ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

474.示す意志

「よし、良い感じだな」

 ”神秘の館”前にあるコンソールで、自身の持ち家である“森の戸建て”を繋げたリューナ。

 エルザの“吸血皇の城”とマリナの“林檎樹の小屋”も追加され、この魔法の家の領域にある建物は六つとなった。

 正面から見て左から、ジュリーの“砦城”、俺の“神秘の館”、ルイーサの“忍者屋敷”。

 その後ろに、左からリューナの“森の戸建て”、エルザの“吸血皇の城”、マリナの“林檎樹の小屋”が平原に建っている状態。

「一気に倍くらいの広さになったな、この空間」
「三件から六件になったからね」

 ルイーサとジュリー、少しずつ距離感が近くなっていたように見えてたけれど、俺が居ない間にだいぶ心の距離が縮まったようだ。

「そう言えば、キクルという奴の一派は家を繋げないのか?」

 エルザが、誰にと言うわけでもなく尋ねる。

「女性同士で嫌がってな」

 ジュリー達もレイナさん達も、やんわりと遠慮するように断ってきた。

 俺は、自然とキクル達なら構わないって思ってたんだけれど。

「フーン……まあ、当然か」
「ん? それより、今夜は親睦を深めるためにパーティーを開く事になったんだ。ただ、さすがに全員でとなると“神秘の館”じゃ狭い。エルザ、“吸血皇の城”を使わせてくれないか?」

 ダメなら、殺風景な“砦城”を使用することになる。

「良いだろう。侍女達に用意させる」
「料理はこっちで用意するよ。厨房を使わせて貰う事って出来るか?」
「ああ、問題無い」

 俺も、久し振りに腕を振るうか。

「コセ……あの」

 背後から声を掛けてきたのは、ルイーサ。

「どうした?」

 どこかモジモジしているように見えるルイーサ。

「ひ、久し振りに、私と手合わせを」
「ごめん、今夜のパーティー準備で忙しいから」

 これから、何人か招待しに行かないといけないし。

「そ、そうか……」
「明日なら付き合えると思うけれど」

「なら、私が相手してやろう」

 申し出てくれたのはリューナ。

「なら、私も混ぜて欲しい」

 参加を希望したのはジュリー……リューナに向ける笑顔が何故か怖い。

「なんだ? 私にボコボコにされたのをまだ根に持っているのか、イギリス人」
「私はハーフだ、スラブ人」

 ……二人の戦意が凄まじい。

「ほ、程々にな」

 巻き込まれはしないだろうけれど、怖いのでさっさと退散させて貰う。

「あ、コセ……」


●●●


「……」
「はあああ!!」
「なかなか良い動きじゃないか!」

 私がエリューナに特訓して貰うはずだったのに、何故か神代文字を九文字刻んだ同士で、しかもジュリーはフル装備で戦っている。

 一応、攻撃にスキルや武具効果を用いては居ないが……訓練とは思えない熱量。

「当たらない!」
「飛行速度はそちらが上でも、機動力は私の方が上だ!」

 “空遊滑脱”というユニークスキルにより、空を自在に動き回って、明星の翼翻すジュリーを翻弄し続けるエリューナ。

 それに、エリューナは剣に文字を刻んでいるのに対し、ジュリーは翼から剣に神代文字の力を流しこんでいる状態なためか、武器同士をぶつけ合った際にはジュリーの方が押し負け気味。

 ほとんど互角に見えるが、なんというか……エリューナの方が戦い方が上手い。

「――そら!!」
「――ああッ!!」

 昨日メルシュからエリューナが受け取っていた黒のブーツ、“苦悩を踏み締めて”に文字をそれぞれ三文字ずつ刻んで――翼の上からジュリーを蹴り飛ばした。

「ハアハア、ハアハア」
「さすがに、そろそろバテてきたか」
「なんで、私だけこんなに……」

 エリューナの方は、まったく息が乱れていない。

「お前の方が、身体に負荷を掛けるような戦い方をしているというだけだ。あくまで、私とお前の体力が同等という前提での話だが」

 確かに、エリューナが軽やかな動きで対処していたのに対し、ジュリーは力任せの鋭い動きで食らい付いていたように思う。

「まあ、Lv差もあるだろう。気にするな、ジュリー」

 パワーと防御で押し切る私では、機動力に優れているうえ空中での戦闘に長けた二人には勝てないだろうと思いつつ、慰めの言葉を送っておく。

「で、ルイーサはなにを悩んでいるんだ?」

 エリューナの意外な言葉に面食らってしまう!

「……大規模突発クエストで友達を失ってから、神代文字を刻める数が減った」

 バイクでの戦いの時には、文字が共振したためかジュリーに引っ張られる形で九文字刻めた。

 だが、あれから一度も六文字より多くは刻めていない。

「トラウマが、心を解放するのを阻んでいるという感じか」
「解かるのか?」

 妙に鋭いエリューナの指摘に、尋ねてしまう。

「私が初めて十二文字刻めたのは、レギオンの裏切りで仲間を失った時だった。それ以降は、つい最近までは九文字が限界だったな」

「裏切られて……」

 似ているけれど、エリューナが負った傷はおそらく私とは別種。

 ――けれど。

「頼む! どうやって乗り越えたのか教えてくれ!」

 今のままじゃ、私は!

「正直、私にも解らない」
「へ?」

 手掛かりを掴めるかもと、期待していたのに。

「気付いたら自然とっていうか……コセに、私という人間を受け止めて貰ったから……かもしれないかな」

 照れくさそうに頬骨をかくエリューナは、急に乙女のような可憐さを放つ。

「私は、十二文字刻めた事すら無いんだけれど」

 文句を言いたげなジュリー。

「なんだ、アドバイスしてやろうか?」
「ぜひ頼む!」

 ジュリーの代わりにというわけじゃないが、私からお願いする。

「良いだろう。あくまで感覚的な話になるが、感情を爆発させるというか……いや、むしろ冷静というか、情熱的な感覚というか」
「なにそれ?」
「むしろ解りづらくなったような……」

 私が十二文字刻めた時と、感覚が全然違う気が。

「あれだ、なんというか――この世に意志を示す……みたいな?」

「この世に……」
「意志を示す?」

 ジュリーはピンと来ていないようだが、私には憶えがあった。

 あの時私は、身体と魂が今まで以上に一体化したような感覚を覚えた。

 自分という器が広がったような、この世に対する自分の存在感、影響力が強まったような感覚。

 その感覚をもたらすのが、自らに意志を示す事だとしたら!

「――ヴリル!!」

 “ヴリルの聖骸盾”に、神代文字を刻む!

「……ダメか」

 一瞬は九文字刻めたが、安定せずに六文字へと戻ってしまった。

「原因は、なんとなく解った」

 あの時、アオイの死が私の心に刻んだ靄が、私の意志をこの世に示すことを阻んでしまっている。

「この靄さえ、払うことが出来れば」

 ただ、その方法が皆目見当もつかな……。

「ルイーサ、大丈夫? 急に顔が赤くなったけれど」
「あ、ああ! なんでもないぞ、ジュリー!」

 そう言えば私、まだコセに……告白の返事をしていなかった。

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