ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

139.自己との対話

 シレイアに連れられ、村の中を無言で歩いている。

 私はあまり、会話が好きじゃない。

 人間の会話は、その八割がドブに捨てるのも惜しくないほど無駄だから。

 口は災いの元と言うけれど、私の持論が正しければ、人間は普段から無駄に災いを招き寄せていることになる。

 そう言えば、コセとトゥスカは普段あまり喋らないな。

 ジュリーもタマも、ノーザンもユイも、サキもシレイアも、メグミ、アオイだってそう。

 よく喋っているメルシュだって、無駄な事は喋らず、そのほとんどが説明。

 ザッカルとルイーサも、そこまで自分から話すタイプじゃない。

 ナオは最近、あまり喋らなくなってきた気がする。

 よくよく考えると、私が上辺だけの友達付き合いしてた頃の女子くらい喋るの、アヤナとサトミだけだ。

 そのサトミに関しては、言葉に妙な引力がある感じが……最近、感覚的に物事を捉えようとするようになった気がするわね、私。

 多分あの日、黒鬼に襲われて……コセに告白したあの日から、ちょっとずつ変わってきている自分が居る。

 次第に、村の灯りが届かない外れまで来ている私達。

 なんか……頭がボーッとして来た。

 距離とか時間とか、そういうのが曖昧になっていく。


 ――お盆の日、おじいちゃんと一緒に迎え火を見ていた。

 近所ではもう、迎え火も送り火もやっているところはない。

 でも私は、迎え火と送り火が好きだった。

 田舎でお盆を迎えたときは花火とかもしたけれど、あれは酷く無粋に思えたな。

「地獄の炎の事を、煉獄と呼ぶ」
「れんごく?」

 幼い私がおじいちゃんに、おじいちゃんはどんな仕事をしているのかと尋ねたら……なぜかそんな言葉が返ってきた。

「だが、煉獄とは救済の火。浄化の火なんだ。悪いことをして地獄に落とされた者の魂を、その穢れを、煉獄の炎が取り払ってくれるんだよ」

 難しい言葉が多くて、当時の私はほとんど理解できない。

「いずれ、魂に刻まれた罪を償い、再びこの世に生まれ出でる事が出来るように」

 地獄の炎は罪を焼く。

 暗闇の中で燃える火が、まさしくそれに見えた。

「でも、それとおじいちゃんの仕事になんの関係があるの?」
「ああ……ユリカは、不死鳥って知ってるかい?」
「知ってる! ゲームに出て来る奴でしょう!」
「まあ、それはそうだが……不死鳥は灰となって、再び蘇る。おじいちゃんのお仕事は、それに近いかな」
「人を生き返らせるってこと?」
「いや……永遠に死なないってところがかな」
「よく分かんない!」
「ハハハハハハ! そうだな、ユリカにはまだ早かったな!」

 魂を救済する、煉獄の炎。

 いつの間にか、忘れていた感覚――

「いっつ!!?」
「大丈夫かい、ユリカ?」

 シレイアから声を掛けられた。

「あ……木の枝か」

 気付かずに頭をぶつけたみたい。

「って……なんで泣いてるの、タマ」
 
 いつの間にか、座り込んで泣いているタマが居た。


●●●


 恐ろしい。

 光が遠ざかり、より深い闇へと自ら向かう私達。

 ジュリー様もユリカさんも目が虚ろで……言葉を発して、この圧迫してくるような空間を壊してしまいたい。

 これが、シレイアさんが言っていた訓練……。

 最初はなんとも無かったのに、どんどん死に誘われているかのような……。

 昔祈りを捧げた、デルタ様の教会の静謐さとはまるで違う。

 居るはずのないなにかが……そこら中で蠢いている気がして仕方ない!

 ――ダメだ、もう耐えられない!!


●●●


 一度、家族でロンドンを訪れた事があった。

 母の両親に会うため、四歳の時にイギリスの首都にやって来た私は、別世界を訪れた事への感慨を抱いた。

 煌びやかな建物と、歴史を感じさせる街並み。

 日本とは、まるで違う空気。

 あいにくと言うべきか、その日の空は曇っており、時間と共に霧が立ち込めてくる。

 煌びやかさの裏の顔が、私に「おいで」と言っている気がして、知らない世界のワクワクは、いつの間にか恐怖に塗り変わっていた。

 霧で数メートル先も見えなくなってきた頃、ようやく祖父母の家へ。

 顔は私とお母さんと似ているのに、聞き慣れない言語でしか話さない祖父母に最初は戸惑ったけれど、二人は私に優しかった……私には。

 それから、私は祖父母と会っていない。

 その日の夜、母が祖父母と喧嘩になったのが原因だろう。

 日本人である父との結婚、仕事はゲーム作り、生活の拠点が日本であること。

 ゲームに触れて来なかった祖父母にしてみれば、誰のためにもならない、訳の分からない仕事をしている変な男のせいで、大事な娘に全然会えない。そういう想いがあったらしい。

 母は日本に留学してそのまま父と結婚したから、私は日本で産まれ育った。

 だから自分のことは、日本人だと思っていた。

 でも、母に近い容姿の私を、周りの子供は異質だと捉える……小さい頃は特に。

 見た目、言語、習慣……それらが違うからと言って、奇異の存在にされる。

 その一方で、だからこそ私は、私を私だと思えた。認識出来た。

 国とか、人種とか、そんな枠組みで見た世界のどこに真実があるのか。

 そんなものに執着すれば、愚か者の差別意識を助長させるだけ。

 その事に気付いた十二歳のあの日、私は人間になった。

 立花 ジュリーという、人間になったんだ。

 
 両親の死と引き換えに。


 あの日は……ずっと雷が鳴り続けていた。

 それは、天の怒りにも、嘆きにも、謝罪にも――祝福にも聞こえたんだ。


「ひくっ!」

 ――誰かの泣く声が耳に届き、意識が彼方から引っ張られる。

「タマ?」

 自分の声により、自分の魂が身体に定着してしまう。

 一瞬、自分の声が他人の物のように感じてしてしまった。

「って……なんで泣いてるの、タマ」
 
 ユリカの声に、より一層現実に定着させられていく。

「どうやら、二人はなにか掴めたようだね。タマも素質は悪くないと思うんだけれど」
「シレイア……私達になにかしたの?」

 私の言葉に、考え込んでいた顔が綻ぶ。

「自分と向き合えない人間は、他人を理解できない。世界と向き合わない人間は、世界を感じ取れない」

 なにかの哲学?

「暗闇で視覚を。声を封じることで聴覚を制限。更に一定の動きを続けることで触覚からの刺激も軽減。嗅覚を自然の香りに触れさせ、口を閉じたままにさせることで味覚への変化も無くさせる」

「へと……五感への刺激を減らして、自分と向き合わせたってこと? 結構簡単な訓練ね」
「出来る人からしてみればそうだろうね。でも、タマのように自分と向き合うことに強い恐怖を感じる人間も居るのさ」

 そう言えばタマは、ふとした時よく耳や尻尾を動かしてる。

「自分の声で、身振りで、外からの刺激で、世界への認識を誤魔化す。自分を直視することを本能的に恐れている者は多いんだよ」

 確かに、理解に苦しむほどに喋り続ける者も居るな。
 音がない空間だと落ち着かないというのは、私にも理解できる。

「そう言えば……ストレスの解消法って、なんらかの方法で五感に働きかける物ばかりだ」

 食べることで幸せホルモンを出すとか、貧乏ゆすりとか、アロマ療法とか、音楽とか、なにかを鑑賞するとか…………性行為とか。

「もしそれらが全て……私達にとって毒のような物だったとしたら……」

 世界は偽りにまみれている――サキお姉さん達が世界を終わらせようとしている気持ちが、分かってしまった気がする……。

「大丈夫かい、ジュリー」

 もし……もし世界が、人類が滅ぶべき存在だったとしても……コセは、サキお姉さん達を否定した。

「……大丈夫」

 彼が私に道を示してくれる限り、私は歩き続けられる。

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