ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

300.二人だけの秘密

「レリーフェ様……それで、我々の処遇は……」

 木造の家の一室に集められていた同胞八人が、戻ってきた私を不安そうに見詰めていた。

「……怪我をした者達は、もう平気か?」

「へ? ええ、安静に治療を施せましたので」

 正直まだ考えが纏め切れていないが、出来るだけ早く動く必要がある。

「ここに居る全員、奴隷から解放して貰えることになった」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、私は既に解放して貰った」

 男のエルフも居るが、胸元を見せ付けて奴隷紋が消えていることを証明。

「それでだが……私は、この家の一団……《龍意のケンシ》と共に先へ進もうと思う。この馬鹿げたゲームを終わらせ、多くの同胞達を救うために」
「そ、そんな!」
「で、でしたら、我々と共に参りましょう!」
「そうです! 獣人や異世界の野蛮人共と行動するよりは!」

 あまり人の事は言えないが、他種族への偏見が酷いな。

「《龍意のケンシ》の大半が、神代文字を使用できる。私と副官のルフィル以外で、神代文字を使用できた者が他に居るか?」

「そ、それは……」

 神代文字を刻むは、この暴力が許されぬ世界において、神に力を振るうことを許された証。

 それが、我々エルフ族が受け継いできた伝承。

 我々は無力ながらも、デルタに逆らい、多くの伝承を守り続けてきた誇り高き種族。

「な、ならば、我々もお供を!」
「ダメだ」
「な、何故ですか!?」

「お前達に、やって貰いたい事があるからだ」

 それ以上に、コイツらはユリカ達とぶつかってしまうだろう。

 その奢りと偏見が、神の力を遠ざけている事にも気付かぬまま。

「お前達はこのステージに残り、金を貯め、今捕まっているエルフの奴隷達を解放して貰いたい」

「同胞達を……ですか?」
「ですが……エルフの値段は高いと言い、泣く泣く断念していた者が大勢居ました」
「力尽くで助けることも出来ないし……いったいどうすれば!」
「レリーフェ様、我等をお導きください!」

 やれやれ、コイツらは……もう少し、自分達で考えて動けない物なのか。

「ここに、奴隷を三人まで、タダで購入可能なチケットとやらがある」

 まあ、この件に関しては私も、メルシュという女の入れ知恵だが。

「先の突発クエストにより、参加した奴隷達はそれぞれ2000000二百万Gを所持している。“逆転の紋章”を使用された我々も同様にな」
「ほ、本当だ!」
「これだけあれば……仲間達を救える!」

「落ち着け。今から、エルフの奴隷を全て購入しに行くぞ。ただし、この腐敗の王都とやらは非常に物価が高いらしい。武器や日頃の食費、週に一度の納税日に一人、50000G払えなければ奴隷に逆戻りだ。その後に奴隷として連れて来られる同胞達を救うためにも、決して贅沢はできん。その事を肝に銘じておけ!」

「「「了解です、レリーフェ騎士団長!!」」」

「良い返事だ!」

 だが……騎士団長か。

 間抜けにもデルタに捕らえられてしまった私に……その肩書きは、相応しくあるまい。


●●●


「大丈夫か、リンピョン?」

 ベッドに横たわる、普段は青い髪を長いツインテールにしている兔獣人、リンピョンの様子を見に来た。

「……も、問題無いっての。まだ怠いのは、結構血を流したのと、神代文字を無理矢理使ってたせいだと思うし」

 フェルナンダの次に重傷だったというリンピョンだけれど……しっかり休めば大丈夫そうだな。

「それより……なんか、エルフを何人か奴隷にしたって聞いたけれど……どうする気なの?」

 ルイーサとユイ、ジュリーまで、襲ってきた人間を何人か奴隷にしたそうだ。

「一人は、一緒に行動する事になりそうだ。その他は、暫くは隣の城に住んでもらって、俺達が次のステージに進む際に出ていって貰う事になるだろう」

 エルフ以外の奴隷に関しては、今の所は保留。

 解放してしまっても良いのだが……襲ってきておいてタダでというのは、正直面白くないという意見が出ている。

「……そうなんだ」

 妙な反応だな。

「エルフが嫌いなのか?」
「私がいた村にやって来たエルフ達は、スッゴく偉そうだったのよ。獣人の事は「卑しい獣風情が!」て、バカにしてたし」

「それは……酷いな」

 レリーフェさんは高潔そうな人だったけれど、エルフもそういう人の方が少ないのかな。

 まあ、あの人からも傲慢さは見て取れたけれど。

「だから……私の事、可愛いって言ってくれるサトミ様は好き」
「それが、サトミを心酔していた理由の一つか」

 弱々しいリンピョンの頭を、撫でてあげる。

「……アンタのことも……好き♡」

 凄いか細い声だったけれど、なんとか聞き取れた。

「明日、なにか重要な事が起きるらしい。だから、今日はゆっくり休んでくれ」
「……キスして」

 弱っているからか、凄く甘えてきて……今までで一番、リンピョンが可愛らしく見える。

「良いよ」


            ★


「フー……我が家が一番だな」

 フェルナンダの様子とエルフの城への移動、《日高見のケンシ》メンバーの無事を確認したのち、久し振りに我が家の檜風呂を堪能させて貰っている。

「この微かな檜とお湯の匂い……懐かしい」

 なんか、隣から異臭がする気もするけれど。

「コセ様……」

 誰かが、男湯の方に入って……。

「ノーザン、どうしたんだ?」

 そう言えば、前にもこんな事があったような。

「あの……聞いて貰いたい事がありまして」

 身体を流し、スーッと傍に近寄ってくるノーザン。

 そういう関係になったのもあって少し期待してしまっている自分が居る反面、ノーザンの浮かない様子に不安を感じてしまう。

「クエスト中、色んな種族の奴隷達に、ある集団が皆殺しにされるのを見ました」

 耳元で、かなり小さな声で語り出すノーザン。

「最後に殺された夫婦は死に際……モモカの名を口にしていたようでした」

「…………モモカの、実の両親か」

 残虐な思想を持つ、レプティリアンと名乗る集団の上位に位置していると思われていたモモカの両親。

 以前戦ったレプティリアン達の様子から見ても、ノーザンが遭遇した奴等がかなり危険な集団なのは想像に難くない。

「彼等……奴隷だった者達は、酷く憎悪を燃え滾らせて居る様子でした。もし、モモカの事を知られたら……」

 ノーザンの憂い顔。

「二十ステージでは、極力モモカを外に出さない方が良さそうだな」

 それに……両親のしてきたであろうことを、あの子には知られないようにした方が良い。

 モモカは聡いから、いずれある程度自力で気付くだろうが、まだ七歳の女の子に伝えるべき話じゃない。

「モモカに……両親の死だけでも知らせるべきでしょうか?」
「そのこと、他に知っているのは?」
「いえ、誰も。ただ、《日高見のケンシ》の隠れNPC、ネクロマンサーのメフィーがその場にいて……」

 モモカの生い立ちを知らなければ、結び付けようが無い気もするけれど……。

「……両親の死については、俺達だけの秘密にしよう」

 幸い、バトルパペットのマリアの発言のおかげで、両親よりも俺達を選ぶと言ってくれたし、最近は両親を積極的に探そうとはしなくなっていた。

「子供なりに、両親に会えないことに色々と思い悩むだろうが……その分、俺達が愛情を注ごう」
「そう……ですね。やっぱり、コセ様は私の父に似ている気がします」

 ノーザンが、ギュッと腕に抱き付いてくる。

「……そっか」

 俺は自分の両親も兄弟も嫌いだから、ノーザンの言葉に……ちょっと複雑な気分になってしまった。
 

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