最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第471話 魔神の片鱗

 ディアトロスは自身の慧眼を利用して、仲間を随所で活躍させることに長けている。それは自分自身が戦う事よりも、優れていると自負する程である。

 そんな彼だったがここにきて作戦を変更した方がいいと思い始めていた。
 当初はミラの相手は自分がやり、ルビリスをイリーガルに頼んで残りの幹部連中はリーシャと考えていた。

 数の上では不利だが、戦力的を客観的に判断すると、これでも何とか耐えられると判断したためである。しかしそう考える一方で、何故か先程のシスの視線を受けた事で間違いだと指摘する自分が居た。常に最初に考えた作戦こそが『』としてきた彼にとって、一度決めた判断を覆す事は珍しい。

 こんなにも迷いが生じるのは何故かと、ディアトロスが自問自答していると、苦笑いを浮かべながら『シス』は力を示した。

 ――まるで答えを出せずに悩む教え子に『解』を提示するかの如く。

 シスはわざとの『発動羅列』を『ディアトロス』に見えるように具現化させたかと思うと、詠唱を声に出していく。

「その羅列、その詠唱は……っ! まさか!!」

 ディアトロスが驚くのも無理はない。

 今シスが放とうとしている魔法は、先程ディアトロスが放った彼の奥義ともいえる『魔法』なのだから。

 そして『アレルバレル』の刻印が刻まれた、その魔法の『ことわり』を見たディアトロスは唖然とするしかなかった。

 シスはあっさりと完成させたディアトロスの魔法を見せた後に、視線でディアトロスに訴えかける。

 その視線に言葉をもたせるとしたら、こうなるだろうか。

 ――『これをどうするかは貴方次第』。

 後は魔力を魔法に乗せる『スタック』を仕掛ければ、あっさりと魔法陣は回転を始めて『その魔法』は当然のように発動される事だろう。

 『お膳立てはここまで。どうするかは貴方が決めなさい』と訴えかけるシスの目を見て、ディアトロスは可笑しくて仕方がないと笑い始めた。

「カッカッカ……!! 分かった、分かった。そこまでしてみせたのだ。ではお主に一番働いてもらうぞ? イリーガルにリーシャよ。お主達はシスをバックアップせよ。このシスに任せるのだ!」

「……分かった」

「ええっ!?」

 ディアトロスの言葉に同意を示すイリーガルと、信じられないといった様子で驚くリーシャだった。

 両者は全く違う反応を見せたが、当の本人である『シス』はディアトロスの指示に大満足で頷くのであった。

「じゃがシスよ。少しでもワシが危ういと感じた時点で引いてもらうぞ? その時は大人しくワシに従ってもらう。よいな?」

 シスはコクリと頷くと、目の前の使以外にも、あらゆる魔法を同時発動させる。

 右手で『ディアトロス』の『神域魔法』の発動寸前の状態を保持しながら、新たな『魔法』を左手で『アレルバレル』の世界の『ことわり』を用いて、スタックの準備を始める。

 ――この間。僅か一秒にも満たない時間である。

 全ての準備が整ったシスは、ちらりと最後の確認をするように『ディアトロス』に視線を送る。

「構わぬぞ。お主のやりたいようにやるがよい」

 次の瞬間、シスは魔法陣に魔力という名の火を灯した。

 ――神域魔法、『崩壊ス、摺リ砕ク虚構ノ世界』。

 その『魔法』こそは先程『ディアトロス』が、八割程で放った魔法であった。

 先程の『ディアトロス』がこの魔法を使った時に、遠い場所からシスは『ディアトロス』の発動羅列を一瞬で脳内に記憶してみせて、あっさりと今『トレース』を行ってみせたのだった。

「これは……! ディアトロス殿の『虚構ノ世界』か!」

「う、嘘!?」

 それは『ディアトロス』の編み出した『神域魔法』と全く同一『虚構ノ世界』と見紛う程に完璧なトレースだった。

 ディアトロスが編み出した『魔法』をまるで自分の『魔法』の如く発動してみせたその魔法は、従来通りの効力をもって『ルビリス』達を中心に放たれたかと思うと、大爆発を引き起こすのだった。

 点火の一瞬の間に大賢者ミラは『高速転移』でルビリス達の元に駆け寄ったかと思うと、シスの放つ膨大な『魔力』から『極大魔法』が放たれるだろうと察して『大結界』を張っていた。

 このミラの卓越した判断力がなければ、シスの放つ『虚構ノ世界』の一撃で、すでに勝負は決まっていた事だろう。

「何て威力だ。奴は『神聖魔法』以外の『魔法』もトレースが出来るのか! お前達、この場に私が居なければ危なかっ……、なっ!?」

 ミラは自身の結界魔法で守ったルビリス達に口を開くが、返事を聞く前にシスの居る所から更に次々と魔力の奔流を感じ始めて言葉を閉ざすのだった。

 そして信じ難い事に、シスの放とうとする『魔法』の『発動羅列』を読み解いたミラは驚愕する。

 ――神域魔法、『終焉エンド』。

 その魔法にシスがスタックさせていた魔力が乗った瞬間――。
 空を闇が覆い、対象者の人生を摘むかの如く、その終焉は望まれた。

 その魔法に驚いたのはミラだけではない。

 ――この場に居るほとんどの者がこの魔法を知っている。

 知ってはいるがその魔法を発動出来る者は、この『』以外にはだった。

 ――大魔王『ソフィ』の魔法の代名詞。

 神域中の神域魔法。魔力のコントロールを一つ間違えば、星に生きる全ての生物。その数多の魂を一瞬で終焉へと導く説明不要のである。

「成程。この『終焉エンド』は、か」

 ディアトロスは、目の前に居る『』の正体を看破した上でそう告げる。

 …………

「ミラ様……!! け、結界が……!!」

 ミラが張った『』が『虚構ノ世界』と『終焉《エンド》』に耐えられず、綻びを見せたかと思うと、次の瞬間には『大結界』は粉々に砕け散った。

「耐魔力の意識をしっかりと保てよ? この『終焉エンド』という『魔法』は、諦観した者から順番に魂を抜き取るぞ! 命ではなく魂を持っていかれる以上は、この私でも蘇生は出来ないと思え。当然分かっていると思うが、魂を抜き取られてしまえば『代替身体だいたいしんたい』なども全て無意味になるからな……」

 『蘇生』及び『転生』といった保険の選択肢を全て刈り取られる『終焉』という全ての対策法。
 それをむざむざと見せつけられた事で、ミラの脳内に浮かんでいる対応策が、次から次に浮かんでは消えて行くのだった。

(……あの化け物ソフィを別世界へ跳ばした事で、勝手に脅威が去ったと思い込んでいた私は滑稽だ)

 『終焉エンド』は個に対して放たれる魔法ではなく、世界そのものに干渉する魔法である。

 対象範囲が広すぎるために『時魔法タイム・マジック』である『次元防壁ディメンション・アンミナ』では防ぐことは不可能である。このままであればこの場に居る全員が『動けない空間、永劫の彼方』へと運ばれる事となるだろう。

 この場に居る『ルビリス』『リベイル』『ハワード』の大魔王達はまだ、卓越した耐魔を誇っているために、即座に魂を奪われることはなく、まだ少しは時間の猶予があるだろう。

 その時間の間にあの疑似『化け物』を殺す事が出来れば全員助かる。
 そう判断した大賢者『ミラ』は、シスの『魔法』を防ぐ事を諦めて、攻撃を行う方向へと思考を移らせるのだった。

 ……
 ……
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