魔王様は美味しいご飯を食べて暮らしたい

にのまえあゆむ

深緑の迷宮 1

「いやあ……まさかアルさんが、あそこまでお酒に弱いとは夢にも思いませんでしたよ」

そう言って、カンナが俺の肩をぽんぽん叩く。
実のところ、酒らしい酒は初めて呑んだので、よもやコップいっぱいで前後不覚に陥るとは思わなかった。だって魔大陸に酒なんて滅多に出回らないし。
いやはや、初めての経験だったぜぇ……。

「てか、酒なら酒って先に言えよ」
「や、普通は一目でわかるものかと」
「見た目が透明だから、水かと思ったわ」

だいたい、酒の類いって果物とか麦とかから作るわけじゃん? 材料に色がついてるから、酒になっても色が付いてると思ってたわけだよ。
それが昨日、カンナに出された酒は透明だったもんだからさあ。

「てか、あんな透明な酒ってあるんだな」
「清酒って言うんです。私の故郷のお酒なんですけどね、こっちでも再現できないかと作り方と似たような材料を世界図鑑アカシックレコードで調べて、醸造場の人に協力してもらって作ったんですよ。昨日のは、記念すべき試作品第一号でして」

カンナが言うには、その〝セイシュ〟とか言うのも、〝とっておきのごちそう〟の一つだったらしい。

「しかし、アルさんがあそこまでお酒に弱いとなると、酒粕を使った料理はダメですかねぇ?」
「なにそれ?」
「清酒を造る過程で、絞りかすみたいなものが出るんですよ。でも、それもスープ料理に使えたりするんですが……酔いの原因になるアルコールが含まれてるんですよね。いちおう火に掛けるんで飛ぶとは思うんですけど」
「試しに今度作ってくれよ」
「またぶっ倒れたりされたら面倒なんで、やめときましょうよ」

ぬぅ……。

「てかおまえ、今朝起きたときに床の上に放置されてたんだけど?」
「そりゃ、私じゃアルさんを動かせませんもん」
「せめてベッドに運ぶとかさあ、毛布の一枚でも掛けてくれるとかさあ、あるじゃん?」
「やだなぁ、アルさん。女の子が普段使ってるベッドや毛布を、そう簡単に貸すわけないじゃないですか」

おう……もの凄く自然に毒を吐いてきやがったぞ、こいつめ!

「それよりほら、早くギルドに行きましょう。時間的に、アンバーさんも依頼を出し終わってる頃だと思いますよ」
「まだちょっと頭が痛いんだけど?」

だから走るのは勘弁してくれと伝えたつもりだったんだが、カンナには通じなかったみたいだ。


■ □ ■


俺らが冒険者ギルドにたどり着くと、依頼が張り出される掲示板の前には多くの冒険者が集まっていた。おそらく、少しでも割の良い依頼を手にしようとしている連中だろう。
そりゃあ誰だって、簡単で報酬の高い仕事を選びたいもんな。

「うげ……出遅れちゃったかも」

その人山の多さに、カンナがげんなりした表情を見せる。

「……俺が歩いたせいとか言わないよな?」
「そこまで性格悪くありませんよ。ただ、今日はちょっと人の数が多い気がします。何かあったんですかね?」

そこまでじゃないにしても、性格悪い自覚あったんだ……?
まぁ、余計なことは言うまい。
それよりも、人が思ったよりも多い理由を確かめたいのだが、掲示板の前に人が多すぎて確認のしようがない。俺でも見えないんだから、俺よりもちびっ子のカンナがどんなにぴょんぴょん跳びはねても見えやしないだろう。

「あ、カンナ」

邪魔な冒険者をぶん投げて掲示板の確認していいかな? とか考えていたら、背後から聞き覚えのある声がカンナを呼んだ。
誰かと思えば、ギルドの副長リコリス嬢ではありませんか。

「リコリス、ちょっとこれ、何かあったの?」
「ちょっとね、特殊任務が発生したの」

カンナの疑問に答えながら、リコリス嬢はそれとな~く俺から距離を取っていく。
無意識の行動なのかもしれんけど、綺麗どころにそういう真似されると傷つくって、何度も言ってるじゃないかよぅ……。

「昨晩、中央総会に出ていたギルド長から連絡があってね、黄玉級以上の冒険者に対して召集が出たのよ。それに合わせて一部地域の依頼に差し止め命令も出て、ちょっと現場が混乱してるだけ」
「特殊任務で黄玉級以上!? 何事よ、それ」
「蛍石級のあなたには関係ない話よ」
「でも、黄玉級以上ってことはリコリスも出ることになるんじゃないの?」
「そうね。そういうことになってるわ、いちおう」

むむむ……なんだか話しについて行けないぞ。

「どういうこと……?」
「特殊任務には拒否権がないんですよ」

コソッとカンナに聞いてみると、そんな返事があった。
なんでも特殊任務って言うのは、ギルドが冒険者に出せる唯一の〝命令〟らしい。指定されたランク以上の冒険者は、よほどの理由がない限り必ず受けなければならない。
もし拒否したり無視したりすれば、ランク降格の上に一定期間の依頼受領不可の罰則を受けることになるんだと。

「黄玉級以上ってのは……ええと、ランクで言うと上から三つ目まで?」

最高ランクが金剛級、その下が鋼玉級、そして黄玉級だったはず……って、ことはリコリス嬢のランクって……あれ?

「黄玉級以上の冒険者に対する特殊任務に出る──ってことは?」
「私は冒険者ランクで言えば、鋼玉級になります」

なんと。上から二番目のランクじゃないですか。

「そりゃ凄い」
「……ははは……」

素直に感心したのに、何故かリコリス嬢には「あんたに言われても」みたいな苦笑いをされてしまった。何故だ。

「ホントいったい何があったの?」
「今のとこ、まだ箝口令が敷かれていて詳しく語れないの」
「……そっか」

頷くカンナは、少し残念そうにリコリス嬢から視線を逸らしていた。

「それよりもカンナ、あなたたちに指名依頼が入ってるわよ」
「指名依頼?」

カンナは驚いて顔を上げたが、俺としては「それって、なんだっけ?」と首を傾げ……なんとなく、言葉の意味的に理解した。
つまり、俺らに対して名指しで依頼が入ってるってことなんだろう。
そういえば、昨日の冒険者登録時にそれらしい説明を受けたような……受けてないような……?
ともかく、指名依頼が入っているなら掲示板の前にいる必要もなさそうだ。俺らは受領カウンターに向かった。対応してくれたのは、そのままリコリス嬢だった。

「はい、これ」
「あ、やっぱり」

差し出された依頼書を見たカンナは、依頼主が誰かわかっていたようだ。
俺も後ろから依頼書の中身を覗いてみると──なるほど、アンバーが気を使って指名依頼にしてくれていたわけだな。

「指名依頼にすると、さらに指名料も掛かるっていうのに……」

それでなのか、カンナは少し複雑そうな表情をしていた。それが幾らか知らないけれど、その金額も自分の借金に上乗せされると考えているのかもしれない。

「いちおう説明するけど、指名依頼は断ることもできるわよ。どうする?」
「その場合、掛かった指名料は返金されないわよね?」
「そういうことになってるわ」

お、なんだカンナの奴、断るつもりだったのか?

「受けりゃいいじゃん」
「や、指名料の件が……うぅ~ん……」
「指名料って、そんな高いの?」
「ランクによって変わります」

と説明してくれたのはリコリス嬢だった。

「あなた方蛍石級冒険者だと、十ゼナーです」

なんだ、そんなもんか。
てことはアンバーは、今回の依頼を出すのに手数料として六十ゼナー払ったわけだ。
カンナの借金に上乗せされるのも六十ゼナーになる。
五百万ゼナーの借金が五百万六十ゼナーになっただけじゃん。誤差の範囲だろ。

「ケチ臭いこと考えてんなよ。いいから受けようぜ」
「借金背負ってるの、私なんですけど!?」
「……借金?」

思わずと言った風に口走ったカンナのセリフに、リコリス嬢が怪訝な表情を浮かべて見せた。

「あ、いや、なんでもないッス」

慌てて誤魔化して、カンナは結局依頼を受けることにした。もちろん俺も一緒である。

「はい。それじゃ依頼は、クラブエッジの甲殻を一つね。依頼主からの期限は出てないけれど、何日くらいを予定しているのかしら?」
「ええと……そうね、一週間くらい」
「一週間? クラブエッジの甲殻なら、一日で往復できそうな川辺の下流でも採取できるわよ?」
「あー……その、初めて依頼を受けるアルさんも一緒なので。少し多めの日数を区切ろうかなって」
「なるほど……それならいいでしょう。では、期日は一週間ということで」

カンナの説明に納得したのか、ひとつ頷いてリコリス嬢は依頼書に自分の名前をサインし、了承のスタンプを押した。

「ほう……仕事の依頼ってそういう風に受けるのか」

何しろ初めてのことなので、一連の流れは俺にとっちゃ実に興味深い。

「依頼人からの期日指定がないのに、わざわざ決めるのはなんで?」
「それは、こちらの貸し出しがあるからです」

そう言って、リコリス嬢は依頼書を引っ込めた代わりに小汚い革袋を取り出した。

「こちらがアイテムバッグになります」
「アイテムバッグ?」
「生き物以外ならなんでも、無制限で幾らでも詰め込める魔法の袋ですよ」

昨日、説明受けませんでした? と言外にそんなニュアンスを含んでカンナが説明してくれた。

「私たち冒険者は採取依頼も多く受けるじゃないですか。でも、一度に持ち運べる量には物理的に限界がありますよね? その悩みを解決してくれるのがアイテムバッグです」

なんでもそのアイテムバッグ、エルフの協力を得て作り出した魔導具になってるらしく、袋に時空間魔法的なあれやこれやらを仕込んで亜空間だか異空間だかにつなげ、見た目とは裏腹にどんな大きさでも量でも好きなだけ詰め込めるのだとか。

「でもまぁ、その性能が性能じゃないですか。人を殺して袋の中に詰め込んじゃえば完全犯罪になっちゃいますし、よからぬ道具をどこにでも持ち込めちゃったりするわけですよ。それを防ぐためにもアイテムバッグは冒険者ギルドの管理になってますし、利用期間に期限を設けてるわけです」
「へぇ、そんなものがあるのか」

確かに、使い方によっちゃいくらでも悪用できそうだしな。

「じゃあ、期限が切れたら中に入れてた道具はどうなるんだ?」
「消失します」

マジかよ、もったいねえ!

「なので、依頼を受ける際には自己申告で帰還日を告げなきゃいけないわけですね」
「それと、アイテムバッグには利用履歴機能も付いております。適当な依頼を受けてアイテムバッグを借り出し、不正に利用したとしても足が付きますのでお止め下さいね」

リコリス嬢がカンナの説明に補足しつつ、何やら釘を刺すようなことを言ってきた。
ご安心いただきたい。ぼかぁそんなことしませんよ。

「それとアル様、こちらが昨日お手続きいただいたギルドの会員証になります」

そう言って、リコリス嬢はアイテムバッグに続いて一枚の手の平サイズのプレートを取り出した。

「依頼の受領履歴や身分証も兼ねておりますので、無くさないようにお気を付け下さい。仮に紛失された場合は、再発行量として千ゼナーの手数料が掛かります」

千ゼナー……銀貨一枚か。半月分の生活費って考えると、無くした場合の出費が痛いな。

「気をつけるよ」

大事なものっぽいので、いっそのこと衣服に縫い付けたりした方がいいのかな? カンナはどうしてるんだろう。

「それでは、お気を付けて」

手続きを終え、リコリス嬢に見送られながら俺らはギルドを後にした。

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