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赤ちゃんの作り方講座(赤ちゃんはどこからくるの?)

大和田大和

【第四話 狼の隠れ場所】


「お前どうやって? まさか夜時間の間お前だけが動けていたのか? お前がやったのか? お前が殺したのかっ? 答えろっ!」
俺はアリアドネに掴みかかる。だが彼女は本気で当惑した表情で、
「知らない! 本当に何も知らない! 気づいたらここで立ってカードを握っていたのよ!」
もう一人のゲームプレイヤー、ヤンキー正義が俺たちに近寄り、
「おい! 落ち着け! 俺もカードを持っている!」
「はあ? お前何言ってん……」
ヤンキー正義は、右手で役職カードを持っていた。俺はアリアドネから手を離した。
「ほら! カードは俺の手元にも戻っている!」
俺たちはそれぞれ自分のカードを握っていた。
カードはなぜか全員の手元に戻っていたんだ。(だが名前の記入はされていなかった)

俺はフラつく頭で状況を整理する。
「じゃあこの中にいる犯人が俺の手から奪ってそう偽装したんだろ……」
ヤンキー正義は、取り乱しながら、
「なあ! 俺たちどうなるんだよっ! 投票しても、しなくても仲間が次々死んでいく!」
必死の表情で俺に掴みかかってくる。

「俺こう見えても警官なんだよ! 中卒だったけど、勉強してせっかく警官になれたんだよ! これで妹たちを食わせてやれるんだよ!」
「わかった! 落ち着け! 絶対に俺がなんとかする!」
「頼むよ! 桜! 助けてくれ! 俺死にたくねーよ!」
「わかっている! 絶対にみんなで帰ろう!」

「まだやりたいことがたくさんあるんだ! 死にたくない! 死にたくないっ! 助けてくれっっっっっ!」


そして、四夜目が明けた。処刑されていたのは、ヤンキー正義だった。

死体は眠るように床で伏していた。今にも起き出しそうなそんな安らかな顔だった。
俺は何もできなかった。

カードを一箇所に集め、死体の中に埋めたが、何者かによってほじくり返されたみたいだ。無駄な抵抗だとわかっていたが、カードは各人の右手に戻っていた。

今、部屋の中には俺と謎の女子高生アリアドネだけ。部屋中が血みどろで、辛うじて汚れていない壁際で並んで座り込んでいた。
壁にもたれたまま一言の言葉も交わされない。沈黙が数時間過ぎた後、不意に破られた。
沈黙を破ったのは俺だった。
「もう無理だ……終わりだ。俺なんかには、最初からできっこなかったんだ。俺には……殺人を止めることができない」
俺の心は完全に折れた。もう何の気力も湧いてこない。
アリアドネは沈黙を貫く。

「…………」
「なあもうどうせ俺の負けだ。正直に答えてくれ、あんた人狼なのか?」
「……はぁ。何回も言っているでしょ。私は人狼じゃないわ」
「そっか。じゃ一体誰が人狼なんだよ。な、最初の投票の時、誰に入れたんだ?」
「私は、正義に入れたわ」

「どうやって? 名前知ってたのか?」
「いいえ。『神父』の能力を使うと、副次効果でその人の名前がわかるのよ」
「そっか……」
そしてまた、どぷんとむせかえるような沈黙に頭から爪先まで浸かった。


しばらくして、
「俺さ……このゲームが始まった時『やった』って思ったんだよね」
「は? どうして? あんた頭がおかしいの?」
「うん……俺小さい頃に親に捨てられて孤児院で育ったんだ。そういう子供って愛着障害になって、生涯にわたって心に傷を負うんだ」
「ふぅん」
「学校に行っても、友達と喋っていても、いつも何かが満たされない。胸に鈍痛がずっと続くんだ」
「…………そ」
「勉強ができなかったり、スポーツができなかったりすると、俺はいつもそれのせいにしていた。俺はこんなに可哀想なんだ。こんなに惨めなんだ。だから仕方がないんだ」
「…………」

「小さい頃は、何かになれると思っていた。
誰かに必要とされると思っていた。
いつか報われると思った。
だから一生懸命努力してきた。

俺は特別な存在になろうとした。
周りのみんなとは違うんだって思われたかった。
俺は重要なんだって感じたかった。
俺は、世界に必要なんだって思いたかった。
だけど本当は親に捨てられた怯えた子供のままなんだ。
いつもミスするのが怖いんだ。失敗するのが怖いんだ。
失敗したらまた……誰かに見捨てられるような気がするんだ」


俺は心の内を吐露した。もやもやと胸に残っていた残留思念が空気に溶ける。
それだけでほんの少し前に進めたような気がした。
女子高生アリアドネは、はあとため息をついて、
「『あんたはあんたのままでいい。しょうがないの。だってそれが人生だもの。運が悪かったわ』そう言ってもらいたかった?」
「いや……そういうわけじゃ……」
だが図星だった。俺は誰かに慰めて欲しかった。

どこにいるか知らない母親じゃなくてもいいから。誰でもいいから『あなたならできる』と言ってもらいたかったんだ。
一度でいいから少しでいいから報われたかった。
ほんの一瞬でもいいから俺は必要とされて生まれてきたんだって思いたいんだ。
傷つくような真実より、優しい嘘が欲しかった。
「私が慰めれば気分が晴れた? 恋人みたいに頭を撫でながら、あなたに優しい嘘をつけばよかったの? 失敗してもいいのよ? 負けてもいいわって」

「そ、そうは言ってないだろ……」
と、言いつつも彼女の言ったことは内心当たっていた。

「みんなそうやって苦しむのよね……自分が別の誰かだったらって考えて……隣の芝生を見て、違う人生ばかり見る。自分の人生の時間を削ってエスエヌエスで一生会うこともない誰かの人生を見ることに時間を使う」
「そうだな……」
「バッカじゃないの? 自分で自分の人生否定して、あの時ああだったらとか無駄なこと考えて! 自分の古傷を自分で何度も開いて……」
「ふっ……確かに俺はバカかもな……」
「かもじゃなくてちょーー大バカよ! 私があんたのこと今どう思っているかはっきり聞きたい?」
「えぇ……やだよ……こんだけディスられて、まだ俺のこと悪く言うのか?」

俺は彼女が俺に吐いた暴言の数々を思い出した。
【…………どうせみんな死ぬのよ】
【どうせみんな死ぬんだし、あんたも死ぬのよ?】
『あんたなんかに何もできない。どうせみんな死ぬのよ』
これらの言葉を言われた時、もう何も感じなかった。
長く生きてきて、ひょっとしたら言われ慣れてしまったのかもしれない。
もう何を言われても、どうでもいいか。どうせ死ぬんだし。
「わかった……言えよ……!」

そして、女子高生アリアドネは口を開いた。俺の目を見て、
「あんたは本当に馬鹿ね……もう勝ち筋はほとんどないのに、こんな状況でまだ醜く執着するやつ初めて見たわ……自分の能力の限界わかってないんじゃないの?」
「ああそうだよっ! 俺なんかに何もできないことぐらい言われなくても、俺が一番わかっているよ!」

『お前なんかに何ができるんだよ?』そんな酷い言葉、いつの間にか俺は自分で自分に言うようになっていたんだ。
繰り返し、繰り返し自分で自分を傷つけた。
『俺なんかに何ができるんだよ?』
俺が自分で勝手に自分の能力を信じるのをやめたんだ。
ガキの頃あんなに信じていてた自分の力を、疑ってしまったんだ。

そして静寂の中、アリアドネは続けた。
「あんたみたいに醜く、汚らわしく、意地汚く、執着する人初めてよ…………そして、こんなになってもまだ諦めない人もあんたが初めて……だから私も最後まで付き合うわ……!」
アリアドネは俺に右手を差し出した。
そして、母親のいない俺が、ずっと言ってもらいたかった言葉をくれた。

「あんたにならできるよ!」

俺は、人に認められることを強く望む。そんなことされても何にもならないのに。
いつもいつも誰かに承認されることを求める。
意味がない行為のはずなのに、それなのに精神的な重圧はこんなにも軽くなる。
今までの人生が、そうほんの少しだけ……ほんの少しだけ報われた気がした。

人生がうまくいっている人から見れば、ゴミクズみたいな小さな一歩。
だけど、俺にとっては大きな一歩だった。

俺は右手で彼女の手を握り返し、
「…………ああ……最後までやろう! 勝って帰ろう!」

このゲームは諦めない。
自分の手で無くしたものを取り返すんだ! いつかどこかで落としてしまった自分を信じる力を奪い返す!

「でもどうする? カードを隠しても、集めても何者かによる投票を防げない。俺たち全員が人狼でないことはほぼ間違いないだろう。だけど、なぜか人が次々に死んでいく。投票してもしなくても、関係なしだ」

「ええ。これだとあと数時間してまた同じことを繰り返すことになる。そしたら私かあなたのどちらかが死ぬ。ねえ、何か感じている違和感とか、不自然な点とかない?」

「違和感なら最初からいくつも感じている」
「たとえば? ゲームが難しすぎるとか?」
「いや、逆だ……ゲームが簡単すぎるんだ」




「簡単すぎる?」
「ああ。全員が自分に一票を入れる。または無記名投票すれば、全員でこのゲームをクリアして脱出できる。最初から必勝法が丸出しだ」
「それはそうだけど、現にこうして袋小路にハメられているじゃない?」
「確かに俺たちはゲームをクリアできないでいる。それはなんでだ?」
「私たちが疑心暗鬼になって、殺し合って…………ん?」
「そう、俺たちは別に疑心暗鬼になっていないんだ。ちゃんとカードを一箇所に集めたり、投票を放棄したりしている。だけど殺人は止まらない」

女子高生アリアドネは、よく理解できないのか目をパチクリさせながら、
「う、うん?」

「このゲームのゲームマスター視点で考えてみよう」
「どういうこと?」
「ゲームマスターの側の気持ちを考慮するんだ。たとえば、このゲームが金持ちの道楽だとしよう。ゲームは欠伸が出るほど順調に進み、とんとん拍子に人が死んでいく。すると予想されるクレームは?」

「…………はっ! そっか! このゲーム。見ていても面白くないのね?」
「そうだ。明らかに簡単すぎてただの虐殺ショーになっているんだ。賭けの対象にもならないし、娯楽にも向いてない。だって人狼がいないんだから。駆け引きも、手に汗握る展開もない」

「こんなものを見せられても誰もワクワクしない……つまりただの変態の快楽殺人ってこと?」

「それも多分違う。快楽殺人者こそルールやしきたり、儀式を尊重する傾向にあるんだ。連続殺人犯のニュースとかよく見るだろ? 毎回遺体の同じパーツを持って帰ったり、似たような所持品をコレクションしたり、快楽殺人者こそ自分が決めたルールに従うんだ」

「確かに似たような髪型の女性を一貫して殺すとかよく聞くわね」

「俺たちは何かを見落としているんだ。ゲームの根底から何かが覆るような重要なルールを……だけどそれがなんなのか……」

「ゲームマスターに聞いてみれば?」
「いや教えてくれるわけ」
「確か教えてくれることもいくつかあったわよね? なんだっけ?」
「ああそうだったな。なんだっけ? えと、ルールの確認、それとカードの再発行。そして…………得票率の確認だ!」

俺はアナウンスに向かって、
「ゲームマスター! 直近の投票率を教えてくれ!」

そして、俺はゲームマスターに投票率を教えてもらった。

「そうか! やっぱりだ!」
「な、何がやっぱりなの? 何がわかったの?」
俺はアリアドネの方を向いて、
「今から説明する!」
続いてアナウンスの方を見て、
「ゲームマスター! 夜時間までの残りの時間は?」
【残り三十分だ】
「チッ! 時間がない!」

俺は脳内の全てのニューロンを活性化させる。ここで死力を尽くさないと俺の寿命はあと三十分で終わる。氷山の一角のように埋もれている神経を引き摺り出し、全身のエネルギーを脳に集結させる。
今までの全てのセリフ、何気ない行動、そしてほんのわずかに残された違和感の数々。
それらの全てが手がかりだ。

【諸君らには、十二時間眠ってもらう】
このゲームには夜時間というものがある。命をかけたデスゲームなので昼時間が長いのはわかる。だが夜時間が長過ぎないか? 何か意図があってのことだったのではないだろうか? この間に、誰が何をしていたんだ?

そして、俺たちの投票に関してだ。最初から投票率がおかしかった。確実に投票している人物は六人以上いる。
俺は誰かが嘘をついていると思っていた。誰かが嘘をついて惑わしていると思っていた。
だけど、それが間違いだったとしたら?
もしかしたら最初から全員嘘をついていなかったんじゃないか? みんな正直に本当のことを言っていただけなんじゃないか。
俺たちは本当に投票をしていなかったんだ。
俺たちは互いを裏切っていなかったんだ。

朋子は首吊り、メガネ男子カツオはバラバラ、おかっぱ貞子は首チョンパ、だけどヤンキー正義だけは眠るように死んでいた。
あの惨殺は何かを隠すカモフラージュだったんじゃないか? たとえば、ロープとか、ノコギリとか。
正義を殺した時のように安楽死させればいいものを、なぜか遺体を注目を浴びるように損壊させている。
あれはロープやノコギリといった道具があることを印象付けないためのカモフラージュだ。
あの道具はゲームクリアに必要な要素なんじゃないか?

このゲームには人狼がいない。ゲームマスターも死んでいる。俺たちは一体何と戦っているんだ? 本当にこの部屋の外にはもう一つモニター室があり、俺たちを監視しているのか?
そんなものないとしたら? 別室での投票なんて行われていなかったら?
俺のポケットのレシートに書かれた『お前は誰だ?』あれは一体誰が書いたんだ?

それらの答えは一つだ。

「人狼が、いや人狼たちが誰だかわかった……」
俺は謎を全て解き終えた。
まだアナウンスが鳴っていないなら、間に合うかもしれない。生きて帰れるかもしれない。
「アリアドネ?」
「何?」
「俺の手を縛ってくれ」
「え? え? 私があなたの手を縛るの? なんで?」
『では、第五夜の時間だ。各々のカードに殺害したい人物の名前を書いてくれ』
「もう時間がない! 早くっっっっっ!」
「わかったわ!」

そして、アリアドネと俺は朋子の首吊りロープを外し、おかっぱ貞子の首を切ったハサミでロープの長さを調節した。
「よし! じゃあこのロープでお互いの腕と脚を縛りあう!」
「そしたらゲームに勝てるのね?」
「間違いない!」
そして俺たちは互いの腕と脚をがんじがらめに縛りあった。口を使い、空いている手を使い、足を使い、絶対に解けないほど硬く腕を結び合った。
「よし! もう大丈夫だ! これで俺たちの勝ちだ!」

「カードそっちのけでこんなことして大丈夫? 本当にこれで投票が止まるの? ってかどういうことなのか説明してよ!」

「よく聞け! 俺たちが投票するかどうかは関係なかったんだ。このゲームは一つのゲームだけじゃない。二つのゲームが同時に進行していたんだ。この部屋で、この空間の中だけで、俺たち六人……いや十二人の狼によって! この人狼ゲームの参加者は、全員が人狼だ!」

俺たちが戦っていた狼たちの正体とは………………続く。


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