魔法学園の生徒たち

アーエル

第20話


アリシアは朝食でホールに向かうときはすべての荷物を持って行く。
仲の良い人たちとの話が盛り上がって授業を遅刻する可能性を減らすためだ。
ほとんどの生徒たちは食後にまた寮に戻って教本を持ってくる。
時間配分ができる生徒ならそれもいいだろう。
しかし新入生はその時間配分だけでなく教室の場所も把握していない。
その結果、最初の授業から遅刻者が続出していたのだ。

「なんでかな?」

アリシアはこの一週間ずっと同級生の行動を見てきた。
もちろんホールに来るときはそのまま教室へ向かえるようにカバンを持ってこればいいと教えた。
その言葉に従ってカバンを持ってくる生徒はごく僅かだった。

「カバンに教科書を入れて持ってきて、忘れ物に気付いたら取りに戻ればいいだけなのに」

アリシアはロイヤルミルクティーを口に含む。
途端に悲しげな表情がほんわかと柔らかな微笑みに変わる。
アリシアの好みを知るシルキーが用意したものだ、美味しくないはずがない。

ここはリーヴァスの私室。
教室の隣にあり、ここにはリーヴァスだけでなく屋敷妖精のシルキーとエヴェリも一緒だ。

〈アリシアが学園のことを知っていても、それを同級生たちに教えるのはいけません〉
「シルキーの言うとおりね。聞いたことだけで知ったつもりになるのは危険よ」

シルキーの注意にエヴェリが同意する。
アリシアは親切で教えようとするものの、それが当事者のためになるとは限らない。
エヴェリも、黙って聞いているリーヴァスも長年教師としての立場から生徒たちを見守って、ときには厳しく指導してきた。
しかし、素直に従う生徒だけではない。
教師の言葉に反発して言うことを聞かず、魔法を暴走させて手足を吹き飛ばす生徒も少なからず存在する。
医務室に運ばれたときに死んでいなければ治療で回復できる。
もちろん教師の言葉に従わなかったために起こした被害のため退学処分にはなるものの、ほかの魔法学園に転校するなど再起は可能だ。

……再起が不可能の場合もある。
誰かが犠牲になって生命を喪った場合だ。

「学園内の生徒が起こした事故だ!」

過去にそう言った加害者の家族がいた。
加害者は自身の下半身を吹き飛ばしたものの、王立医療院で2ヶ月の治療を受けて回復して退院した。
しかし、彼は自己の修復に自身の魔力を使いきったため二度と魔法を使うことはできない。
それを引き合いに出し、罪から逃れようとした。

「教師の指導を無視した結果で引き起こされた爆発事件。それに巻き込んだ多数の同級生たちのために魔力を使わず、自らの再生に使った」

加害者はその国の王妃を輩出した貴族の嫡出子である。
その当時も王太子妃として加害者の姉が候補に上がっていた。
しかし、それを理由に罪から逃れようとした貴族に悲劇が訪れた。
王太子妃候補だった姉が自身の存在で罪を軽くすることがないよう、手紙を遺して自死を選んだ。
それこそ悲劇でしかない。
王太子に弟の罪を見逃すよう訴える父母の前で毒を飲んだのだから。

その悲劇により『いくら学園内のことであっても、教師の指導を受けても聞かない者が事故を起こした場合、重罰を与えるものとする』という規則が生まれた。
もちろん、自身が身を滅ぼすのは自業自得だろう。
それによって他者にまで被害を負わせることは許されない。

前述の事件は大変重いものになった。
悲しき姉の死を「弟の罪を自身の死で償った。だから罪を問われることはない」と言い張った両親だったが、遺された手紙により重い罪を与えられた。
魔石がとれる魔坑道の清掃に彼ら一族が従事することとなった。
一部の魔坑道には歪んだ地力ちりょくが溜まりやすい。
そこに長く入っていれば精神は病み、自己を失う。
そんな魔力だけでなく地力まで混在して溜まった危険な坑道は、国によっては魔力や地力の影響を受けない小人ドワーフ族が契約で仕事を請け負っている。
ただ、その国では小人ドワーフ族と契約しておらず、半数は放棄されていた。
一族は罰として魔坑道に入り、2時間もしないで魔坑道から吐き出される。
煤のように坑道いっぱいに溜まったおりを掃き掃除や拭き掃除をするが、マスクをしていても肺に入れば呼吸困難を引き起こす。
大量の水で食道や胃を洗浄するが、肺に入ったおりは咳などで吐き出すしか方法はない。
今は薬液を含んだ蒸気を吸い込ませることで黒い呼気と共におりを排出させられるが、当時は方法がないため胃洗浄が終わればまた強制的に中へ送られる。
厳しい作業から分かるとおり、これは重科刑のひとつである。
よって、一族は7割が生きて解放されず。
生存した半数は医療機関でその生涯を終えた。


〈アリシア。いいですね? 自分で間違いに気付かないとその人のためにはならないのですよ〉

シルキーの言葉にアリシアは神妙な面持ちで頷く。
母の代わりであり姉の代わりでもあるシルキーの言葉に素直に従うアリシアは、けっして間違った道には進まないだろう。

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