野球少女は天才と呼ばれた

柚沙

第16話 前哨戦



7月下旬の梅雨明けの時期。


ちょうど全国すべての都道府県で、梅雨明けが発表された。

天気予報では最高気温31度の晴天だそうだ。


両親に連れられて弟の龍が初めて甲子園に来ることになった。

甲子園はとても心地よい風が吹いていたのをよく覚えている。


家族は一塁側の最前列で試合を観戦できることになったらしい。

光のプルペンを見るために弟の龍が投球練習を見に一塁側ブルペンに走って近づいて来た。



「おねーちゃん!そんな所でサボるなー!」


光は一塁側ファールゾーンで芝生の上で横たわって、雲ひとつない空を大の字になって眺めていた。

龍は光がサボってると思い大声で注意した。



「はは。りゅー私はサボってるわけじゃないんだよ??精神統一…。難しいことはまぁいいや。今日はね、泣いても笑っても高校最後のおねぇちゃんの大切な試合なの。だから、最後までおねぇちゃんのこと応援しててね?」


「うん!おねーちゃんは今日も絶対に勝てるよ!だから、応援してるね!」


フェンス越しに姉弟は手を合わせていた。

女の子とは思えない大きく、硬くなって元から有るようなマメの数々。


そんな手と手を合わせると、光がこれまでどれだけの努力をしてきたかを龍は改めて認識していた。



龍はこのグランドにいる誰よりも、この甲子園決勝の舞台に立つに相応しい選手だと信じて疑わなかった。



「それじゃ、りゅー。行ってくるね。」



光はいつもニコニコとした笑顔で龍の頭を叩いたり、手を振ったりしてくれたがこの日だけは笑顔がなかった。


勝ちたいとかそういった生ぬるい物ではなく、執念の様なものが全面的に感じられた。



試合前。


試合時間よりもかなり早めで甲子園に来ていた城西ナイン。

天見さんと光は今日の試合のリードのことを話していたが、光はあんまり話を聞いている感じではなかった。



「あなた城西高校の東奈さんだよね?」


話しかけてきたのは、今日先発予定の花蓮女学院の先発の1人の武石玲奈だった。



「ん?武石さんだっけ。今日先発予定らしいね、よろしく。それで私に何か用でもあった?」


「試合が終わったら話も出来なさそうだから、今のうちにちょっと話してみたくて。」


試合が終わったら話が出来なさそうというのは、負けたショックで話も出来ないと言う遠回しの皮肉だったのだろう。

光は言葉の裏なんて気にしない性格だったので完全に空振りで終わっていた。



「話したくないわけじゃないけど、試合前の今、武石さんと話すことなんてないんだよねぇ。」



「まぁまぁ少しだけだから。東奈さんあんなにいいストレート持ってるのになんでチェンジアップとスクリューしか投げれないなんて勿体無い。」


光に技術的なことを言うのは本当は的外れなんだろうが、急に現れた天才選手ということしか武石さんは知らなかった。



「もし、うち高校にいたらもっと沢山の変化球を投げれたし、こんなに1人で投げきる負担も無かったのに…。」



「なるほど。花蓮に居ることを自慢しに来たってことでOK?」



光は流石に喧嘩を売ってきていると分かって、少しずつ機嫌が悪くなってきた。


「そういう訳じゃないけど、東奈さんなら花蓮に入ることも出来ただろうに本当に勿体無いなと思って。」


実際のところ光は花蓮にスカウトされていた。

そこには光がやりたい野球がなく、城西男子野球部に入部することにした。



「東奈さんと齋藤さんの試合見せてもらったけど、エース1人ってのはどうかと思わない?怪我したら終わりなんだよ?それが凄く可哀想で…。」


話を聞いてるうちに煽られてるのか、頭が少し弱い子なのかなんとも言えない感じでモヤモヤしていた。



「武石さん、光さんは別にこの野球部に入りたくて入った訳じゃないんです。入ろうと思えば、花蓮にだって入れたと私は思ってます。」


途中で割り込んできたのは天見さんだった。


「そうなの?花蓮からスカウト来なかったんだよね?なら、スカウトさんは東奈さんは私とかあの二人の投手よりも下って評価だったのね。」


光はこれで気づいた。
投手は性格が変わってる人も多い。それくらい、いい性格をしていないと務まらないとも思っている。

だが、この女はただただ性格が悪い。



「あの!こんな嫌味を言いに来るなら帰ってください!」


天見さんは光を守るために、声を荒らげて武石さんに忠告をした。


「本当のことなんだけどね。うちに来れたら完全試合はあっさり逃すその弱いメンタルも、少ない変化球も少しはマシになったかもしれないのに。」



光は自分が何を言われてもそこまで怒ることはない。
彼女が言っていることは光からすれば的外れもいい所だった。



「私たちから見たら素人みたいなレベルの低い1年生達。それもこれもうちに来れなかった東奈さんが悪いんじゃなくて?」


「ふふ。そんなこと言いに来たの?忠告しに来てくれてありがとう。けど、女子野球に私の敵は今のところ齋藤さんとあなたのチームメイトの樫本さん位じゃないかな?」



「何?私には興味ないってこと?」


光と武石さんの間にかなり険悪なムードが流れていた。

この険悪なムードのこの場。下級生の天見さんに止めろというのは流石に可哀想だった。



「はっきり言って興味無いね。投げる球種位はデータ見たけどさ、よくよく考えたら私の事怖くてまともに勝負して来ないんだから、ピッチャーが武石さんだろうが、カカシだろうが別にどっちでもいいと思わない?」



「負け惜しみ?うちに入れなくて悔しいのは分かるけどら強がりすぎると流石に見苦しいよ?」


「本当のことでしょ。武石さん、打者の私と勝負できるの? インタビューみたんだけど、今年は最強のチームだってあなた達の監督が言ってたみたいだね。」


そのまま言葉を続けた。


「相手チームの4番打者との勝負を避けなきゃ、勝てない最強のチームなんて馬鹿らしい。チームメイトにも言っておいて、負けることを恐れてにならないようにね。」



「なっ!あんたふざけるのもいい加減に…。」



「じゃ、勝負しろよ?花蓮に入れなかった落ちこぼれから逃げるようじゃ、あんたも花蓮に相応しくないよ。」


その後も光に突っかかって来ていたが、これ以上は流石にこの後の試合に個人的な感情が残ると思い、その場を去って行った。



一旦気持ちをリセットするために、ファールゾーンで精神統一していた。



「よし。絶対に勝つ。」



          

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