金髪騎士はオレの嫁

オンスタイン

5話 「夕暮れ」

『赤い宝石の指輪?』

  事態が収まったあと、俺は家に入って虎姐に電話をかけていた。さっき起きたことを報告するためだ。

「ええ、何のことなのかさっぱり分からなくて……」

『なるほどねぇ──他には、なんか言ってなかった?』

「いや、それ以上は何も。ラルちゃんがすぐボコボコにしたので」

  丸腰の女の子が、ヤクザ2人を相手に完封勝ちだからな。向こうのプライドは完全にズタズタだろう。

『屈強な乙女ー。彼女、“コッチ”の仕事向いてるんじゃない?』

  そう言われて脳裏に浮かんだのは、鬼のような形相でこちらを睨みつけながらタバコを味わうラルちゃんの姿。

「じょ、冗談よしてくださいよ……!」

『あはは! ごめんごめん。まぁ、とりあえず明日、また2人で事務所に来なよ。細かいことはそこで話そ』

「分かりました。じゃあ、また明日」

  通話はそこで終了した。結局なにも分からなかったが、明日になるのを待つしかない。

「話が終わったようだな」

  俺がスマホをしまったタイミングで、ラルちゃんがキッチンから姿を見せた。

「うん、終わった。──キッチンで、なんかしてたの?」

「ああ、今から夕食を作ろうと思ってな。冷蔵庫の食材、使わせてもらうぞ」

  夕食……? まぁ、パンだけじゃさすがにお腹空くよな。問題はそこではなくて__

「ラルちゃん、料理できるの?」

「もちろんだ。これでも私は、ブルタニア騎士団の料理番だったからな」

  彼女は誇らしげにそう言った。ブルタニア騎士団がなんなのかは分からないが、彼女が料理の腕前に絶対的な自信を持っていることだけは、ひしひしと伝わってきた。

食べてみたい……ラルちゃん女の子の手料理をっ!!

「お、俺にも食べさせてくれないかな!?」

「断る。魔王に振る舞う料理なんぞあってたまるか」

  即却下……まぁ、予想はしてた。こんなこともあろうかと、もう切り札は考えてある。さすが俺、ゲスい発想だけは人一倍得意かもしれない。

「今日あげたパン、ラルちゃん、すごく美味しそうに食べてたよね?」

「ああ、最高に美味かった。それがどうした?」

「実はこの家にも同じやつがあるんだけど__」

「どこにある? 早く教えろ」

  やっぱりこの子、パンのことになると必死だな……おかげで作戦通り、これで終わりだっ!

「やだ、そのパン俺が食べるやつだから。今日の“夕飯”にね」






  パンを人質に取られたラルちゃんは、悔しさを顔いっぱいに浮かべながら、俺の分の夕飯も作ると言ってくれた。彼女は己のプライドよりパンの方が大事らしい。

「それで、さっき電話で何を話していたんだ? 襲い掛かってきた輩の正体はわかったのか?」

  キッチンにて作業を始めたラルちゃんが、片手間に質問してきた。どのみち、料理が出来上がるまでやることもないし、俺の分かる範囲で説明するとしよう。

「実は、襲ってきた相手の正体はもう分かってるんだ、凶麗会きょうれいかいっていう新宿のヤクザ組織の人たち。虎姐たちの組と敵対してるとこでさ」

  こんな時代にもなって、未だにヤクザ同士の抗争が続いてるとか、怖すぎてたまったもんじゃない。

「……つまり私が襲われたのは、虎姐と関係をもつ貴様のせいということか」

「ちょっと待った! 向こうは俺が虎姐とつながってるなんて知らないよ。今回のは、その……運が悪かったというか……」

  君が無理に付いてきたせいだっ!と言いたくなったが、彼女の機嫌を損ねると嫌なのであえて黙っておく。

「あの二人、“赤い宝石の指輪”を探してるって言ってたんだけど……ラルちゃん、持ってないよね?」

「私は、そんな洒落たものを身につけたりしない。着飾ることに興味がないからな」

「へぇ〜。まぁ、素で十分可愛いもんね」

  ──返答はかえってこない。

「そ、それにしてもラルちゃんさっきはすごかったな〜、ヤクザ相手に素手で勝っちゃうんだから……」

  慌てて話を変えると、ラルちゃんは少し怒り気味に口を開いた。

「相手は私を女だと甘く見ていた。そんな輩に負けてたまるか」

  どうやら、女だと見くびられたことに腹をたてたらしい。まぁ確かに、相手が女の子だったら誰でも気が抜けるだろう……。ラルちゃんは、男よりも強い女の子だ。俺は改めてそのことを再確認した。

「夕食、準備できたぞ」

「えっ、もう出来たの?」




  わずか10分にも満たない時間で、彼女はキッチンから姿を現す。その手には、とても冷蔵庫の在庫だけで作ったとは思えない豪華な料理がのっていた。

「簡単に作った野菜炒めだ。米が欲しいなら自分でよそえ、私はパンと一緒に食べる」

  机に置かれたきらびやかな一皿を見て思わず息を呑む。食べる前から、これは美味い!と脳が味覚に信号を送ってしまっている。

「い、いただきます……!」

  どこか不満そうな顔をする彼女を前に、俺は意気揚々と食事に手をつけた。謎の緊張に包まれながら、1口目を頬張ると、舌がしびれるほどの美味が口いっぱいに広がった。

「う、うまっ!! ラルちゃん、これめちゃくちゃ美味い!」

「そ、そうか……? 魔王に褒められても、別に嬉しくないがな」

  生まれて初めて食べる女の子の手料理がこんなにも美味いとは……。正直、こういうのは少し不味いくらいが不慣れな感じがして、可愛いものだが、この子の場合は違う。数多の経験を積み重ねた熟練の域、まさしく良妻だ……!!

「ラルちゃん! 俺のお嫁さんになってくれっ!!頼む!」

  俺は机から身を乗り出して必死に懇願した。あまりの急展開に、ラルちゃんは今までにないほど動揺しはじめる。

「は、はぁ!? い、いきなり何を言い出すのだ貴様は!!」

「初めて見た瞬間から一目惚れだったんだ! 顔は可愛いし、スタイル抜群だし、料理だってできる! テレビに出てくる女優なんかよりも、よっぽど魅力的なんだよ! ラルちゃんは」

「し、知るか! そんなこと! ── はぁ……まったく貴様と話すと調子が狂う」

  ひどく呆れた様子の彼女を見て、俺はようやく自分を取り戻した。

「ご、ごめん……さすがに舞い上がりすぎた」

  気まずそうに顔をうつむかせる俺に、ラルちゃんは再度ため息をはく。昼間から似たような展開が続いたためか、彼女の顔は少し疲れているようにも見えた。

「どうやら、貴様が魔王じゃないというのは本当らしい」

「えっ?」

「あのヘリオスが、こんな情けないハレンチ者であるはずがないからな。少なくとも、私がこの目で見たあいつは、もっと気迫に満ちていた……貴様にはそれがまるでない」

  彼女はそう淡々と語った。ようやく俺への誤解を解いてくれたらしい。途中で胸に刺さる言葉がいくつか出てきたが、なにも悲しむことはない……そう、なにも。

「あ、あはは……分かってくれて何よりだよ」

「一応、今まで誤解していたことは謝罪する。悪かったな、真」

  つ、ついにラルちゃんが俺の名前を……っ!!

「ところで、いつになったらパンを渡してくれるんだ? まさか、嘘だっだとは言うまいな?」

「う、嘘じゃないよ! すぐ持ってきます!」

  俺は心底、嬉しかった。 誤解がとけて、ようやく彼女とも普通に接することができる。きっと自分の人生はここから色付いていくんだと、期待に胸がふくらんだ。



  でも、心のどこかで気づいてたんだ。人生の歯車が狂い始めるのは、多分こういう瞬間なんだって。













  
















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