最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第7話 ギルド指定の魔物

 翌朝、ギルドの空き部屋で目を覚ましたソフィは、昨日の食事を思い出して大変機嫌がよかった。

「うむ。ここは大変素晴らしいところだな。アウルベアの言葉通り、人間の町にきて大正解であった」

 ソフィは自分が魔王である事も忘れて、人間の町の歓待に満足をするのだった。

「さて、それではアウルベアを呼び出してみるか」

 そう言ってギルドの部屋の中で静かに瞑想を始めたソフィは、ここから遠く離れた森に居るアウルベアに声を掛けるのだった。

(聞こえるか? アウルベアよ)

 ソフィがアウルベアに声を掛けると即座に返答があった。

 どうやらアウルベアの方もソフィの事を考えていたのだろう。

 直ぐにアウルベアと波長が合った事で疎通が図れるのであった。

(ソフィ殿! 声は聞こえますが何処におられるのでしょうか?)

 アウルベアは森の中で辺りを見回すが、当然そのソフィの姿はない。

(うむ。我は今人間の町の中からお主に『念話テレパシー』で話をしておる。聞こえるのであれば問題はない)

(そ、そのような事まで御出来になるのですね、流石はソフィ殿です!)

 ソフィを褒めたたえる熊の魔物のアウルベアだが、そのソフィは突然の『念話テレパシー』に波長を合わせて返してきたアウルベアに、内心で感心するように頷くのだった。

 『念話テレパシー』は常に送ってくる者の事を考えていたりしていなければ、聞く事も言葉を届ける事も難しいのであった。

(ところでだな、すまぬがお主に森の入り口まできてもらいたいのだ)

(森の入り口ですか? しかし森の近くには人間たちの町がありますので……。私が姿を見せると彼らを怯えさせてしまいますよ?)

 どうやらアウルベア自身は縄張りに入ってこない限り、自分からは人間を襲うような真似はしないようだった。

(それは大丈夫だ。それよりもお主の事だがな? 昨夜人間の町のギルドという所の長と話したのだが、お主はこの町で懸賞金をかけられて討伐対象になっているといっていたぞ)

(ええ。どうやらそのようですね。私自身が人間の町で暴れた事実はないのですが、森に入ってきた人間が私達に攻撃を仕掛けてきたので、我々の身を守る為に追い返す必要性があると判断して人間に攻撃をした事があります。多分ですがそれが原因ではないでしょうか)

 アウルベアの話を聞いていると、悪いのは勝手にアウルベア達の縄張りに入り込んだ『人間』達ではないかと魔族のソフィは思うのだった。

(ふむ、そうだったのか……。まぁそれでな、お前が今後人間を襲わないとギルドの者に約束させれば、懸賞金を取り下げて今後はお前達を狙わないようにすると我が約束させたのだ)

 その言葉を聴いたアウルベアは、一人森の中で目を見開いた。

(お前はもう知らぬ仲ではない。我がお主に与えたメダルは、我が特別認めた者にしか渡さない物でな、お主はもうだ。お主が脅威に晒されるようなことがあれば、我がその脅威を取り払ってやりたいと考えておる)

 少しの沈黙の後、アウルベアは歓喜に震える声を隠すような声で、ゆっくりと感謝の言葉を出した。

(ありがとうございます、殿

(それで森の入り口に来る事は出来るのだろうか? 出来ればお主の口から証言してもらえると、話が早くて助かるのだが)

(分かりましたソフィ殿。ではソフィ殿が来るタイミングで私も向かいましょう)

(ああ、それでは頼んだぞ)

 そこで『念話テレパシー』を切り、ディラックの元へ向かうのであった。

 …………

 ギルド内で話し合った結果、森へ向かうメンバーはギルドマスターのディラックと、そのディラックを護衛する者が三人。

 そして昨日のギルドの受付が呼びに行った時に連れてこられたギルドの職員に、更にはソフィの計六人であった。

 視線を感じたソフィが護衛の方を見ると、どうやら何かをソフィに言いたそうにしている者がいた。

「ん? 我の顔に何かついているか?」

 ソフィがそういうと、護衛の者が口を開いた。

「いや、君のような子供にしか見えない者が、本当にアウルベアを説得できるのかと思ってね」

「おい……!」

 ディラックが護衛の男に注意するような低い声をあげた。

「構わぬ。我は見た目がこのような子供の姿であるし、信じられないと思われる事は当然の事ながら仕方のない事だ」

 直接ジャックがやられるところを見ていない護衛の者達は、話だけではソフィの力量を推し量れず、自分たちの街のギルドが総力を挙げても退治出来なかった『アウルベア』の説得など、信用できなくても当然と言えた。

 ――護衛の男は三人。

 刀を腰に帯刀している者が『ディーダ』冒険者で『勲章ランクD』である。

 そして槍を担いでいる細みの男が『ルドマン』といい、勲章ランクはDだった。

 先程ソフィと会話をしていた杖を持った男が『ニーア』で勲章ランクはC。

 三人ともグランの町のギルドでは五本の指に入る冒険者で、ギルドマスターの護衛を任される程のベテランである。

 そんなベテランの冒険者たちは昨日冒険者ギルドに登録したての新人、ましてや見た目は十歳程の子供である少年が、それほどまでに強いと聞かされても完全には信用できなかったのである。

 ――だが。

「ふむ、お前は魔法使いだな?」

 杖を持っているニーアに問いかけると、ニーアは頷きを返す。

「ならば相手の魔力を測る事くらいは出来るだろう? 少しだけ今から我が『魔力』を解放するから探ってみよ」

 確かに魔法使いの中には、相手の魔力値を測る魔法を使う者も居る。

 しかしそれは相手の魔力を測るだけである。

「確か君は魔法使いではなく、戦士の部類だと聞いていたのだけど?」

「戦士? いや、。我が得意とするのは剣などの『物理』ではなく『』だ」

 ――直後、目の前に居る同じ『魔法使い』のニーアだけに伝わるように、ソフィはほんの少しだけ『魔力』を解放してみせた。

 ――次の瞬間。

 魔法使いの『ニーア』はでソフィを見た後、慌てて目を逸らしながら両手で自分の身体を抱きながら、歯をガチガチと鳴らし始めた。

「ふむ、どうやら隠蔽していなければ、お主でも『魔力』は測れたようだな?」

 ソフィがそう告げた後、ニーアが感じていた重苦しい重圧が、全く感じられなくなった。

「お主が大賢者クラスであるならば、このような微弱な魔力だけではなく、ある程度は戦力値までも測らせてやってもよいのだがな。無理をさせるわけにはいかぬ」

 その言葉だけでニーアは、ソフィをだと認識を改めた。

(き、昨日登録したばかりの新人? Eランク冒険者三人を倒した? ち、違う……! そんな次元の低いレベルの話じゃないぞ! ま、など聞いた事がない。そんなもの僕のクラスのCランクはおろか、Bランクでも聞いた事がない! それに相手の戦闘値を測るだって!? それは過去に『根源魔法』だぞ。そんな魔法を何人も居ない筈だ……!)

 ディラックはニーアの様子を見て驚きを隠しきれなかった。

 ここにいるニーアは魔法使いとしても優秀で、冒険者ランクもたった数年でCまで登りつめる事の出来たれっきとしたギルドのエースである。

 そんな彼がソフィを確かめる素振りをした後、明確に震え出した姿を見せたのだから、他の者達もソフィの力を認めざるを得なかった。

 他の護衛の者達も尋常じゃない様子のニーアを見て、ゴクリと唾を飲み込むのだった。

 そうしているうちに街の出口まで到着し、もうすぐ森が見えるというところまできた六人は立ち止まる。

「よし、それじゃあアウルベアを呼ぶが、構わないな?」

 ソフィがそう言うとディラック達は頷く。

 そして同時に森の方からガサガサという音が聞こえ始めたかと思うと、森から数十を越える災害級の魔物達『』が本当に現れるのだった。

「う、うわっ……!!」

 慌てて戦闘態勢をとる護衛とディラック。

 そしてこの場では非戦闘員であるギルド職員たちは、その護衛達の背後に慌てて身を隠すように移動をするのであった。

「――!」(ソフィ殿!)

 そんなアウルベアの群れの中、一際大きな熊がソフィに近づいてくる。

「おお、来てくれたか。こいつらがお前の言っていた仲間か?」

「――」(ええ、ソフィ殿の事を皆に話をしたらついてきたいと申しまして、この場に居るのは全員が私の同胞の者達です)

「「グォオオッ!」」

 ソフィの金色のメダル契約の紋章を持っていない他のアウルベアは言葉が通じないが、全員が歓迎しているような態度なのが見て取れるのだった。

「うむ、お主達もよく来てくれたな」

 そう言ってアウルベア一頭一頭に声を掛けていくソフィに、アウルベア達は嬉しそうにすると、その場にしゃがみ込みながら頭を差し出す。

 どうやら自分に触って欲しいのだと理解したソフィは、メダルを持っていないアウルベア達の頭を撫でてまわるのだった。

「グオオオッ!」

 嬉しそうな咆哮をあげるアウルベアに、ディラックたちは開いた口が塞がらない。

 ギルド指定の凶悪魔物モンスターたちが、揃ってソフィに頭を垂れて触られて喜んでいるのである。

 改めてソフィという存在を敵に回してはいけないなと、ディラックたちは自覚していったのだった。

 そしてメダルを持ったアウルベアが、前回のようにソフィに『魔法』を施された事で一時的に話す事が出来るようになり、ギルドマスターのディラックと今後について話をした後、約束通りギルド指定の討伐依頼を外して懸賞金も撤廃された。

 今後は森に立ち入って勝手を働いた人間が出た場合、逆にギルドから目を付けられるようになったのだった。

「うむ、これでもう今後お前達が悪さをせぬ限り、町のギルドの連中に討伐されるような事はなくなる筈だ」

 そう言うとメダルを持ったアウルベアが大きく頷き、そして神妙な表情を浮かべた後にソフィに口を開くのだった。

「ソフィ殿にお願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」

 突然畏まって話すアウルベアに、ソフィはもちろんだと頷く。

「我々アウルベアは貴方を主と認めております。どうか我々をソフィ様の配下に加えさせて頂けないでしょうか」

「ふむ?」

 驚いているのはソフィだけではなく、ディラックやギルド職員たちも呆然とソフィたちを見ていた。

「ソフィ殿が脅威が迫れば払いに行くという言葉を仰っていただいた時、私はこの身体が震えました。この方なら私たちを助けてくれる。そしてこの方になら私たちは命を賭けられると!」

 メダルを持ったアウルベアが饒舌に喋り始めると、他の同胞たちも伝わったのか口々に唸り声をあげる。

「グオオオッ!!」

 同胞のアウルベア達は、そうだと謂わんばかりに声を張り上げる。

 ソフィは熱を持ったアウルベアたちの咆哮を一身に受ける。

「そうか。お前たちの気持ちは分かった。そう言うのであれば構わぬよ。それに無理を言ってこの場に来てもらったのは我の方であるしな。今後は我が責任をもってお主達を守ってやろう」

 ソフィがそう言うとメダルを持つアウルベアが、忠義を尽くすように跪くと周りのアウルベア達も一斉に跪いていった。

 ――ソフィという『大魔王』は、

 そしてそんなソフィをアウルベアもまた、死ぬまで支える事だろう。

 『』は、この世界でも本来の目的を見失わずにその効果を全うするのであった。

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