ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

200.昆虫の死神カナ

「なんでしょうか?」

 トゥスカが、警戒しながら尋ねた。

 声を掛けてきた女性は武器を持っておらず、十メートル近く距離を開けて立ち止まっている。

 この世界の服にしては布面積の多い、黒系の地味な装い。

 一見NPCかとも思ったけれど、気配からして生きている人間のようだった。

「あああああの……パーティーメンバー…………ぼ、募集してませんか?」

 俺達のパーティーに入りたいと?

「名前と職業、動機を答えてみて」

 メルシュが問う。

「な、名前はカナ! ば、バイトの経験はありません! し、志望動機は、パーティーから追放されて独りなので、先に進めないからですっ!」

 パーティーメンバーは居ないのか。

「バイトではなく、戦士か魔法使いかを教えて欲しいんだけれど?」

 見た目だと、どっちとも取れないんだよな。

 顔が見えないのを除けば、モブキャラ感が凄い。

「ああ、すみません! わ、私は魔法使い.Lv36! 十九歳です!!」

 聞いてないことまで喋ってきた!?

 でも、スゥーシャやクマムよりもLvが高いんだな。

「マスター……どう思う?」
「追放されたって言ってましたけれど」
「追放か……」

 追放って聞くと、ろくなイメージがわかないな。

 追放物って、大抵追放される側に問題があるし、自分に問題があるなんてこれっぽっちも思ってない主人公ばっかりだからな。

 いや、現実と作品は違うだろうけれど。

「ちなみに、追放理由を聞いても?」

「暗い、ウザい、怖いって……言われました」

 ……なんとなくだけれど、納得した。

「私としては、魔法使いは積極的に迎えたい所だけれどね~」
「現状では、私にはなんとも」

 確かに、ここまでの情報だけじゃ判断に困るな。

 俺は、出来ればこれ以上増えて欲しくないんだけれど。

「まあ、自分を取り繕うような感じはないし、根は誠実なんじゃないかな」

 正直、昔のユリカやナオに対してよりは好印象だ。

「やっぱり……ダメですよね。ごめんなさい」
「へ? いや、俺達はまだ何も……」
「そうですよ、まだ決めかねてる所です」

「い、いえ、気を遣わなくて結構です。わ、私には、相手の気持ちが分かってしまう能力がありますから……」

 あれ? なんか話が変な方向に。

「なにを言っているんですか、貴女は?」
「おい、ちょっと落ち着いて――」


「だって私、HSPですから!」


 ……自分でそれ言う人、初めてだよ。

「なんですか、HSPって?」
「ああ……簡単に言うと、共感能力が高い人間……の事かな」

 トゥスカの問いに答える。

 そう言えば、自分をHSPと認識した人間は、相手の考えていることが判ると思い込んでしまう傾向があるって聞いた事あるな。

 特に悪い感情に関しては、他人が自分に関係ないことでイライラしていても、自分のせいだと思い込みやすいんだったか。

 俺もこの世界に来るまでは、頭では判っていてもそう思い込みたくなる衝動が強かったけれど。

「落ち着いてくれ、誤解だ」

 俺が人数を増やすことに否定的なのを、彼女自身を否定していると捉えてしまったのかもしれない。

「いえ、良いんです! 失礼しました!」

 パーティーメンバーにウザいって言われたの、そういう所なんじゃねーの!?

「”爆走”!」

 トゥスカが花畑を蹴散らしながら、カナが逃げようとした方向に回り込む。

「逃がしませんよ」
「ヒッ!!」

 なんか、立場が逆転してない? それも悪い方に。

「そ、装備セット1!」

 カナの装備が変更され……大胆な黒服に、ギラつく黒い大鎌を手にした!?

 それに、左腕には穴の開いた黒い甲手、お尻には鈍色の蠍尻尾が付いてる!?

「どきなさい、お嬢ちゃん。この死神、カナ様の餌食になりたくなければね」

 ――まさかの二重人格者だと!!?


●●●


「珍しいな、武器屋に鉄製以外の物が売ってるなんて」

 アヤナを除くルイーサのパーティーメンバーとサキと共に、私は武器屋を訪れていた。

○どれを購入されますか?

★大蜘蛛の射甲 18000G
★蜂針の騎槍甲 18000G
★蝶々の光翅  18000G
★蠍の鋼鉄尾  18000G
★甲虫の鎧   18000G

「今後必要になるとは言いきれないけれど、取り敢えず三つずつは購入するよ。全部、ここでしか手に入らないBランク装備だからね」

 大抵は鉄製武器しか売っていないけれど、稀にこういうパターンもある。

 オリジナルに無かった要素が加わっている可能性もあるから、どの村や街でも一通り確認はしていたけれど。

 とはいえ、”ロイヤルハニーガード”のような特殊な入手法になるとメルシュ頼り。

 ”ワイズマン”が居るかどうかで、攻略難易度が一桁は変わってきそう。

 私が思っている以上に、メルシュに助けられている事は多いんだろうな。

「ジュリー、”蝶々の光はね”だけ多くないか? 飛行手段なら色々あるんだろう?」

 ルイーサが尋ねてきた。

「この”蝶々の光翅”は、翼で飛ぶ場合とは感覚が全然違う。どちらかというと浮くって感じかな? 無重力空間を作り出すっていうか、飛翔するためというよりは、慣性制御のための飾りみたいな物だよ」

 虫はその構造上、なぜ翅で飛べるのか不思議だと言われており、一説には磁場を用いて浮いているとか。

 後天的に飛ぶ能力を得た鳥と違って、飛ぶ虫は初めから飛ぶための構造を持っているという話を聞いたこともあるから、実際の所はよく分からないけれど。

 動物以上に、進化の軌跡が謎に包まれている生命体。

 かのダーウィンが提唱した進化論に当てはまらないのが、昆虫と人類だと言われている。

「慣性制御……」
「よくロボット物に出て来る言葉だけれど、知らない?」

 そう言えば、こんな風にルイーサと気さくに話すのは初めてかもしれない。

 こういう時、大体アヤナが話の中心になろうとするから。

「ロボット物? オカルトの、宇宙船の話では何度か聞いたことがある……気がする」

 ……どことなく、ルイーサが悲しそうな顔を浮かべた気がした。

 
●●●


「コオロギの粉末……料理に取り入れてみようかしら?」

 昨日軽く前を通った屋台で、サトミが不穏な発言をしている。

「サトミ様、コッチに雀蜂の成虫が売ってましたよ!」

 リンピョンが余計な事を!

「フフフ。た~くさん買って、モモカちゃんにいっぱい食べさせてあげちゃうわよ~♪ メグミちゃんは、なにか食べたい虫はある? 私は蜂の幼虫かしら~♪」

「勘弁してくれ」

 私は虫どころか、植物由来じゃない物全般苦手なのに!

 ……本当、ノルディックに転生する前からは考えられない変わり様だよ。

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