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野球少女は天才と呼ばれた

柚沙

第15話 王者と呼ばれる高校



試合終了後。


「あ、あのぉ…。」


聞き慣れない少しオドオドした声で誰かが光に話しかけてきた。


「ん?あー齋藤さん!今日はいい試合だったね。久しぶりにこんなに負けたくないって思える試合だったよー。」



「あ、ありがとう…。その…ごめんなさい!」


急にペコペコと頭を下げられて、光と一緒にクールダウンしていた天見さんも驚いた表情だった。


「チームメイトが聞いたんやねんけど、試合中ずっと物凄い東奈さんのことを睨みつけてたみたいで、私野球の試合となると本気になって性格まで変わってしまう所あんねん…。ホンマにごめんなさい。」



「あー気にしない、気にしない!そりゃあんだけ睨まれたら殺されるかもしれないとは思ったけどねぇー。」


気にしないでいいと言いながらも、軽い嫌味を交えて笑いながら軽く手を振っていた。



「あ、あと、なんで9回は一番とじゃなくて私と勝負したん?」


「齋藤さんと最後勝負した理由?あれだけ睨まれたら勝負しなかった時に恨まれそうで………。」



「そんな訳ないやん!!」


それだけは違うと必死に大きく手を振って否定していた。



「うそうそ。この試合の最後の打者に相応しいのは齋藤さんだと思ったんよねぇ。絶対に打たれない自信もあったし、チームメイトにお願いして勝負させてもらったよ。」


睨んだできたことを少し根に持つような言い方をする光に対しては、申し訳なさそうにしていた。


その後の打者齋藤帆南さんは光にとって全然怖くなかったとはっきりと言いきった。



「なるほどなぁ…。打者として打席に立ったけど、はっきり言って今日は打てる気がせんかったからそう言われても悔しくないもんね! けど、本当は打者としての東奈さんと勝負したかったんよ…。」



「それは私も完全に同意。勝負してないから分からないけど、うちのチームは結局最終回の香織のあのセフティーバントの内野安打しか打ててないからなぁ。」



光はいつも真剣勝負を望んでいた。

だが、夏の甲子園で負ければ3年生は引退してしまう。

お互いに絶対に負ける訳にはいかない試合で、個人的な感情で勝負することは出来ないことは分かっていた。


それでも打者東奈光としては、投手齋藤帆南との対決を熱望していた。



「ねぇねぇ、明日の決勝戦がどうなるか分からないけど、負けても勝っても4日後まではこっちにいる予定だから、3日後にここのホテルに来てくれたら打者東奈光として投手齋藤帆南さん、私と勝負してくれませんか?」


光はどうしても打者として齋藤さんとの勝負がしたいようだ。



齋藤さんは全国的にも有名な投手で、今年のドラフトでも1位指名競合確実と言われている。


光も女子プロ野球選手になりたいと思えば、どの球団からも引く手数多なはずだ。


齋藤さんと勝負するならプロの世界でも対戦も出来たはずだが、それでも勝負を急いでいた。


「ほんまに!?京都住みやから3日後の11時にここのホテルに来たら勝負してくれるんやね?ありがとう! それじゃ楽しみにしてる!」


勝負が決まった途端、関西人らしく?早口でお礼を言い、姉の手をぎゅっと握って満面の笑みで去っていった。



「はは。彼女、野球してない時は凄いいい子そうやね。野球してる時の彼女とは友達にはなれないと思うけどね。」


最後まで睨まれたことに対して本当は根に持っていたのか、齋藤さんが去った後まで笑いながら悪態をついていた。


「光さん、勝負するとか勝手に決めちゃっていいんですか?監督に怒られません?」


「明日の夕方には勝っても負けても感動の光さんの引退なんだから、3日後は監督の言うことなんて聞く必要もないもんねー。」


冗談交じりにニコニコと機嫌よく天見さんの質問に答えていた。



「東奈。3日後だろうがなんだろうが、監督としての前に教師として俺の言うことは聞いてもらうからな。」


「あ、インタビュー受けないといけないんだった!我が愛しの城西高校を全国にアピールしないと!」



近くに置いてあった自分の荷物を勢いよく拾い上げ、その場から物凄いスピードで立ち去った。


城西女子野球部の監督は、男子野球部の監督の教え子が推薦されて監督に就任した。


光は男子野球部で主に練習しており、大会の少し前から練習に参加した為、あまり指導を受けていなかった。


練習では異性の女子高校生相手に色々と大変なことが多いみたいだが、1年目ながらも1年生をしっかりと厳しく指導しており、嫌味を言われることがあるらしい。


本人に嫌味を言えるのは、選手たちにある程度信頼されてると言ってもいいだろう。


試合前に相手チームのかなりのデータを収集してくれており、試合前のシュミレーションをかなり重要視していた。


試合前は緻密に作戦を立てているが、試合中は基本的に選手の意見第一主義の監督だった。


なのでチームの中心の光に試合中はある程度任せてはいるが、甲子園に来てからは胃の痛くなるような試合が多く、頭を抱えている姿が増えたなとマウンド上の光は思っていた。



光たちはホテルに戻り、大きな広間で明日戦うことになるもう1つの準決勝を観戦していた。

監督がお互いのチームのデータをまとめた紙を全員に配って、選手の特徴などを説明しながらテレビで試合を観戦していた。


試合が終わってホテルに帰ってきたら、いつも光はかなり念入りにストレッチやヨガを行っている。


氷風呂を作ったり、男子野球部の監督に甲子園付近の腕のいい整体師に教えてもらったりしていた。


そこに通って、過酷な連投でもパフォーマンスが落ちないような努力をしている。


ストレッチをしながら1人だけ床に寝転がりながらテレビを見ていた。


1年生達は試合の疲れもある中、監督の言うことを聞き逃さないように背筋を伸ばして聞いていた。


「今日の試合疲れたよねー。監督、なんかデザート食べたいんですけど、そういうのは無いんですか?」


「東奈、真剣に試合を見ろといつも言ってるだろ…。」


野球が誰よりも好きだが、テレビで野球を見たり、自分で体を動かさない時は急激にやる気が失せるタイプだった。


データには目を通すが、試合前のミーティングはあんまり意見をすることも無く、自分のやらなければいけない事に集中している。


良くも悪くも自分のテンションや相手の実力を見て、力の何パーセントまで出すか出さないか決めるところがあった。


投手は毎回全力で投げることは無い。

光はその振れ幅がかなり大きい投手だろう。

下限が低いという話ではなく、上限が広く120%から60%くらいの間で投球してる感じだ。


「監督ー。流石にこの試合は見る気にならないですよー。ホテルに戻ってきたら11-0になってるじゃないですか。」



もう1つの準決勝戦。


東京都代表花蓮かれん女学院  対  宮城県代表仙台栄光高校


決勝進出してくるのは東京代表の花蓮女学院という世間の前評判通り、現在3回裏花蓮の攻撃でちょうど四番打者に満塁ホームランが出てて11-0という大差になっていた。


花蓮女学院は東京にある比較的新しい高校で、有名なのが服装や髪型など校則が無く自由なことと、スポーツ学科に異常までの力の入れようだった。


特に女子野球と女子バレーが強く、どちらも全国区常連で女子野球の方はここ三年でいえば王者というのに相応しい成績を残していた。


今年の成績。

現在試合中だが、ほぼ決勝進出確定的で準優勝までは確定。
春の甲子園優勝。

去年

夏の甲子園優勝。
春の甲子園準優勝。

一昨年
夏の甲子園優勝。
春の甲子園ベスト4。


去年の春の甲子園優勝校の、沖縄の強豪校の琉球波風高校との準々決勝以外は全て圧勝してここまで勝ち上がってきた。


花蓮女学院は部員数約60名の超がつくほどの強豪校の割には部員数は少ない。

とても有名な話で、ここの野球部は一般生徒では野球部には入ることは出来ない。


だが、この高校に入るために数多くの選手が大会で活躍して成績を残してもそれでも入学することさえ出来ないらしい。


投手3人、内野手5人、外野手4人の合計12人が特待生としてスカウトされる。

そして、この特待生の12人は3年時にベンチ入りする可能性が毎年ほぼ100%というかなりの珍しさだ。

この結果から分かるのはスカウトの選手を見極める能力がずば抜けて高いということと、その12人に入れる選手は全員が非凡な才能を持っているということだ。


スカウトされる以外にも入る手段が無いわけではないが、野球の実力テストと身体能力を測るテストが全3回行われるらしい。


そのテスト内容もかなり高水準でかつ、3回とも全ての項目をクリアする必要がある。


そこをクリアして推薦入学出来る選手はこれまで多くて10人、1番少なくて4人くらいらしい。

だが、推薦として入学した選手も3年時は特待生がほぼ100%ベンチ入りする為、1年2年の特待生のことも考えるとベンチに入れる可能性は限りなく低い。


とてつもなく狭い門を叩いた後も、チームメイトととの日本で1番厳しいベンチ入りをかけて戦わないといけないのだった。


施設や指導者も一流だが、それだけでは花蓮女学院を全国の女子中学生達が目指す理由にはならない。


他の要因は、女子プロ野球に毎年入る選手の数が他の強豪校に比べ圧倒的に多い事だった。


去年から女子プロ野球の球団が4球団増えた影響からか、スタメンだけでなく、ベンチの選手まで指名される事態となり11人が指名された。



「この高校が強いことは分かるんだけどさ、面白くないんだよねぇ。」


光は少し苛立ったというか呆れているというか、とにかくあんまり機嫌がよくなさそうだった。



「世間では、1番から9番バッターまで全員4番打者だの、投手全員がスーパーエースだの言われてるけど、このデータを見てすぐに分かった。」


監督も選手たちも光の話を黙って聞いている。


「どの選手も弱点が見当たらないし、一切隙のない完璧なチームっていうのも分かる。けど、私個人的な意見としてこのチームは面白くない。」


チームとして完璧なのは認めつつも、対戦相手としては相当不満があるようだった。



この光の野球観は、弟の龍にも受け継がれることになっていった。



人は元々得手不得手があり、それは野球も同じで打撃に滅茶苦茶自信があるけど、守備に難がある。

速い球を投げられるけど、速い球を打つ事が出来ない。


そうのような一芸を極めた選手を尊敬し、そのような選手と戦いと思っていた。


光は自分が女子という枠組みで考えたら、自分が類まれなる天才という自覚は持っていた。


なんでも出来るからこそ、自分の得意なものを磨き続けている選手を心の底から尊敬し、そういうチームを自分の持っている能力を使って、相手と真剣勝負をするのを楽しみに野球をやっている。



「私は、この徹底的に短所を克服させたって感じの選手達のチームに負けるなんて更々ゴメンだね。」



強い口調で宣言するとそのまま話を進めた。


「今日戦った齋藤さんも去年決勝で負けてるみたいだし、私まで負けたらなんか彼女にも申し訳ないし、とにかく私が納得出来ない。」



齋藤さんは二年生の時からエースナンバーを背負っており、去年の決勝戦では今日と同じように延長戦のタイブレークに突入した。


去年の決勝戦は、今日の試合と同じくらいに齋藤さんの調子が最高だった。


花蓮の作戦はシンプルで、とにかく球数を投げさせる為に際どいコースは完全に捨てて、少し甘く入ってきたら強打するだけだった。


齋藤さんはどれだけピンチを背負ってもスコアボードに0点を刻み続けた。


だが、ベンチに絶対に投手を5人入れる花蓮はタイブレークで毎回毎回確実に1点を取る戦法を取ってきた。


延長戦10回までスクイズ、犠牲フライなどで花蓮は毎回毎回1点を難なく取っていた。


舞鶴も余裕のある花蓮の投手から取られた分の一点を返すのにやっとという感じだった。


花蓮は10回まで投手を4人投げさせていたが、対する舞鶴のエースの齋藤さんはここまで139球を一人で投げきっていた。


そして、延長11回。
必死に投げてきた齋藤さんも流石にここまでだった。

当時2年生の四番打者の樫本恭子かしもときょうこに初球のカーブをライトスタンドへ軽々運ばれてしまった。


そこで齋藤さんは力尽きて控えの投手に交代。

チームも完全に心が折られ、結局11回表に更に2失点して9-3で花蓮女学院が2年連続夏の甲子園優勝を決めた。



そして、遂に最強と呼ばれる花蓮女学院と城西高校との試合が始まるのであった。


          

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