最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第125話 誤算

 漏出サーチという相手の『魔力値』や『戦力値』を正確にはかる事が出来る『魔法』によって、戦力値が1000万を越える魔族の数値を複数発見したシュライダーだったが、彼はこの大きな戦力値の中に見覚えがある者を発見した。

 【種族:魔族 名前:シス 年齢:3221歳
 魔力値:999 戦力値:2648万 所属国:レイズ魔国】。

 魔力値には隠蔽魔法を施してはいるようだが、シュライダー程の魔族になれば戦力値だけでだいたい相手がどれくらい魔力を有しているかを判断できるようである。

「見つけましたよ、女王シス……っ! 私に恥をかかせた報いを、受けさせてやる!」

 あの時は『ヴェルトマー』という『フィクス』によって、転移魔法というふざけた手段で逃げられてしまい、シーマ王の信頼を裏切ってしまったが、今回で汚名を返上する機会を設けた。

 ――シュライダーにとっては今回こそ失敗は許されない。

 『ミールガルド』大陸の支配やレルバノンの存在よりも、女王『シス』の首を持ち帰ってシーマ『魔王』に届ける事が今の彼の全てであった。

 ……
 ……
 ……

 迷いの森の中心に建っているレルバノンの屋敷。

 シスとソフィの『魔王』同士の戦いによって、屋敷のあちらこちらに亀裂が入り、屋敷はいつ崩れてもおかしくはない状況ではあったが、まだ何とか持ち堪えていた。

 そんな屋敷の中にソフィやレルバノン達は居た。

「こちらに大きな戦力値を持った魔族が、凄い速度で迫ってきています!」

 エルザが魔力を感知して『レルバノン』達に伝える。

 もちろんエルザが感知出来るという事は、この場にいる多くの『最上位魔族』以上の者達も当然のように魔力感知は出来ていたが、エルザの声に頷きを返した。

「ソフィ君。どうやら今回こちらに向かってくる魔族は『ラルグ』魔国軍の軍事副司令官『シュライダー・クーティア』のようです」

 元『ラルグ』魔国軍の『王補佐』というラルグ魔国でNo.2の立場にいたレルバノンは、追手の魔力値で『シュライダー』という事に気づいた様子だった。

「ラルグ魔国軍の役職とやらが良く分からぬが、軍事副司令官という事はそれなりに偉い立場にいるというなのだな?」

 ヴェルマー大陸では『ラルグ』魔国の『シュライダー』が攻めてくると聞かされてしまえば、一般の魔族であれば脅えて声が出せないくらいの事だが『アレルバレル』の世界の『魔界』を数千年も統治を行ってきた『大魔王』にとっては、が近寄ってくるという程度の認識であった。

「そうですね……。シュライダーはあの無駄に高いプライドがなければの階級にもなれた程の魔族です。彼が私兵に持つ『空域戦闘部隊』は『ラルグ』第二軍に匹敵するほどの強さでして、空から相手の死角を狙いながら殲滅するという特色を持っています」

 ソフィはそこまで説明されてもやはりピンとは来なかった。

「すまないのだが……、あいつを倒すのは私に任せてもらえないか?」

 それまで静かに『レルバノン』の話を聞いていたシスが声を出した。

 その声には静かな怒りが孕んでいるようであった。

「彼が貴方の報復の対象でしたね……」

 レルバノンがシスに確認を込めながらそう口に出した。

「その通りだ……。あいつだけは許す事が出来そうにない」

「分かっている。お主が抱いている大きな望袋を奪うつもりはない」

 普通の者であれば復讐なんて虚しいものだと伝えるかもしれない。

 だが、ソフィは仲間や家族に匹敵するほどの大事な者を奪われた経験を幾度と経験している。

 その仲間や家族との思い出を思い出す為に、それを奪ったものを許す事が出来ないという感情を他者が簡単に止めていいものではないと知っている。

 であり、他者があれこれ言うのは筋違いというものである。

 虚しいという感情よりも今シスが抱く気持ちの優先度は、を奪った略奪者を殺すという復讐心であった。

 リーネはそんなシスの為に、出来る事は多くないだろう。

 だがそれでも……――。

 それでもそんなシスの横にいるくらいは、許されるだろうとシスの手を握る。

 そんなリーネの気持ちをシスは『』とばかりに握り返す。

 傍から見ていても本当にこの二人は姉妹のように感じられる。

 ソフィは何故かこの二人の関係に、懐かしくも惹かれる物を感じていた。

 か、なのか。

 ――それはもう誰にも分からない。

「ひとまず『ラルグ』魔国の本軍ではなく『シュライダー』の私兵隊と第三軍といった軍勢ですので、ひとまずは何とかなるでしょう」

「ではそろそろ作戦通り、王国の方に我が動けばよいか?」

「ラルグ本軍が攻めてきた場合『ケビン』王国軍の行動によって、王国は狙われていたでしょうが、これだけの規模の戦力であれば何事もなく終わる筈です」

 当初の予定通りに『シュライダー』達をレルバノンを囮におびき寄せるという作戦は、功を奏して上手くいっていた。

 シュライダーと多くの魔族達が『レルバノン』の屋敷に向かってきている。

 ここで多くの魔族を倒してしまえば『ミールガルド』大陸への被害も最小限に抑えられるだろう。

 しかしソフィ達はまだ気づいてはいない。

 シュライダー達が『ミールガルド』大陸に到達した時にすでに王国軍が、

 まさに自業自得ではあるが、その所為で王国軍が今危機的状況に陥っているが、魔族の恐ろしさを知らなかったのだから、命令に従っていた兵士達をを責めるのは酷というものだろう。

 未だかつて『ミールガルド』大陸へ『魔族』が攻め込んできた事はなく、魔物と魔族の区別もつかないような平和な大陸ともなれば、これ程の戦力差があるのだと知らない事も何も可笑しくはなかった。

 レルバノン達も冒険者ギルドや商人ギルドといった協力体制を考えてはいたが、それはまだ先の話で、ラルグ魔国の本軍が攻めてきてからが本領の作戦であった。

 今この時に至っては『ラルグ』魔国の第三軍が王国を攻めている事など埒外の出来事である。

「ではラルフとスイレンは、我と共に王国へ向かうとしよう」

「ああ、準備は出来ている」

「分かりました、ソフィ様」

 ソフィの言葉にラルフとスイレンも同意する。

「ソフィ……、気を付けてね!」

 リーネが心配そうに声をかけてきた。

「うむ。お主達がいれば問題はないだろうが、油断だけはするなよ?」

 ソフィはリーネに返事をした後に、レルバノンとシスに言葉を向けるのだった。

「シス女王と私、それにエルザもいるのです。リーネさんには、指一本であっても触れさせはしませんよ」

 レルバノンの言葉を頼もしく思いながら、ソフィは頷きを返すのだった。

 そしてその言葉を最後にソフィの古の魔法によって、ラルフとスイレンも同時に『ケビン』王国へと転移をするのだった。

 ……
 ……
 ……

 時は少し遡り『ケビン』王国側がラルグ第三軍に攻め立てられ始めた頃、一人の男が王国に到達していた。

「遅かったか。話が違うぞ……」

 ――その男とは一本の刀を携えた男、であった。

 此度の戦争に参加表明をして王国の防衛に来たのだが、その守る対象であった王国は、すでに魔族達に襲われていた。

 レルバノンとかいう貴族の話では、まだまだ戦争が開戦されるのは先の話で、ほとんどの魔族はソフィやレルバノンが囮として引き受けているという話だったが、現在リディアの目の前では多くの王国軍が『ラルグ』の魔族達に襲われているのであった。

「予定より早いが、ここで指を咥えて待機する事もあるまい」

 リディアはそう口にすると、腰に差している刀を抜いてオーラを刀に込め始める。

「居合……」

 次の瞬間、王国軍を襲っていた魔族達の首が刎ね飛んでいった。

 この場に居る多くの魔族を斬り伏せていくリディアだったが、そのリディアの姿を捉えられた者は一人もいない。

 電光石火の早業で、リディアは返り血すら浴びることなく『ラルグ』の魔族達を屠っていく。

 王国軍はパニックに陥っており、リディアに気づく者はおらず、魔族達も自分達に襲い掛かっている存在に気づけなかった。

 まさにリディアだけが違う時間軸を動いているかの如く、一体また一体と魔族を戦闘不能に変えていく。

 この場にもしリディアの姿を見ていた者がいたならば驚愕に染まっただろう。

 この世界の人間の到達する極致――。

 最高まで剣技を鍛え抜いた大陸最強の剣士が、化け物と呼ばれる存在である魔族をあっさりと斬り伏せていくのだから。

 彼は純粋な天才が努力を重ねて尚、辿り着けない領域というものを見た。

 そしてその領域に立つ目標ソフィが、見ている景色を見るまでは、リディアは止まる事が許されないと思っている。

 それは若い彼が生涯研鑽を注ぎ続けて尚、到達できるかは怪しい。

 ソフィという魔族が生きたを、人間の寿命である100年足らずで追いつくにはあまりにも短すぎる。

 しかしそれでも彼の中に諦めるという選択肢はなかった。

 むしろ天才、最強と呼ばれた末に目標もなく落ちぶれていく事よりも、死ぬまで修行を続けても到達できない未来の方が何倍もマシだと思っているからである。

 ――彼は決して言葉で伝える事はないが、ソフィに感謝していた。生涯に彩を飾ってくれた存在の為に協力するのも悪くはない。

「あまり人間を舐めてくれるなよ?」

 そして遂にリディアの存在に気づいた魔族達が取り囲むように迫るが、その長身の最強の剣士は難なく全てを斬り伏せていく。

 ――

 ……
 ……
 ……

 リディアが戦場へ来る事で少しはが遅くはなったが、依然として地獄は変わらずに続いている。

 この現状を『ケビン』王そして『ケビン』王国の貴族達は唖然として眺めていた。

 数十万規模の数を誇る最強の王国軍があっさりと倒されていく様を見せつけられたのだ。それも今襲ってきている魔族達は指揮官もいないただの兵隊なのだろう。

 それでさえこんなにも差があるのであれば、一体王国軍は今後どう対応しろというのだろうか。

「や、やはりレルバノン卿の言う通りにしておけばよかったのか……」

 ケビン王は後悔からそう言葉を発してしまう。

 王の隣でその呟きを聞いていた『ステイラ』公爵は悔しい気持ちに捉われる。

(し、信じられぬ……! あんな化け物達が、今まで野望を見せずに存在していたというのか?)

 まさに『ケビン』王国にしてみれば、この凄惨たる現状は誤算であったと認めざるを得なかった。

 そして『ケビン』王国が滅ぼされてしまうのを黙ってみているしかないのかと、王室にいる全ての者が同じに駆られていた。

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