最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第452話 シスの潜在能力の覚醒化

 シスとレアが戦闘を開始してかなりの時間が経った。
 戦闘当初は急激に上昇した力に、身体が馴染んでいなかったシスだったが、レアと戦っている相手に徐々に身体の使い方を覚えていき今では完全に自分のモノにしていた。

 戦力値では『金色の体現』をしているレアの方が、遥かに高いが魔力は完全に劣っている。

 『大魔王』領域に近い今のシスと『大魔王下限』程度しかない、今の『代替身体だいたいしんたい』のレアでは、戦闘での優劣は付け難くほとんど差はない。
 それにここまで拮抗する力同士であれば、戦い方一つであっさりと形勢は変わる。

 ――しかしそれでもレアは余裕を見せて笑う。

「いいわよぉ? 複数の魔法を同時に用意して私の動く先に『スタック』させた『魔法』を発動しておびき出せる。戦闘技術はすでに『エリス』ちゃんと同等、それに私の戦い方を目で確認して自分のものにしようとしてるわねえ?」

 レアはシスの攻撃を躱しながら、頭でメモを取るようにシスの現在の戦闘方法を記録していく。

 本来の身体ではないとはいっても、これまでを戦闘と研鑽に費やしてきたレアは、今の暴走シスの危険な攻撃を何度も当たりそうになりながらも余裕をもって観察出来ていた。

 そんなレアはユファが言うように、この本来のシスは類稀なる『天才』なのだと身体で理解した。

 魔力の高さは元より、そんなモノよりも戦闘技術の向上速度のほうが異常だと言えた。

 シスは暴走しているというのに一度使った攻撃パターンで実験を行い、相手に防御させるに足る攻撃か、それとも躱させるに足る攻撃であるかを判断して確率の高い方を毎回選びながら、少しずつレアに繰り出す攻撃を精密に選び抜いていく。

 そして徐々にレアは目測で判断出来ずに、予測でシスの攻撃を躱すようになっていた。

 ――それはつまり見てからでは間に合わなくなってきたのである。

「全く、エリスちゃんもセレスちゃんも難儀な子を残したものよねぇ!」

 そんな憎まれ口を叩きながらもレアは嬉しそうだった。

 そしてガンガンと魔力を使い続けて戦闘を優位に持っていったシスだったが、ここで遂にその代償となっていた魔力が底をつき始めていた。

「ふぅ。長かったわぁ! あんなに極大魔法を放ち続けて、こんなに持つのはやばいわよぉ?」

 レアは自身の魔力を温存しながらも、シスの攻撃をいなし続けながら、必死に魔力の枯渇を待っていたのである。

 現在のレアの魔力では『凶炎エビル・フレイム』を乱発することは出来ないし、当然多くの神域魔法も使い続けることは出来ない。
 つまり相手に大きな魔法を打たせ続けて自分の魔力値より下げる作戦をとっていたのである。しかしそれでももっと、余裕をもって戦えると思っていたレアだったが、予想以上にシスは戦闘の中で成長していくため、危ないかもしれないと思い始めていたところであった。

「さて、じゃあそろそろ貴方の暴走を本格的に止めようかしらぁ?」

 相手が弱ったのを確認して攻撃を繰り出す蛇のように、レアは動き出そうとする――。

 ――しかし、そこで思わぬことが起きた。

「見つけたぞ、魔王レア! 化け物を封じ込めるために、この場で死んでもらう!」

 何もない空間にいきなり亀裂が入ったかと思うと、そんな事を口にする魔族が突然現れてレアの前に『転移』してきた後に、大きな魔力の波動をレアに放つ。

「な、ななっ!?」

 シスに向けて攻撃をしようとしていたレアは、いきなりの来訪者によって動きを止められた。

 この場に現れた者達は『リラリオ』の世界ではなく『アレルバレル』の世界の魔族で間違いないだろう。現れてから攻撃までの一連の流れのスムーズさは、

 しかしそれでも瞬時にレアは目を『金色』にして、その来訪者の魔族の攻撃に防御を取った。

 彼女もまた過去に『アレルバレル』の世界で生活を行った事のある魔族である。
 瞬発的な対応能力は『リラリオ』や『レパート』の世界で生き続けている魔族とは違う――。

 ――ここから誰も予期せぬ事が連続で起き続ける事となる。

 謎の魔族の攻撃をなんとか致命傷にならない程度に防ぎきったレアは、カウンターで魔族に向けて『シス』を抑える為に残していた魔力を費やして『凶炎エビル・フレイム』を放ってみせる。

 魔族はそのままレアの攻撃を受けて、身体中をどす黒い炎に包まれながら即死する。

 レアは満足そうに笑うが、来訪者はその一体だけではなかったのである。

 そこから更に数体の魔族が先程の魔族と同じように、何もない空間から続々と出現して、魔法を放って攻撃を仕掛けて来た魔族を屠った直後の隙だらけとなったレアに向けて、次から次に殺傷能力の高い『極大魔法』を放ち続けられてしまうのであった。

 『神域魔法』『超越魔法』どれもが高位な魔法であり、来訪者は自分達の『魔力の枯渇』などを一切考えずに『魔王』レアを殺すためだけに魔力を費やし続けるのだった。

 一体だけであれば『代替身体』の身でもあっさりと対処を出来ただろうが、自分より強い大魔王達が延々と出てきて殺すつもりで必死に魔法を打ち続けてくるのである。

 次々と抵抗を行おうと奮闘していたレアだが、流石にどうしようもない。

(あ……だめだ。これは死ん……だ……)

 レアは自分の身体が死に体になっていくのを感じた。

 そしてこれはもうどうやっても助からないとレアは、長きに戦闘に身を置いてきた者の嗅覚でわかってしまう。

「よし作戦は成功だ! そろそろ化け物がこちらに気づくかもしれない! コイツを拉致して即座に別世界へ撤収しろ!」

「御意!」

「御意!」

 謎の魔族達は目の前に居るシスなど目もくれず、死へと近づいているレアの身体を掴んでそのまま『概念跳躍アルム・ノーティア』を使って一瞬で消え去ってしまった。

 ――まさに一瞬の出来事であり、時間にして十秒にも満たぬ出来事だった。

 魔力が枯渇仕掛けた状態で暴走が止まりかけていたシスは、数秒程何が起きたか分からぬまま、停止していたが、やがて何かに突き動かされるように『』へと

「うああああっ!!!」

 自分を止めてくれようとしていたレアを思い出して、暴走状態であったシスはという精神が二分する状態のまま咆哮を上げた。

 シスの中に眠る『大魔王』が完全に目を覚まそうとしている。

 このままでは『憎悪の大魔王』とレアに呼ばれていた存在によって、シスの身体は完全に支配されて恐るべき力と引き換えに、シスの意識は一生戻らなくなってしまうだろう。

 しかしそんな『憎悪の大魔王』が覚醒を果たそうとした時だった。

 『憎悪の大魔王』の思惑とは違うことが生じた。

 『シス』の目が金色に輝いたか思うと、次の瞬間――。

 ――シスの周囲に膨大な魔力が吹き荒れる。

 それはレアと戦闘をする前の暴走状態とは比べ物にならない程の『魔力』だった。

 その中心に居る『シス』は何もかも知っているかの如く、次から次にとれる最善を尽くしていく。

 何も知識としては知らない筈のシスは一度目を瞑ったかと思うと、身体から乖離している感覚の先にある魔力。自身の目の前にある『何か』に手を伸ばして――。

 ――それを全力で! ――『握り潰す』!!

 するとシスの周りに『金色のオーラ』が纏われ始めた。

 普段とも違い『憎悪の大魔王』とも違うその『シス』は『金色の体現』を果たした瞬間の自分を完璧に理解しており、当然の事のように受け入れた後に伸ばした手を見ながら一度、二度、そして三度握りしめると次の行動に移り始める。

 それは先程レアに手を出して連れ去った、魔族達の魔法の『発動羅列』を脳内で追跡トレースを始めたのである。

 更に『魔力回路』にこれまでのシスが扱っていたモノとは違う『魔力』を供給し始めたかと思うと、深呼吸を一つ加えながら目を再び『金色』へと輝かせながら『詠唱』を始める。

 恐ろしい程の長い『発動羅列』を最初から知っていたかの如く、シスは『高速詠唱』を行っている。
 更に自分に纏わせている『金色のオーラ』だけではなく、シスが使えない筈であろう『青』と『金色』の同時併用――。つまり『』を使わずに『』と『』だけの『』を行っているのであった。

 ――神域『時』魔法、『概念跳躍アルム・ノーティア』。

 ソフィが苦労して覚えている最中である『レパート』の『ことわり』を用いて、一度も使った事がない筈の『概念跳躍アルム・ノーティア』を、たった数秒前に謎の魔族達が使った『概念跳躍アルム・ノーティア』の『発動羅列』を一瞬でなぞり『高速詠唱』で即座に発動して『奴らの魔力を一瞬で感知してレアを取り戻すんだ』という彼女が抱いた意識を用いてシスは魔族達の後を追いかけるのだった。

 ……
 ……
 ……

「ソフィ様!!」

 レイズ城で消えたレアとシスの魔力を感知したユファが立ち上がる。

「……ユファよ! すぐにレア達の居た場所へ飛ぶぞ」

 既にソフィも理解していてこれまでのように余裕を見せずに、即座にレア達の元へと向かうとユファに告げるのだった。

「は、はい!!」

 そう言うと二人は一瞬でレア達の居た場所へと『転移』をする。
 辿り着いた二人は周りを探すが、その場にはもう魔力の残滓すら残っていなかった。

「ソフィ様! これはまさ……、っ!?』

 何者かが二人を連れ去ったのではと、ソフィに声を掛けようとユファはソフィの方を見たが、彼女はそこで目を丸くして声が出せなくなった。

 ソフィがを浮かべていたからである。

「そ、そんな馬鹿な! こ、これは、こ、この魔力の残滓は……! !?」

 ユファですらあまり見たことがない程に狼狽を見せるソフィの姿がそこにあった――。

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