最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第246話 大魔王ヴァルテン

 現在のレパートの世界に居るもう一体の大魔王『ヴァルテン』は、戦争の準備を続ける『魔王』レアの様子を『アレルバレル』の世界へ戻っていた。

 彼の役割は『魔王』レアを使ってソフィと争わせる事にあり、少しでも『概念跳躍アルム・ノーティア』を使える者を失くす事にあった。

 大賢者からすれば配下の『ヴァルテン』は重要な因子ファクターであり、他の作戦よりも優先度が高い。

 何故なら大魔王フルーフを壊したのが組織であり、ヌーであるという事をレアに知られた場合、レアがどういう行動を取るか分からないからである。

 怒りのままにレアが大賢者やヌーを襲ってくるのであれば返り討ちにして終わりだが、もし気が触れたレアが万が一ではあるが、あの化け物である『ソフィ』をアレルバレルの世界へと連れて帰るようなことがあれば、計画は全て水泡すいほうすからである。

 今回の為に大魔王連合ともいえる数々の者達を上手く手引き、勇者という偶像をつくり大掛かりな作戦を発動させたのだ。決してここにきて失敗するわけには行かない。

 そして大魔王ヴァルテンもまた、大賢者に気に入られる為に必死であった。

 今回ヴァルテンが担った役割はとても大きく、作戦が上手くいった後はあの『魔王』レアを亡き者にした後のこのを丸ごとヴァルテンのモノにすると、大賢者は約束してくれたのだ。

 大賢者は誰も逆らえなかった大魔王ヌーと、互角以上の強さを持っている事をヴァルテンは知っている。そんな大賢者が世界丸ごと一つ渡すと約束するのだから、レインドリヒやユファではなく、この世界は私の物になることは間違いない。

「いやはや、私にも運がありましたね。同じ魔族であるソフィの配下にもヌーの配下にもならなかった私が、まさか人間の配下になるとは思ってもみませんでしたがね」

 ヒッヒッヒと厭らしい笑みを漏らしながら報告の為に、大賢者の待つ『アレルバレル』の世界の『人間界』にある『ダイス』王国へ向かう大魔王『ヴァルテン』であった。

 ヴァルテンは世界間転移を行いながら『大賢者』の事を考えていた。

(それにしてもあの『実験体フルーフ』は本当に役に立ってくれるものだな。あやつが『アレルバレル』の世界に来てくれた事で、アレルバレルの情勢は大きく変わった。)

 実験体と呼ばれているフルーフは、確かに魔法を創る天才であった。

 しかし目立ち過ぎた彼はこうして大賢者の目に留まり、その類まれなる才能を利用されて数多くの『大魔王』達に、新魔法を提供させられ続けるにされてしまった。

 ヴァルテンは大魔王『フルーフ』に憐れみの感情を向けながらも、主である大賢者に対しても不憫だと感じている。

(大賢者はやはり人間だな。自身が大賢者として称えられる度に、勝手に自分をエルシスと比較して不安になっている。と比較するなど無駄だというのに馬鹿な奴だ)

 同じ大賢者であるエルシスは、自ら魔法を作り上げて自由自在に操り、人間という存在の恐ろしさを『アレルバレル』の『魔界』中へ知らしめた人間の大英雄である。

 もしソフィという存在が居なければ、かつての『アレルバレル』という世界は大賢者『エルシス』を擁する『人間界』の独裁者『皇帝』と呼ばれる人間達のモノとなっていたことだろう。

 人間は寿命が魔族に比べて短いものだが、一度でもこの世界が『人間界』の手に堕ちていたらと思うとヴァルテンはぞっとする。

 何故ならこうして再び現代に『エルシス』とはまた違う『大賢者』が存在しているのだ。

 エルシスのような存在が寿命で居なくなったとしても、また別の存在がこうして大魔王の領域に居るヴァルテンのような魔族を従わせる程の『魔力』を有する大賢者が生まれてしまうのだから、下手に『人間界』に住む人間に『アレルバレル』全体の支配を奪われてしまっていれば、今頃魔族の地位は危うくなっていた事だろう。

(しかし『魔力』では敵わなくとも、今の大賢者は精神面に脆さが見て取れる。上手く立ち回っておれば、いずれは再び私にも好機チャンスは訪れよう)

 その時が来るまで『レパート』の世界の支配者として、君臨し続けようと考えるヴァルテンであった。

 そしてそんな驚異的な『魔力』を有する現代の『大賢者』が、過去の大賢者とされる『エルシス』に対してそこまで必死になる理由を考え始めるのだった。

 現在のアレルバレルの人間界で『大賢者』に魔力で匹敵する者など皆無ではあるが、確かにそれでも初代大賢者である『エルシス』と比べると、二歩、いや三歩分は見劣りするだろう。

 それを誰よりも大賢者自身が感じている事であり、そんな彼の様子をヴァルテンは見てきた。そんな大賢者に転機が訪れたのは、やはりフルーフの存在だった。

 エルシスと同じように数々の新魔法を創り出すフルーフの存在は、現代の大賢者を大いに興奮させた。

 フルーフを配下にすればエルシスに負ける要素などないと大賢者は確信して、その智謀から組織を設立してこれだけの作戦を思いつき、実際に行動に移したのである。

 目論見通り『大魔王』ソフィは『アレルバレル』の世界から追い出されて、フルーフは『大賢者』に操られながら今もヌーの実験体として利用され続けている。

 『実験体フルーフ』の所有権は大魔王『ヌー』にあるが、実際に所有しているといえるのは『大賢者』である。

 何故そういえるかというと、実際にそのフルーフを操って『新魔法』などの開発や、既存魔法の『発動羅列』を組み替えて技術革新を行わせているのは『大賢者』だからである。

 フルーフを操って配下にする事はヌーでも出来る事ではあるが、やはり『魔』に関して卓越した知識を持つ者は『大賢者』であり、実際の所有者のヌーであっても『大賢者』以上の活用は難しいだろう。

 そしてヌーと大賢者の共同で実験体から魔法の知識を得ている為、本来であればあり得ないといえる『大魔王』と『大賢者』が協力関係にある事も大きい。

 しかしヴァルテンは組織の計画の大半を知っているが、それでも『大賢者』の最終目標は謎のままである。

(すでに魔族と同じ程の寿命を手にしている大賢者は、不老不死を求めているとは思えない。エルシスと同じ力を持とうという自己満足を果たしたいだけなのか、それとも我々では理解出来ない何かもっと特別な秘密があるのか)

 ヴァルテンはそこまで考えていた思考を振り払い、分からない事を考えるのを放棄する。

 自分の力量を越えた事を考え続けるのは、不毛であり危険だという事を老獪ろうかいなヴァルテンは嫌という程知っている。

「さて、そろそろアレルバレルですね」

 組織に騙されてソフィがフルーフと戦い壊したという事を本気で信じ込んでいる、レアの現在の様子を届けに、大賢者の元へ向かうヴァルテンであった。

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