ダンジョン・ザ・チョイス
497.刻まれた英霊の名は
「撒き実れ――――“雄偉なる大地母竜の――永劫回帰”」
肘から先の左腕が竜の頭を模した甲手と一体化し、生きた大地竜のような異形の腕へ。
その手に握られていた“名も無き英霊の劍”も同様に姿を変え、破損後に消えてしまった“グレートグランドキャリバー”に黒竜の意匠を足したような、黄金の刃とブラウンの刀身持つ――大剣と成る。
「まずは炙り出すか――」
空中に鋭い杭状の大岩を無数に生み出し――湖へと勢いよく投下。
すぐに反応があり、目の前の水面が急激に盛り上がっていく。
「“黒竜霊”――“古代竜魔法”、ドラゴノヴァ」
全MPを消費して発動するドラゴノヴァのエネルギーを、全て“雄偉なる大地母竜の永劫回帰”に注ぎ込む。
「マリナ、魔法を寄越せ!」
「が、“硝子魔法”――グラスレイ!」
“シュバルツ・フェー”の“黒精霊”が変質した“黒竜霊”は、竜属性を含む魔法と別の魔法の二つを同時に取り込むことが可能。
更に、パーティーメンバーだけでなくレギオンメンバーも効果の対象に出来るようになっている。
『『グギャアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』』
耳障りな声を響かせ、孤を描くように上から頭突きをかまそうとする……ウナギなのか蛇なのかも判らない真っ黒な化け物。
静かに、”雄偉なる大地母竜の永劫回帰”に三文字刻む。
「――――ハイパワースラッシャー!!!」
神代と古竜、マリナの力も合わせた超威の斬撃を上段から放ち――――化け物の頭を真っ二つに引き裂く。
「――とっとと失せろ」
裂け目の最奥で斬撃に込められた暴威が炸裂し――化け物の身体の半分以上を吹き飛ばした。
「ハアハア」
衝撃波で波が発生し、船が激しく揺れ続ける。
「ユウダイ、大丈夫?」
”雄偉なる大地母竜の永劫回帰”から光が漏れ出し、左腕と共に“名も無き英霊の劍”へと戻っていく。
「少し……休む」
波が静まってきた所でスターンデッキに戻り、化け物の巨体が光に変わって消えるのを見届ける前に……込み上げてきた気怠さに任せて、ソファーに身を預けた。
●●●
「“神代の剣影”」
黒のシャシュカ、“終わらぬ苦悩を噛み締めて”から青い光の刀身を鞭のように振るい、頭くらいある蛾のようなモンスターの集団を次々と切り刻んでいく!
「“氷河騎槍”!」
“氷河の魔槍杖”に氷と水のランスを形成したサカナが、周囲の岩陰から襲いかかるゴブリンの大群を薙ぎ払ってくれる。
「雑魚ばかりなのに、数と場所が厄介だな!」
穴ぼこだらけの黒岩、まるで溶岩が固まったような岩場が広がる場所に出た私達は、地面に隠れたこのステージ特有の宝箱を見付け、まんまと岩に囲まれた低地におびき出されてしまった。
「本当に数が減りませぬね」
クレーレとの訓練でも使っていた盾と、“光線銃∞”で抵抗しているヘラーシャ。
私も、近付いてくるゴブリンをカッターのような黒脚甲、“苦悩を踏み締めて”で蹴り飛ばしてチトセを守る。
「まだか、マスター!」
「もう少し!」
チトセがようやく、杭と小槌で地面を割り崩した。
「全員、空へ!」
「“咒血竜魔法”――カースブラッド・ドラゴバイパー!!」
サカナの叫びに間を置かず、エルザが強力な血の竜を呼び出し、頭上の蛾共を一掃してくれる。
「“大海魔法”――マリンウェーブ!!」
各々の方法で空へと逃れたのち、サカナが専用魔法を行使して岩場を海水で覆い尽くした。
「相手がゴブリンなら、この一撃で一掃でき……」
と思ったのだが、何匹か頭を覗かせ始める。
「“海水操作”」
と思ったら、サカナにより海水がゴブリンに纏わり付き……再び海中へと沈め込んでいった。
程なくして、ここら一帯に消滅エフェクトが煌めく。
「特殊宝箱が多いから出来るだけ回収するようにとは言われていたが、モンスターの数は予想以上だ」
手強いモンスターが出て来ないのは、せめてもの救いか。
「“スノー・モス”がまた集まって来る前に、空からここを抜けるぞ!」
全員が同意してくれた。
「エルザ、ドラゴンになってくれ」
「良いだろう――”咒血竜化”」
紅のドラゴンへと転じたエルザの背に乗り込み、この高低差のある空間を斜め下へと飛んで貰う。
『前方、左右から来るぞ!』
「私達が対処します! シャワーモード!」
「右はお任せを!」
『ちょっと待て! お前ら、私の手に乗れ!』
チトセが“マルチギミック薬液銃”を、ヘラーシャが“薬液ガトリング”で弾幕を、突き出したエルザの手の上から展開――”スノー・モス”を次々と撃ち落としていく。
「チトセ、今のは“殺虫液”か?」
「はい、その通りです」
私が唯一薬液銃を使用した魔神・蜜蜂戦で撃ったのは、“殺虫液”。
まだあれから半月程しか経っていないのに、随分遠くに来たような感慨を覚える。
『一瞬、“溶解液”かと思って焦ったぞ』
「だからエルザは慌ててたのか」
“殺虫液”に少なからず触れていたようだし、“溶解液”だったらエルザだけじゃなく私達まで危なかったかもしれない。
『そこかしこに特殊宝箱のキラキラが見えるが、スルーして良いか?』
「いえ、出来るだけ掘りましょう」
「ですね! 大旦那様のためにも!」
赤青エルフのヘラーシャの残念感を知っていると、張り切っている様子が逆に怖い。
ルフィルがこの人工エルフの残念さを知ったら、いったいどう思うのだろう。
●●●
「美味しいですね、これ!」
馬獣人のケルフェが、“林檎樹の小屋”の中で感激している。
「そうでしょ、そうでしょ。林檎丸々一個とリンゴリキュールを使って、香り高いモチっと食感に仕上げたオリジナル特製シフォンケーキだよ!」
シフォンケーキ……確か、シホさんが好きだって言っていたはず。
「まさか、コトリがこんな洒落た物を作れるとはな。もう一個くれ!」
ザッカルさんの指摘。
「もうすぐギルマスに逢えると思って、久しぶりに作ってみよっかなって」
「つまり、私達は味見役というわけですか。まあ、こんな素敵な物を食べさせて貰えるなら全然構いませんが!」
夢中で食べていくケルフェ。
「どう、エレジー?」
「美味しいです。リンゴの香りが良くて、ホイップクリームとも合います」
本当に、意外を通り越して感動する程美味しい。
アルーシャさんが淹れてくれた無糖の紅茶とも合うし。
「あ!」
「ど、どうした、コトリ?」
「ギルマスって……甘い物嫌いだったりする?」
「いんや、普通に食べるぞ。自分で洒落た菓子作ったりしてたし」
ギルマスって、料理するんですね……なんだか意外。
「そっか~、良かった~……あれ、むしろハードル上がった?」
「ギルマスが作るお菓子……食べてみたい」
少し、この乙女な空気感が懐かしい。
「つうか、いい加減一緒に飯を食えば良いだろ。魔法の家の領域は繋げてんだからよ」
「それはね~」
「やはり、同じステージで合流したときに感動を味わいたいと言いますか」
妙な所でこだわる二人。
私も、なぜかギルマスに会うのが怖いから、距離を置ける今の状態はありがたいですが。
……リョウ様は、今頃どこでなにをしているのでしょうか。
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