魔王様は美味しいご飯を食べて暮らしたい

にのまえあゆむ

願いと借金と初めての仕事 7

「そんなの聞いてないんですけど!?」
「普通は言わねぇよ。けどオメェ、勝手に試作品の気球に乗り込んでぶっ壊してんじゃねえか! それを『ごめんなさい』の一言で手打ちになるほど、世の中甘かぁねぇぞ! テメェでぶっ壊した気球の材料費は、キチッと弁償しやがれ!」
「私、アイデア出した!」
「ああ、わかってる。そのアイデア料は差し引いてやる。それでも五百万ゼナーだ」
「ごっ、五百万ゼナー!?」

ゼナーとは、この世界の貨幣単位のこと。一ゼナーが銅貨一枚を指している。
その銅貨が千枚で銀貨一枚となり、銀貨千枚で金貨一枚。金貨千枚で白金貨一枚と同価値なのだ。
つまり五百万ゼナーとは、金貨五枚分のお値段ってわけ。
じゃあ、私みたいな蛍石級冒険者が受けられる仕事の平均的な報酬は? というと、だいたい五百ゼナーから千ゼナー。
つまり、多くても銀貨一枚分の稼ぎだ。
そのくらいの仕事を月に二回から三回こなせば、一人分の生活費としては十分な稼ぎになる。

さて。

ここで改めて、アンバーさんが提示した〝五百万ゼナー〟という金額について考えてみましょう。
計算しますか?
計算しても、具体的な数字が出てくるだけで結論は変わりませんよ?

真実はいつも一つ!

「そんなの払えるかぁっ!」
「泣き言なんざ聞きたかねぇな! オメェがやらかしたことは、金に換算すりゃそのくらいのミスってことだ!」
「でっ、でもそんな、いきなり五百万とか言われても……!」
「何、俺だって鬼じゃねえ。利息は付けねぇし、あるとき払いで構わねえ。ただし! 一生掛かってもきっちり払えよ」

あかん……これはあかんヤツや……。
アンバーさんがそんな温情めいたことを言うってことは、少なくとも五百万ゼナーは一生掛かってもきっちり返さなくちゃ許してくれそうにない。
マジっすか……アルさんとパーティを組むことになって、一回の仕事で得られる収入が減った状況で、五百万もの借金を押しつけるんですか、アンバーさん……。

「おい。なぁ、おいってば」

私が絶望的な気分でがっくり肩を落としていると、アルさんに突かれた。

「なんですか。今、軽く死にそうな気分なんですけど……?」
「五百万ゼナーって金の話だよな? それってどのくらいなんだ?」
「え? ああ……」

そういえばアルさんには、貨幣価値をきちんと説明してなかった。なので、ざっくりと人族の貨幣単位がどういうものか、そして五百万ゼナーがどれほどの大金なのかを、私は胡乱は表情で説明した。

それに……アルさんは借金まみれになった私とパーティを組んでるもんね。取り分のこともあるし、お金のことは気になるわよね。
うぅ……こんな私がパーティリーダーでごめんよぅ……。

「ふむ、なるほど……よし、わかった」

するとアルさんは、何がわかったのか、私が五百万ゼナーの借金まみれであることなど気にする素振りもなく、アンバーさんに話しかけた。

「なぁ、アンバー。それなら俺たちに、五百万ゼナー分の仕事を冒険者ギルド経由で依頼しないか?」
「あぁ? どういうこった、兄ちゃん?」
「アンバーは鍛冶師だろ? 鍛冶師なら物作りに素材がいるじゃないか。そういうのを、俺とカンナで採ってこようって話さ」
「冒険者ギルドへ依頼だと? バカ言え、それをするにも手間賃が掛かるんだよ」
「その分もカンナの借金に加算していいぞ」
「ちょっとーっ!?」

何を勝手なこと言っちゃってくれてるのよ、アルさん!?

「まぁ、聞け。これはチャンスだ」

抗議の声を上げる私に、アルさんはそんなことを言い出した。
私には、ますます窮地に陥る自殺行為にしか思えないんですけど?

「おまえ、言ってたろ? 再来月にはランクアップの審査があるって。それまでに俺らは一つでも多く依頼をこなしておかなくちゃならない。だったら、アンバーから定期的に仕事を回してもらった方がいいだろ?」
「何言ってるんですか! そんなことしたら、報酬がそのままアンバーさんのところに渡って、私たちの収入がありませんよ!」
「大丈夫だって。俺を信じろ!」

普通だったら格好いいセリフなのかもしれないけど、今のこの状況だと何も考えてない無責任な発言にしか聞こえませんからね!?

「ちなみにアンバー、五百万ゼナーくらいの価値がある素材って何がある?」
「あ? そうだな……グランドタートルの甲羅だな。成体だったら、なおのこと文句もねぇ。だが、おまえらにゃ無理だろ?」

グランドタートル……陸亀型怪獣の中でも、希少種に分類される怪獣だ。とてもじゃないけど、私一人では倒すことなんて無理。
倒すなら、正長石級冒険者が六人くらいのパーティでなんとか倒せる……まてよ?
それがアルさんなら?
勇者とさえ互角に──いや、死亡したと偽って翻弄したアルさんなら、鼻歌交じりでも倒せる──あ、でも。

「やってみなけりゃわかんないぞ」
「いや、無理なんですよ」

確かにアルさんなら、グランドタートルを簡単に倒せるでしょう。それこそグランドタートルの上位種とされる伝説級のアースタートル、神話級のガイアタートルだっていけるかもしれない。
でも、無理なのよ。

「アンバーさんがグランドタートルの素材採集を依頼するとしても、回されるのは蛍石級以上のランクになっちゃいます。私たちじゃ受けられませんよ」

いくら私たちが「倒せる」と主張しても、冒険者ギルドの人たちはアルさんの本当の力なんて知らない。冒険者ギルドとしても、私たちが金策に困って無謀な挑戦をしようとしていると判断して、依頼を受けさせてくれないだろう。

「んじゃ変わりに、蛍石級の俺らでも受けられる素材採集の仕事ってなんかない?」
「あぁ? それならクラブエッジの甲殻だな」

クラブエッジ──蟹型の小型怪獣だ。小型って言っても、大きさは人の頭くらいある。
割と獰猛で、蟹と言われてるけど両手はハサミじゃなくて鎌みたいになってて、これがまたスパスパよく切れるのだ。
まぁ、蛍石級までランクを上げてる冒険者なら、一人でもなんとか一匹くらいなら倒せるわね。
ただ、群れて行動するのが厄介なの。だいたい十匹くらいで行動してるから、一対一に持ち込む状況を作れるかが勝負の鍵になるわね。

「ただなぁ、クラブエッジの甲殻もアダマンタイトとして使えるが、価値はそんな高くねぇんだわ。一個で五百ゼナーくらいか。確かオメェ、あれだろ? 冒険者ギルドに素材の採集を依頼する場合は、素材価格の一割が手続き費用になンだろ?」
「そうね、そうなるわ」

なので、流れとしては次のようになる。
アンバーさんが冒険者ギルドに行って、クラブエッジの甲殻の採取依頼を出す。その際にかかる費用は、五百五十ゼナー。
それで冒険者ギルドは、冒険者にクラブエッジの甲殻採取の依頼を出す。報酬は五百ゼナーとして、手数料の五十ゼナーはギルドの収益になるわけだ。
で、冒険者が依頼を達成してギルドに素材を渡した時に五百ゼナーをゲット。
その冒険者が私たちだとすると、ギルドから報酬でもらった五百ゼナーをそっくりそのままアンバーさんに渡すことで借金五百万ゼナーから五百ゼナー返済したことになる。
アンバーさんはというと、実質タダで五百ゼナー分の素材を入手できて、手数料の五十ゼナーを私の借金に──ん?

「五十ゼナー、増えてんじゃないのよ!」

あっぶなーい! このままだと、仕事すればするほど借金が増えていくとこだったわ!
だってほら、手数料も私の借金に加算していいってアルさん言ってたもん。

「よし、それでいこう。むしろ、それじゃないと困る」
「なんでやっ!」

もしもーし? もしもーし!? あなた計算できますかぁ? 桁が増えると、あとは「いっぱい」とか言っちゃう人ですかぁ?
チンパンジーだって、もっとちゃんと計算できるわ!

「そういうわけでアンバー、明日になったら冒険者ギルドに……ええと、クラブエッジの甲殻、だっけ? その素材採集の依頼を出しといてくれ。できれば俺たちを名指しでな。他所に取られると困る」
「おいおい、兄ちゃん。本気で言ってんのか?」
「本気も本気、大本気ってヤツだ」
「けどなぁ……」

アンバーさんが困った顔で私を見る。
私は首がもげるほど激しく横に振った。断ってくれるなら、ホントに首がもげたって後悔しないっ!
なのに、それに気づいたアルさんが私の頭をもの凄い力で押さえ付け、さらには首を無理矢理縦に振らせてきた。
ヤバい、抵抗したら筋がちぎれる……!

「ほら、カンナも涙目で『そうしてくれ』って言ってるぞ。そういうことでヨロシク頼むな!」
「ま……まあ……どうしてもっつーなら、そうしてやるけどよ……」

うそーん……。
了承しちゃうのアンバーさん?
ホントのホントに、そんなあからさまな悪徳高利貸しみたいな真似しちゃう?

「うっし。これで俺らの初仕事ゲットだな!」

……この魔王、いつか泣かせてやるぅっ!

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