ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

12.運命の出会い

「NPCじゃない。彼女達は本当に…………生きてる」

 俺は……本物の人間を買おうとしていたのか。


「当たり前でしょう」


 ――誰かのその言葉が、周りの喧騒を押しのけて、不思議とよく聞こえた。

 他の獣人には聞こえていないみたいで、俺に自分を売り込んだり、助けを求めたり、不安そうに見詰めてくる者ばかり。

 ――落ち着け。人の感情を汲み取り過ぎたら、俺が潰れる!!

 俺の目的は、このゲームを脱出すること。

 そのためには、奴隷を購入しなければならない。

 なら、誰にする?

 選ぶ条件。俺が求める人材……明確な基準が思い浮かばない。

 喧騒の中を、もう一度見渡す。

 庇護欲を掻き立てるような可愛らしい子。
 情欲をそそるような色っぽい子。
 媚びへつらう事を恥とも思わない子。
 泣きながら救いを求める子。

 見窄らしい服を着た、色んな獣人の女の子達。

「…………あの子だ」

 多くの獣人が牢の格子に縋り付いて自分を売り込んでくるなか、一人だけ奥で明後日の方向を見ている子がいた。
 
 誰よりも全身土だらけで、小汚くしている長い黒髪の女の子。

 さっきの諦観の込められた声と結びつく人間が、彼女以外に居なかった。

「おばあさん……彼女をくれ」

 自分の言葉に気持ち悪さを感じながらも、この出会いに運命を感じてしまっている俺がいる。

「わ、私にしなよ! ねー、お願いよ!!」

 彼女達のこの必死さ。さっき男の獣人が言っていた言葉を加味するに、売れ残りは定期的にのだろう。

 彼女達を全員解放出来るだけの金はなく、このゲームのようなルールに縛られた世界では、俺の反逆など意味を成さないと想像出来る。

 奴隷から解放したところで、面倒など見られない。

「本当にその子で良いのかい?」
「……ああ」


○奴隷、トゥスカを購入するために、10000G払いますか?


 チョイスプレートの文章に、罪悪感を叩き付けられる。

 表示された写真の中の土だらけの顔を確認し、俺は震える手でYESを押した。

「まいど」

 ――牢屋の中が輝き、彼女が消えた!?

「身綺麗にして隣の服屋に連れて行くから、服を選んでやりな」

「そ、そうか」

 心臓が止まるかと思った。

「死ね! クソやろー!」
「人殺し!!」
「わ、私も買って! お願い!!」

 吐き気を感じながら、俺は奴隷商館を後にする。

 彼女達の罵声が、むしろ救いだった。


             ★


 隣の服屋を訪れ、正面奥にあるカウンターへ向かう。

「コセ様ですね。奥で奴隷を小綺麗にさせておりますので、少々お待ちを」

 太っちょのおばさんが、そう言ってきた。

「はい、宜しくお願いします」

 今のうちに服を見て回る。

 下着とか、ローブも売ってるんだ。

 装備出来そうな物から装備扱いにならなそうな物まで、色々置いてある。

 まさしく、ファンタジー世界の服屋って感じだ。

「お待たせしました、コセ様」

 さっきのおばさんが、声を掛けてきた。

 カウンターに近付くと……牢の中に居た子と同一人物とは思えないくらい綺麗な子が佇んで……いた。


○初めての奴隷購入ですので、詳しく説明がされます。よく覚えておいてください。


「では、説明させて頂きますね。奴隷は主と一心同体。主が死ねば奴隷も死にます。ただ、奴隷が死んでも主が死ぬわけではありません」

 おばさんの説明は続く。

「彼女達は我々NPCと違い、食べなければ生きていけませんし、病気になることもありますので、健康管理には気をつけてください」

 やっぱり、生きている人間なんだ。

「彼女達は売り戻す事も可能です。その場合、買い値の五割が払い戻されます。ただし、売る場合は奴隷商館に直接連れて行ってください」

 本当に物扱いなんだな。

「奴隷とは強制的にパーティーを組んだ状態となり、パーティーリーダーは貴方様となります。獲得資金も主である貴方様の物となりますが、奴隷に持たせることも可能です」

 さっき眼鏡女から教えて貰った、獲得資金が増えるメリットのことか。

 ボス戦で一人15000Gだから、30000G手に入るって思えば大きいな

 普通のパーティーと違うのは、奴隷分のお金も俺の物になるって所か。

「奴隷は奴隷から解放することも可能ですが、第二ステージをクリアするには奴隷が必要ですので、第三ステージに入るまでは解放しない方が良いでしょう」

 妙に奴隷を使わせようとしてくるな。

「奴隷は一定以上離れると、離れてから十二時間後に主の元に強制転送されます。ダンジョン内では、それが起きないケースも存在しますが」

 奴隷の逃亡阻止か。ダンジョン内って言うのは、ボス部屋の内と外に居る場合の事かな?

「奴隷の胸には“奴隷紋”があり、主から離れていると浮かぶようになっています」

 おばさんが指を鳴らすと、トゥスカの胸の谷間に、とげの生えた首輪を模したような紫の紋様が浮かんだ……大きい。

「最後に、奴隷は主がどう扱おうと自由ですので、お忘れなく」

 最後の最後でお腹が痛くなった。

 腸へのストレスが半端ない!

「では、奴隷の服をお選びください。本来の一割引きにいたしますので」

「ああ、はい……」

 これで、人を買う手続きが全て終わったのか。

「えと……俺はコセだ」

 あれ? いつの間に一人称が、僕から俺になっていたんだろう?

「……トゥスカです、ご主人様」

 トゥスカが冷淡な目で俺を見ていた。

 声が凄く綺麗で、長くしなやかな手脚。

 容姿とかよく見えてなかったけれど、こうして見ると凄い美人だ。

「……服、好きな物を選んでくれ」

 値段はその都度相談しよう。

「主が選ぶべきでは?」
「なんで?」
「奴隷の用途に合わせて、主が選ぶ物かと」
「用途…………」

 ――ちょっと、いけないことを想像してしまった!

 奴隷を買ったという事への罪悪感とよこしまな感情が混ざり、変な気分に。

「ああ……ここがダンジョンだって言うのは知ってる?」
「はい、そう聞いています」

 聞いているって事は、ダンジョンの外からここに連れて来られたのかな?

「俺は、ダンジョンを脱出することを目的に行動してる。だから、モンスターと戦うのを前提に服を選んでくれ……値段によっては、他に欲しい服があったら一緒に買うから」

「……分かりました」

 俺、産まれて初めて女の子に何かを買ってあげようとしているのか……親戚は除いてだけれど。

「……この店で、一番高くて動きやすい服をください。機敏性重視で」

 数秒後、トゥスカがおばさんにそう言った。

 一番高いのを選ぶんだ。でも、的確な判断だと思う。

 トゥスカは、奴隷であることに物怖じせず、冷静な考えで行動出来る人間らしい。

「条件に当てはまるのはこちらでしょうか」

 おばさんがチョイスプレートを出現させ、衣服のリストを見せてきた。

「どれがよろしいでしょうか?」

 トゥスカが俺に尋ねてくる。

 リストに乗っていたのは、どれも防御力など無さそうな露出多めの服だった。

 一番高いのは、赤を基調としたミニスカートタイプの“獣人のワンピース”。

 他に黒を基調としたハーフパンツでヘソ出しの“獣人の戦装束”や、ほとんど裸のライダースーツみたいな“獣人の勝負服”があった。

 三つとも、そこまで値段は変わらないな。

「……“獣人の戦装束”で」

 勝負服は論外。ワンピースは……あんまりトゥスカのイメージに合わないし、パンツが見える。戦装束の方が戦闘に適していそうだし。

 細かい数値とか、特殊な効果が付与されているとかが分かれば、また意見も変わってくるんだけれど。


○5000Gから一割引きされ、4500Gとなります。払いますか?

 
 たけー! 1G一円と考えたら、四千五百円だぞ!

「ほ、他には良いの?」
「……予備の下着は欲しいですね」
「服は?」
「必要ありません」

 可愛らしい服とかあるけれど、本当に良いのかな?

「他に必要そうなのがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「分かりました」

 トゥスカの考えが、全然読めない。


             ★


 合計8500Gの支払いを済ませ、服屋を出た。

「……なんですか?」
「いや、疲れてないかなって」
「別に」

 素っ気ない。

 でも、トゥスカが俺を観察しているのは分かる。

 物を選ぶときも、相談するていで俺から情報を引き出そうとしているようだった。

 どこか、試されているような気もする。

 一度、落ち着いて話をした方が良さそうだ。

「お兄さん、奴隷を購入したんだね!」

 軽薄そうな男が、店の前で声を掛けてきた。

「主と奴隷の間で使用することが出来る専用スキル、“連携装備”と“身代わり”のスキルカード。どちらか一つを2500Gで譲っちゃうよ!」

 この男はNPCらしい。

「スキルの詳細は?」


○“連携装備”は奴隷とその主、同じ主を頂く奴隷の間でのみ、他者が装備した物を自分装備のように使用できます。主専用スキルです。


「俺の武器を手渡すだけで、トゥスカの装備扱いに出来るって事か」

 装備しないと“剣術”を剣に適用出来ないけれど、奴隷の武器なら手渡しでもスキルを適用出来るって事かな? 地味に便利そう。


○“身代わり”は、自分の怪我を奴隷に移すことが出来ます。主専用スキルです。


 ――胸糞悪い。

 ”連携装備”を2500Gで買う。

「まいどー!」

 男は、笑顔で光になって消えていった。

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