金髪騎士はオレの嫁

オンスタイン

2話 「命の恩人」

  言わずと知れた日本の首都、東京。大都会とも言われるこの街は、いつも行き交う人々で溢れかえっている。

俺が日頃、世話になっている人たちは、そんな都会の喧騒に紛れている闇。言ってしまえば裏社会の人間だった。

「戻りましたー」

  ここは渋谷のとある雑居ビルの最上階にある一室。表には『ヒバリ探偵事務所』と書かれた表札の文字が。
所内を流れるエアコンの暖気はまさに至福そのもので、長い間外の寒さにさらされ続けた俺の体を、優しく介抱してくれる。

「あっ! おかえり真くん、外寒かったでしょ〜?」

  はきはきとした元気な声が、横から飛んでくる。

  無造作に生えた髪を指でいじり、お菓子を頬張ってはニンマリと笑う彼女が、このヒバリ探偵事務所の所長、雲雀ひばり 虎子とらこ。通称“虎姐とらねえ”だ。
一見、だらしない大人の女性といった印象だが、これでも渋谷を縄張りとするヤクザ組織『仁龍会』と密接な関係を持っている。

「ええ、まぁ……それより虎姐、ちょっとお客さん連れてきちゃったんですけど……」

  そう言うと、なにを勘違いしたのか、突然デスクから身を乗り出し、期待に満ちた瞳でこちらを見つめてきた。

「えっ! まさか真くん、依頼取ってきてくれたの!?」

「いや! そういうわけじゃないんですけど」

  どう説明すれば良いものか……もどかしい気持ちに、足は自然と貧乏ゆすりを始める。ふと後ろを振り返れば、早くしろと言わんばかりにこちらを睨みつけるレディーの姿があり、焦りはさらに加速する。

「と、とりあえず……入れてもいいですか?」 

  あたふたした俺の様子に、虎姐はすこし眉をひそめるが、すぐに首を縦に振ってくれた。
その寛大な心遣いに感謝し、俺は後ろにいる彼女に向かって、意気揚々と手招きをした。ご機嫌斜めな強面ガールのご入場だ。




「ほー、こりゃ訳アリ感満載の客人だねぇ。お姉さん、お名前は?」
  
「──ラル=フィナリアだ」

  どうやら、俺以外の人間であればこの子も、まともに話をしてくれるみたいだ。

  名前はラルって言うのか。外国出身の子で間違いないんだろうけど、すごい日本語上手だな…… 

「ラルちゃんか、今日はウチにどういったご用件で来たのかな?」

「この男が、食事をご馳走するといって私をここに連れてきた。つかぬことを聞くが、あなたはこの男とどういった関係だ?」

「私と真くん? う〜ん……仕事仲間ってとこかな。私の助手的ポジション!」

  誇らしげにそう言い切る虎姐を見て、なにが仕事仲間だよ。と心の中でツッコんでしまう。そりゃそうだ、俺とこの人の関係は、そんな立派なものじゃないんだから。




  去年の冬頃だったか。通っていた東京の大学を1年経たずでやめ、世の地獄を味わっていた俺に声をかけてきたのが虎姐だった。『なんの生きがいもなしに野垂れ死ぬなんてもったいない』なんて言って、俺はラルちゃんみたいに、強引にこの事務所へ連れてこられたんだ。

  その日からは、なにかと波乱万丈だった。お菓子が大好きな、だらけ者の恩人は、裏でヤクザとつながってるし、その関係で事務所にはイカついおじさんたちが毎日出入りしていた。
俺が、飢えをしのぐために金を借りていた金融屋は、不運にも仁龍会と敵対関係にあるヤクザ組織『凶刃会』の人間だったらしく、虎姐はそのことを知ると「向こうから借りたお金はこっちが代わりに返しとくから、真くんはがんばって“私に”お金返してね?」と言ってきた。


こうして、命の恩人に好き放題こき使われる生活が始まったわけだ。




  やはり苦い記憶は思い出すものじゃないな。こうやって振り返るだけで頭が痛くなってくる……

「おい、ヘリオス」

  金色の髪をふわりと揺らしながら、ラルちゃんが俺に振り返る。ほんとに可愛い子だなぁ……出会ってから今までずっと、親の仇みたいに睨まれてるけど。

「いい加減、なにが目的か白状したらどうだ?」

「そんな、俺はただお腹を空かせてる君を助けたいだけだよ」

  君に恩を着せて親密な関係を築きたい。なんてゲスい本音だけは、絶対に白状しちゃいけない。

「あと、俺はヘリオスじゃなくて、真っていうんだ。呼び捨てでいいからね? “ラルちゃん”」

「気安く呼ぶなっ!!」

「あー! わかったわかった……ごめんって」


  この圧倒的なガードの硬さ、俺の野望が叶うのは、とうぶん先になりそうだな……
















  
  









  

  

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