ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

160.白猫と白人魚と新たな重婚

 最近、夜眠れない日が増えた。

 自分と向き合う事に恐怖を感じるようになってから。

 夜一人で居ると、自分の中に自分が取り込まれてしまう気がして……。

 そういう時は、バルコニーで夜風に当たるようにしている。

 ここに来ると、なぜか落ち着くから。

「ヒク! ヒク……」

 誰か居る?

 俯いていた視線をバルコニーの端へと向けると、月明かりにより白い鱗が煌めく――綺麗な人魚が……泣いていた。

「タマ……さん?」
「スゥーシャさん……」

 今日仲間になったばかりの、コセ様の奴隷。
 奴隷からは、すでに解放されているらしいけれど。

「どうして、泣いてらしたんですか?」
「……今日のモンスターとの戦闘、私全然ダメダメで……もう少しで、他の人に怪我をさせてしまいそうでしたし……」

 昼間、トライデントを受け取る様子を見た。

 多分、戦う覚悟が無いまま、魔法だけで相手を倒してきたタイプ。

 私も昔は、武器を持って前に出るのが怖かった。

 だから、信仰に縋った。デルタ様への信仰に。

 でも、もうあの頃のようなデルタ様への強い信仰心は……無い。

 コセ様を見てて思う。あの人はおかしいって。

 今まで出会った人達とは、根本的に違う。

 ジュリー様やルイーサさん、トゥスカお姉様からも似たような物を感じることはあるけれど、コセ様は掛け離れてる。

 自分というものを持ちながら、他者を強く否定しないんです。

 主張の激しい人ほど、他者を否定する。

 優しくて、なんでも受け入れようとする人は主張をしない。

 まるで、無意味だって悟っているかのように。

 どっちの方が正しいのかは分からない。

 コセ様と出会う前なら、私は迷いながらもデルタ様を信じただろう。

 でも、自分で正しいってなにか考え、常に正しくあろうとすればするほど、どんな風に前に歩いていったら良いのか分からなくなってしまう。

 コセ様達は、正しさを越えた先を歩いてる……傍に居ると、そんな気がしてしまう。

 そこに立てないと、私がコセ様と身体で結ばれるなんてあってはならない。

 ……そう言えば、私が初めてまともにコセ様と喋ったの……ここだ。

「どうしたら、皆みたいに戦えるようになれるのか……分からないんです」

 スゥーシャさんの言葉は、まるで私自身の悩みを聞いているようだった。

「私も、最近色々分からなくなりました……どうしたら良いのか分からない時って、どうしたら良いんですかね」

 多分、今の私の悩みは、誰かに話して解決出来る類いの悩みじゃない。

「あの……」
「すみません。私から尋ねたのに」

 誰かが悩んでる姿を見て、楽になってしまっている自分が居る。

「昔、私も似たような悩みがありましたけれど、多分同じやり方じゃダメでしょうね」

 それを選択したら、今の私と同じ壁にぶつかってしまうかもしれないから。

「そうですか……」
「取り敢えず、慣れるしかないと思います」

 私の場合、信仰心を切っ掛けに我武者羅に特訓した。

 それで上手くいったから、尚更デルタ様への信仰心は強まったんだ。

「慣れる……」

「今から、城で特訓しませんか?」

 ジュリー様から、”砦城”の合鍵は貰っている。

「良いんですか?」
「私も、眠れなかったので」
「……よろしくお願いします!」
「こちらこそ」

 誰かの助けになれる瞬間って、どうしてこんなにも……心があったかくなるんだろう。


●●●


 朝早く、皆で南西区画にある教会へとやって来た。

 英知の街の物より、一回り大きい。

「ルイーサは、やっぱり白が似合うんじゃない?」
「そ、そうかな……」

 アヤナが、ルイーサのウエディングドレス選びを手伝っていた。

 本日式を挙げるメンバーは、衣装選びに精を出している。

「ヨシノ、どれを選んだら良い?」
「モモカが好きなのでいいんじゃないかしら。気に入ったのは無いの?」

 その中には、モモカの姿もある。

 想定外だった……まさかこの結婚システムに、年齢制限が無いなんて!

「まあ良いじゃないか、コセ。装備を整えた方が、それだけモモカの安全に繋がるんだから」

「それは……ジュリーの言うとおりだけれど」

 七歳の女の子と結婚することになるなんて、ここに来るまで考えもしなかったのに。

「それよりもコセさん!」

 サトミさんに強引に腕を引かれ、式を執り行う神父さんの前へ連れて行かれる。

 神父さんのNPC……英知の街の神父さんと見た目が同じなんだけれど。

「指輪のランク更新をお願いします!」
「場合によってはランクが下がる可能性もあるが、構わないのかな?」
「もちろんよ!」

 まあ、今一番下のランクだからな。

「では……互いの想いを、今一度形とせん!」

 俺とサトミさんの指輪が輝き、黄金の光に包まれる。

「……やった!」

 サトミさんの指輪が、鈍色から銀へと変わっていた。

 どうやら、”高級の婚姻の指輪”にランクが上がったようだ。

「ウフフフフ♡ 少しは進展してたのね、私達♡」

 時折、脅されている感じがしましたけれど?

「私もお願いします!」

 次はリンピョンか。

「私も変わったわ!」

 サトミさんと同じく、低級から”高級の婚姻の指輪”に。

「じゃあ、コセ。私ともよ」

 次はユリカ。

「おし!!」

 ユリカの指輪は、”最高級の婚姻の指輪”に。

 これは、俺としても本気で嬉しい!

「お、お願いします!」

 今度はタマだったが……指輪は高級のまま変わらず。

「まあ……そうですよね」

 悲しそうだが、納得もしているという感じのタマ。

「コセ、準備出来たぞ!」

 フェルナンダが、動きやすそうな薄黄色のドレスで呼びに来た。

「すぐに行く」

 壇上に移動し、十三人の結婚相手を見る。

 ナオは赤と青のドレス。
 ノーザンは青味のある白。
 ザッカルは紫がアクセントの黒ドレス。
 スゥーシャは水色で、クマムは薄いピンク。
 メグミさんは濃い緑。
 サキはレモン色。
 ヨシノは濃い茶色に緑で、シレイアが露出多めの濃い紫。
 ユイは青い和装。
 ルイーサは灰色がアクセントの白。
 そしてモモカは……王道的な白ウエディングドレス。

 今からこの全員と結婚……想いに押し潰されそうだ。

「ではこれより、婚姻の儀を執り行う!」

 懐かしい言葉に、心が引き締まる。

 軽い気持ちでするべきじゃないって分かってるけれど、指輪があるだけで生存率が上がるのは確実。

「互いを慈しみ、愛し、守ると、心に誓いなさい」

 俺は、ここに居る十三人には死んで欲しくない!

 以前と同じく、俺の前にだけ巨大な黄金の光が。

「今ここに、”婚姻の指輪”は顕現した。さあコセよ、伴侶の左手を取り、光を掴め」

 妻の手を取り、光の中から指輪を取り出し、嵌めていく。

「……綺麗」

 ナオの指に、”高級の婚姻の指輪”を。

「ありがとうございます、コセ様!」

 ノーザンの指にも、”高級の婚姻の指輪”を。

「フム……まあ、良いか」

 ちょっと不満そうなザッカルにも、”高級の婚姻の指輪”。

 なんだかんだで、喜んでる様子。

「結婚……しちゃった♡」

 スゥーシャも、”高級の婚姻の指輪”。

「なんだか照れますね」

 クマムは…………。

「コセさん?」
「……ああ、スマン」

 クマムの指に嵌めたのは……”最高級の婚姻の指輪”だった。

 昨日会ったばかりなのに……。

 メルシュが言うほど、婚姻の指輪の条件は厳しくないんじゃ……?

「コセ……早く終わらせよう」

 恥ずかしげなメグミさんが可愛いと思いつつ、光の中から取り出した指輪は……”最高級の婚姻の指輪”

「「……」」

 互いに視線を合わせ、同時にサトミさんの顔を覗ってしまう。

 ものすっごいニッコリ顔で、首を傾げられた。

 ……そのうち、サトミさんに殺されるかもしれない。

 ちょっと冷や汗を流しながら、同じく顔色の悪いメグミさんの指に指輪を嵌める。

「ありがとうございます、コセ様」
「やっぱり、アタシにも気があるんじゃないのかい? コセ」
「フン! 一応、褒めて使わす」

 隠れNPCであるヨシノ、シレイア、フェルナンダには揃って”高級の婚姻の指輪”を贈った。

「リアルハーレムの人♡」

 ユイ……男女の関係になってもその呼び方か。

 他の人よりなにを考えているのか分からなくなりがちなユイには、”最高級の婚姻の指輪”を。

「頼む……コセ」

 視線を外しながら頼んできたルイーサ……にも”最高級の婚姻の指輪”を……最高級なのに出過ぎ!!

「コセ! 指輪頂戴!!」

 最後に、兎を肩に乗せたモモカが無邪気に指輪を求めてくる。

 低級が出たら可哀想だなって思いながら、光の中から最後の指輪を取り…………また……”最高級の婚姻の指輪”。

 混乱しながら、モモカの左手薬指に指輪を嵌める。

「ありがとう、コセ!! 大切にするね!」

 もの凄く無邪気に喜んでくれるモモカ。

 でも、俺は罪悪感が込み上げて……吐きそう。

 婚姻の指輪の基準って…………いったいなに!!?

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