ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

15.異常と良心

 自分の身体の一部が、腹部の一部が……俺の物じゃなくなった。

 遅れて広がり出す、痛みと熱。

「あん? 鎧の隙間を狙ったのに、貫通しねーな」

 見覚えのある青い槍。

「お前か……」

 眼鏡女を付け狙っていた――槍の男!

 ジワジワと痛みが強くなり、心を恐怖が蝕んでくる。

 それでも、逃がすまいと槍の柄を握る!!

「眼鏡女が見付からなくてよー、どこに居るか知らね? ていうか、後ろのそそる女はなんだよ? 俺にくれよ~!!」

 
 ――男の言葉に、強い憎悪が湧き上がった。


「絶対に渡さない……彼女は……俺の……」
「彼女も俺の方が良いって言うさ、下半身には自信があんだよ!」

「ふざけるな、下郎!」

 トゥスカのブーメランを躱すため、槍を手放す男。

「クソ、油断した……ヒール……ヒール……?」

 二度目のヒールが発動しない!?

「MPが……」 

 身体が熱くて寒い……唇が震えだした。

 ――グレートオーガと戦った時よりも、死を身近に感じる!

「獣人とかいんのかよ、この世界は! エルフとかもいんのかなー?」

 マントの中から、片手でも扱えそうなダークグリーンの斧を取り出す男。

「大人しくしなよ、別嬪さん。良い思いさせてヤッから!」
「お前みたいなのが居るから、私はこの人を!!」

 Lv5の眼鏡女が逃げ出した程だ。Lv4のトゥスカじゃ勝てない!

「めっちゃ綺麗な脚。チョーたまんね~ー!!」
「死ねッ!」

 トゥスカがブーメランで攻撃するも、簡単に去なされる。

「お?」

 ”瞬足”で背後を取ったトゥスカ!

「――あッ!!」

 男の斧の柄が――トゥスカの頭を打ち据えた!?

「あ~あ、いつもは顔は傷付けないようにしてるのに。手脚は別に無くても良いけどさー、顔が傷物だと萎えるじゃんかよー」

 男が、倒れて動けないトゥスカに近付いていく。

「やめ……ろ……」

 ”グレートソード”を掴むも……振るえる余裕は無い。

「す、スティール」

 愛剣を捨て、業腹だが男の槍の所有権を奪う。

「まだ生きてたの? しぶてーなー!」

 男の狙いが、俺に向く。

「彼女のエロボディーに下半身が反応しまくりなんだよ。俺と彼女のこれからのために――さっさと死んでくれよ! パワーアックス!!」

 “壁歩き”を発動し、足を貼り付けて瞬時に低い体勢となって突撃! 斧が振り下ろされる前に懐に入り体当たり――槍で股間を貫いてやる!!


「うああああああああああああああああっっっっっっっ!! 俺の、俺のムスコがぁーーーーーーーッッ!!!」


「ハァー、ハァー!!」

 斧を捨て、槍も引き抜き、怒りを顕わにする……股間無しの男。

「フッ!」
「テーー……テメーーーーーッ!!!」

 血が流れて止まらない。でも死ぬ前に……この男だけは殺さないと!!

「ああああッ!!」

 男の額を、力任せに殴り付ける!

 それだけで腹に激痛が走り、全身から汗が噴き出て……身体が冷たさを増していく。

「くしょ……くしょぉぉ、ぶっ殺してやぶっ!!?」

 起き上がろうとした股間無しの頭を――蹴り抜く!!

「あぁ……ぁあ……」

 無様に、這って逃げ出すクズ。

「もう……許して……」
「す、スティール」

 傍に落ちていた奴の斧を拾い、所有権を奪う。

「赦すわけねーだろ、クソガキ」

 周りの同級生に抱いていた感覚が蘇る。
 あまりに低俗で、くだらなくて、その事に気付きもしない異常者共!

 同い年なのに、クソガキにしか見えなかった奴等。

 目の前のコイツは、そいつらとなにも変わらない。

 近くの建物に、座ったまま背を預ける男。

 痛みを堪え、奴の前まで歩いて行き――斧を振りかぶる。

「散々犯して、殺して来たんだろう?」
「なんで……それを」

 自分の言動の意味も理解出来ねーのか、このクズは!!

「お前は……生きていない方が良い人間だ」
「に、日本人のお前が、人を殺すのか!!?」

 ブルブル震えながら、訳の分からない事をほざいている。

 もしかしてコイツは、日本人じゃないのか?

 ――どうでも良い。

「先進国である日本に、なぜ死刑が存在しているのか分かるか?」
「は?」



「お前みたいな、救いようのない人間が存在すると分かっているからさ」



 斧を握っている右腕が震える。

 血の流しすぎか、人を殺そうとしているからなのか。

「お前の装備とスキルと経験値、俺が貰ってやるよ」

 ボスに挑む直前にコイツに言われた言葉を、返礼してやる。

「い、いぃぃ――嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 股間無し男の頭に、斧を振り下ろした。


●●●


 襲ってきた男の頭が割れ、動かなくなると……身体が光に変わり出す。

 それを確認し終えるのを待っていたかのように――ご主人様の身体が倒れた!!?

「ご主人様ッ!!」

 フラフラする頭を叱咤し、ご主人様の傍に駆け寄る。

「……トゥスカ、死んだら……ごめ……ん」

 どんどん血が……。

「ご主人様、”回復魔法”を!!」
「……MPが……もう」

 わ、私のせいだ! 私がダンジョンに入ろうって言ったから!!

「どうして……そこまで私を助けてくれるんですか!! 今だって、一人で逃げていれば!」

「トゥスカの……お陰で……寂しく……なくなった……から」

 震える手で、私の腕を掴むご主人様!

 手が冷たい。もう……助からない。

 モンスターに重傷を負わされて死んだ人を、何人も見てきたから分かる――分かってしまう!

「初めて……似てる人に……会えたって……思えたッ……から…………」

 ご主人様の前にチョイスプレートが現れ、そこには奴隷契約を解除する表示が――!!?

「ダメ!!」

 震えながら伸ばされた手を掴んで、ご主人様がしようとした事を阻む。

「一緒に死にます……慈悲深き…………ご主人様」

 私も貴方に会えて、産まれて初めて……孤独じゃないって思えたから。

 たくさん居る兄妹の中で誰よりも真面目に働いていたのに、みんな私に……まるで都合の良い道具のように接してきた。

 Lvを笠に着て、傲慢に振る舞う者ほど他者を人間扱いしていなかった。

 でも、貴方は私を……ちゃんと見てくれた。

 私を想い、私を一人の人間として認めてくれた!

 私を、気高く優しい貴方と……似ていると言ってくれた。

 ――今まで出会った誰よりも、私は貴方を失いたくない!


 でも……この世界が、私から貴方を奪っていくというのなら、私もこのまま――――


「だめ……生きな……きゃ…………」

 ……ご主人様が、意識を手放した。

 もうすぐ私達に、この世との別れが訪れる。


「ハイヒール」



●●●


「………………生き……てる?」

 頭が揺れているようで、どっちが上下なのかも分からない。

 薄暗い部屋。

 身体の右半身があたたかくて……気持ちいい。

 右側だけ、天国に浸かっているようだ。

 そっか、俺は死んだんだった。

 トゥスカは……どうなったんだろう?

 契約を解こうとして…………思い出せない。

 ……槍の男アレは、確かに死んだのを確認した。

 俺は人を殺した。
 自分の異常性を再認識した。
 やっぱり俺は、誰かを殺せてしまえる人間だったのだと。

 同時に、今なら自分の良心も信じられる。

 一人の女のために、惚れた女のために……命懸けで戦える男だったのだと判ったから。

 一日にも満たない短い間だったけれど、トゥスカに会えて良かった。

「ありが……とう……トゥ……スカ………………?」

 無理矢理に声を発した瞬間、頭に流れてきている情報が――急速に現実味を帯びていく!

 右脇腹の痛み、カラカラの喉、空気のぬるさ、一糸まとわぬ身体を覆う毛布の感触、目に入ってくる光、そして…………右半身を包み込む……人肌のぬくもり。


「ご主人様……お目覚めになったのですね♡」


 ……トゥスカが……は、裸で……だ、抱きつ、つつ……つつ……つつ…………!!

「あ、おっきくなってる♡」

 とぅ、トゥスカさん……へ、変なところ掴まないで!!

「まだ怪我が痛むでしょうから、お楽しみはまた今度にしましょうね♡」
「…………ハイ」

 なにがハイなの!?

 ベッドから抜け出てしまうトゥスカ。

 ぬくもりが遠ざかって寂しさを覚えた瞬間…………女神のような後ろ姿が晒される。

 スレンダーな身体に、黒い艶のある髪と犬尻尾。

 そして、尻尾の影から覗く、引き締まった形の良いお尻。

 神秘的でいて、激しく情欲を呼び覚ます光景!!

 こ、興奮しすぎて死ぬ!

「おはようございます、愛しのご主人様♡」

 ――俺、もう死んでも良いかもしれない。

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