ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

19.裁きの黒鬼

「いつまでここに居るつもりだ! さっさとダンジョンに行け! 迷惑なんだよ!!」

 宿に帰ると、隣の205号室のドアを蹴り、叩くオッサンが居た。

「村の入り口に居た、オッサンのNPCだ……」

 五日以上、この村に滞在しない方が良いと教えてくれた人。

「良いか! さっさとダンジョンに行ってLvを上げるんだ! 分かったな! これが最後の忠告だぞ!!」

 どうやら、隣の205号室には数日間Lv上げをしていない奴が居るらしい。

 丸二日以上Lvを上げていなかった俺達の前には現れていないことから、最低でも三日はLvを上げていないのだろう。

「助けてやる義理も無い」

 やる気の無い相手に手を差し伸べたって、なんの意味も無いのだから。

「明日は早めに起きて、さっさとダンジョン攻略だ」

 人が起き出す前に、早々にダンジョンに入って無用なトラブルを避ける。

「じゃあ、今夜はタップリ愛し合いましょうね♡」

 スケベな奥さんだな。

「ああ、昨日より頑張るからな」

 俺も人のことを言えない。


●●●


「ああっ♡!! 昨日より激しい♡♡!! ああっ♡! ああっ♡♡!!」

「隣、今日は昨日よりも早く始めたね」
「そ、そうですね」

 207号室でジュリー様とご飯を食べ終わると、昨日と同じ喘ぎ声が聞こえてきた。

 この声……少し前に会ったトゥスカさんに似ている気がする。

 綺麗だったな、トゥスカさん。
 それに、凄く幸せそうだった。

 羨ましいなー。
 
 神様、デルタ様……いつか私にも、あんな素敵な恋人が出来ますように。

「どうしたの?」
「デルタ様にお祈りをしていたのです、ジュリー様」
「昔、君達の世界を侵略したっていう奴等か」
「そうですけれど、支配された後の方が獣人の数は増えたし、生活も豊かになったって皆言っています」

 異界より現れし神の化身、デルタ様。

「まあ、色んな考え方があるよね。当時の人達にとっては、悲しむべき事なんだろうけれど」

 でも、私達に英知の一端をお預けくださった素晴らしき方々です。

「このゲームに参加させられたのもまた、デルタ様のお導き」

 でも、そう思いながらも、どうしても怖くなってしまう自分が居る。



「ご主人様、そこはダメーーーー♡♡♡♡!!」


 ……自分が怖がっている事が、酷く馬鹿みたいに思えてきた。

「明日には聞こえなくなるだろうけれど、念の為部屋を変えて貰おうか」

 明日には?

「そうですね」

 でも、この声を聞いていると、不思議と不安が和らいでいくんですよね。


●●●


「ちょっと遅くなっちゃったな」

 朝の五時を過ぎてしまっていた。

 寝過ごしたからって、二人で一緒にシャワーを浴びたのも失敗だったな。うん。

「忘れ物はないか?」
「ありません!」

 元気良いな。
 男は出す分、女性よりも消耗が激しいんだぞ。

「よし、さっさとダンジョンに行こう!」
「はい、すいません!」

 ――早朝なのに騒ぎすぎだな。

 部屋を出て、階段を下り、鍵を返して外へ…………。

「ご主人様?」
「……なんで」
「なに……これ!?」

 ……光が集まり、眼鏡女が宿の外に現れた!?

 彼女自身、わけが分からないといった様子。


『グオオオオオオオオオォォォォーーーーー!!!』


 眼鏡女の正面、十メートル程離れた場所に黒炎が立ちのぼり……人型を成していく!?

 首から数珠を下げ、オーガよりも姿勢が正しく、一回りデカい鬼が出現した。

「黒い……鬼」
「あれが……五日後に現れるという奴か」

 そうだ。ちょうど五日前のこの時間に、俺はこの村に来た。

 てことは、205号室に居たのって……。

『女、最後のチャンスを与えてやる。この俺を倒してみせろ』

 喋った!?

「は?」

 眼鏡女はなにも知らないのか。

「そいつに捕まると、奴隷に堕とされるぞ」
 
 眼鏡女達はちょうど宿の前で対峙しているため、俺達は身動きが取れない。

 さっさと事態を動かして欲しい。どっちに転がっても良いから。

「奴隷? なに言ってんの?」

 奴隷も買ってなさそうだし、この五日間ろくに情報を集めていなかったんだろうな。

『貴様、この女に加勢するつもりか?』

「いや、そんなつもりは……」
「そうよ、加勢しなさいよ!」

 眼鏡女が調子の良い事を言っている。

「あの女、そこはかとなく不愉快ですね」
「そうだな」

 トゥスカの意見を、まったく否定する気になれない。

『向かってくれば、貴様らは殺す』

 奴隷に堕としもせず、殺すと来たか。

『だが、この女を助けたければ向かってくるが良い。俺を倒せれば、それ相応の報酬をやろう』
「どんな報酬が貰えると思う?」
「分かりません。そもそも、倒せるという話が初耳です」

 トゥスカも知らないのか。
 やっぱり、ここは静観しよう。

「フレイムカノン!」

 眼鏡女が仕掛けた。

 会話中に。きったねー女。

『”魔炎”』

 紫の炎により、フレイムカノンが呑み込まれる。

 まるで、大蛇が獲物を呑み込むがごとく。

「クソッたれ!! “氷炎魔法”、アイスフレイム!!」

 魔神・四本腕が使っていた、凍結の青い炎か。

『無駄だ』

 再び紫の炎に呑み込まれる。
 
「魔法が……通用しないの?」
『俺は、進歩を怠る者に罰を与える存在。この俺を倒すことが出来れば、再びチャンスを与えてやる。ただし、俺を倒すという奇跡を起こせぬ者に、そのチャンスは与えられぬ』

 魔法使いにとって絶望的な敵じゃね?

『この村に辿り着いた者が何人集まろうと、本来俺を滅ぼす事は不可能。我等が創造主は、その本来を覆す者の出現をお望みだ』

 本当に、絶対に倒せないわけではないのか?

「うるさいのよ! “氷炎魔法”――アイスフレイムバレット!!」

 大半の炎が”魔炎”によって防がれるなか、幾つかは黒鬼に当たった。

『ぐう! そう来なくてはな!』

 黒鬼が動いた。

『ウオおおおおおお!!』

 黒鬼の拳が迫り、眼鏡女が躱すも地面が爆ぜ――吹き飛ばされる。

 その余波は俺達すら巻き込む程だったため、指輪から大地の盾を出現させてトゥスカを庇う。

「完全に巻き添えだ」

 黒鬼の攻撃能力が高すぎる。

 ボスの四本腕よりも厄介そうだ。

「それ相応の報酬って言っていたけれど、アレは本当に倒せるのか?」

 知れば知るほど、倒せる気がしない。

『もう終わりか、女!』

 フラフラ立ち上がった眼鏡女に、ゆっくり近付いていく黒鬼。

「”潜伏”」

 急に眼鏡女が消えた!?

「ご主人様、彼女がこっちに来ます」

 ”索敵”スキルのおかげか、トゥスカには分かるらしい。

「お願い、助けて! 私、なんでもするから!」

 急に肩を掴まれて、そんな言葉を掛けられた!?

 簡単になんでもとか言う奴、嫌いだわ。

『そこか!』

 黒鬼がこっちに来る!!

「巻き込みやがって! やるぞ、トゥスカ!!」
「はい!」

 眼鏡女を抱えて、その場を離れる。

「お前は、そこで自分の身でも守っていろ!」

 眼鏡女を投げ捨て、黒鬼と向き合う。

 見捨てて逃げることも出来たろうけれどなー。

『邪魔をする気か?』
「報酬が欲しくなった」
『面白い!』

 魔法攻撃が効いていないわけじゃない。なら、武術系ならどうだ!

「“瞬足”――ハイパワースラッシュ!!」

 殴り掛かってきた黒鬼の脇を一足で駆け抜けながら、”大剣術”による横薙ぎ決める!!

『やるな』
「……最悪だ」

 直撃させたはずなのに、掠り傷程度かよ。

「パワーブーメラン!」
「アイスフレイムカノン!!」

 トゥスカの“ビッグブーメラン”による攻撃が直撃するも、まるで効いていないらしい。

 眼鏡女の魔法に至っては、再び”魔炎”で防がれた。

 バレットで大したダメージを与えられてなさそうだったから、威力のあるカノンに変えたんだろうけれど、一発だけになったぶん防がれやすくなってしまっている。

『良いぞ、久しぶりに面白い!』

 トゥスカと眼鏡女を無視し、俺を見てニヤついている黒鬼。

「……久しぶりに?」

 これまでにも、何度か同じような事があった?

 そうだ。トゥスカの話では、獣人の半数が随分前からどこかに連れて行かれていたらしい。

 なら、このゲームは大分前から行われているということに……。

 ――先に進めば、俺達よりも先に参加させられている強いプレーヤーが待ち受けているかもしれない。

 だとしたら、この黒鬼をここで倒すことで、俺とトゥスカが大きな優位性を得られるかもしれないってわけだ!

 本来倒すことが出来ないほど強力らしい黒鬼を、今ここで倒すことが出来れば!

『俺にまともにダメージを与えられるのは、貴様だけらしいな』

 だから、二人を無視して俺だけを警戒しているのか。

 むしろ、トゥスカが狙われなくて好都合。

「お前を倒して、今より強くなってやる!」

 俺とトゥスカが――生き残るために!!

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