ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

469.托される者

 アヤナと話してからシャワーを浴びたのち、カプア達が居る“崖の中の隠れ家”を尋ねた俺。

「身体は、もう良いのですか?」
「ええ、すっかり」

 少し前に酷使したから、ちょっと怠いけれど。

「ウララさんは?」
「まだ、ラキ様の部屋から出て来ません」
「……そうですか」

 植物状態になった弟のために俺達と共に攻略に挑もうとしていたのに、まさかあんな形で目的を奪われてしまうなんて。

「カプアさんは大丈夫なんですか?」
「ええ。ウララ様があんな状態なためか、自然と落ち込んでいる場合じゃないと……」

 少し無理をしているようにも見えるけれど、思っていたよりは落ち着いているようだ。

「貴男も、仲間を失ったと聞きましたが?」
「まあ……そこまで親しくなかったというか、俺よりも確実にショックを受けている人間が二人は居ますから」

 ルイーサとアヤナの事を考えると、俺が傷付いた風に振る舞うことが烏滸がましくすら思える。

「たぶん、カプアさんに近い心境なんだと思います」
「そう……ですか――あ!」

 いきなり大きな声を出すカプアさん。

「忘れていました! 下の階に、《獣人解放軍》の使いを待たせているんでした!」

「解放軍の?」


「私のことだよ~」


 どこか楽しげな声が聞こえてきたと思ったら、下の階から白髪と青い髪が混じった獣人の女の子が上ってきた。

「確か、マリナと戦った」
「雪豹獣人のクレーレだよ~。初めまして、コセ叔父さん」
「お、おじさん?」

 なんでおじさん呼ばわりされるんだ?

「だって、ヴァルカお義父さんの義理の弟って事は、私からすると叔父さんでしょ? あれ、義理の叔父さん? 縮めて義叔父ぎおじ?」

「コセで良いよ」

 まさか、お義兄さんにこんな大きな娘が居たとは……明らかに種族が違うけれど、母親が雪豹獣人だったって事なのか?

「それで、どうしてここに?」
「お義父さんが、早くギオジィに会いたいんだって!」
「彼女は、ヴァルカの使いで貴男を迎えに来たそうです」
「なら、ちょうど良かった」

 今日中に話をする約束だったからな。

「ヴァルカの所に案内してくれ」


             ★


 日が落ちた時刻、“獣の聖地”に聳える石の城の上部に案内されると……黒髪の犬獣人、ヴァルカが獣人の部下達と共に待っていた。

「来たか……なんだ、トゥスカは一緒ではないのか」

「ハハ……今は、久し振りに仲間達に会ってるんだ」

 そう言う俺の背後には、カプアさんと褐色肌の傭兵、トキコが。

 一人でヴァルカの所に行こうとしたら、カプアさんが危険だと言ってわざわざトキコまで呼んで付いてきたのだ。

「お前達、外に出ていろ」
「「「ハッ!!」」」
「二人も頼む」
「分かりました。外で見張っていますので」

 大分警戒しているな、カプアさん。

「クレーレ、お前もだぞ」
「えぇー! 私も、ギオジィとお喋りしたいぃー」
「ギオジィ? また後でな」
「お義父さんのケチ!」

 可愛らしく不機嫌に振る舞い、外に出て行ってくれるクレーレ。

「あんな大きな娘が居るとは思わなかったな」
「義理だからな」
「義理?」
「まあ、座れ」

 ヴァルカが指差す方向には、石で出来た椅子と円形のテーブルが置かれていた。

 言われた通りに席に着くと、グラスを出して瓶からオレンジ色の液体を注いでいくヴァルカ。

「俺は酒は……」
「只のオレンジジュースだ。俺も酒は好かん。たまには飲むがな」

 酒を無理矢理飲まされそうになっていたら、帰っていたところだ。

「昨日のクエストで手に入れた武具と資金だが、後日分配するとしよう。取り分は――」
「良い。全部懐に納めてくれ」
「そういうわけにはいかん!」
「トゥスカを貰う結納品みたいな物、だとでも思ってくれ」

 結納品て言って伝わるかな?

「……ならば、ありがたく貰い受けるとしよう。その代わり、一つ受け取って欲しい物がある」

「受け取って欲しい物?」


「クレーレをお前にやる」


「…………へ?」

 意外な言葉に、面食らってしまった……。

「まだ十四になるかならないかだが、あれは美人になるぞ。なにせ、クレーレの母親は俺の初恋の相手だからな」

「いやいや、ちょっと待て」

 いったいどういうつもりで、娘をやると言っているんだ!

「アンタの娘じゃないのかよ!」
「そうだ。だから、優れた雄であるお前に嫁がせたいのだ」
「優れた雄……」

 認めて貰えているようで嬉しい気もするけれど、いくらなんでも受け入れがたい。

「アレもお前を気に入ったようだし、女好きのお前にも悪い話じゃあるまい。神代文字も扱えるしな」
「それは……」

 マリナとの戦いで、クレーレが文字を使うところは見ていたけれど。

「あの子の母親は、自分が妊娠すればこの世界に送られずに済むと考えていた」

 グラスの中身を飲み干したのち、語り出すヴァルカ。

 俺も、少しだけ喉を潤す……このジュース、美味。

「だが世の中は無情で、彼女はこちら側に奴隷として送られた。いつお腹の中の子が産まれてもおかしくない状態だったにも関わらず」

「……」

「結論から言うと、彼女は子を捨てた。暫くは主の女と一緒に育てていたそうだがな。そして、子供はどこかへと消え去り……俺が異世界人に買われてから彼女を訪ねると、涙ながらにそう説明された」
「もしかして、”宝石島”でクレーレと?」
「知っていたか」

 十六ステージの宝石島には、捨てられた子供を集める仕組みと育てる場所があった。

「名前と種族、年齢から彼女の娘だと気付いた俺は、当時の主に盾突いて自身を奴隷から解放させ、クレーレを買って育てることにした……というわけだ」

 報われなかった思い人が捨てた娘を……か。

「そうまでして面倒を見ていた娘を、俺に譲ると?」
「このまま解放軍に居れば、クレーレは腐る。俺の娘と知っている者に狙われる可能性もあるしな。文字を使えるお前達の方が、あの子に良い刺激を与えてやれるはずだ」
「俺達のレギオンは、このゲームを仕組んだ奴等に狙われているんだぞ?」
「危険なのはどこに居ても同じ。昨日の突発クエストでよく理解したのだ、俺は」

 言い返せない。

「もうすぐ、俺のガキが産まれる。そうなれば、義理であるクレーレの立場はおのずと悪くなっていくだろう」
「身内から守るために手放すって言うのか」

 酷い話だ。

「……本人が了解するなら、迎え入れるよ」

 将来の事はともかく。

「恩に着る」
「ところで、クレーレの母親は?」
「さあな。”始まりの村”に居るのか、もう既に……」

 今までにそれらしい人を見掛けた覚えは無く、確かめる術も無い……か。

「俺のレギオンは、ゲームをクリアして自由を手に入れるつもりだ。だから、クレーレと二度と会えなくなるかもしれないんだぞ?」
「トゥスカから聞いているし、重々承知の上だ。あの子を頼む」

 とんでもない事になってしまった。

「……それと、決闘の報酬通り、俺のレギオンと同盟を組んでくれるか?」
「……ハァー。ああ、構わない」

 同じ日に、同盟の解消と結びの両方をお願いされることになるなんてな。

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