るかの如く、勝手気ままに行動を起こしたことで、ヌーは激昂して声を荒げながら力を開放する。
――次の瞬間。ヌーを中心に爆風が吹き荒れる。
リーシャとイリーガルはその爆風に吹き飛ばされて一気に後退させられた。そして態勢を崩された『リーシャ』の首を跳ね飛ばそうとヌーが手を伸ばす。
――神域魔法、『移ろい往く欠落』。
「!?」
そして一発分の『神域魔法』を打てる程の『魔力』を回復させた『ディアトロス』は、遠くから正確にリーシャに伸びかけていた、ヌーの手を欠落させた。
「あの爺!! まだ生きていたのか!」
「カカカ! 我ら九大魔王を舐めるなよ? 若造」
「フン……! だが今ので貴様も魔力を使い果たしただろう? この一撃で終わりだ」
そしてヌーが再び『魔法』を放つために必要な『発動羅列』を並べ始めた瞬間だった。
魔法の準備が整ったのだろうシスは『結界』の場所から、一気にヌーの背後へ転移してくる。
「!?」
――神聖魔法、『聖動捕縛』。
『ヌー』と『ハワード』の手や足。そして『魔力』をエルシスの『魔法』によって封じられてしまうのだった。これによって『ヌー』が放とうとしていた魔法の『発動羅列』は強制的にキャンセルされた。
「ちぃっ……!」
大賢者ミラのように一瞬で『神聖魔法』の解除する事は出来なかったようで、固定されたヌーとハワードは動けずにその場でもがこうと必死の形相を浮かべる。その彼らに向けて『シス』は笑みを浮かべながら追い打ちを始めるのだった。
――神聖魔法、『聖光波動撃』。
空間が揺れ動くような衝撃を味わった後に、ヌー達を想像を絶する程の激痛が襲うのだった。
「ぐぬぬぬ……、この程度で……、やられてたまるか!!」
ヌーが苦しんでいる姿を尻目に『シス』は、その場の近くに居た『イリーガル』と『リーシャ』に手を置くと再び『転移』で『結界』の方向まで戻っていく。
「ハァッハァッハァ……!」
流石にもうシスは連戦に次ぐ連戦。そして予想外の乱入者であるヌー達への対処でほとんどの魔力を費やしたのだろう。これまで余裕の様相だったシスは額に脂汗を浮かながら肩で息をし始めていた。
そしてなんとかレア達の元まで戻ったシスは、最後に使う魔法のための『スタック』を準備し始めて発動を始める。
――神域、『時』魔法、『概念跳躍』。
次の瞬間――。
その場に居た全ての者達が光に包まれて、一瞬でこの『アレルバレル』の世界から姿を消すのだった。
「くっ、クソッたれがぁっ!! おいミラぁ! さっさとこれを外しやがれやぁっ!」
シス達の『概念跳躍』が発動をしているのを『魔法』で動けなくされて見ているだけしか出来なかったヌーは『リベイル』に肩を借りてこちらに向かってきていたミラを怒鳴りつけるのだった。
「わ、分かっている。あまり大きな声を出すな。お前の声は無駄に傷に響くんだよ……!」
――神聖魔法、『聖なる再施』。
シスの『聖動捕縛』が解除されて二人が自由に動けるようになると、ふらふらのミラを蹴り飛ばしながら『ヌー』は額に青筋を浮かべて不機嫌さを露にして、もうこの場に居ても仕方がないとばかりに、その後はミラに一度も声を掛けずに何処かへと消えさってしまうのだった。
「だ、大丈夫ですかミラ様!」
慌てて『リベイル』はふらふらと上空で身体を揺らしながら、地面に落ちそうになっている『ミラ』の身体を支える。
「……さ、流石に少しばかり疲れた。私ももう限界に近い。さっさと『ユーミル』達を回収して戻るぞ、準備をしろ」
「御意。しかし『ミラ』様。これは困った事になりましたね……」
リベイルはシス達が居た場所を見つめながらそう呟くのだった。
「だが、今の私と『エルシス』の差を明確に理解することが出来た」
一瞬の笑みを見せた後にミラは、何かを決心するかのように真顔に戻るのだった。
「リベイル。こうなっては仕方あるまい。例の計画を直ぐに始めるぞ」
「し、しかし……! まだあれは不完全な状態です。それに奴がいつ目を覚ますか……」
「それは分かっているが、もう猶予はないだろう。お前も対峙した以上あの女の力量は理解出来ただろう? それに『化け物』と繋がっている限りは最早『別世界へ追放』という一つ目の計画は破綻したようなモノだ」
あれだけの魔力を持ったエルシスの力を手にしている『シス』という女であれば、この『アレルバレル』の世界へ再び大魔王『ソフィ』を『世界間転移』をさせて戻ってこさせることは造作もない事だろう。
先程リベイルに告げたもう一つの計画は『化け物』を別世界へ閉じ込めた後に、数千年掛けて行う予定だった秘匿中の秘匿の『計画』で、今行うにはまだまだ尚早である事には間違いないといえた。
しかし時間の余裕がなくなったミラは、この場でもう一つの計画を前倒しをすることに決めたのだった。
そしてこの時――。
焦りとその計画を行う事の決心で頭がいっぱいだったミラは、この場にもう一人の最高幹部である、大魔王『ハワード』の存在がなくなっている事に気づくことは、最後までなかった――……。
『終焉』が発動される直前に『ミラ』がそう呟いた瞬間。彼の元に声が聞こえてくるのであった。
――おいおい、何勝手に約束を破ろうとしてやがる?
突然ミラの前にその『声の主』が姿を表したかと思えば、ミラとルビリスの首根っこを乱暴に掴みあげて、再び別の大陸へと勢いをつけて放り投げた。
――リベイル、さっさと今投げたアイツらを助けに行ってこい。
「!?」
その言葉に今まで立ち尽くしていた『組織』の最高幹部の一人『リベイル』は『高速転移』を使ってミラを助けるためにこの死地を脱するのだった。
そして山に激突する寸前に『ミラ』と『ルビリス』は、声の主によって指示を受けた『リベイル』の手によって救出されるのだった。
「クックック、これで借りは返したからな?」
大魔王シスの居るこの空間からミラ達を遠ざけさせて、声の主はそう言い放った。
――この声の主は『最恐』の異名を持つ大魔王『ヌー』だった。
ヌーはこの場に一人残った『シス』の方を見ながら口を開いた。
「それにしてもまさかミラが一方的にやられるとはな。確かにお前はただの屑じゃなさそうだが、お前はもう魔力が枯渇しかけているボロ雑巾だろう?」
どうやら少し前からこの場の観察を行っていたヌーは『金色のオーラ』を纏い始めながらそう言葉にする。
そしてヌーの指摘は全くの見当違いというわけではなく、実際に『終焉』の魔法を継続して使い続けた事と『ディアトロス』の魔法の『トレース』に『聖者達の行軍』と言った多くの『神聖魔法』。そして先程の『聖身憑依』に『聖光波動撃』の発動という、度重なる『魔法』の使用によって膨大な『魔力』を持つシスであっても流石に限界が近づいていた。
――更にこのタイミングで新手を相手にするのは些か無理が過ぎる。
シスは次の瞬間に目の前に居るヌーから視線を外したと思えば、真っすぐにレアの元へ向かうのだった。
「あぁ? なんだそりゃ?」
シスが何か攻撃を仕掛けてくると思っていたヌーは、見当外れの行動をするシスに眉を寄せながららそう口にするのだった。
「え?」
シスは何も言わずにレアとミューテリアを掴んだかと思うと、今度はその周囲で二人を護衛していた『イリーガル』の配下である『バルク』に視線を向けた。
そして視線をディアトロス達の居る上空へ向けた後に、確認するように首を縦に振って頷く。
どうしようかと思っていたバルクだったが、とりあえずは目の前に居る『シス』の言いたい事を理解した彼は、配下達をディアトロスの方へ移動させる。
バルクに合図を出したシスはもう、最後まで確認をせずに今度は『ディアトロス』の元へと『転移』を行う。
続々とディアトロス達の元へ人が集まっていくのを確認したヌーは、シスが何をしようとしているのかを理解して、それを阻止するための行動を開始する。
「ククク! 残された魔力で俺の相手をするのは無理だと判断したのだろう? なかなかの慧眼だが、そう簡単にお前を逃すと思うか?」
――神域魔法、『禍々崩』。
シスだけではなくその周囲に居る者達全員を対象に、ヌーは空気汚染の魔法を放った。そして一瞬で空気に毒汚染が混じり始めていくのだった。
循環器に一度吸い込めば相当のダメージを負う事になる、厄介なヌーの魔法であった。
シスは舌打ちをしながらも残り少ない『魔力』で、ヌーの魔法から周囲の者達を守り始める。
神聖魔法にある『大結界』を張る事で周囲一帯は汚染毒の侵攻を妨げる。
だが、空気に混ざった毒は元を取り除かなければ永続的に残り続けるために、これ以後『シス』は常時『大結界』を張らざるを得なくなってしまった。
――こうしてただでさえ残り少ないシスの『魔力』は、恒常的に消耗させられていくのだった。
「貴様の狙いは分かっているぞ! そこに居る者達全員を別の世界へ『転移』させて逃がそうというのだろう?」
――神域魔法、『邪解脱』。
次々と死神達が『アレルバレル』の世界へ姿を現し始めた。
その数は凡そ十体程であるが間違いなく『神格』を持っている死神のようだ。
その死神達は悍ましい表情を浮かべたまま、持っている鎌をシスの張った『大結界』を目掛けて振り下ろす。結界は死神達の一撃で割れはしなかったが、流石は神格持ちの『神』である。
神の下位に位置する死神といっても『神格』を有する者達。
今のシスの魔力で維持している結界程度であれば、いずれは突破されるだろう。
更に敵は死神だけではなく、大魔王『ヌー』が徐々に魔法の準備をしながら近づいてきていた。
「させないっ!」
目まぐるしく状況が変わっていく中、先程までルビリスと戦っていたリーシャが結界に近づいていくヌーを更に背後から襲いかかる。
「ほう、確かお前が『神速』か。面白い!」
比較的最近に『九大魔王』入りした『神速』の『リーシャ』とは、まだ実際に手を合わせた事がなかったヌーは、この『九大魔王』入りを許された『神速』が噂通りの実力者かどうかを確かめるいい機会だとばかりに、シスの結界からリーシャへと意識を変えるのだった。
両手を『紅のオーラ』で包み込んで、向かってくるリーシャの短剣を手刀で受け止める。
「うわあああっっ!!」
リーシャは掛け声をあげながら、最初から全力でヌーに襲い掛かって、左右にもった短剣で反動をつけながら攻撃を加え始める。
「……ちっ!」
一発一発は大した事はなかったが、受けきる毎に速度が増していく『リーシャ』の攻撃は、徐々に重たくなっていき、ヌーであってもかなり危険だと判断するのだった。
そして左、右、左、右、と規則的な動きを繰り返しながら攻撃をするリーシャを『金色の目』で観察を続けながら、ヌーは徐々に目を慣らしていく。
同じ『真なる大魔王』の領域に居た組織の最高幹部『セルバス』はされるがままに切り刻まれたが、どうやら『ヌー』はこれ程の速度で動く『リーシャ』の攻撃に順応していく。
彼はこれまでの経験でどうやら『リーシャ』に近しい程の速度を持つ相手と戦った経験があったのだろうか。そして遂に左の短剣が向かってくる瞬間にヌーは、一歩後退してリーシャの攻撃を見事に躱してみせた――。
規則的な攻撃を繰り返していたリーシャは、ヌーに躱された事で身体が泳いでしまう。
リズムを狂わせて止まった瞬間、ヌーは口角を吊り上げながら『リーシャ』に手を伸ばした。
――しかしそのヌーの手は『リーシャ』に向かう直前に戻された。
何故なら空から大刀を振り下ろしながら落ちてくる『イリーガル』の攻撃をヌーが見たためであった。
ヌーは大きく身体を逸らしてイリーガルの攻撃を避けると、再び『リーシャ』がぐっと態勢を落としながら手数を増やしてヌーに攻撃を加え始めるのであった。
先程の焼き回しのような光景だが、リーシャにカウンターを仕掛けようとすると、今度はイリーガルが大刀でそのタイミングを崩してくる。
『九大魔王』の前衛を務める『イリーガル』と『リーシャ』の前衛コンビの息の合った攻撃に、徐々にヌーは不機嫌さを露にしていく。
――そこに大魔王『ハワード』が姿を見せた。
「おいおい! 俺を差し置いて別の奴と戦い始めてんじゃねぇぞ。イリーガル!」
ヌーに攻撃を仕掛けていた間に、ハワードのサーベルが乱入してその場で全員が、一度距離をとり仕切り直しとなる。
「……屑共が、鬱陶しい!!」
各々がヌーの思惑を裏切るかの如く、勝手気ままに行動を起こしたことで、ヌーは激昂して声を荒げながら力を開放する。
――次の瞬間。ヌーを中心に爆風が吹き荒れる。
リーシャとイリーガルはその爆風に吹き飛ばされて一気に後退させられた。そして態勢を崩された『リーシャ』の首を跳ね飛ばそうとヌーが手を伸ばす。
――神域魔法、『移ろい往く欠落』。
「!?」
そして一発分の『神域魔法』を打てる程の『魔力』を回復させた『ディアトロス』は、遠くから正確にリーシャに伸びかけていた、ヌーの手を欠落させた。
「あの爺!! まだ生きていたのか!」
「カカカ! 我ら九大魔王を舐めるなよ? 若造」
「フン……! だが今ので貴様も魔力を使い果たしただろう? この一撃で終わりだ」
そしてヌーが再び『魔法』を放つために必要な『発動羅列』を並べ始めた瞬間だった。
魔法の準備が整ったのだろうシスは『結界』の場所から、一気にヌーの背後へ転移してくる。
「!?」
――神聖魔法、『聖動捕縛』。
『ヌー』と『ハワード』の手や足。そして『魔力』をエルシスの『魔法』によって封じられてしまうのだった。これによって『ヌー』が放とうとしていた魔法の『発動羅列』は強制的にキャンセルされた。
「ちぃっ……!」
大賢者ミラのように一瞬で『神聖魔法』の解除する事は出来なかったようで、固定されたヌーとハワードは動けずにその場でもがこうと必死の形相を浮かべる。その彼らに向けて『シス』は笑みを浮かべながら追い打ちを始めるのだった。
――神聖魔法、『聖光波動撃』。
空間が揺れ動くような衝撃を味わった後に、ヌー達を想像を絶する程の激痛が襲うのだった。
「ぐぬぬぬ……、この程度で……、やられてたまるか!!」
ヌーが苦しんでいる姿を尻目に『シス』は、その場の近くに居た『イリーガル』と『リーシャ』に手を置くと再び『転移』で『結界』の方向まで戻っていく。
「ハァッハァッハァ……!」
流石にもうシスは連戦に次ぐ連戦。そして予想外の乱入者であるヌー達への対処でほとんどの魔力を費やしたのだろう。これまで余裕の様相だったシスは額に脂汗を浮かながら肩で息をし始めていた。
そしてなんとかレア達の元まで戻ったシスは、最後に使う魔法のための『スタック』を準備し始めて発動を始める。
――神域、『時』魔法、『概念跳躍』。
次の瞬間――。
その場に居た全ての者達が光に包まれて、一瞬でこの『アレルバレル』の世界から姿を消すのだった。
「くっ、クソッたれがぁっ!! おいミラぁ! さっさとこれを外しやがれやぁっ!」
シス達の『概念跳躍』が発動をしているのを『魔法』で動けなくされて見ているだけしか出来なかったヌーは『リベイル』に肩を借りてこちらに向かってきていたミラを怒鳴りつけるのだった。
「わ、分かっている。あまり大きな声を出すな。お前の声は無駄に傷に響くんだよ……!」
――神聖魔法、『聖なる再施』。
シスの『聖動捕縛』が解除されて二人が自由に動けるようになると、ふらふらのミラを蹴り飛ばしながら『ヌー』は額に青筋を浮かべて不機嫌さを露にして、もうこの場に居ても仕方がないとばかりに、その後はミラに一度も声を掛けずに何処かへと消えさってしまうのだった。
「だ、大丈夫ですかミラ様!」
慌てて『リベイル』はふらふらと上空で身体を揺らしながら、地面に落ちそうになっている『ミラ』の身体を支える。
「……さ、流石に少しばかり疲れた。私ももう限界に近い。さっさと『ユーミル』達を回収して戻るぞ、準備をしろ」
「御意。しかし『ミラ』様。これは困った事になりましたね……」
リベイルはシス達が居た場所を見つめながらそう呟くのだった。
「だが、今の私と『エルシス』の差を明確に理解することが出来た」
一瞬の笑みを見せた後にミラは、何かを決心するかのように真顔に戻るのだった。
「リベイル。こうなっては仕方あるまい。例の計画を直ぐに始めるぞ」
「し、しかし……! まだあれは不完全な状態です。それに奴がいつ目を覚ますか……」
「それは分かっているが、もう猶予はないだろう。お前も対峙した以上あの女の力量は理解出来ただろう? それに『化け物』と繋がっている限りは最早『別世界へ追放』という一つ目の計画は破綻したようなモノだ」
あれだけの魔力を持ったエルシスの力を手にしている『シス』という女であれば、この『アレルバレル』の世界へ再び大魔王『ソフィ』を『世界間転移』をさせて戻ってこさせることは造作もない事だろう。
先程リベイルに告げたもう一つの計画は『化け物』を別世界へ閉じ込めた後に、数千年掛けて行う予定だった秘匿中の秘匿の『計画』で、今行うにはまだまだ尚早である事には間違いないといえた。
しかし時間の余裕がなくなったミラは、この場でもう一つの計画を前倒しをすることに決めたのだった。
そしてこの時――。
焦りとその計画を行う事の決心で頭がいっぱいだったミラは、この場にもう一人の最高幹部である、大魔王『ハワード』の存在がなくなっている事に気づくことは、最後までなかった――……。
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