最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第243話 魔術師レインドリヒ

 アレルバレルの世界で行われている事など知るよしもないソフィは、闘技場でユファと戦い運ばれた『リディア』の容態を見る為に医務室へ足を運んでいた。

「クックック、お主ユファの魔法を斬るまでになったか」

 ベッドの上で力を使い果たして動けないリディアは、顔だけをソフィの方へ向けていた。

「あの女はお前から見てどれくらいの強さなんだ?」

 悔しそうな表情を浮かべているリディアはソフィにそう訊ねる。

「そうだな。あやつとは最近この世界で再会したばかりだが、成長速度で見れば我の配下の中でも相当に上位に来る程だ。研鑽を怠らぬあやつであれば、少し間が開けばまた会う時に驚かされるになるだろうと容易に予想が出来る」

 抽象的な言葉だったがリディアは納得する。

「お前の配下は腐る程にいるだろうからな。その中でお前がそれだけ褒めるという事はだという事だろう」

 どうやらリディアはあれ程の強さになったというのに、自分とソフィの力量を正確に分析して、まだまだ自分の方が強くなったと、己惚うぬぼれを抱いてはいなかったらしい。

「お主。あの『金色』のオーラを纏えるようになったのは、いつ頃だったのだ?」

「金色? ああ『柄のない二刀の光輝く刀』の事か?」

 厳密にはその刀を具現化するオーラの事を尋ねたつもりだったが、具現化するのに使うのが『金色のオーラ』である為、そこまで変わらないと判断してそのままソフィは頷いた。

「いつだったかな。確か冒険者になりたての時だ。10年ほど前くらいの時だったかな」

 ソフィは驚いた顔を見せる。

(人間の身にして生まれて10年余りで『金色』のオーラを纏っていたのか)

「我と戦っていた時は『青いオーラ』を纏っていなかったが、この大陸で何か学んだか?」

 ソフィがそう言うと、リディアは嬉しそうに笑う。

「なんだ? やけに俺の事を知りたがるじゃないか。お前も少しは俺の事を認めたか?」

「クックック。我はお主の事を随分前から認めておるよ。お主への期待はあの戦いより、今の方が高まっておる」

 ソフィが素直にそう答えると、リディアは真顔で頷いた。

「今の力を手にしたのは、この大陸で魔族共と戦ってからだ。ミールガルドにいた時とは違い、ここの連中はそれなりに倒しがいがある奴らばっかりだったからな」

 どうやらこの大陸の魔族と戦っている最中に『青』のオーラの使い方を学んだようだった。

「お主がその気にならば、我が鍛えてやってもよいが?」

 ソフィが真顔でそう告げるとベッドの上で横のままで、リディアは眉を寄せて返答した。

「いや、悪いがそれは断る。俺は俺なりに鍛え上げてお前を越えるつもりだからな」

 どうやら相当に決心は固いようだと、ソフィはリディアを鍛える事を諦めるのだった。

「そうか、ではお主がさらに強くなるのを楽しみに待っておくとしよう」

 そう言うとソフィはリディアに手を振り、医務室を出ていった。

(魔族であってもある時を境に壁にぶつかる。人間であればその壁は更に厚みを感じるだろう。あやつがそれを自身で乗り越えられるか、そこが正念場だろうな)

 ソフィはリディアがその壁を乗り越える事を祈りながら、医務室を後にするのだった。

 ……
 ……
 ……

 ソフィが闘技場の地下に設立されている医務室を出た後、地上へ戻ると全身黒ずくめの男とすれ違った。

 リディアの事を考えていた為に、ソフィは全く黒ずくめの男を意識していなかったが、すれ違った瞬間、黒ずくめの男から殺気が漏れた。

 ――ソフィは即座にその殺気に反応して、距離を取る。

「……いい反応だ。あのレアが必死にお前の事を調べているワケが理解出来た」

 背が高くすらりと長い足をしていた全身黒ずくめの男は、あの『魔王』の名前を口にする。その魔王の名にソフィは反応を見せた。

「早速『魔王』レアからの刺客かな? お主一人に見えるが、たった一人で乗り込んできたのか?」

 そう言いつつもソフィはオーラを纏い始める。

 目の前の黒ずくめの男は異様なのだ。殺気が出ているにも拘らず、全く戦闘の意思を感じさせず、しかし不気味に笑みを浮かべるその姿は、何かをしようとしているように見える。

「おっと、これは失礼。自己紹介がまだだったな。俺の名前は『レインドリヒ』」

 そう言うと何もないところから小さな紙を右手に出現させて、ゆっくりとこちらへ歩いてきた後、背を屈みながらソフィの手にその紙を渡してくる。

 警戒を怠らぬままソフィは、レインドリヒと名乗る男から紙を受け取る。

「む? 何だこれは?」

 レインドリヒはソフィの言葉に小さく笑みを浮かべた。

「ふふっ。いやだなぁ、ただの名刺だよ名刺、そうかそういう習慣がないか」

 そう言うとレインドリヒは、今度は人を馬鹿にするような嗤い声をあげる。

「他人に自分の事を伝える為に、俺の個人情報を書いた紙だよ」

 ソフィはそこまで説明されてようやく理解する。

 そしてその受け取った名刺をちらりと見ながら、ソフィは疑問点を口にする。

「成程……。それでこの名前の横に書いてある『』というのは、何なのだ?」

 そう言うとレインドリヒはソフィの視界から消えた。

「あんた達の世界では、賢者に近いと言えば分かるかな?」

 リーネのように完全に姿が消えたまま、レインドリヒの声だけが耳元に聞こえてきた。

 魔法使いでもなく、そしてソフィの世界でいう賢者でもない。

 余りに聞き覚えのない彼の告げた『』という職だが、ソフィはこのレインドリヒという男に興味を持った。

「クックック、お主なかなかに面白いではないか? それで我に用があって、ここで待っていたのだろう?」

 ソフィがそう言うと、レインドリヒは答えを返す。

「近い内に我々の同胞であるレアが、その忠告を兼ねて、挨拶でもしておこうと思ってね」

 そう言うとレインドリヒは、再び何も無い空間から現れると一輪の薔薇を取り出した。そしてその薔薇をソフィの手に握らせる。

「そうかそうか。それでその時は、お主も我の敵になるのかな?」

 陽気な態度と裏腹にソフィの目は、レインドリヒを射貫くように視る。

「残念な事だが、今の俺はレアの味方だからそうなるだろうな」

 そう言ってその場から姿を消そうとしたレインドリヒだが、驚いた表情を浮かべて足を止める。

 ――何と今まで見ていたソフィの姿が忽然と消えたのだった。

 そしてまさかという表情を浮かべた『レインドリヒ』は背後を振り返る。

「クックック、とは、こういう技をする事なのだろう?」

 魔法でもなく『リーネ』のような『忍術』の技でもない。

 単純にソフィは『レインドリヒ』が視線を動かす速度より速く、死角へ死角へと移動して『レインドリヒ』の背後へ移動したのだった。

「ワーオ……!」

 両手をあげて大袈裟に驚いて見せるレインドリヒ。

「大魔王ソフィ。今日から君も

 笑みを浮かべながらレインドリヒがそう言うと、ソフィもまた釣られるように笑うのだった。

「さて、それじゃあ挨拶も終わった事だし、もう行くとしよう。会えてよかったよ、大魔王ソフィ」

 そう言って指を鳴らした後、レインドリヒは完全に姿を消すのだった。

 ――レインドリヒが居た場所には、一輪の薔薇が置かれていた。

「実に面白い奴だったな。そこそこに戦力値も高かった」

 今のやり取りの間に『漏出サーチ』である程度の力を測っていたソフィだった。

 【種族:魔族 名前:レインドリヒ 年齢:???
 魔力値:2500万 戦力値:4億1500万 所属:レアの魔王軍】。

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