俺のハクスラ異世界冒険記は、ドタバタなのにスローライフ過ぎてストーリーに脈略が乏しいです。
11-1【クラウドの冒険】
現在僕は四人の仲間と一緒にダンジョンを探索中である。
女シーフがダンジョンの床に這いつくばりながら耳を地面につけていた。
何かの音を聞いているのだろう。
彼女はフードとマスクで顔を隠している。
若い女性であるが、僕より歳上だ。
レザーのボンテージブラにタイトスカート。
その上にフード付きのローブを羽織っているのだ。
しかし、胸元とお腹が丸見えである。
若い僕では卑猥なコスチュームに目のやり場に困ってしまう。
彼女は伏せた体勢のまま言った。
「32メートル先に20メートル四方の大部屋が在ります。室内には十一体のスケルトンが蠢いてますわ。おそらく武装量からしてスケルトンファイターかと……」
そう言うとシーフは立ち上がり、背後に居た僕たちを切れ長の瞳で見た。
彼女は離れた場所から聞き耳を立てただけで敵の数を感知して、あまつさえ種族と武装までも把握したようだ。
凄い地獄耳である。
聴力による空間把握能力が異常と言えよう。
そして、どうするのかリーダーに指示を扇いでいる。
僕は背後に居るパーティーのリーダーを見た。
すると鷹の目のような鋭い眼光を持った魔法使いが言う。
「クラウド、一人で片付けられるな?」
僕は黙って頷いた。
ウォリアーならキツイが、ファイターならば十体程度一人で行ける。
「天秤、部屋までトラップが無いか先導してやれ」
「御意……」
返事の後に天秤さんは、黙って先を進んだ。
その足音は皆無。
忍び足で足音を完全に消している。
その動きからもレベルが高いシーフだと感じ取れた。
流石はアマデウスさんのパーティーメンバーだ。
僕は天秤さんの後ろに続く。
そして、ダンジョン内を進んでいると、天秤さんの言う通り、前方に大部屋の入り口が見えて来る。
「しっ!」
天秤さんが、マスクで隠した口元に人差し指を当てて僕を止めた。
「部屋の入り口に何らかのトラップがあるわ。部屋と通路との敷居を踏まないでね……」
「分かりました……」
僕はそう答えると、腰からロングソードを引き抜いた。
そして左腕にはカイトシールドを翳して、忍び足で先に進んで行った。
天秤さんの横を過ぎる。
「頑張りなさいよ、坊や」
「はい………」
ここからは一人だ……。
天秤さんに言われた通り、部屋との間の敷居を跨いで室内に入る。
僕が被っているプレートヘルムには、暗視能力があるのだ。
だから闇でも見えているから不自由はない。
僕が部屋に入るとスケルトンファイターたちが一斉にこちらを向いた。
ガシャガシャっと音が鳴る。
そして、スケルトンファイターたちは僕を見るなり武器を翳して走り寄って来る。
その数は十一体。
天秤さんが聞き耳だけで察知した数通りである。
だが、僕も宣言した通り、一人で勝てる数だ。
このまま蹴散らしてやる。
僕も腰の鞘からロングソード+2を引き抜いた。
攻撃力が小向上した魔法の剣である。
そこそこの業物だ。
戦闘開始───。
僕はロングソードを翳してアイテムの魔法効果を発動させた。
「ファイアーウェポン!」
これはロングソードに秘められたマジックアイテムの効果だ。
ロングソードの刀身が燃え上がる。
僕は魔法が殆ど使えない。
使えるのは日常生活用のコンビニエンス魔法が少々だ。
だが、その分だけ剣の腕が立つ。
しかも、この数ヶ月で随分と鍛え上げられたのだ。
その成果を見せるときである。
「とや!!」
僕は次々と燃え上がる剣でスケルトンファイターを斬り裂いて行った。
くたびれた鎧ごとぶった斬る。
燃え盛りながらスケルトンファイターたちが、次々と倒れて行った。
やがて十一体すべてのスケルトンファイターを撃破した。
敵、壊滅───。
圧勝だ。
だいぶ息が切れてしまったが、スケルトンファイターの反撃は一発も食らってない。
上出来の功績だろう。
魔力感知スキルで周囲を見回したが、スケルトンの装備していた物品からは魔力の反応は何もない。
「戦利品は無しか……」
まあ、こんなもんだろ。
マジックアイテムなんてなかなか手に入らないよな……。
しかも相手はスケルトンファイターだからね。
期待なんて出来ない。
それにしても疲れた。
息が上がってる……。
「はぁー、はぁー……」
「ご苦労──」
アマデウスさんたちが大部屋に入って来る。
「息が上がってるな」
冷たい抑揚でアマデウスさんに言われた。
まるで期待されていないような眼差しだった。
「すみません……」
未熟……。
それは自分でも理解出来ていた。
まだまだ僕は弱い。
だが逆を言えば、まだまだ強くもなれるってことだ。
「もう少し体力を強化しないとならんな、キミは」
「はい……」
だが、常識で考えれば、これが普通だろう……。
スケルトンファイター十一体と一人で戦って倒したんだぞ。
息が上がらない戦士が居るのかよ……。
十一体対一人の対決だぞ。
勝っただけ上出来だと褒めてもらいたいものだ。
しかし、アマデウスさんは厳しい人だ。
この程度では満足してくれない。
褒めてなんてくれない。
だからゴリはパーティーを首になったのだ。
アマデウスさんが横目で天秤さんに問う。
「天秤、まだモンスターは居るか?」
天秤さんは、また床に耳をつけている。
「次の部屋で最後だと思いますが、何か居ます。おそらく霊体かと……。私では判断がつきません」
「そうか」
霊体などの体重が無いモンスターに関しては聞き耳での探知が難しいようだ。
それでも空気の流れで何かが居るのは分かるらしい。
天秤さんは立ち上がると後ろに下がった。
アマデウスさんが仲間の二人に指示する。
「バイファムを先頭にビシャスが続け。天秤とクラウドは後方を警戒だ」
「はい……」
パーティーメンバーの戦士と僧侶が前に出た。
どうやら僕の仕事は終わったらしい……。
ここで僕の経験値稼ぎは終わった。
あとは見て学ぶだけである。
そして、ここからは重戦士のバイファムさんと神官冒険者のビシャスさんの仕事だ。
ダンジョンの奥に潜む謎の霊体は、この二人で片付ける方針かな。
また、アマデウスさんは、魔法の一つも使わないのか……。
この一ヶ月間冒険中に、アマデウスさんが魔法を使ったところを見たことがない。
いつも背後から指示を飛ばしているだけだ。
戦うのは僕らばかりである。
この人は、どこを目指して冒険を繰り返しているのだろうか?
司令官にでもなりたいのかな?
「では、行きますぞ」
「おう!」
バイファムさんとビシャスさんが先頭でパーティーが進み出した。
そして最奥だと思われる部屋に入る。
また20メートル四方の大部屋だった。
部屋の奥に何かが揺らめいていた。
レイスか?
半透明な灰色のローブが揺らめいていた。
霊体のアンデッドが一体だけ居る。
「ビシャス、頼むぜ」
「はい」
神官冒険者のビシャスさんが聖印を片手に前に出た。
祈りと共に聖印が輝き出す。
ターンアンデッドだ。
だが、次の瞬間にはビシャスさんが凍り付いていた。
全身が氷りに包まれている。
「ビシャス!!」
バイファムさんが叫んだ刹那、今度はバイファムさんが足元から燃え上がった。
甲冑ごと全身が炎に包まれる。
「ぎぃぁあああ!!!」
叫ぶバイファムさんが床を転がった。
そして直ぐに動かなくなる。
二人とも即死かっ!?
瞬殺!?
「不味い!」
俺は盾を構えてアマデウスさんの前に出ようとした。
しかし、それをアマデウスさんに止められる。
「下がってろ。あれはレイスじゃあない。リッチだ」
「リッチだって!?」
リッチとはアンデッドの最高峰じゃあないか!!
並みの冒険者では敵わないS級のアンデッドモンスターだ。
あんな化け物を見るのは初めてだ!!
僕は驚きと恐怖のあまりに足がすくんで動けなくなった。
両足がガタガタと震え出す。
「リ、リッチ……」
悪意溢れる骸骨が豪華なローブを纏い金先のスタッフをついている。
その眼光の奥に怨念を超えた憎悪が赤い炎と化して揺れていた。
そんなリッチの姿を見ただけで、体から魂を抜かれるような感覚に襲われる。
その時に背後から天秤さんに肩を掴まれた。
「私たちは引くぞ!」
「えっ、ええっ!?」
僕は天秤さんに引っ張られ部屋を出て行く。
助かった?
いや、救われたのか?
僕は生き延びられるのか?
混乱、混乱、混乱混乱混乱こんらんこんらん───。
すると室内で爆音が轟いた。
次の瞬間には部屋の中から炎が吹き出して来る。
危うく焼かれるところを壁の陰に隠れて難を逃れた。
ヤバかった……。
天秤さんが引っ張って連れ出してくれてなければ炎に焼かれて死んでいたかも知れない。
そしてまた轟音が響いた。
ダンジョン全体が激しく揺れる。
地震!?
立ってられない。
戦っているのか!?
戦闘中なのか!?
アマデウスさんは、リッチと戦っているのか!?
一人で!?
信じられない……。
魔法使いが一人でリッチと戦っている。
バイファムさんとビシャスさんを瞬殺したリッチと一人で戦っている!?
その状況が想像すらできなかった。
「どう戦ってるんだ!?」
まだ激しい爆音が轟いている。
壁や床がグラグラと揺れていた。
魔法の攻防なのだろうか?
とにかく激しい戦いだ。
しばらくすると音がやんだ。
壁に耳を当てていた天秤さんが言う。
「終わったわ……。アマデウスさまが呼んでいます」
「は、はい……」
僕と天秤さんは、二人で部屋の中に戻った。
すると煤けた室内にアマデウスさんだけが一人で立っている。
リッチの姿は形も残っていない。
アマデウスさんは、無傷だ……。
リッチ相手に無傷……。
膝にこびりついた煤を手で払っている。
この人のほうが化け物なのか?
周囲を見回せばリッチの姿も、凍り付いたビシャスさんの遺体も、焼けたバイファムさんの遺体も無かった。
ただ、部屋の中は焼け焦げて荒れていた。
振り返ったアマデウスさんが涼しそうに言う。
「天秤、ここがダンジョンの最奥か?」
天秤さんは室内を見回している。
そして部屋の隅で何かを見つけたようだ。
「隠し扉があります」
「開けられるか?」
「もちろん容易く」
天秤さんは床を手で優しく擦る。
すると音を鳴らして床が開いた。
「か、隠し扉……?」
床の扉が開くと階段が出て来る。
「天秤、この奥はどうなっている。下にモンスターは居るか?」
天秤さんは、階段の奥を見詰めながら言う。
「下は10メートル四方の部屋で、おそらくここが最奥です。モンスターの気配はありません」
「今度こそ本当に最奥か?」
「はい……」
最奥か……。
本当に?
確かに二回目だ。
そしてアマデウスさんが先頭で階段を下りて行った。
「これは……」
部屋に入るとアマデウスさんが呟いた。
その声色には驚愕の色が感じられた。
いつも沈着冷静なアマデウスさんが驚いている。
いったい部屋の中に何があるんだ?
僕も部屋の奥を覗き見た。
なんだろう?
大きな荷物がある?
何、あれ……?
黒い大型のテーブルか?
いや、違う……。
鍵盤が付いている。
これは、ピアノ?
「グランドピアノ?」
なんでこんなダンジョンの隠し部屋にグランドピアノが?
魔力感知スキルで見てみれば、グランドピアノが輝いて見えた。
このグランドピアノはマジックアイテムだ。
そのグランドピアノを見詰めていたアマデウスさんが呟いた。
その表情は歓喜に瞳を見開いている。
その笑みが狂気的で恐ろしい。
「やっとだ……。やっと見付けたぞ……」
えっ?
歓喜している?
アマデウスさんの背中が笑っていた。
この人も笑うのか……。
「これはなんですか?」
天秤さんが訊いた。
僕も訊きたかったことだ。
このピアノはなんなんだ?
僕も天秤さんもマジックアイテムの鑑定は出来ない。
だからこのピアノがなんなのか分からない……。
重要な物なのかな?
アマデウスさんが質問に答える。
「冥界のピアノだよ──」
「冥界のピアノ?」
僕は首を傾げた。
天秤さんは静かにアマデウスさんを見つめている。
それっきりアマデウスさんは黙ってしまう。
でも、こんな大きなピアノをどうやって持って帰るんだろう?
てか、どうやってこのダンジョン内に持ち込んだの?
「天秤、異次元宝物庫にしまって持ち帰るぞ」
「はい」
「異次元宝物庫?」
僕が不思議がってると、天秤さんは腰に下げた袋から大きな布切れを取り出した。
それはベッドのシーツサイズの布切れだった。
天秤さんは、その布切れをピアノに被せる。
するとビアノの形が崩れて布切れがふわりと床に落ちた。
布切れの中のピアノが消えたのだ。
すると天秤さんは布切れを拾い上げて綺麗に畳む。
本当にグランドピアノが消えていた。
影も形も無い。
あの布切れの中に収納されたと言うのだろうか?
あの布切れが異次元宝物庫と言うマジックアイテムなのだろうか?
「よし、帰るぞ。天秤、クラウド」
「はい──」
「は、はい……」
あれが異次元宝物庫……。
アマデウスさんも凄いが、天秤さんも底が知れない……。
この二人は、いったいなんなんだ………。
女シーフがダンジョンの床に這いつくばりながら耳を地面につけていた。
何かの音を聞いているのだろう。
彼女はフードとマスクで顔を隠している。
若い女性であるが、僕より歳上だ。
レザーのボンテージブラにタイトスカート。
その上にフード付きのローブを羽織っているのだ。
しかし、胸元とお腹が丸見えである。
若い僕では卑猥なコスチュームに目のやり場に困ってしまう。
彼女は伏せた体勢のまま言った。
「32メートル先に20メートル四方の大部屋が在ります。室内には十一体のスケルトンが蠢いてますわ。おそらく武装量からしてスケルトンファイターかと……」
そう言うとシーフは立ち上がり、背後に居た僕たちを切れ長の瞳で見た。
彼女は離れた場所から聞き耳を立てただけで敵の数を感知して、あまつさえ種族と武装までも把握したようだ。
凄い地獄耳である。
聴力による空間把握能力が異常と言えよう。
そして、どうするのかリーダーに指示を扇いでいる。
僕は背後に居るパーティーのリーダーを見た。
すると鷹の目のような鋭い眼光を持った魔法使いが言う。
「クラウド、一人で片付けられるな?」
僕は黙って頷いた。
ウォリアーならキツイが、ファイターならば十体程度一人で行ける。
「天秤、部屋までトラップが無いか先導してやれ」
「御意……」
返事の後に天秤さんは、黙って先を進んだ。
その足音は皆無。
忍び足で足音を完全に消している。
その動きからもレベルが高いシーフだと感じ取れた。
流石はアマデウスさんのパーティーメンバーだ。
僕は天秤さんの後ろに続く。
そして、ダンジョン内を進んでいると、天秤さんの言う通り、前方に大部屋の入り口が見えて来る。
「しっ!」
天秤さんが、マスクで隠した口元に人差し指を当てて僕を止めた。
「部屋の入り口に何らかのトラップがあるわ。部屋と通路との敷居を踏まないでね……」
「分かりました……」
僕はそう答えると、腰からロングソードを引き抜いた。
そして左腕にはカイトシールドを翳して、忍び足で先に進んで行った。
天秤さんの横を過ぎる。
「頑張りなさいよ、坊や」
「はい………」
ここからは一人だ……。
天秤さんに言われた通り、部屋との間の敷居を跨いで室内に入る。
僕が被っているプレートヘルムには、暗視能力があるのだ。
だから闇でも見えているから不自由はない。
僕が部屋に入るとスケルトンファイターたちが一斉にこちらを向いた。
ガシャガシャっと音が鳴る。
そして、スケルトンファイターたちは僕を見るなり武器を翳して走り寄って来る。
その数は十一体。
天秤さんが聞き耳だけで察知した数通りである。
だが、僕も宣言した通り、一人で勝てる数だ。
このまま蹴散らしてやる。
僕も腰の鞘からロングソード+2を引き抜いた。
攻撃力が小向上した魔法の剣である。
そこそこの業物だ。
戦闘開始───。
僕はロングソードを翳してアイテムの魔法効果を発動させた。
「ファイアーウェポン!」
これはロングソードに秘められたマジックアイテムの効果だ。
ロングソードの刀身が燃え上がる。
僕は魔法が殆ど使えない。
使えるのは日常生活用のコンビニエンス魔法が少々だ。
だが、その分だけ剣の腕が立つ。
しかも、この数ヶ月で随分と鍛え上げられたのだ。
その成果を見せるときである。
「とや!!」
僕は次々と燃え上がる剣でスケルトンファイターを斬り裂いて行った。
くたびれた鎧ごとぶった斬る。
燃え盛りながらスケルトンファイターたちが、次々と倒れて行った。
やがて十一体すべてのスケルトンファイターを撃破した。
敵、壊滅───。
圧勝だ。
だいぶ息が切れてしまったが、スケルトンファイターの反撃は一発も食らってない。
上出来の功績だろう。
魔力感知スキルで周囲を見回したが、スケルトンの装備していた物品からは魔力の反応は何もない。
「戦利品は無しか……」
まあ、こんなもんだろ。
マジックアイテムなんてなかなか手に入らないよな……。
しかも相手はスケルトンファイターだからね。
期待なんて出来ない。
それにしても疲れた。
息が上がってる……。
「はぁー、はぁー……」
「ご苦労──」
アマデウスさんたちが大部屋に入って来る。
「息が上がってるな」
冷たい抑揚でアマデウスさんに言われた。
まるで期待されていないような眼差しだった。
「すみません……」
未熟……。
それは自分でも理解出来ていた。
まだまだ僕は弱い。
だが逆を言えば、まだまだ強くもなれるってことだ。
「もう少し体力を強化しないとならんな、キミは」
「はい……」
だが、常識で考えれば、これが普通だろう……。
スケルトンファイター十一体と一人で戦って倒したんだぞ。
息が上がらない戦士が居るのかよ……。
十一体対一人の対決だぞ。
勝っただけ上出来だと褒めてもらいたいものだ。
しかし、アマデウスさんは厳しい人だ。
この程度では満足してくれない。
褒めてなんてくれない。
だからゴリはパーティーを首になったのだ。
アマデウスさんが横目で天秤さんに問う。
「天秤、まだモンスターは居るか?」
天秤さんは、また床に耳をつけている。
「次の部屋で最後だと思いますが、何か居ます。おそらく霊体かと……。私では判断がつきません」
「そうか」
霊体などの体重が無いモンスターに関しては聞き耳での探知が難しいようだ。
それでも空気の流れで何かが居るのは分かるらしい。
天秤さんは立ち上がると後ろに下がった。
アマデウスさんが仲間の二人に指示する。
「バイファムを先頭にビシャスが続け。天秤とクラウドは後方を警戒だ」
「はい……」
パーティーメンバーの戦士と僧侶が前に出た。
どうやら僕の仕事は終わったらしい……。
ここで僕の経験値稼ぎは終わった。
あとは見て学ぶだけである。
そして、ここからは重戦士のバイファムさんと神官冒険者のビシャスさんの仕事だ。
ダンジョンの奥に潜む謎の霊体は、この二人で片付ける方針かな。
また、アマデウスさんは、魔法の一つも使わないのか……。
この一ヶ月間冒険中に、アマデウスさんが魔法を使ったところを見たことがない。
いつも背後から指示を飛ばしているだけだ。
戦うのは僕らばかりである。
この人は、どこを目指して冒険を繰り返しているのだろうか?
司令官にでもなりたいのかな?
「では、行きますぞ」
「おう!」
バイファムさんとビシャスさんが先頭でパーティーが進み出した。
そして最奥だと思われる部屋に入る。
また20メートル四方の大部屋だった。
部屋の奥に何かが揺らめいていた。
レイスか?
半透明な灰色のローブが揺らめいていた。
霊体のアンデッドが一体だけ居る。
「ビシャス、頼むぜ」
「はい」
神官冒険者のビシャスさんが聖印を片手に前に出た。
祈りと共に聖印が輝き出す。
ターンアンデッドだ。
だが、次の瞬間にはビシャスさんが凍り付いていた。
全身が氷りに包まれている。
「ビシャス!!」
バイファムさんが叫んだ刹那、今度はバイファムさんが足元から燃え上がった。
甲冑ごと全身が炎に包まれる。
「ぎぃぁあああ!!!」
叫ぶバイファムさんが床を転がった。
そして直ぐに動かなくなる。
二人とも即死かっ!?
瞬殺!?
「不味い!」
俺は盾を構えてアマデウスさんの前に出ようとした。
しかし、それをアマデウスさんに止められる。
「下がってろ。あれはレイスじゃあない。リッチだ」
「リッチだって!?」
リッチとはアンデッドの最高峰じゃあないか!!
並みの冒険者では敵わないS級のアンデッドモンスターだ。
あんな化け物を見るのは初めてだ!!
僕は驚きと恐怖のあまりに足がすくんで動けなくなった。
両足がガタガタと震え出す。
「リ、リッチ……」
悪意溢れる骸骨が豪華なローブを纏い金先のスタッフをついている。
その眼光の奥に怨念を超えた憎悪が赤い炎と化して揺れていた。
そんなリッチの姿を見ただけで、体から魂を抜かれるような感覚に襲われる。
その時に背後から天秤さんに肩を掴まれた。
「私たちは引くぞ!」
「えっ、ええっ!?」
僕は天秤さんに引っ張られ部屋を出て行く。
助かった?
いや、救われたのか?
僕は生き延びられるのか?
混乱、混乱、混乱混乱混乱こんらんこんらん───。
すると室内で爆音が轟いた。
次の瞬間には部屋の中から炎が吹き出して来る。
危うく焼かれるところを壁の陰に隠れて難を逃れた。
ヤバかった……。
天秤さんが引っ張って連れ出してくれてなければ炎に焼かれて死んでいたかも知れない。
そしてまた轟音が響いた。
ダンジョン全体が激しく揺れる。
地震!?
立ってられない。
戦っているのか!?
戦闘中なのか!?
アマデウスさんは、リッチと戦っているのか!?
一人で!?
信じられない……。
魔法使いが一人でリッチと戦っている。
バイファムさんとビシャスさんを瞬殺したリッチと一人で戦っている!?
その状況が想像すらできなかった。
「どう戦ってるんだ!?」
まだ激しい爆音が轟いている。
壁や床がグラグラと揺れていた。
魔法の攻防なのだろうか?
とにかく激しい戦いだ。
しばらくすると音がやんだ。
壁に耳を当てていた天秤さんが言う。
「終わったわ……。アマデウスさまが呼んでいます」
「は、はい……」
僕と天秤さんは、二人で部屋の中に戻った。
すると煤けた室内にアマデウスさんだけが一人で立っている。
リッチの姿は形も残っていない。
アマデウスさんは、無傷だ……。
リッチ相手に無傷……。
膝にこびりついた煤を手で払っている。
この人のほうが化け物なのか?
周囲を見回せばリッチの姿も、凍り付いたビシャスさんの遺体も、焼けたバイファムさんの遺体も無かった。
ただ、部屋の中は焼け焦げて荒れていた。
振り返ったアマデウスさんが涼しそうに言う。
「天秤、ここがダンジョンの最奥か?」
天秤さんは室内を見回している。
そして部屋の隅で何かを見つけたようだ。
「隠し扉があります」
「開けられるか?」
「もちろん容易く」
天秤さんは床を手で優しく擦る。
すると音を鳴らして床が開いた。
「か、隠し扉……?」
床の扉が開くと階段が出て来る。
「天秤、この奥はどうなっている。下にモンスターは居るか?」
天秤さんは、階段の奥を見詰めながら言う。
「下は10メートル四方の部屋で、おそらくここが最奥です。モンスターの気配はありません」
「今度こそ本当に最奥か?」
「はい……」
最奥か……。
本当に?
確かに二回目だ。
そしてアマデウスさんが先頭で階段を下りて行った。
「これは……」
部屋に入るとアマデウスさんが呟いた。
その声色には驚愕の色が感じられた。
いつも沈着冷静なアマデウスさんが驚いている。
いったい部屋の中に何があるんだ?
僕も部屋の奥を覗き見た。
なんだろう?
大きな荷物がある?
何、あれ……?
黒い大型のテーブルか?
いや、違う……。
鍵盤が付いている。
これは、ピアノ?
「グランドピアノ?」
なんでこんなダンジョンの隠し部屋にグランドピアノが?
魔力感知スキルで見てみれば、グランドピアノが輝いて見えた。
このグランドピアノはマジックアイテムだ。
そのグランドピアノを見詰めていたアマデウスさんが呟いた。
その表情は歓喜に瞳を見開いている。
その笑みが狂気的で恐ろしい。
「やっとだ……。やっと見付けたぞ……」
えっ?
歓喜している?
アマデウスさんの背中が笑っていた。
この人も笑うのか……。
「これはなんですか?」
天秤さんが訊いた。
僕も訊きたかったことだ。
このピアノはなんなんだ?
僕も天秤さんもマジックアイテムの鑑定は出来ない。
だからこのピアノがなんなのか分からない……。
重要な物なのかな?
アマデウスさんが質問に答える。
「冥界のピアノだよ──」
「冥界のピアノ?」
僕は首を傾げた。
天秤さんは静かにアマデウスさんを見つめている。
それっきりアマデウスさんは黙ってしまう。
でも、こんな大きなピアノをどうやって持って帰るんだろう?
てか、どうやってこのダンジョン内に持ち込んだの?
「天秤、異次元宝物庫にしまって持ち帰るぞ」
「はい」
「異次元宝物庫?」
僕が不思議がってると、天秤さんは腰に下げた袋から大きな布切れを取り出した。
それはベッドのシーツサイズの布切れだった。
天秤さんは、その布切れをピアノに被せる。
するとビアノの形が崩れて布切れがふわりと床に落ちた。
布切れの中のピアノが消えたのだ。
すると天秤さんは布切れを拾い上げて綺麗に畳む。
本当にグランドピアノが消えていた。
影も形も無い。
あの布切れの中に収納されたと言うのだろうか?
あの布切れが異次元宝物庫と言うマジックアイテムなのだろうか?
「よし、帰るぞ。天秤、クラウド」
「はい──」
「は、はい……」
あれが異次元宝物庫……。
アマデウスさんも凄いが、天秤さんも底が知れない……。
この二人は、いったいなんなんだ………。
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