野球少女は天才と呼ばれた

柚沙

第11話 ファインプレー



『光さん、ショックのあまりに涙目になっちゃって……。』


「きゃははは!!あはははは!!ははっ!」


突然その場に転げるように爆笑し始めた。


周りから見るとあまりのショックで壊れたのかと思ったのだが、チームメイト全員はあの図太い性格をしている光がこれくらいの事で精神が壊れるとは思えなかった。



「あははははははっ!!ば、ば、馬鹿ばっかりで、ははは!小学、生、みたいに…あははっ!」


なにがそんなにツボることがあるのだろうか、笑いすぎで自分の言いたいことも言えないくらいゲラゲラ笑っていた。



「あはは!本当に可笑しい!こんな大切な試合のこんな場面でこんなコントみたいな守備…あはははっ!」


「はーはー…。笑いすぎた…。あはは!なんでこんなに笑えるんだろ!あはは!」



「今度こそやっと落ち着けたかな…?ふふ。もうみんなしてバカみたいな守備を当事者として目の前で見せられたらおかしくておかしくて。えへへ。」



そう言いながらゆっくりと立ち上がると、自分のおしりの所についた土をパタパタと手で払いながら話を続けた。


「みんなあまりにもガチガチすぎるんだもん。緊張少しは解けてると思ったら、ふふふ。出来の悪いロボットのようなガチガチさで、次から次に暴投したり…はは。ボールを落としたりしててんやわんやしてるもんだから、笑ったらいけないと思ったら逆にめちゃくちゃ笑えちゃってさ。ははっ。」


1年生達は遠回しに責任を押し付けてると思えたが、あまりにも純粋にゲラゲラ笑う光にチームメイトも最初は困惑した。


それでもまだ笑い続けてる光を見ていると、さっきまで死んだような顔していた1年生達も少し明るい顔をしていた。



「ははっ。じわじわまだ笑っちゃうんだけど、これじゃボール投げられないな。あはは…。」


ツボに入ってゲラゲラ笑っていたのもだいぶ収まってきたが、まだまだ少し思い出しては少し声を出して笑っていた。


いつもの笑顔の光がマウンドへ戻ってきたのはいいが、笑顔というよりは、笑いまくって笑顔になってるだけに見えたが大丈夫なのだろうか?



最終回の守備で、5対1で勝っているという相当有利な盤面でさっきのドタバタ劇を忘れられるようなピッチング見せられるのか?



カキィィーン!!



「二番山下さんが東奈さんのど真ん中に入ってきた甘いストレートを初球から打って、綺麗なセンター前ヒット!まだまだ札幌第一も諦めていません!」



あまりにも笑って力が入らないのか、二番バッターに投げたストレートは130キロのこれまでよりも遅いストレートを投げあっさりと打ち返された。



「ふぅ。こんなに笑ったこと人生で初めてだから、笑いの止め方がわかんないのひどくない…?」


光はぼそぼそと珍しく自虐をしていたが、何だかおかしくなってきて笑いのループから抜け出せなくなっていた。



ノーアウトランナー1塁の場面で、迎えるのは相手のクリーンナップの3.4.5番だったが、光は相手が誰だとか関係なく笑いを堪えるのに必死になっていた。



「ボール!ファーボール!」



光は公式戦初の四球を出してしまった。
球のスピードは少しづつ戻ってきたが、甘い球を投げないようにコーナーを狙って投げたのが裏目に出て、際どいコースはことごとくボールと判定された。



『この審判、急に判定厳しくなってない?』


光の球を受けている天見さんは心の中で、審判に対して不満を言いながらも顔には出さないようにしていた。



「ねぇ、東奈先輩流石にヤバくない?」

「こうなっちゃったのも私達のせいだし…」


ショートとセカンドを守る、西&川越の2人はさっきまでは死にそうな顔をしていたが、流石に初球を簡単に打たれて、ノーアウト1.2塁のピンチになっている光を心配して、緊張が少しづつ解けていっていた。



緊張感なく、打たれたことも四球を出したことも気にする様子もなくキャッチャーからのサインを確認してすぐにセットポジションに入った。



その初球、相手の四番バッターにど真ん中に甘いストレートを投げてしまった。


『あっ。これは打たれちゃった。』



カキィィーン!!



澄んだ打球音から強烈な打球が光を襲う。
あわや顔面を直撃という打球を間一髪で避けた。


「あぶっねぇ!」


どうにか避けて尻もちをついた光は、女の子らしくない言葉で悪態をついていた。



打球はそのままセンター前ヒットになったが、あまりにも打球が強烈だった為、二塁ランナーはホームには帰って来れずノーアウト満塁のピッチングになった。



「タイムお願いします!」


流石に堪らずに天見さんがタイムをかけて、ピッチャーマウンドへ向かった。
そのタイムに合わせて内野手全員マウンドに駆け寄ってきた。



「あ、あの…。東奈先輩大丈夫ですか…?」



「ふふっ…。え?問題ないよ?それよりもジワジワと笑いが込み上げてきて止まらないんだけど、笑い止める方法とか知らない?」


まだ笑いをどうにかすることが出来なかった。
とても真剣に聞いているが、明らかにふざけてるようにしか見えなかった。



「先輩!流石にふざけすぎですよ!」



『あはは…。本当の事なんだけどなぁ。』



「光さん、大丈夫ですか?代わりますか?と言えるようなチーム状況じゃないので頑張ってもらうしかないのですが…。」


「んふふ…。困ったねえ。ふふ…。」


これまで絶対的な信頼をしてきた天見さんでさえ、少し経てば大丈夫だろうと思っていたが、周りが思ってるよりもかなり深刻なようだった。



「この試合で使う予定なかったですけど、スクリュー投げられますか??」


スクリュー。

左投手しか投げられないボール。右投手のシンカーと言う認識があるがそれは間違っている。

スクリューを開発した人は左投手でなく、右投手であることから左投手でしか投げられないということは無い。


シンカーは途中まで直球でそこから落ちる球のことをいう。

スクリューは一瞬浮き上がって、そこから落ちるボールであたりカーブの逆の方向に落ちる変化球である。



光はこの球を得意球としており、結構スピードを出しながりも鋭く曲がるスクリューを投げられる。

曲がり始めはほとんど変わらないが、その後の落差や角度に少しバラツキがあるからこそ、それが打ちずらさになるが、キャッチャーが捕球するのもレベルが少し上がる。


「スクリューかぁ。満塁でパスボールとかしたら1点入っちゃうけど大丈夫?」


「大丈夫です!絶対後ろに逸らしたりしないのでスクリュー投げてください!」




話し合いが終わり、内野手とキャッチャーは自分のポジションに戻って行った。


この試合までストレートしか投げなかった光だが、チェンジアップ、スクリューまで投げることになった。


サインは勿論スクリューのサインを天見さんは選択した。



そして、五番の左バッターに投げた初球のスクリューはど真ん中低めから急激に左バッターに向かって落ちていく。


五番打者はさっきからは急激にストレートのスピードが落ちていた、このボールに完全に的を絞ってスイングしてきたが、この試合一球も投げてきてないスクリューに為す術もなく空振り。



スクリューを1度投げ始めたら、この5番バッターに対しては徹底的にスクリューを投げ込んだ。



「ストライク!バッターアウトッ!」



いつもよりはスクリューも制球の精度もそこまでで、スピードも出ていないが、初見で打ち返せるような簡単な変化球では無かった。



『ここはスクリューを意識させる為に初球スクリューを投げて、その後は低めにツーシームを投げてあわよくばゲッツーで試合を終わらせたい。』


天見さんにはこの先の組み立てが頭の中で出来上がっていた。


初球のスクリューが思ったよりも低めにきて、鋭く曲がってワンバウンドして大きく跳ねた。



ドスっという鈍い音が聞こえた。


天見さんは絶対に止めるという言葉を裏切らないようにグローブをほとんど出さずに、ワンバウンドした球を体で受け止めた。



「香織ー!ナイスストップ!」


内野のチームメイトから賞賛の声が飛ぶが、スクリューを投げろと言った手前、そうそう簡単にボールを逸らすなんて出来なかった。


何はともあれスクリューを打者に見せることを成功した天見さんは、自信満々で外角低めにツーシームを要求した。


『スクリューを見せ球にして、外角の低めのツーシームを打たせてゲッツーを取るつもりね。けど、このバッターにはスクリューを押していって三振に取った方がいいと思うけど、まぁ香織がそういうなら試しに投げてみてもいいか。』


光はサインの意図をしっかりとわかっていたが、ここでそのリードに疑問があったがサイン通りになげた。


サインを即交換して、その二球目。

天見さんの構えるミットにほぼ完璧なコントロールでツーシームを投げ込んだ。



打者はその外のツーシームを狙い撃ちしに来たかのように、ホームベース側に踏み込むようにしてスイングしてきた。



カキィィーン!!


外角の低めツーシームを完璧に読まれ、一二塁間に見事な流し打たれた。



『やっぱり外角のストレート系に的を絞ってたか。それにしてもよく一発で打ってきたな…。』



光は半ば諦めて、ライトからのバックホームのカバーの為にキャッチャーの方へゆっくりと走り始めていた。



だが、ここでこの回エラー連鎖の始まりだったセカンドの西さんが流し打ちを予測して一二塁を狭めていた。


強烈な打球だったが、スライディングしながら逆シングルでボールを捕球、そのままの体勢でゲッツーを取りにセカンドベース上で待ち構えるショートの川越さんに素早く正確な送球。


それを流れるようにショートの川越さんが捕ったが、一塁ランナーの強烈なスライディングが目の前まで来ていた。
そんなスライディングどうしたと言わんばかりに、軽い身のこなしでスライディングを避けながらファーストに送球した。


その送球はゲッツーを取るために強い球を投げたが、これがファーストが1番捕球しずらい、ワンバンでもノーバウンドでも取れない中途半端な位置でバウンドしてしまった。

それを上体を低く構えて、半分転がりながら好捕。


まさかの幼稚園生でも捕れるようなゴロをエラーし、プロでも捕るのが難しいボールをゲッツーとり試合終了となった。



「ナイスプレー!最初からそれをやりなさいよ!」


大戦犯になりかけた西さんがファインプレーをしてチームを救うという形になり、光ははほっと胸を撫で下ろした。


その傍らで、自分のリードを読まれて完璧に打たれたことに納得出来ない様子の天見さんに光は声を掛けに行った。


「あの配球で西のファインプレーという、あの子にとってあのエラーの不甲斐なさを上書きできるようなプレーになってよかったと思うよ? それでも納得できない?」


あんまり納得いった様子ではなかったので、姉はそのまま話を続けた。


「リード自体は悪くはなかったとは思う、スクリュー意識させての外のツーシーム。一球目にスクリューを見せて意識させるっていう所までは間違ってなかったかな。
けど、打者の反応があんまり良くなかったのを感じなかった?
スクリューはある程度スピードも出るし、空振りを取りやすい球ではあるんだけど、あのバッターはほとんど反応を示さなかった。
それがどういうことかといえば、もっと遅い球のチェンジアップかもっと速いストレート系を狙ってたってことになると思う。
けど、チェンジアップを狙ってたらもっと溜めて打つはずだけど、その割には始動が早かったからストレート系に絞ってると直感で感じたのね。
それは結果論だから言えることだけど、それを見極めるのも選手として1つ重要な事だから、頭の中でシュミレーションするのもいいけど戦ってるのは目の前にいる選手だから、そこから手に入る情報を逃したらダメ。ちょっとしたことでも相手を数パーセント抑えれる可能性があるんだったら何でも使えるようになること。」



ちょっと厳しめ口調で天見さんに対して色んなことを伝えているみたいだ。

厳しく言われていても天見さんは拗ねることも嫌がることも無く、真剣に光の目を見て話を聞いている様だった。



「今はともかく勝ったんだから、早く試合終了の相手への挨拶をしっかりと済ませないとね!ふふっ。」



ファインプレーで試合終了して、チームメイトに手荒い祝福を受ける西さん。

ゲッツーで試合を終了させてしまったバッターは号泣しており、チームメイトが肩を貸して試合終了の挨拶の為にホームベースまで連れてきていた。



「ありがとうございました!」



試合終了の挨拶と共にサイレンが甲子園に鳴り響いた。



          

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