最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第80話 光芒閃麗

 気を失っているミナトを見てソフィはほっとする。

 もしまた『ゴスロリ服の女スフィア』の『紅い目スカーレット・アイ』で操られでもすれば、今度こそミナトを守り切れる保証がないためである。

「君は魔族にしては少しわね」

 ソフィを指を差しながら『スフィア』は笑う。

「優しい? 何を勘違いしているのか知らぬが我は優しくはないぞ」

 ソフィがそう言うと『スフィア』はさらに笑い始めた。

「そこの人間を庇いながらどうやって、妾と戦おうかと考えているのに?」

 ソフィの考えている事はお見通しとばかりに『スフィア』は笑う。

「ミナトはギルドに引き渡す為に、必要だから守っているだけにすぎぬ」

 ソフィがそういうと『スフィア』が口を開いた。

「そう? 君がそういうのなら別にいいけれど私は遠慮なく、その男を殺すつもりで行くわよ?」

 ソフィは内心で舌打ちをする。

のだから、放っておきなさい」

 ソフィはその言葉に聞き捨てならないと感じ口を挟む。

「価値を決めるのは勝手だが、それを我に強要するのはやめてもらおうか?」

 少し苛立ちを見せた少年の様子に、ニヤリと『スフィア』は笑う。

「うふ、うふふ。どうやら君は人間が好きみたいね?」

 そう言うと『スフィア』は狂気染みた笑みを浮かべながら、高速でミナトを殺そうと駆け出す。

「させぬ!」

 ソフィは即座に第二形態となってミナトを庇う。

 形態変化を行った事で、先程までとは比べ物にならない速度でソフィは動くのだった。

 力も速度も通常形態と比べて格段に上がっている筈のソフィを見ても、その笑みを絶やさない『スフィア』。

 ソフィの形態変化によって復元された手は、その紅のオーラの技法で創成具現と呼ばれる紅いオーラで自らの手を武器のように模ると、その紅のオーラで包まれた手刀で『スフィア』の攻撃を受け止めるのだった。

「へえ? それが君の本当の姿ってわけね?」

「クックック、お主は少々危険だな。当分大人しくしていてもらおうか」

 ソフィはそう言うと自分の手刀を手前に引いて相手の状態をずらした所に、右足で思い切り蹴り飛ばした。

「!」

 流石にソフィの力を見誤ったのか、蹴られた瞬間に痛みに顔を歪める『スフィア』。

「成程? 力も速度も先程までとは段違いのようだけれど、それでも妾が敵わないって程でもないわねぇ?」

 新たな形態となっているソフィに力では適わないスフィアだが、魔族として戦い続けてきた経験からか、少しずつソフィの力を上手くいなしながら戦いに順応していく。

「ほう? 中々にやるではないか」

 ソフィは素直にスフィアを褒める。

 ミナトを守りつつ戦っているとはいってもこの世界に来て『ラルフ』『リディア』『エルザ』の三名とこの形態で戦った事のあるソフィだったが、この『スフィア』は、だとソフィは内心で認め始めている。

「うふ、うふふ。確かに君は強いけど、私には及ばないわよ?」

 そして嗜虐的な面を持つ『スフィア』は、更にソフィを絶望に落とそうと真価を発揮する。

「『舞えや舞え、羞花閉月、月はどこやいずこか、妾はここぞ、さぁ舞えや舞え』」

 突如、スフィアは歌うように詠唱を始める。

 するとソフィの周りだけが暗転して暗闇が覆い隠す。

(聴いたことのない詠唱だ。しかも『発動羅列』が表記されないということは、単なる『魔力』を用いた幻覚の類だろうか? どれ、少し耐魔力を落として試してみるとしよう)

 スフィアの体がぼやけ始めたと思うと、複数人に増えたかの如く錯覚し始める。

 徐々に数は増していきソフィを囲む。

 そしてその複数人に増えたスフィアたちが、一斉に『紅い目スカーレット・アイ』を放つ。

「『舞えや舞え、羞花閉月、月はどこやいずこか、妾はここぞ さぁ舞えや舞え』」

 スフィアの『魔力』の高まりを感じつつも、だんだんとソフィの意識が朦朧としていく。

 ――これが彼女の持つ奥の手であった。

 どんな強者を相手と対峙しても生き残って来れたのは、彼女の持つこの『光芒閃麗こうぼうせんれい』という独特な魔力の渦を用いた、幻術を見せる技のおかげであった。

(少し『耐魔』を落とし過ぎたか? だが、効力を未だに感じられてはおらぬ以上は、もう少し……)

 この期に及んでソフィは『スフィア』の面妖な術式に興味を抱いてしまい、取れる対策を全て取らず、その効力を確かめようとするのだった――。

 そしてこの形態のソフィの耐魔力を上回る程の強力な『スフィア』の技にはまってしまい、ソフィの意識は混濁していき、、遂には意識を失ってしまう。

「うふ、うふふふ! その年齢でたいしたものだったわよ? さあ、貴方も私が可愛がってあげる」

 そう言って

 ぞくり……――っと、スフィアの全身に悪寒が走る。

「! 今のは何かしら……?」

 周囲はスフィアの『光芒閃麗こうぼうせんれい」の技の影響に満ちており、この空間は完全に彼女が支配している筈である。

「えっ……!? き、気のせいかしら?」

 そしてまたスフィアが意識のないソフィに近づこうとすると、またもや彼女の体が無意識に震え始める。

「い、一体……、な、何なのよこれは!」

 そしてスフィアに違和感の正体を無理やりに教え込ませるかの如く、意識を失っている筈のソフィの口から、が紡がれる。

「『無限の空間、無限の時間、無限の理に住みし魔神よ。悠久の時を経て、契約者たる大魔王の声に応じよ、我が名はソフィ』」。

 完全に術の影響で意識が遮断された筈のソフィだが、唐突に『魔力』が膨れ上がり、あっさりとスフィアの総魔力値を追い越してしまう――。

 ――『スフィア』はを犯してしまった。

 ソフィの意識を断ち切ってしまった事で、ソフィの深淵に眠る『大魔王』を呼び起こしてしまったのだ。

 ソフィは余程の事がない限り、敵対するものでも殺さない。

 仲間が傷つけられたりすれば別ではあるが、それでも意思の疎通が可能な状態であれば、生き残る可能性がある。

 だが、現状のように意識をなくしてしまえば、そこにいるのは脅威を排除しようと動く本来の力を持った『大魔王』の体現を許してしまうのだ。

 この世界に来てからソフィは『ルビア』のように、明確な殺意を抱かせた相手を除きギルドの対抗戦や、リディアやエルザといった者達が相手でさえ、その相手の強さに極力合わせてソフィは相手の様子を窺いながら戦っていた。

 今は自分より弱くともいずれは自分に届き得る、若しくは超えてくれるかもしれないという期待を持って、ソフィは戦っているからである。

 しかしそんな彼は自身の耐魔力を落として、スフィアの相手の強さを直に感じられるようになるまで『魔力』を抑えて戦った事が裏目に出てしまい、スフィアの『光芒閃麗こうぼうせんれい』に耐えられない程にまで『耐魔力』を落としてしまった。

 このスフィアが使う『光芒閃麗こうぼうせんれい』という技がなければ、完璧にスフィアの『魔力』に対応出来ていた筈なのだが、それを今更言ったところで仕方がない。

 これは相手の力を見誤ったソフィの過失である。

 だからこそ、そう。だからこそ……――。

 『アレルバレル』の世界の地で幾万の魔族に恐れられた、を『スフィア』は、その身に受ける事になってしまうのであった。

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