金髪騎士はオレの嫁

オンスタイン

14話 「潜入」(※三人称に変更)

  感情に流され、その場の勢いで得体の知れない魔法陣に突っ込んでしまった。瞬間、視界が暗転し、自分の体はどうなったんだと不安になっていると、まもなく冷たい風が真の体へとぶつかってきた。

「いったいどうなって……」

  今がどういう状態なのかもわからないまま、ゆっくりと目を開く。開けた視界に飛び込んできたのは、辺りが一面雪景色の全く身に覚えのない景色だった。  

「ど、どこだよここっ!?」

「────私がいた世界だ」

  金髪碧眼の少女が、雪風に髪をあそばれながら真の元へと歩いてくる。少女は目下に広がる景色を懐かしむかのように見つめていた。

  彼女の視線の先には、見渡す限りの街が続いている。大小さまざまな家がずらっと並んでいて、そこに暮らす人々が、レンガ調に作られた道を練り歩いていた。街のずっと向こう側には、大きな壁が建てられており、外壁のように街全体を覆っていた。その様は、真の知っている日本の町並みとはまるで違う。ラルちゃんの言う通り、ここは本当に異世界なんだと、真は冷えた体をさすりながらそう実感していた。

「にしても、とんでもなく寒いところだね……。ここってどこなの? ラルちゃん」

  真がそう聞くと、ラルは腕を組み直してこう答えた。

「デルカ国だ。大陸に存在する五国の中で最も歴史の長い国であり……魔王ヘリオスの故郷にあたる場所だ」




  エナの発動させた転移魔法によって、異世界へとやってきた真とラル。2人が転移したさきは、幸いにも今回の目的である魔王ヘリオスのいる国、デルカだった。

  移動する手間が省けたと安堵するラルの横で、真は自分たちが今立っているこの場所が、なにかの建物であることに気づいた。

「すごく大きな建物だねここ……。高そうな窓が何個もついてる」

  真は先ほど見ていた街から目を離し、自分の後ろに広がる石造りの巨大な建物を見て唖然としていた。  

「まさかとは思ったが……。デルカ城のようだな、ここは」

「デルカ城……ここってお城なの!?」

「ああ。ヘリオスはこの中にいるはずだ────こうまで手間が省けるとは思わなかったな……」

「うん……。エナさんの力って、本当にすごいものなんだね」

  2人は、さっそく中に入ろうと建物に近づいていった。積もった雪の上に足跡を残しながら壁に寄っていくと、中に入れそうな扉が1つあるのを見つけた。

「これ、いきなり入ったら泥棒扱いされるよね……?」

「どのみち正面からいっても、王子と話がしたいなどと言えば門前払いされるだけだ。ヤツに会うなら、半ば強引な手段をとるしかない」

「そ、そっか……。じゃあ、出来る限り慎重にいこうね……」

「言われなくても分かっている。お前は私のあとを離れるなよ?」

  真がうなずくと、彼女はついに扉の取っ手へ手をかけた。これでもし中に人がいたとしたら、即大騒ぎの事態になりかねない。だからこれでもかというくらい慎重に、ゆっくりと扉を前へ押していく。

「よし、入るぞ……!」

  ラルの合図と共に、2人はそそくさと扉の奥へ体を入り込ませる。中はどうやら物置のような場所になっていた。西洋風の鎧や剣、何が入ってるのかよく分からない赤い樽など、様々なものが置かれている。

「……パッと見た感じ、人の気配は感じないね」

「ああ。だがヘリオスのいる王室の周りには、さすがに騎士団の者が何人か見張りでいるはずだ。連中に見つからずに忍び込むのは、至難の業だろうな」

「えぇ……!? それじゃあ、どうやって中に入れば……」

「案ずることはない。見張りの兵とはいっても、王室の前にいるのはせいぜい多くて5人程度だろう。そのくらいなら、見つかっても仲間を呼ばれる前に仕留めればいいだけだ」

  手刀でチョップをする動きを見せながら、彼女はそう言った。

「さ、さすがにそれはちょっと乱暴すぎない……?」

「他に方法があるのか?」

  そう言われると困るんだけど……。いや待てよ、一つだけ思いついたかもしれない。

真は部屋に置かれた騎士団の鎧に近づくと、それを手で持ち上げて注意深く観察した。

「……? 鎧なんて見てどうするつもりだ?」

「────いいこと思いついた。2人でこれを着るんだラルちゃん! 俺たちが騎士団の人に成りきれば、きっとバレずに王室までいけるよ!」

  鎧のことはよくわからないけど、騎士の正装といえるのは確かだ。つまり、城の中でこれを着ていれば、周りからは警備の者ぐらいにしか思われないだろう。幸い、兜もあるみたいだし、顔でバレる心配もない。

「真、本気で言ってるのか……? そんな子供騙し、すぐに見破られてしまうぞ」

「そうかもしれないけど、このまま誰にも見られずに進み続けるのはどのみち厳しいと思うんだ。これだけ大きい城だと、騎士団の人以外にも、関係者がたくさん出入りしてるだろうしね。目立たないようにしないとだめだよ」

「し、しかし……」

「いいから着よってば!物は試しだよ」 




  そう言ってようやく渋々うなずいた彼女と共に、真たちはデルカ騎士団の鎧を身にまとって、城の最上階にある王室を目指し始めた。

道中には彼の言ったとおり、城の使用人らしき服を来た者などが何人も行き来を繰り返していた。そしてその誰もが、2人が騎士のなりすましであることに気づいていない様子だった。


「ほらね、誰も俺たちを見ても疑ってこなかった。鎧でカモフラージュ作戦、大成功だよ……!」

「余計なことを喋るな……! ヘリオスの元にたどり着くまで気は抜けないぞ」

なんて言いながらも、王室はもうすぐそこまで来ていた。これでもかというぐらい豪勢な大扉の前には、誰もいない。あれだけ心配していた見張りが誰一人として見当たらないのだ。

「どういうことだ……? なぜ兵士がだれもいない……!?」

「休憩中────ってわけではないよね……。なんでだろう?」

  目的地がすぐ目の前まで迫ってきたにも関わらず、2人は予想外のことに困惑して立ち止まっていた。見張りがいないことがただの偶然とは、とても思えなかったからだ。

「────あなたたち、そこで何をしているのです?」

  突如、背後から声をかけられことに驚いた真とラルは、2人そろって情けない叫び声をあげてしまう。2人が振り返ると、そこには鎧を着た白髪の少女が、不審そうに首をかしげて真たちのことを睨みつけていた。

「ずいぶんな慌てようですね。私はただ、騎士団の兵士であるあなたたちが、王室の前でなにをしているのかを尋ねただけですが……?」

  少女の威圧的な目に、真は額の汗が止まらなかった。彼女の体格はラルと同じくらい、おそらく歳もそれほど離れていないだろう。そこにこの貫禄すら感じる威圧感が加わるとなると、もはや2人目のラルを見ているような気分だった。

「け、警備をしていただけだ。王室の前がこうに無防備では、いつ盗人などの輩が入り込むかわからないであろう……?」

  そんなラルの苦し紛れな言い訳が、少女の逆鱗に触れてしまった。

「自らが盗人であるというのに、なにを惚けたことを言っているのです……ッ!?」

  瞬間、少女が激しい剣幕でこちらに距離をつめてきた。とっさにラルが真を庇うように一歩前へ歩みでると、白髪の女騎士は、自らの腰に携えた剣をすばやく引き抜き、彼女に斬りかかった。

「切り捨て御免ッ!」 

  容赦のない言葉と共に、横薙ぎの一撃がラルを襲う。瞬時に右腕の手甲でそれを受け流した彼女だったが、続けざまに何度も繰り出される斬撃が、ラルに反撃の余地を与えなかった。

「私の攻撃に丸腰で対応するとは、ただの盗人にしては、少し筋が良すぎますね……。
あなたはいったい─────」

「ちょっと待ったぁーッ!!」

  真が必死に声を張り上げると、平行線を続けていた2人の攻防が止まった。剣を振るっていた少女は、一度ラルを標的から外すと、今度は真に向けて、その矛先を突き出した。喉元にまでせまってきた刃に、真は震えながら息を呑む。

「真っ!?」

慌てて止めに入ろうとするラルを、真は手で制した。その様子を見た少女が、怪訝そうに眉をピクリと動かす。

「あなたたち2人は、いったいなんなのですか……? どういう目的でこの城に忍び込んだのです?」

「……この先にいるヘリオスっていうやつと話がしにきた」

「ヘリオス様と……? なぜです?」

「そ、それは────」

  そこまで真が言いかけると、後ろにある王室の扉が突然開かれた。その重々しい開閉音と共に中から現れたのは、見覚えのある顔つきをした1人の青年。

「ヘリオス様……っ!?」

  そう驚いたのは彼女だけじゃない。その場にいた3人全員が、彼のいきなりの登場に困惑していた。

「部屋の前で騒ぎすぎだ。これだけ大きな音を出されては、ここに余計な人手が流れ込んでくる」

男が面倒そうに呟くと、少女はすぐさま剣を鞘に戻し、慌ただしく地面に片膝をついた。

「も、申し訳ありません!! 城の備蓄置き場から鎧をくすねた者がいるとの情報が入り、すぐさま跡を追ったところ、この者達が王室の前に……」

  またもや彼女の殺気じみた視線が突き刺さる。いつまでたっても緊張が解けない場の空気に、真は心の中でそっとため息をついた。

「────なるほど……。事のいきさつは察したよ。すまないがアリス、この2人は俺に任せてくれないか?」

「えっ!? な、なぜです?」

「この2人は、俺がここに招いた客人でな。鎧を盗むのが目的だったわけではないはずだ─────それで合っているな? 顔の見えない訪問者たちよ」

男は真とラルにそう問いかけた。顔の見えない訪問者という例え方をされた2人は、お互い頷きあったあと、同時に頭の兜を脱いだ。素顔を晒すことにはなるが、モノを盗むのが目的じゃないと証明するには、こうするしかない。

「あ、あなた……その顔は……!」

アリスと呼ばれていた女騎士が、真の顔を見るなり、驚愕の表情を浮かべる。無理もない、さっきまで盗人だと思っていた輩が、自分の仕えている主とまったく同じ顔をしているのだから。

「ほんとにびっくりだよ。顔が俺に似てるなんて半分嘘だと思ってたけど、まさかここまでそっくりとはね……。あんたがヘリオスか?」

  真の言葉に、男はすんなりと頷いた。存在を信じきれなかった双子の兄弟が、今こうして自分の目の前にいる。そんな状況に複雑な感情を抱きながら、真とヘリオスはお互いを見つめていた。

一方、その展開に未だ理解が追いつけていないアリスに、顔を丸出しにしたラルがゆっくりと近づいていく。

「久しぶりだな、アリス殿。デルカ王属騎士団の副団長になったとは聞いていたが、まさか太刀筋があそこまで上達していたとはな。お見事だった」

「その口ぶり……。あなたまさか、フィナリア家の……!?」

「ああ、今はブルタニア騎士団の兵士だ。よって階級的には、貴殿の方が上なわけだが……言葉遣いに敬意を込めた方が良いだろうか?」

「いいです別に……っ! あなたに敬われるくらいなら、罪人に頭を垂れる方がマシですから!」

  そんな女性陣の言い合いが後ろで繰り広げられているのを見て、やがてヘリオスが声を上げた。

「2人ともそこまでだ。アリス、こんな訳も分からない状況を見せておいてなんだが、ひとまず君は城の警備に戻ってくれないか? 込み入った話にはなるが、事情はあとで必ず説明する」

「あ……は、はいっ! 承知いたしました!」

  アリスはヘリオスに向かって深く敬礼すると、横目でラルを睨みつけながら、足早にその場を去っていった。

「さぁ、話は中でするとしよう。俺に聞きたいことは山ほどあるんだろう?」

「……ああ、俺たちはそのためにここへ来たんだ」

  王室の中へと誘うヘリオスに付いて、真たちは前へと歩き出していくのだった。
 
   




























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